今から10年ほど前、日本全国を「平成の市町村合併」の嵐が襲いました。地域によってまちまちですが、西日本では合併により市町村の数が大幅に減少した県が多く、例えば広島県では市町村が86から23にまで減りました。減少率は約73パーセントです。私が住んでいた大分県でも、58から18にまで減りました。減少率は約69パーセントです。九州ではほとんどの県で大幅に合併が進められています(例外としてすぐに思いつくのは宮崎県くらいです)。
他方、関東地方では、市町村合併が少なかったとも言えます。東京都の西東京市(保谷市と田無市が2001年に合併)、さいたま市(浦和市、与野市および大宮市が2001年に合併。さらに2005年に岩槻市が編入される)、埼玉県のふじみ野市(上福岡市と大井町が2005年に合併)、相模原市(相模湖町および藤野町が2007年に編入される)、川口市(鳩ヶ谷市が2011年に編入される)などの例があるとは言え、特に首都圏では少なかったと言えるでしょう。神奈川県でも、合併に向けての検討などは行われ、実際にいくつかの市町村が案を発表したのですが、結局、現実のものとなったのは相模原市だけでした。
しかし、ここに来て合併への動きが再び見られるようになりました。既にタウンニュース足柄版2016年1月23日号に「南足柄市小田原市 2市で協議会設置へ 合併視野に議論本格化へ」という記事が掲載されておりました。そして、今日(2016年2月3日)の2時付で神奈川新聞社(カナロコ)が「小田原・南足柄、合併の是非検討へ 10月協議会」として報じ、また、今日付の朝日新聞朝刊27面14版(神奈川・川崎)に「2市合併を議論 協議会、10月設置 小田原・南足柄両市 発表」という記事が掲載されていますので、これらを参考にして記します。
ここでお断りです。1997年4月から2004年3月まで大分大学に勤務していたこともあって、私は、大分県の当時の全58市町村を回りました。これに対し、生まれ育った神奈川県では、まだ足を踏み入れたことのない市町村があります。市では唯一、南足柄市へ行ったことがありません。そのため、大雄山最乗寺があることくらいしか知りませんし、この地域の実情をよく知る訳でもありません。
小田原市と南足柄市が協議会の設置を発表したのは、昨日のことです。但し、任意の協議会であり、設置時期も今年の10月とされました。少なくとも会見の席における両市長の見解には違いがあり、小田原市のほうが合併に積極的であるとも言えます。
実は、神奈川県の県西地域において合併に向けた議論が進められるのは、今回が初めてではありません。南足柄市の公式サイトに「県西地域合併検討会」という記事があり、そこには次のように書かれています(全文引用をお許しください)。
「人口の減少、少子高齢化が進み、全国的に厳しい財政運営を迫られる自治体が増えてきました。また、人びとの生活圏が広がり、地域間競争も激しくなっていく中で、将来にわたって安定的な行政サービスを提供していくためには、近隣の自治体が一体となって財政基盤を高め、さまざまな問題を解決していくことが求められる時代になりました。
このような中、県西地域2市8町では平成19年2月8日に『県西地域合併検討会』を設立し、2市8町の枠組みで合併した場合の課題の整理や、新たなまちづくりの可能性や将来の都市像を検討してきました。しかし、平成22年3月25日に開催された合併検討会において、合併などの手段により地域の一体化が必要との認識は、全ての市町で共有しましたが、直ちに市町合併に向けた任意合併協議会を設立することは難しいと判断し、『県西地域合併検討会』を解散しました。」
ここにいう「県西地域2市8町」とは、小田原市および南足柄市の他、足柄上郡の各町(中井町、大井町、松田町、山北町、開成町)、足柄下郡の各町(箱根町、真鶴町、湯河原町)のことです。かつて南足柄市が足柄上郡に属していたことからして、或る程度の一体性を考えることができます。
南足柄市も、上記朝日新聞記事も、平成19年、すなわち2007年からの検討会について詳しく述べていませんが、合併についてはともあれ、何らかの形で連携を強化する方向で意見を共有したようです。2012年には南足柄市議会が合併推進の決議を行っていますし、2013年度には小田原市、南足柄市および足柄上郡各町による消防広域化が始まっています(後掲神奈川新聞社報道によります)。また、小田原市と南足柄市は、2013年度にも「基礎自治体のあり方」についての共同研究を行っており、2014年度にも「県西の中心市のあり方」についての共同研究を行っています。2014年度のほうは報告がまとめられており、そこで、合併の方向が(少なくとも選択肢の一つとして)描かれているようです。2015年12月14日の10時48分付で神奈川新聞社が「小田原と南足柄が合併議論 人口減少や財政難で課題も」として報じたところによると、両市の市議会でこの件に関する一般質問が相次いだとのことで、南足柄市議会では市長が合併を一つの手段として捉えている旨を答弁しており、小田原市議会では市長が合併による行財政基盤の強化の必要性を答弁で述べています。
神奈川県でも人口減少および少子高齢化は避けて通れない話題です。県西地域もそうで、今回の両市の合併話もこれらがきっかけとなっています。但し、そこに留まらず、小田原市の中核市への移行も絡んできます。
今後、仮称ですが「県西地域の中心市のあり方に関する2市協議会」を設置し、両市の職員、市議会議員、市民、学識経験者など、およそ30人のメンバーで1年間をかけて議論し、何らかの結論を得るようです。両市において合併推進の意見は強いようですので、これから5年程の間に合併協議が進むということも考えられます。
私は、市町村合併そのものについて賛成でもなければ反対でもありません。理由は簡単で、「近隣市町村の住民が合併を望むのであればそれでよい」からであり、「合併するか否かは住民が決定することである」、「地域のことは、地域の住民こそが最善の選択をなしうる」ためです〔拙稿「地方分権化の市町村合併」大分大学教育福祉科学部研究紀要24巻1号(2002年)掲載より〕。但し、「最善の選択」のためには、情報、資料の類が十分に、否、全部開示され、揃えられることが必要です。最近岩波新書として出版された金子勝・児玉龍彦『日本病 長期衰退のダイナミクス』に示されているように、情報を隠すなどの意図的操作が行われたのでは「百害あって一利なし」と表現してもよいことになります。むしろ、合併にとって都合の悪い情報であるからこそ積極的に揃え、開示することも必要なのです。
また、市町村合併は地域の問題です。この日本にも様々な地域があり、特有の事情を抱えています。その点を無視して市町村合併について一般論などを主張できるはずがありません。もう12年ほど前のこととなりますが、私が大分大学教育福祉科学部を離れる直前に公表された論文「自治・分権から眺めた市町村合併」〔月刊地方自治職員研修臨時増刊号75(2004年3月号増刊。通巻510号)の「改革と自治のゆくえ」に掲載〕において、私は次のように記しました(太字はここでの引用の際の強調です。また、注は省略しました)。
「地方分権の受け皿論は、行政の広域化への対処の必要性などを理由としてあげる。しかし、広域行政ということであれば、本来、地方自治法二条五項において都道府県の役割とされている。実際には、この点が中途半端に扱われ、役割分担が十分になされていなかったと思われる。地方分権推進委員会の諸勧告以来、役割分担などはなされてきた。しかし、地方分権推進計画などから明らかであるように、これまでの分権は、基本的に国から都道府県への事務・権限移譲であり、市町村への移譲については、むしろこれから具体的になされることになる。こうした経緯からすれば、市町村合併から道州制への展開は、或る意味において当然の帰結であろう。
たしかに、交通手段の発達などにより、人々の行動範囲が広がった。それとともに、住民の生活圏と行政の活動地域との間にギャップが広がっている。しかし、これは全国どこの地方でも同じであるという訳ではない。首都圏や京阪神地域などであれば、このような現象は当然と思われるであろうが、九州、例えば大分県においては、大分市はともあれ、他の市町村にこうした現象が強くみられると言い切れない。まして、離島などについては、住民の生活圏と行政の区域が重なる確率は高くなるはずである。そればかりでなく、人々の行動範囲が拡大したという事実を市町村合併の根拠にする議論には、論理の飛躍があると思われる。少なくとも、今回の市町村合併は都市の論理であり、都市部でない地域に同じ論理を何の媒介もなく持ち込むことには問題がある。根本的に、市町村合併の一般的問題という表現が、あるいは、市町村合併のメリットやデメリットを一般的に列挙すること自体が、形容矛盾あるいは語義矛盾なのである。」
勿論、一般論が全く成立しないという訳でもありませんが、それは演繹的に、というよりは帰納的に導かれるものでしょう。
その上で、小田原市、南足柄市が、合併、広域連合などの地方自治体の組合、などの形で広域的連携を図るためには、様々な実例を個別に、過度な一般化を施すことなく検証する必要性があります。その際に重要なのは、両市が合併についていわば「遅れてやって来た者」であることを十二分に意識し、先例を批判的に検証することです。いくらでも具体例はありますが、合併に至るまでの経過を検証して終わらせるのでなく、合併後の実態こそを検証し、とくにマイナス面を重点的に分析することが求められます。先の『日本病』という本では過去の成功例しか見ないという日本の風潮が指摘されていますが、これでは失敗を繰り返すだけです。負の側面を知らなければ、本当に良いものを作ることはできません。合併後に財政状況が悪化したり、債務残高が増えたりしているようでは、全く話になりません(考えてみると、市町村合併で成立した新市町村で、財政状況の改善や行財政基盤の強化が果たされたという例を聞いたことがありません)。
いずれにせよ、小田原市と南足柄市の合併は、県西地域の再編成のきっかけとなるでしょう。両市の合併だけで話は収まらないはずです。足柄上郡各町および足柄下郡各町が、対等合併か編入合併か、あるいはその他の形であるかはともあれ、必ず関わることとなるでしょう。
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