★はじめに
「第11回 行政行為論その1:行政行為の概念」の冒頭において「行政行為に限らず、行政契約などを含めて行政作用を学ぶ際には、まず、民法学の法律行為論を復習していただきたい」と記した。第12回において扱った行政行為の附款は、民法の附款論と土台を共通とするし、第14回において扱った行政行為の瑕疵も、実は民法学における法律行為論の応用であることがおわかりいただけるのではないかと思う。今回取り上げる行政行為の取消も、基本となるのは法律行為論である。
★★本論
1.裁判所(の判決)による取消と行政庁による取消
行政行為の取消という場合、裁判所による取消と行政庁による取消とがあるが、日本の行政法学においては双方を取消と称するために、混乱を避ける意味で、この講義ノートにおいては行政庁による取消を職権取消と表わすことにした。ドイツにおいては、裁判所による取消をAufhebung、行政庁による取消をRücknahmeというのが一般的である。ちなみに、撤回はWiderrufである。
2.行政行為の職権取消
(1)職権取消の意味
行政行為の職権取消とは、既に述べたように行政庁による取消である。
行政行為の取消は、成立時に有効であったが違法の瑕疵または不当の瑕疵を帯びる行政行為の効力を、原則として成立時まで遡って失わせることである。また、取消は、違法または不当な法律関係を元の適法な状態に戻すということでもあるので、この点において法律による行政の原理の回復であると言いうる。
民法第121条は「取消しの効果」として「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす」と定める。行政行為の取消も、基本的に民法第121条に定められるところと同じ意味であると考えてよい。
取消権を有するのは、第一に行政行為を行った行政庁である。その他、その行政庁の上級行政庁は、監督権限の行使の一環として取消権を有する。なお、行政不服審査法に基づく不服申立の結果として、不服審査庁が行政行為を取り消す場合は、ここにいう職権取消に該当しない。
(2)職権取消の根拠
行政行為の職権取消も、行政行為である。そのため、「第11回 行政行為論その1:行政行為の概念」において示した行政行為の定義などからすれば、職権取消にも法律の根拠が必要ではないかと思われるかもしれない。
しかし、通説(・判例)は、職権取消について法律の根拠を不要と解する。問題はその理由であるが、塩野宏教授は「法治国原理の要請するところ」と主張している〈塩野宏『行政法I』〔第六版〕(2015年、有斐閣)189頁〉。取消が法律関係を瑕疵のない状態に戻すことを意味し、また取消が法律による行政の原理の回復であると理解することができるので、妥当な見解であろう。
(3)行政行為の職権取消に制約はあるのか?
職権取消は、行政庁が瑕疵ある行政行為の効力を失わせるものである。しかし、そのことから行政庁が職権取消を無制約になしうるという訳ではない。これについては、対象となる行政行為の性質に照らして検討をなすべきである。
まず、賦課的行政行為の職権取消については、とくに問題はないと考えられる。但し、行政行為の相手方にとっては賦課的行政行為であっても、他の関係者など第三者にとっては授益的行政行為であるというような場合には、第三者の利益を保護する必要性から、制約があるものと考えられる。
これに対し、授益的行政行為(許可、認可など)の職権取消は、行政手続法にいう不利益処分に該当することもあって、問題がある。私人は行政行為の存続を信頼している。そこで、信頼保護の観点からの制約、さらに法的安定性の観点からの制約が存在すると考えられるのである。学説は、一般論としてこうした制約を認めているが、具体的にいかなる場合にこうした制約が認められるか、答えることは難しい。
(4)職権取消の効果
既に述べたように、行政行為の取消は遡及効を有する。すなわち、行政行為の取消により、行政行為の効力は行政行為の成立時点にまで遡り、効果が失われる。但し、学説は、やはり信頼保護や法的安定性の観点から、授益的行政行為の職権取消について遡及効を持たない取消、すなわち、将来に向かってのみ効果を生ずる取消の余地を認める。
3.行政行為の撤回
(1)法律の条文に登場する「取り消し」、「取り消す」などの表現に注意!
道路交通法第103条第1項は「免許(仮免許を除く。以下第106条までにおいて同じ。)を受けた者が次の各号のいずれかに該当することとなつたときは、その者が当該各号のいずれかに該当することとなつた時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し(以下略)」と定める。このこともあって、一般的には運転免許の取消しなどと表現される。しかし、これを行政行為の職権取消と同じ意味として理解することはできない(特別な場合を除く)。職権取消とすると、運転免許の成立時に遡って効力が失われることとなり、成立時から取消の時点までの無免許運転に帰するというおかしな結果に至るからである。
従って、同項の「取り消し」は行政行為の職権取消と意味が異なり、行政行為の撤回に該当する。このように、日本の法令の条文においては職権取消と撤回が区別されず、いずれも「取り消し」、「取り消す」などと表現されている。意味、効果などを考えて解釈をしなければならない。
(2)撤回の意味
行政行為の撤回とは、成立時には適法であった行政行為を、その後の事情によって効力を存続させるのが望ましくなくなったときに、将来に向かってその効力を失わせることである。法令上は取消しという言葉が使われるが、全く意味が違う。行政行為の撤回は、行政行為の取消と異なり、遡及効を有しない。
法律によっては撤回に遡及効を認める場合がある。しかし、これは特殊な場合であると理解しておけばよいであろう。
職権取消と同様に、行政庁による撤回行為も行政行為である(このように考えないと説明がつかない)。しかし、通説・判例は、撤回についても、とくに法律の根拠を必要としないとする。実はその理由が明確であると言えないのであるが、一つの考え方は公益適合性である〈田中二郎『新版行政法上巻』〔全訂第二版〕(1974年、弘文堂)155頁。塩野・前掲書192頁も参照〉。また、処分権限に法的根拠を求めることも可能であるかもしれない〈塩野・前掲書192頁も参照〉。
これに対し、授益的行政行為の撤回については法律の根拠を要するという説も有力である。もっとも、撤回については法律に明文の根拠を置く場合が多い。
●最二小判昭和63年6月17日判時1289号39頁(Ⅰ―89)
事案:民法に特別養子制度の規定が追加されることになった事件である。Xは産婦人科などを開業する医師であり、医師会Yから優生保護法第14条第1項の指定を受けていた。しかし、Xは実子斡旋行為を行っており、これを公表した。こうした事実などが存在したため、Yは指定を「取り消した」。Xは指定取消処分などの取消と損害賠償を求めて出訴した。
判旨:最高裁判所第二小法廷は、撤回によってXが不利益を受けることを考慮しても、その不利益を公益上の必要性が上回るような場合には、法令に直接の根拠がなくともYはXに対する指定を撤回することができると判断した。
(3)撤回の権限を有する者
行政行為の撤回の権限を有する者は、行政行為を行った行政庁に限定される。これは、行政行為を行う権限と撤回の権限とが表裏一体の関係にあるためであり、撤回の権限が当然に上級行政庁の指揮監督権の範囲に入る訳ではないためである〈塩野・前掲書195頁〉。この点も行政行為の取消と異なる。
(4)撤回に制約はあるのか?
撤回は、違法な行政行為の効力を失わせる行為ではない。敢えて言うなら公益などに照らした上で(適法ではあるが)不当な行政行為の存続を断ち切る行為である(そのために、遡及効がないとされるのである)。その上で、とくに法律の根拠が必要とされていないために、制約については職権取消以上に問題がある。学説などにおいては、職権取消と同様に、対象となる行政行為の性質に照らして議論を展開させている。
まず、賦課的行政行為の撤回については、原則として自由であると解される。これは、適法性の問題ではなく、行政行為の相手方の利益保護という問題に由来するものであると思われる。
これに対し、授益的行政行為の撤回については、やはり信頼保護などの問題がある。適法な行政行為の効力を失わせるのであるから、行政行為の相手方の利益保護という観点は欠かせない。他方、公益上の要請など、適法ではあっても行政行為の存続が望ましくないという場合もありうる。そのため、基本的に比較衡量的な視点に立って考察を進めなければならない。
制約については、おおむね、次のような原則が立てられることとなるであろう。
①行政庁は恣意的に撤回することが許されない。
②公益上の理由による撤回については、既得権保護の要請を上回るものでなければならず、認められたとしても、私人の既得権益などとの調整を必要とする。
③授益的行政行為を受けた相手方が、その行政行為の根拠となる法律に定められた義務に違反した場合など、有責事由をなした場合には、撤回が認められる。このような場合については、明文で定めることが多い。
④当初は許可要件などが私人に存在したが、その後消滅した場合にも、撤回が認められる。このような場合についても、明文で定めることが多い。
このうち、②については、期間の定めがあれば(法律の規定により、または附款により)、期間内の撤回が許されないと解することが可能である。そうでない場合には撤回をなしうるが、その際に相手方に補償をすべきか否かという問題が残る。
●最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁(Ⅰ―90)
事案:Xは、レストランなどの事業を営むために東京都が所有する土地を借り受けた。この土地はXの自己負担で整地されたが、程なく一部が占領軍に接収され、一部は喫茶店の敷地として利用されたが、大部分は放置された。Y(東京都)は卸売市場の用地とするため、土地の半分強についてXに対する使用許可を「取消し」た上、喫茶店の建物を残りの土地に移転することを命じた(行政代執行で実現されている)。この事件においては、使用許可を「取り消された」部分について補償金の支払いが必要か否かが争われた。一審判決(東京地判昭和昭和39年10月5日判タ170号234頁)はXの請求を棄却したが、二審判決(東京高判昭和44年3月27日判時553号26頁)はXの請求の一部を認容した。最高裁判所第三小法廷はYの敗訴部分を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した。
判旨:行政財産の「使用許可の取消に際して使用権者に損失が生じても、使用権者においてその損失を受忍すべきときは、右の損失は同条のいう補償を必要とする損失には当たらないと解すべき」である。また、「公有行政財産たる土地は、その所有者たる地方公共団体の行政活動の物的基礎であるから、その性質上行政財産本来の用途または目的のために利用されるべきものであつて、これにつき私人の利用を許す場合にその利用上の法律関係をいかなるものにするかは、立法政策に委ねられているところと解される。(中略)本件のような都有行政財産たる土地につき使用許可によつて与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば、当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきものであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である」。これに対する例外は「使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払いをしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要にかかわらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られる」。
▲第7版における履歴:2020年6月29日掲載。
▲第6版における履歴:2015年11月30日掲載(「第13回 行政行為論その5:行政行為の職権取消と撤回」として。以下同じ)。
2017年10月26日修正。
2017年12月20日修正。