ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

佐賀駅から中心街を歩く(その3)

2013年04月11日 00時04分27秒 | 旅行記

 以下は、「待合室」の第346回として2010年1月22日から29日まで掲載した記事です。写真の撮影日は2009年8月3日です。誤字脱字の類を除いて一切修正を施しておりませんので、御注意ください。

 「しらやま商店街」を歩いています(しらやまは、漢字で記すと「白山」です)。九州島内の県庁所在都市、すなわち福岡市、佐賀市、長崎市、熊本市、大分市、宮崎市および鹿児島市の全てを訪れ、中心街を歩いていますが、福岡市は別格として脇に置くとしても、ここまで空洞化が進んでいる所は佐賀市の他にありません。 私は、大分大学在職中に何度か佐賀市を訪れていますが、中心街を歩いたことはありません。佐賀駅の北方、長崎自動車道の佐賀大和インターチェンジの近くに郊外型大規模店舗がいくつもあり、その辺りを車で走ったことがあるだけです。

 この写真の左側だけを見ると、シャッターが閉じられている店もありますが営業中の店舗もあり、午前中の商店街という感じです(実は正午を過ぎています)。しかし、右側にある、明らかに大規模店舗の跡が商店街の今の様子を物語っています。一度訪れただけで軽率に印象を語るものではありませんが、京浜地区の商店街を歩き慣れているだけに、また、九州各県の県庁所在都市を歩いているだけに、空洞化の進行状況がわかります。

 この大型店舗の跡は、いやがうえにも目立ちます。閉店してからそれほど時間が経過していないようで、外壁はそれほど傷んでいないようにも見えます。問題は、この後に建物がどのようになるかでしょう。別の企業による大型店舗の開店も考えられなくはないのですが、可能性は低いものと思われます。

 ただ、よく見るとこの建物で営業している店舗があります。上の写真の右側に、その店舗の立て看板があります。この建物の4階と5階にインターネットカフェがあります。 全国的に展開しているインターネットカフェの支店であるとのことです。

 ネットカフェ難民という深刻な現象が語られる昨今ですが、私は2004年にインターネットカフェを利用したことがあります。首都圏では溝口と立川、九州では福岡の今泉(西鉄福岡駅と薬院駅の間)と大分駅前です。大分大学を離れて大東文化大学へ移った年で、まだ自宅にインターネットの環境が出来ていなかったためです。とくに、西南学院大学における最初の集中講義の際には、ほぼ毎日、夕食をとってからインターネットカフェを利用していました。

 ここから建物の中を見ることができますが、閉店して間もないようです。そして、入口には閉店を知らせる貼り紙がありました。その全文を書き写しておきましょう(写真もあるのですがピンボケになっていますので)。

  「お礼とご挨拶

 H.I.は平成21年6月29日をもちまして閉店させていただきました。

 皆様に支えられた28年間、多数のお客様にご来店していただき、感謝と感動の気持ちでいっぱいです。お客様より頂きました『暖かいお言葉・すばらしい感謝』を忘れる事はございません。

 また、6月27日・28日・29日の『感謝の3日間』、多数のお客様に足を運んでいただきました事を厚く御礼申し上げます。

 なお、これまでH.I.にてご購入して頂いた商品のメーカー様お問い合わせ先につきましては、下記QRコードよりご確認する事ができます。

 また、サイバック佐賀店につきましては、今後も今まで通り営業いたします。

 最後となりますが、長きに渡りのご愛顧、誠に有難う御座いました。

 (「メーカー様お問い合わせ先QRコードは省略」)

 平成21年6月吉日

 株式会社  ヒートアイランド」

 佐賀新聞が2009年6月26日に報じたところによりますと(http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1318883.article.html)、このヒートアイランドという会社は衣料品店を経営しており、1981年に創業しました。1987年、佐賀市の唐人に本社ビルをオープンさせ、1999年4月に上の写真の建物に移転しました。実は、この建物は元々ダイエー佐賀店が入っていたビルだったのです。大分市もそうでしたが、九州からはダイエーの多くの店舗が撤退しています。ダイエー佐賀店の閉店は大分店より早かったようです。その後にヒートアイランド社が入居したのですが、ほぼ10年で閉店に至ったことになります。佐賀新聞の記事には「ピーク時の年商は10億円を超えたが、大型店進出の影響で近年の売上は3分の1程度まで落ち込んでいた」と書かれています。やはり、北部の郊外型大規模店舗との競争に負けたということでしょう。会社は清算するとのことでした。

 上の挨拶文に登場するサイバック佐賀店はインターネットカフェで、これは現在も営業しています。前の写真の立て看板はサイバック佐賀白山店のものです。

 同じビルの東側 です。おそらく何らかの店舗だったのでしょう。しかし、営業を終えていることは明らかです。この、かつてダイエー佐賀店であった建物は、4階と5階に営業店舗があるのに1階から3階までは完全に空き家という奇妙な状態にあります。

 しらやま商店街を抜け、少し南に進むと、今度はエスプラッツの建物があります。これも大分時代に聞いたことがある名前です。研究室で聞いた、NHKラジオ第一放送の「列島リレーニュース」でした。ここは、かつて第三セクターの「まちづくり佐賀」が運営していたのですが、1998年のオープンからわずか3年でこの第三セクターは倒産しました。しかも、その後もしばらく営業していたとはいえ、しばらく全ての店舗が撤退して空き家の状態が続くという状態になりました。結局、佐賀市などが購入し、公共施設などがオープンするということになりましたが、やはり自動車社会の進展とそれに伴う郊外型大規模店舗の進出が致命的であったようです。悪いことに、エスプラッツには大型の無料駐車場がなかったようです。これでは失敗が最初から運命付けられていたようなものでした。ちなみに、この建物の上部は住宅となっています。

 少なくとも九州で中心街の活性化を図るための第一歩は、駐車場の見直しです。有料では利用客が減ります。買い物をするために利用するとしても、実際に何かを買わなければ高い駐車料金を払わなければなりません。また、買い物の金額によって無料となる時間が決まっていますから、たとえば2000円分の買い物をした場合に1時間分が無料になるとしても、1時間を超えると駐車料金を払わなければなりません。さらに、利用客にとって駐車場の券はわずらわしいものでして、紛失したらおしまいですし、そうでなくとも買い物の度にレジで券を出して処理してもらわなければなりません。郊外型大規模店舗の駐車場であれば、そもそも駐車料金をとられませんから、時間と買い物の金額を気にする必要もありませんし、券の紛失などを心配する必要もありません。もし、中心街が郊外型大規模店舗と対等に競争をし、勝利したいのであれば、駐車場を無料化することから始めなければなりません。しかし、そのためには広大な面積の敷地、または大きな駐車場専用ビルを建設する必要があります。

 以上のことは、首都圏でも当てはまります。私は、時折、休日に川崎市高津区、宮前区や横浜市青葉区、都筑区、緑区のホームセンター、大型電器店などへ行きます。駐車料金は無料です。品揃えも悪くありませんし、中心街より安価であることも多いのです。電器店で言えば、専門的知識、さらにポイントカードの使い易さまで、中心街の店舗より郊外型大規模店舗のほうが上であることも少なくありません。

 それから、コンビニエンスストアについても駐車場が必要となります。現在、私が住んでいる場所の近くに、絶えずお客が集まるコンビニエンスストアがあります。ここには比較的大きな駐車場があります。駅からそれほど離れてはいないのですが、駐車場のおかげで集客力があると考えるのが自然です。同じような例をいくつも見ています。

 お断りしておきますが、以前にも記しましたように、私は自動車社会を良いものと思っていません。7年間、大分市に住んでおり、自家用車通勤をしておりましたので、体調が悪い時などに感じる不便さを痛いほどに知っています。私が住んでいた所は郊外型大規模店舗が近かったので、買い物などは便利なほうでした。しかし、自家用車がなければ通勤も通学もできない、病院にも行けない、などという地区が多いのです。何しろ、大分市では飲み屋でも駐車場完備が当たり前というくらいです。どう考えても公共交通機関を使えそうもない所にショットバーや居酒屋があったりします。これでは飲酒運転を減らせる訳がありません。


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