ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

修士論文のこと

2011年10月26日 00時05分36秒 | 法律学

  〔注意書き:これは、早稲田大学大学院法学研究科の博士後期課程に入学する前、1995年2月25日に記したもので、早稲田大学大学院法学研究科自治会発行の法研フォーラム第18号に掲載されました。今から16年前に書いた文章をここに掲載するのは、私が大東文化大学大学院法学研究科法律学専攻で修士論文の指導を行ってきたからです。もとより、内容も古く、現在の世情などとは合致しない点も多いのですが、敢えて無修正のまま掲載いたします。〕

 大学院修士課程に入学した以上、最終的に作成しなければならないもの、それが修士論文である。これを書き上げ、提出して審査を経なければ、修士課程修了とはならない。新入生の皆様は、もしかしたら、「もうそんな先の話をするのか?」と思われるかもしれない。しかし、二年間という時間は、長いようで短い。多くの先輩方も、そのように言われることであろう。とくに、博士後期課程に進学し、研究者としての道を歩みたいと考えられるならば、修士論文の充実度が非常に重要な問題となる。

 入学してから、先輩方の助言や忠告を受けられることとは思うが、私が、此処で新入生の皆様に―勿論、修士課程二年生となられる方にも―修士論文のことについて何かをお伝えすることも、不要なことではなかろう。私自身も、何もわからぬままにこの方角を選択し、先生方や先輩方より、様々な御指導、助言、忠告をいただいた。何も知らぬままに道を徘徊するよりは、少しばかりでも情報を仕入れたほうが、余計な手間を省ける。これから私が記すことが、皆様にとって参考になれば、それ以上の喜びはない。

 尤も、一般的に、論文の書き方などの問題は非常に個人的な問題でもあり、様々な点で人それぞれということになる。以下は、一度は博士後期課程入試に失敗し、再び受験して合格したばかりの私の体験を中心に、自己反省の意味をも含めて述べたものである。

 ①主題の選択について

 私が修士論文の主題を決定した時期は、一年生の夏休みである。主題は、行政行為論のうちの附款についてである。これを選択した理由は、第一に、日本の行政法学において何故か軽視された部分であること(ドイツでは逆に重要視されている)、第二に、附款は、法律の規定にない事柄を行政庁が一方的に相手方に「押しつける」手段であること(この点では、法律による行政の原理の例外と言うべきものであり、行政指導と類似する点もある)、第三に、附款に根強く残る民法学的色彩を検討することにより、行政行為の性質を考える一材料となること、である。一年生の前期に、日本の代表的な教科書や論文集を読み、たまたま所有していたドイツの行政法学の教科書を読んで、主題を決定した。そして、後期には、指導教授たる先生に御相談申し上げ、主題を本決定した。博士後期課程進学を希望される方は、早いうちから修士論文の主題などについて先輩方から質問などを受けられると思うが、夏休みに仮決定し、後期に本決定するというのが良いと思われる。

 ②資料の収集について

 一年生の後期から日本語文献の資料を集め始めたが、本格的に収集したのは春休みである。この時期は、資料収集に時間をかけるには最も良い。私が集めた外国語文献のうち、半分ほどは、一年生の春休みに集めた。以後は、補充的に、雑誌論文のコピーをし、時には教科書などを購入した。どのような文献が基礎的であるかは、日本語文献と外国語文献とを問わず、教科書を通じて或る程度知ることができる。そうした基礎的文献ほど、早い時期に集め、読んでいくと良い。

 ここで、外国語文献について述べておく。博士後期課程進学を希望される方は、おそらく、何らかの形で、修士論文中で比較法的考察をなされることとなろう(これには、博士後期課程入学試験との関連という重大な意味もある)。そのため、外国語文献の探し方などについて、若干のことでも知っておく必要がある。

 私の場合は、ドイツ法が検討の対象となった。従って、ドイツの法律雑誌、教科書、逐条解説書などが資料となる。早稲田大学は、ドイツの法律雑誌に関しては比較的良く揃えているほうである。法学部教員図書室に行けば、ドイツの法律雑誌を探すことができる。中央図書館にも若干ある。単行本については、法研学生読書室、中央図書館、高田早苗記念研究図書館(判例集、官報も収められている)にあたると良い。このうち、中央図書館には比較的古い年代の資料が、高田早苗記念研究図書館には比較的最近の資料が揃えられている(しかし、新しい資料が入るのは遅いので、注意を要する)。しかし、いずれの図書館であれ、非常に重要な書物が、早稲田に何故か入っていないことがある。

 早稲田大学にない資料を探すには、中央図書館のレファレンスを利用するとか、図書館(室)に置かれている目録を使って探すと良い(十分に探すこと!)。とくに、慶應義塾大学の図書館目録には目を通しておくと良い。早稲田大学の図書館と慶應義塾大学の図書館は提携を行っており、慶應(三田)にある資料を早稲田で閲覧することが可能だからである。また、外国の法律雑誌に関しては東京大学外国法文献センターを利用するという手もある。あとは国立国会図書館を訪れるという手もある(コピー代が高く、しかもコピー可能な頁数は限定される)。他大学出身の方は、その大学の図書館の卒業者利用証をお持ちになると良い(中央図書館発行の紹介状は不要となる)。

 ③執筆

 或る程度の資料を収集し、筋が見えてきたら、いよいよ執筆となる。あまり厳密に構成をする必要はないと思われるが、何を、何処で、如何に書いていくかについては、大まかに決めておかなければならない。私の場合は、序章で修士論文の目的(問題提起)を述べ、本文は第一章から第五章まで、それぞれ、学説史、概念、機能、訴訟の前段階での統制、訴訟の段階での問題というように構成し、終章でまとめ、という形を採った。勿論、論文の主題などによって、構成は変わってくる。いずれにせよ、骨組みだけは構築しておくべきである。その際、ノートを作っておくのが良い(私は、これといったノートを作らなかったので、実際に執筆する際に苦労した)。

 そして、書き進めていく段階に応じて、大学院での演習の場などで、先生方や先輩方に検討していただく。他者の意見を聴くことによって、論述の方法を学び、論文の客観性を高め、さらに研究自体を深化させるためである。文章というものは、書いた本人がその善し悪しを判断するのが難しい。自らはこれで十分であると考えたとしても、他者に全く意味の通じないこともある。他者に読解されなければ、文章というものは無意味である(日記などは別であろうが)。また、文章には、本人の理解度が如実に現れる。報告の準備が大変であることは当然であるが、機会は多いほうが良い。もし、一度も修士論文のための報告をしなかったという人が、いざ面接試験を受けるとなると、大変なことになる、という話を聞いたことがある。それだけでなく、報告の機会が少なければ少ないほど、自分のためにならない(このことは、よく頭に入れておいていただきたい!)。

 ④その他

 以上は、現在、私がようやく修士課程を修了できるという段階において考えられうることを記したものである。修士課程学生としての生活のことを含め、不明瞭な点が残るならば、是非とも先生方や先輩方に相談されたい。

 ただ、書き残したことがあるので、補充しておく。

 まず、博士後期課程進学を希望される方は、一方で修士論文の執筆をしながら他方で試験勉強をするという、二重の課題を果たさなければならない立場に置かれることとなる。この際、第二外国語の勉強が疎かになりがちなので、十分に注意されたい。また、修士論文に取り組む際に、比較対象の国の言語を理解できないのでは、全く話にならない。修士課程一年生の段階で、しっかりと勉強されたい。ゲーテの言葉に、「外国語を知らないものは、自分の国語について何も知らない」というものがあるが、修士論文に取り組んでみて、この言葉の意味をよく理解できた。

 次に、運悪く(?)博士後期課程入学試験に合格されなかった場合、既に提出した修士論文を撤回し、もう一年修士課程学生を続けることができる、という制度がある。(できることなら、そういう制度を皆さんが利用されなくても済むように願いたいが)その制度を利用されることになったなら、さらに文献を補充したり、文章を訂正するというように、修士論文を改善される努力をなされたい(ちなみに、私の場合は、論文の構成を大幅に変更し、重要な資料の検討を追加した)。


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