6.「行政手続法」の構造その3 不利益処分
〔1〕不利益処分の意味
「不利益処分」は「行政手続法」第2条第4号により、「行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分をいう」と定義される。従って、基本的には行政法学にいう賦課的行政行為(侵害的行政行為)と同義である。但し、次のものは不利益処分とされない。
a.特定の者を名宛人としない処分(同号本文)=対物処分(名宛人を想定していない)、一般処分(相手方が不特定多数の者であるという処分)
b-1.事実上の行為(同号イ)=行政上の強制執行、即時強制など
b-2.事実上の行為をなすに際して範囲や時期を明らかにするため、法令によって必要とされている手続としての処分(同号イ )=行政代執行の戒告など
c-1.申請拒否処分(同号ロ)
c-2.「その他申請に基づき当該申請をした者を名あて人としてされる処分」(同号ロ)=申請に基づいて行われる取消(撤回)処分など
d.名宛人の同意の下になされる処分(同号ハ)
e.「許認可等の効力を失わせる処分であって、当該許認可等の基礎となった事実が消滅した旨の届出があったことを理由としてされるもの」(同号ニ)=行政行為の撤回のうち、事業の廃止の届出があった場合や、要件事実が事後的に消滅したという趣旨の届出があった場合のこと
〔2〕処分基準の設定および公表
「行政手続法」第2条第8号ハは、処分基準を「不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準」と定義する。やはり裁量基準と解釈基準とに分けることができるであろう。また、審査基準と同様に、処分基準の存在形式には様々な形態が考えられるが、やはり、主に行政規則の形態をとることとなろう。
同第12条第1項は、処分基準の設定および公表について、審査基準と異なり、行政庁の努力義務としている。一応の理由として、画一的に定めることの技術的な困難性、公表することによる脱法的行為の助長のおそれがあげられる。申請に対する処分と比較して、定型性などが少ないと考えられるからであろう。
なお、処分基準を設定する場合には「不利益処分の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない」(同第2項)。
〔3〕理由の提示
同第14条により、行政庁の行為義務とされる。理由の提示が処分と同時に行われなければならない点は「申請に対する処分」の場合と同様であり、理由を提示すべき程度についても「申請に対する処分」の場合と同様である。次の判決を参照されたい。
●最三小判平成23年6月7日民集65巻4号2081頁(Ⅰ−120)
事案:原告X1は一級建築士としてX2社に勤務していたが、建築基準法に定められた基準に適合しない建築物が設計され、建築されたなどとして、国土交通省北海道開発局長による聴聞手続(建築士法第10条第1項による懲戒処分のための)を受けた。その結果、X1は、国土交通大臣より建築士法第10条第1項第2号・第3号に該当するとして一級建築士免許取消処分を行った。本件の争点はいくつか存在するが、その一つが理由不備の違法であり、X1は、国土交通大臣が該当する懲戒事由および処分ランクを理由として付記すべき義務があるのに、本件においては処分ランクが告知されなかったことが理由不備の違法であると主張した。札幌地判平成20年2月29日民集65巻4号2119頁はX1の請求を棄却し、札幌高判平成20年11月13日民集65巻4号2138頁もX1の控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、札幌高裁判決を破棄し、X1に対してなされた一級建築士免許取消処分を取り消した〔一裁判官の反対意見(一裁判官が同意)、一裁判官の補足意見がある〕。
判旨:①「行政手続法14条1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして、同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは、上記のような同項本文の趣旨に照らし、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである」。
②「建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由としては、処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて、本件処分基準の適用関係が示されなければ、処分の名宛人において、上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても、いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられる。(中略)本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直接にはく奪する重大な不利益処分であるところ、その処分の理由として、上告人X1が、札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として、建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行い、それにより耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させ、又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行ったという処分の原因となる事実と、建築士法10条1項2号及び3号という処分の根拠法条とが示されているのみで、本件処分基準の適用関係が全く示されておらず、その複雑な基準の下では、上告人X1において、上記事実及び根拠法条の提示によって処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても、いかなる理由に基づいてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ることはできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては、行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし、同項本文の要求する理由提示としては十分でないといわなければならず、本件免許取消処分は、同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるというべきであって、取消しを免れないものというべきである」。
〔4〕告知・聴聞
既に述べたように、告知・聴聞は適正な行政手続の基本的な内容の一つである。日本の「行政手続法」において、告知・聴聞の規定は不利益処分に関する手続を定める第3章に置かれている。
従って、不利益処分をなす際には、原則として告知・聴聞を行わなければならないこととなるが、「行政手続法」第13条第1項は、聴聞手続が行われる場合を限定的に定め、不利益処分の際に行われる手続として、聴聞、弁明の機会の付与の二種類を定めている。
このうち、聴聞は正式の手続と位置づけられており、同第1号により、次のような不利益処分をなそうとする際に行われなければならないこととされている。
・「許認可等を取り消す不利益処分」(同号イ)=これは、行政法学にいう取消はもとより、撤回も含む。
・「(許認可等を取り消す不利益処分以外で)名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分」(同号ロ)
・「名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分」(同号ハ)
・「(名あて人が法人である場合に)名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分」(同号ハ)
・「(名あて人が法人である場合に)名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分」(同号ハ)
・その他「行政庁が相当と認めるとき」(同号ニ)
以上のいずれにも該当しない不利益処分については、第2号により、略式の手続である弁明の機会の付与が行われる。
〔5〕聴聞手続
行政手続法が聴聞手続を正式なものと位置づけていることは、第15条以下において手続に関する詳細な規定を置いていることからも明らかである。ここでは概略のみを示しておくこととしよう。
聴聞を実施する際には、まず、不利益処分の名宛人(相手方)となるべき者に告知をしなければならない。「行政手続法」第15条第1項は「通知」として、書面により、以下の点を告知しなければならない旨を定める。
・「予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項」(同第1号)
・「不利益処分の原因となる事実 」(同第2号)
・「聴聞の期日及び場所」(同第3号)
・「聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地」(同第4号)
この際、聴聞期日までに「相当な期間」を置かなければならない(同第1項柱書)。
しかし、以上を通知しただけでは聴聞の実をあげることはできないであろう。そこで、同第2項は、行政庁に対し、「通知」の書面において次の事項を名宛人に教示する義務を課している。
・「聴聞の期日に出頭して意見を述べ、及び証拠書類又は証拠物(以下「証拠書類等」という。)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて陳述書及び証拠書類等を提出することができること」(同第1号。同第20条および同第21条も参照)
・「聴聞が終結する時までの間、当該不利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができること」(同第15条第2項第2号。同第18条も参照)
聴聞主宰者は「行政庁が指名する職員その他政令で定める者」である(同第19条第1項。同第2項に除斥事由が定められている)。「行政庁が指名する職員その他政令で定める者」であるが、「行政庁の事実認識に判断の誤りがないかどうかを聴聞の審理を通じて自己の責任において評価(意見)する必要がある」ことから「聴聞において処分庁たる行政庁から相対的に独立した人格として法律上これを位置付けて」いる〈行政管理研究センター編『逐条解説行政手続法』〔27年改訂版〕(2015年、ぎょうせい)210頁。櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)203頁も参照〉。
また、聴聞主宰者は、単に口頭審理を主宰するに留まらず、審理終了後に聴聞調書および報告書を作成しなければならない(同第24条)。報告書においては聴聞主宰者の意見も記載されなければならず(同第3項)、行政庁はその意見を十分に参酌する義務を負う(同第26条)。
聴聞手続における審理は、同第20条に定められるところによる。すなわち、「最初の聴聞の期日の冒頭」に、聴聞主宰者が行政庁の職員に、予定されている不利益処分の内容、およびその根拠となる法令の条項、さらにその不利益処分の原因となる事実を「聴聞の期日に出頭した者に対して説明させ」ることから始まる(同第1項)。これを受けて、当事者または参加人は、意見を陳述し、証拠書類を提出することができ、主宰者の許可を得ることを要件とはするが行政庁の職員に対して質問を行うことができる(同第20条第2項)。他方、聴聞主宰者は、必要姓を認めたときには当事者または参加人に質問をすることができ、当事者または参加人に意見陳述または証拠書類等の提出を促すことができる。また、行政庁の職員に対して説明を求めることもできる(以上、同第4項)。
「行政手続法」に定められる「参加人」や「関係人」の用語法は、ややわかりにくい。同第17条第1項は「第19条の規定により聴聞を主宰する者(以下「主宰者」という。)は、必要があると認めるときは、当事者以外の者であって当該不利益処分の根拠となる法令に照らし当該不利益処分につき利害関係を有するものと認められる者(同条第2項第6号において「関係人」という。)に対し、当該聴聞に関する手続に参加することを求め、又は当該聴聞に関する手続に参加することを許可することができる」と定める。これを受ける形で、同第2項は「前項の規定により当該聴聞に関する手続に参加する者(以下「参加人」という。)は、代理人を選任することができる」と定める。他方、第19条第2項第6号は、聴聞主宰者の除斥事由として「参加人以外の関係人」をあげる。要するに、利害関係人のうち、聴聞主宰者が聴聞手続への参加を求めた者、または聴聞主宰者が聴聞手続への参加を許可した者が「参加人」であり、それ以外の者が「関係人」である、ということになる。
聴聞は非公開が原則であるが、行政庁の判断によって公開されることもありうる(同第20条第6項)。
なお、聴聞手続を準司法的手続や行政審判などとして位置づけることはできない。そのため、聴聞手続を経てなされた行政庁の処分について、実質的証拠法則など特別の効果を認めることはできない〈塩野宏『行政法』〔第六版〕(2015年、有斐閣)331頁〉。
〔6〕文書閲覧(同第18条第1項)
「不利益処分」について、しかも聴聞手続についてのみ認められているが、当事者および参加人の権利として規定される。なお、この閲覧は公開ではない。
〔7〕行政不服申立ての制限
「行政手続法」第27条は、2014(平成26)年に新行政不服審査法が成立したこと(従来の行政不服審査法の全部改正)に伴って改正されたが、新行政不服審査法がまだ施行されていないため、現在は改正前の規定が施行されている。
まず、改正前の同第1項によると、行政手続法第3章第2節の規定に基づく処分〈聴聞参加手続規定(同第17条第1項。行政庁)、利害関係人の参加の許可(同項。聴聞主宰者)、文書閲覧許可等(同第18条第1項。行政庁)、補佐人の出頭の許可(同第20条第3項。聴聞主宰者)、当事者等による行政庁の関係職員への質問の許可(同第2項。聴聞主宰者など)〉については、行政不服申立てをなすことができない。付随的な処分であることが理由とされる。
また、同第27条第2項によると、聴聞を経てなされた不利益処分については、行政不服審査法による異議申立てをすることができない。理由として、処分庁に対する不服申立てであることがあげられる。但し、公示送達によって行政手続の当事者の地位を得た者については例外が規定される。
次に、改正後の「行政手続法」第27条によると、行政手続法第三章第二節の規定に基づく処分またはその不作為は、審査請求の対象とならない。新行政不服審査法が、行政不服申立てを基本的に審査請求に一本化したことによるものである。
▲第7版における履歴:2021年2月10日掲載。
▲第6版における履歴:2015年11月30日掲載(「第16回 行政手続法−事前手続に対する統制−」として)。
2017年10月26日修正。
2017年12月20日修正。
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