ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

この修正案は通るのか

2025年02月22日 00時00分00秒 | 国際・政治

 第217回国会が開かれています。

 衆議院のサイトをチェックしたところ、内閣提出法律案第1号の「所得税法等の一部を改正する法律案」に対する修正案(「所得税法等の一部を改正する法律案に対する修正案」)が提出されています。どの会派によるものか、いつ提出されたものであるかはわかりませんが、果たして、この修正案は衆議院財務金融委員会において可決されるのでしょうか。

 否決される可能性は高いと思われますが、修正案は納税者権利憲章についての規定を置くことを求めています。ここに私の目が止まりました。衆議院議員提出法律案および参議院議員提出法律案であればともあれ、内閣提出法律案に対して納税者権利憲章の制定を求める修正案が出されたのを初めて見たからです(実際には過去に例があるかもしれませんが、ここでは遡って調べることをいたしません)。

 修正案による納税者権利憲章についての規定の提案は、国税通則法の改正を定める「所得税法等の一部を改正する法律案」第7条に対する修正としてなされています。

 まずは国税通則法第1条の改正です。赤字や取消線が、修正案による追加や修正の部分です。

 「この法律は、国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ、国税に関する法律関係を明確にするとともに、国税に関する国民の権利利益の保護を図りつつ税務行政の公正な運営を図り運営を確保し、もつて国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的とする。」

 国税通則法には権利利益の保護を明示する規定がありません。そこで、納税者権利憲章に関する規定を置くこととの兼ね合いで第1条を修正しようというのでしょう。

 ②国税通則法第4条の2の追加

 ここは修正案からの完全な引用としておきましょう。次のような規定です。

 

 (納税者権利憲章の作成及び公表)

 第四条の二 国税庁長官は、納税者の権利に関する事項として次に掲げる事項を平易な表現を用いて簡潔に記載した文書(第一号において「納税者権利憲章」という。)を作成し、これを公表するものとする。

 一 納税者権利憲章を作成する目的及びその根拠となる法律の規定

 二 第十七条(期限内申告)に定める納税申告書の法定申告期限内の提出及び第三十五条(申告納税方式による国税等の納付)に定める納期限内の納付並びに第十一条(災害等による期限の延長)に定める災害等による期限の延長

 三 第二十三条(更正の請求)に定める更正の請求

 四 第二十四条(更正)又は第二十五条(決定)に定める更正又は決定

 五 第三十四条(納付の手続)に定める国税の納付の手続

 六 第三十七条(督促)及び第四章第一節(納税の猶予)に定める督促及び納税の猶予並びに国税徴収法に定める滞納処分、換価の猶予及び滞納処分の停止

 七 第五十六条(還付)及び第五十八条(還付加算金)に定める国税の還付金又は過誤納金の還付及び還付加算金の加算

 八 第六章第一節(延滞税及び利子税)に定める延滞税及び利子税の納付並びに納税の猶予等の場合の延滞税の免除

 九 第六章第二節(加算税)に定める加算税の賦課及びその減免

 十 第七十条(国税の更正、決定等の期間制限)に定める国税の更正決定等の期間制限並びに第七十二条(国税の徴収権の消滅時効)及び第七十四条(還付金等の消滅時効)に定める国税の徴収権及び還付金等の消滅時効

 十一 第七章の二(国税の調査)に定める質問検査権、調査の事前通知、調査の終了通知及び身分証明書の携帯

 十二 国税庁長官、国税局長若しくは税務署長又は税関長が国税に関する法律に基づき申請により求められた許認可等を拒否する処分又は不利益処分をする場合の行政手続法(平成五年法律第八十八号)第八条(理由の提示)及び第十四条(不利益処分の理由の提示)の規定に基づく理由の提示

 十三 第七十五条(国税に関する処分についての不服申立て)及び第百十四条(行政事件訴訟法との関係)に定める国税に関する法律に基づく処分に関する不服申立て及び訴訟

 十四 税理士法(昭和二十六年法律第二百三十七号)に定める税理士(同法第四十八条の二(設立)に規定する税理士法人を含む。)又は同法第五十一条第一項(税理士業務を行う弁護士等)の規定による通知をした弁護士(同条第三項の規定による通知をした弁護士法人又は弁護士・外国法事務弁護士共同法人を含む。)が同法の規定により行う同法第二条第一項各号(税理士の業務)に掲げる税務代理、税務書類の作成及び税務相談

 十五 納税者からの照会、相談又は苦情への対応その他納税者による申告及び納付を適正かつ円滑なものとするために国税庁、国税局及び税務署の行う情報提供

 十六 国税庁、国税局若しくは税務署又は税関の当該職員がその職務の遂行に当たり法令に従う義務及びこれらの当該職員が職務上知り得た秘密を守る義務

 十七 前各号に掲げるもののほか、国税庁が行う事務の実施基準その他当該事務の実施に必要な準則に関する事項その他国税に係る手続並びに納税者の権利及び義務に関する事項

 

 納税者権利憲章は、カナダ、イギリス、オーストラリア、韓国などで制定されています。修正案の提案者は、おそらく、これらの内容を読了した上で、それなりのイメージを持っているのでしょう。その上で記すならば、納税者権利憲章の制定を国税庁長官に委ねるだけでよいのでしょうか。納税者権利憲章の具体的中身をどのようにするかについて国税庁長官の裁量に委ねるのでは、あまり意味がありません。

 また、修正案による第4条の2は、納税者権利憲章を法的拘束力のあるものとすることを想定しているのでしょうか。この点も疑問です。全く法的拘束力のないものとするならば、納税者権利憲章を設ける意味があるのかどうかもわかりません。納税者権利憲章の性質上、通達などの行政規則(つまり行政の内部法)に留まることはありえないと考えられるので、法的拘束力がないとするならばただのプログラムにしかなりません。そうなると、法的拘束力のある法規命令になるのでしょうか。いずれにせよ、行政立法に留めるとなれば、具体的な内容を定めるのみならず、改正についても法律より容易に行われうることになってしまいます。もっとも、行政手続法により、納税者権利憲章の案に対するパブリック・コメントを行うこととなりますから、国税庁長官の裁量に対する一定の歯止めはありますが、どの程度の実効性があるかは別問題です。そもそも、納税者権利憲章が納税者(納税義務者などを指します)の権利や義務に関する基本原則を定めるものであることからすれば、むしろ、立法府たる国会が積極的に関与すべきでしょう。場合によっては、納税者権利憲章を別につくるのではなく、国税通則法、国税徴収法、所得税法、消費税法などの改正により対処するほうがよいとも考えられます。

 付け加えるならば、地方税についても納税者権利憲章を設ける必要があるのではないでしょうか。

 (なお、納税者権利憲章については、さしあたり、石村耕治編『税金のすべてがわかる現代税法入門塾』〔第12版〕(清文社、2024年)76頁以下をお読みください。)

 納税者権利憲章とは別に、修正案は「所得税法等の一部を改正する法律案」の附則に2箇条を加えるとしています。次のとおりです。

 

 (地方揮発油税の税率の特例の廃止に伴う措置)

 第八十一条 政府は、地方揮発油税の税率の特例の廃止に伴う地方揮発油譲与税の額の減少が地方公共団体の財政に悪影響を及ぼすことがないよう、当該額の減少に伴う地方公共団体の減収を補填するために必要な措置を講ずるものとする。

 〈引用者注:衆議院のサイトでは「補」となっているため、文脈などを考えて「補填」としておきました。「補塡」かもしれません。〉

 

 (検討)

 第八十二条 政府は、この法律の施行後一年以内に、次に掲げる事項について検討を行い、その結果に基づいて必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。

 一 金融所得課税について、一定以上の高額所得を有する者の実効税率が低位である問題を解決するため、当面、分離課税のまま累進性を有する税率構造とすることとし、将来において総合課税に移行すること。

 二 使用者が役員又は使用人に対し支給する食事について、当該役員又は使用人が当該食事の支給により受ける経済的な利益がなく所得税が課されない限度額を、一月当たり三千五百円から七千円に引き上げること。

 三 災害による担税力の喪失を勘案し、被災者の負担軽減及び実額控除の機会を拡大する観点から、個人の有する住宅、家財等につき災害により損失が生じた場合において、当該個人の所得から控除することができる当該損失の金額の一定額を、独立した所得控除の対象とする制度を創設するとともに、当該制度による控除については人的控除を行った後において行うものとすること。

 四 給与等の支給額が増加した場合の所得税額及び法人税額の特別控除に関する制度を廃止すること。

 五 奨学金の返済額を所得控除の対象とすることその他の教育に関する経済的負担の軽減に関する施策に充てるため、法人課税について、所得の高い法人に対してその所得に見合う税負担を求めること。

 六 輸出物品販売場における輸出物品の譲渡に係る免税に関する制度について、その縮減その他の措置を講ずること。

 七 相続税及び贈与税について、資産に係る格差が拡大し、固定化している現状に鑑み、税率構造、非課税措置等の見直しにより累進性を強化すること。

 

 第81条および第82条は、衆議院議員提出法律案および参議院議員提出法律案と同様のスタイルであり、内容を見ても、現在の国会では通りそうにないものです。修正案は「所得税法等の一部を改正する法律案」の一体に対するものなので、部分的に「これは修正として通そう」、「この部分だけ否決しよう」ということはできないはずです。仮に与党が実質的に修正案の内容を受け入れるとしても、別の修正案を出すか、将来の国会に改正法律案を出すという形になるでしょう。勿論、第81条および第82条に示された内容が全く検討に値しない、という訳ではありません。


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