ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

コロナ渦でも地方移住は進まない?

2020年10月24日 00時00分00秒 | 社会・経済

 共同通信社のサイトにある47NEWSに、興味深い記事が掲載されました。10月23日7時付の「コロナで地方移住、結局進まない理由 テレワークに悲鳴 都心マンションへ回帰」です(https://this.kiji.is/691237551379055713)。

 この記事の内容をどのように受け取るかは、人によって異なるでしょう。いずれにしても、コロナ渦で地方移住が進むというような話は簡単に進まないということです。しかも、先行きが読めません。 

 記事は、次のような文章で始まります。

 「コロナ禍で在宅勤務が広がれば、地方移住が進む-。地域経済の低迷、人口減少に悩む地方では、こんな希望的観測の下、移住者受け入れに向けたプロモーションに力を入れる自治体が相次いでいる。しかし、不動産市場を冷静に見ると、移住に向けた動きは弱い。在宅勤務は限界を露呈し始め、コロナ禍で都会地からの来訪者を過剰に警戒する『村社会』の弊害もイメージを悪化させた。」

 東京都から南へ、多摩川を渡ってすぐの場所にある川崎市では、他都道府県のナンバーの車が走ることなど当たり前です。そのため、他都道府県のナンバーの車に警戒する、他都道府県から帰省した人の家に「さっさと帰って」という紙が投げ込まれるようなことは、私の知る限りではありません。他都道府県ナンバーの車はお断り、という趣旨が書かれた紙を駐車場に貼っておく、というような店などもありません。そのようなことをしたらお客が来なくなります。「首都圏だけの話だろう」と言われたら「まあそうでしょうね」としか答えようがないのですが、人口が増えるか増えないかはこのようなところにも現れるのかな、とは思います。

 47NEWSの記事は、住宅評論家である櫻井幸雄さんの解説という形で書かれています。

 長らく進む東京一極集中を是正することは、第二次以降の安倍内閣でおいて政策として掲げられました。勿論、地方創生との関係です。「地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の就学及び就業の促進に関する法律」も制定されました(平成30年6月1日法律第37号。なお、リンク先は私の論文です)。私はこの法律を「地方創生の行き詰まりを見せつける存在である」と考えていますが、記事にもあるように、政府は一極集中の是正の「糸口が、コロナ禍でみつかった」と考えたかもしれません。同じような思いは、いち早く5月上旬に緊急事態宣言が解除された多くの地方公共団体も抱いたでしょう。「災い転じて福となす」という表現はきついのですが、少なからぬ関係者の本音かもしれません。

 先日、テレビ朝日のニュース番組で過疎地の古民家に移住する、またその古民家をセカンドハウスにする人々について報じられていました。私も少しばかり考えついたことです。ただ、首都圏内か首都圏から近い場所が多いようです。また、古民家を探す人は増えても購入するまでには至らないという人も多かったようです。

 記事の内容はあまり詳しくないものなので、よくわからないところもあるのですが、「地方移住は、思ったほど増えなかった。その理由として大きいのは、テレワークの広がり方が限定的だったことだろう」と書かれています。考えてみれば当たり前とも言えることで、テレワークを導入しやすい業種とそうでない業種がありますし、導入しやすい業種であっても業務の内容の全てがテレワークに向いている訳でもないのです。一週間のうちの数日はテレワークでも、残りの数日は出勤しなければならないというような会社も少なくありません。その原因はハンコだというような主張もありますが、一因ではあっても全てではありません。

 緊急事態宣言が発せられてから、テレワークの問題を、記事の表現を借りるならば「身をもって知った」人も多いはずです。実際、4月以降、在宅勤務のおかげで家庭内の雰囲気が悪化したという趣旨の記事を何度も目にしました。家庭内どころか本人の精神状態も悪化するという例も報じられています(いや、程度の差はあれ悪化した人は多いと思っています)。

 記事では「家事を受け持つ人(多くの場合は妻)にとっては、日々の買い物が不便であること、虫や雑草に悩まされること、田舎特有の人間関係になじめないこと、など田舎暮らしから想像される不便さはいくつもある」と書かれています。記事に書かれていませんが、医療なども考えなければならないでしょう。地方移住の失敗例は経済誌などの記事に散見されます。失敗の理由に医療問題があげられているのです。また、車がなければ、運転できなければ話にならない地域も多く、その不便さは、別に老後を迎えなくともじわりとわかってきます。いや、わかってからでは遅いのです。私もそのような社会で7年間を過ごしました。風邪をひこうが怪我をしようが車を運転しなければ仕事にも買い物にも行けないのです。駐車場完備の飲み屋があるのも理解できます。以前、こう書いたら訳知り顔の人が「運転代行を知らないのか」と書いてきましたが、勿論知っています。そのための出費も考えておく必要があるのです。

 そのためかどうか、「コロナ禍は大きな問題だが、いずれ元に戻ると考える人が多いため、東京23区内の新築分譲マンションは売れ行きが回復している」とも書かれています。本当かと少し疑いますし、仮にそうであるとしても完全に元に戻るかどうかはわかりませんが、一極集中が大きく是正されるようなことはないのかもしれません。

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