ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

箱根町の増税論議

2024年05月09日 00時00分00秒 | 国際・政治

 私は神奈川県民です。とは言え、今回の舞台である足柄下郡箱根町は県の南西端に近い場所、川崎市は県の北東端ということで、かなりの距離がありますし、横浜市青葉区や東京都世田谷区などと違って気が向いたら散歩がてらに出かけるというほど身近さはないのですが、町税の話題となれば、取り上げない訳にもいきません。毎日新聞社のサイトに、2024年5月6日9時2分付で「ごみ処理や救急出動…観光客への経費かさむ箱根 宿泊税など町が検討」という記事(https://mainichi.jp/articles/20240506/k00/00m/040/016000c#:~:text=%E7%94%BA%E3%81%AF%E6%B8%A9%E6%B3%89%E5%85%A5%E6%B5%B4%E3%81%AB,%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%83%87%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82)が掲載されているので、今回はこの記事を基にします。

 箱根町は、全国的に有名な観光地です。人口は1万人程度なのですが、観光客は年に2000万人ほどが訪れるそうです。こうなると、町政には様々な問題が生じます。上記毎日新聞社の記事から引用しますと「人口規模を上回るごみや下水道処理、救急出動などの経費がかさむ」ことであり、「観光施設の整備や運営に加え、ごみや下水道処理、救急出動など一部でも観光客が関わるサービス経費は多額だ。コロナ禍前の2019年度で入湯税の収入をあてても23.6億円が必要だった」とのことです。

 箱根町は、2019年に有識者からなる検討会議を設置しています。COVID-19の影響でしばらく中断されていました、2023年10月から議論が再開されました。

 上の引用文で23.6億円という数字が出てきますが、これは同町にとって巨額な経費です。何故なら、1996年度の町税収入が78.4億円しかなかったのです。しかも、この年度がピークであって、2015年度の町税収入は59.7億円です。町税収入のかなりの割合を「一部でも観光客が関わるサービス経費」が占めることになります。箱根町は地方交付税交付団体ですし、令和6年度箱根町一般会計予算第1条第1項によれば歳入歳出予算の総額は10,847,000千円、すなわち108億4700万円ですが、それでも20%を超える額がサービス経費のために必要であるということでしょう。

 このような事態を迎え、箱根町が何もしなかった訳ではありません。2016年度に、同町は固定資産税の税率を0.18%引き上げたとのことです。上記毎日新聞社記事では詳しいことがわからず、2015年度までは地方税法に定められる標準税率よりも箱根町の税率が低かったということなのかもしれませんが、おそらく違うのでしょう。参考までに、現在の箱根町町税条例第20条を紹介しておきます。

 第1項:「固定資産税の税率は、100分の1.4とする。」

 第2項;「国際観光ホテル整備法(昭和24年法律第279号)の規定により登録を受けたホテル業又は旅館業の用に供する家屋に対して課する固定資産税の税率は、前項の規定にかかわらず当該家屋が登録を受けた日の属する年度の翌年度から次に掲げる年度の区分に応じ、それぞれに定めるとおりとする。

 第1年度 100分の0.7

 第2年度 100分の0.84

 第3年度 100分の0.98

 第4年度 100分の1.12

 第5年度以降の各年度 100分の1.26」

 (記事の内容などからすれば、第2項に定められる税率が引き上げられたということでしょう。)

 観光客が多いとはいえ、人口減に見舞われる可能性が高く、将来的に財源不足が解消される可能性は非常に低いでしょう。そこで、検討会議は他の税に目を向けました。

 まずは入湯税です。この税については私も「地方目的税の法的課題」(日税研論集46号に掲載)で取り上げたことがあります。この税は目的税であり、地方税法第701条によると「鉱泉浴場所在の市町村は、環境衛生施設、鉱泉源の保護管理施設及び消防施設その他消防活動に必要な施設の整備並びに観光の振興(観光施設の整備を含む。)に要する費用に充てるため、鉱泉浴場における入湯に対し、入湯客に入湯税を課するものとする」というものです。つまり、入湯税の収入の使途は限定されている訳で、「人口規模を上回るごみや下水道処理、救急出動などの経費」に充てることはできないということになります。同条にいう「消防活動に必要な施設の整備」や「観光の振興(観光施設の整備を含む。)に要する費用」にごみ処理、下水道処理、救急車の出動などのための経費を読み込むことも不可能ではないでしょうが、文言解釈の範囲を超えてしまうと考えるほうが自然です。あくまでもごみ処理、下水道処理、救急車の出動などの経費は一般的な行政サーヴィスの領域に属するものであり、観光客云々は結果的に含まれるに過ぎないからです。敢えて記すなら目的論的解釈または拡張解釈によって「観光の振興」に必要な費用のうちに読み込むことも可能でしょうが、限度があります。救急車の出動などの経費であれば「消防活動に必要な施設の整備」のための費用に含めることもできますが、やはり限度があります。

 おそらく、その点を検討会議もわかっていたのでしょう。一時は入湯税の増税も検討されたようですが、地方税法によって限定される使途を念頭に置けば、入湯税の税率を引き上げたところで一般的な行政経費に入湯税の税収を向けることができません。可能であるとしても一部でしかありません。さりとて、箱根町町税条例第3条第1項に同町が課する普通税として列挙される町民税、固定資産税、軽自動車税、町たばこ税および特別土地保有税の税率を引き上げることは、住民の負担が増えるだけであって、観光により生ずる経費への対策としては筋が違います。上記毎日新聞社記事によると、箱根町の入湯税の「税収、入湯客ともに1987年度以降、日本一をキープしており、19年度は約6億2000万円の収入があった」とのことですから、地方税法が目的税という形で市町村の条例制定権に枠をはめていることになり、予算編成権にも制約をかけていることになるのです。

 〔せっかくのことですから、箱根町町税条例第37条を紹介しておきましょう。次のような条文です。

 「入湯税の税率は、入湯客1人1日について、それぞれ次の各号に掲げる区分によるものとする。

 (1) 宿泊を伴うもの 150円

 (2) 宿泊を伴わないもの 50円」〕

 入湯税に限度があるとなれば、地方税法に税目として示されていない税、すなわち法定外税の出番です。最近の法定外税の定番といえば宿泊税でして、このブログでも導入論議のいくつかを紹介していますが、箱根町の検討会議も宿泊税に目を付けました。現在、神奈川県には宿泊税を課している地方公共団体が一つもありませんから、関東地方に旅行される方は東京都ではなく神奈川県の川崎市や横浜市などに宿泊されることを強くおすすめいたしますが、箱根町が導入すれば神奈川県で初の例ということになりそうです。

 法定外税の場合、例えば箱根町が宿泊税の賦課徴収を定める条例を制定した後(町税条例の改正でも同様です)、施行の前に総務大臣との事前協議を行う必要があります。これまでの宿泊税の導入例はいずれも目的税ですから地方税法第731条以下によることとなりますが、箱根町が目的税として宿泊税を導入しようとするならば、町税条例を改正して宿泊税に関する規定を設けるか、町税条例とは別に宿泊税条例を作って町議会の可決を得た後に、地方税法第731条第2項により、総務大臣との事前協議を行う必要があります。その上で、総務大臣の同意を得る必要がありますが、同法第733条により、総務大臣は、宿泊税が「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし、かつ、住民の負担が著しく過重となること」、「地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること」または「前二号に掲げるものを除くほか、国の経済施策に照らして適当でないこと」のいずれかに該当しない限り、同意をしなければなりません。これまで同意されなかった例がありませんから、箱根町が宿泊税を導入することについて総務大臣が同意しないことはないでしょう(同意がないというのは、条例に余程の問題があるということになりますが、事前協議は地方税法に規定がなかった時代でも実際には行われていましたし、前例に従わないような条例を制定して施行しようとする地方公共団体はまず存在しないでしょう)。総務大臣の同意を要する事前協議は、箱根町が普通税として宿泊税を導入する場合でも必要であり(地方税法第671条)、私は普通税としての宿泊税の導入も可能であると考えています(異論がある方は是非とも御意見などをお寄せください)。勿論、目的税にするとしても条例で目的を示せばよい訳です(広く示しても許されるでしょう)。

 ただ、宿泊税というものは、あくまでもホテルや旅館に宿泊する観光客を納税義務者として課する租税です。上記毎日新聞社記事にも「観光客の7割以上を占める日帰り客からは徴収できないというジレンマがある」と書かれている通りです。

 それならば、例えば太宰府市の「歴史と文化の環境税」(普通税)のように、駐車場利用者を納税義務者とする租税を課するなど、手はあります。場合によっては、宮島訪問税のようなものを課することも考えられます(この場合には特別徴収義務者となりうる企業、例えば箱根登山鉄道の意向も聴取する必要があります)。もっとも、日帰り客に対する課税の場合、町内の複数の観光施設を訪れる観光客からはその都度税を徴収することになるので、この点は問題でしょう。

 さらに、上記毎日新聞社記事には「これまでの検討会では、山梨県と静岡県が実施してる富士山の入山料『富士山保全協力金』などについても意見が交わされた。1人1000円で、環境配慮型トイレの整備などに充てられているが、任意という課題がある」と書かれています。租税でない以上、任意であるのは当たり前であり、町の財源確保の観点からすれば弱いということでしょう。

 上記毎日新聞社記事は「議論の方向性は見えておらず、検討会は26年9月までに報告をまとめる。町側は『最も望ましい負担のあり方を模索したい』と見守っている」という文で締めています。確かに、箱根町という地方公共団体の状況を考えると難しい問題でしょう。しかし、観光客も当該地方公共団体による行政サーヴィスを多少なりとも受けているという事実を考慮すれば、箱根町が観光客に対して何らかの税負担を求めるというのは、何らおかしなことではなく、むしろ自然な流れであることも否定できません。箱根町の場合は、宿泊税とそれ以外の法定外税の二本立てという方法で臨むのが現実的であると考えられます。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 再び、東京メトロ08系08-106F | トップ | 東京都世田谷区玉川一丁目にて »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

国際・政治」カテゴリの最新記事