毎年、年末になると、私の自宅や研究室に、出版社から図書目録が送られてきます。それを読むこと自体も楽しみの一つですが、教科書に関する悩みも同時に進んでいきます。
仕事柄、少なくとも自分の専門科目については何種類もの教科書を買います。勿論、講義のため、論文や判例解説(評釈)などのためです。しかし、これは私が大学の教員という立場にあるからで、専門的な勉強を進めていない人に勧められる方法ではありません。学生から教科書について質問を受けたら、まずは基本書を紹介し、その中の一冊を読みつぶすように、と答えています。
法律学の世界では、とくに司法試験や公務員試験に向けての勉強のために使用される教科書のうち、定評のあるものを基本書といいます。大きな書店であれば、基本書は一つのコーナーにまとめられていたりしますし、タスキがかけられたりしていますから、すぐにわかるでしょう。勿論、受験雑誌や予備校のテキストでも紹介されています。分野ごとの定番もあるでしょうし、定番とまでは言えないまでも無視してはならないものもあるでしょう。
ただ、この教科書というものは、実のところ、扱いがかなり難しいものです。何故なら、法学部生にも様々な人がいますし、法学部生と大学院生とではやはり読み方などが異なるからです。ここでは、まず法学部生がどのように教科書を利用すべきかについて記していきます。
とくに司法試験や公務員試験などの受験を考えている人に多く見受けられるのが、一つの分野(例えば行政法)について何種類もの基本書(教科書)を抱えている人です。おそらく、この部分についてはこの本、あの部分についてはあの本、という形なのでしょう。しかし、この方法は、学習の進行段階を十分に踏まえて初めて成功するものであり、まだその分野を勉強し始めたばかりの学生にはとってはむしろ有害であるため、お勧めできません。
法学部生、とくに(科目・分野を問わず)初学者については、次のように申し上げておきましょう。
「どの科目であれ、どの分野であれ、まずは教科書を一冊読みつぶすこと。」
これは、私が学生に対して言うことです。私自身の(決して豊かとは言えない)経験から、読みつぶしを勧めています。最初から多くの本に手を出す必要はありません。否、手を出してはいけません。まずは一冊、じっくり読むことです。
多くの講義では、教員が教科書を指定しているはずです。自分に合う・合わないの問題はあるかもしれませんが、とりあえず、指定された教科書をじっくり読んでください。最初から最後まで読むのは当然のことですが、それだけでは足りません。赤鉛筆やマーカーなどを使って線を引く、さらにはノートに書き写す、など、手も動かします。目だけでなく、手を動かすことによって、理解は深まります。私は、学部生時代に憲法、民法の総則について、ノートに要点などを書いていました。写経に近いようなこともしました。随分と遠回りなことであると思われるでしょう。実際、私もそう思っていました。しかし、結果的にはこれがよかったと思っています。読むだけでなく、書いて覚えたことは、必ず身についています。仮に忘れたとしても、読み返せばすぐに思い出したりするものです。
教員が講義の教科書を指定していない場合はどうすればよいでしょうか。この場合は仕方がないので、書店に行って基本書を探してください。手っ取り早いのは大学生協、または大学内の書店です。ただ、こうした大学内の書籍販売店の品揃えは、大学の格(レベル)などをかなりの程度で忠実に反映しているという部分もあるので、どうかすると基本書のことを全くわかっていない店もあることは事実です。それなら大きな書店へ行ってください。昔はともあれ、今は県庁所在都市であればどこかの大手書店の支店はありますから、法律関係の書物は必ず置かれています。基本書も簡単に見つかります。現に、大分大学時代に、私は大分市中央町のフォーラスにあるジュンク堂書店に行っては、基本書などを購入していました。
私は元々行政法の専攻です。学部生時代に履修した行政法の講義は、教科書が指定されていなかったので、中央大学生協(法律関係に関して、ここの品揃えは大学生協で一番でしょう)で原田尚彦教授の『行政法要論』を購入しました。当時は全訂第2版で、まだ塩野宏教授の『行政法』シリーズが刊行されておらず、田中二郎博士の『新版行政法上巻』が定番でした。『新版行政法上巻』も購入しましたが、ベースは『行政法要論』です。毎日のように電車の中で読み、マーカーを引き、ついに本がバラバラになってしまうまで読みました。『行政法要論』を何度読み返したかわかりません。
どのような形であれ、自分のものとなった教科書です。他人から借りたものではないのですから、いかに使うかはその人にかかっています。その意味では自由です。しっかり読み込み、使おうではありませんか。一冊目は、何度も通読し、線を引き、書き込みをしておきましょう。それから二冊目に手を広げても遅くはありません。何はともあれ、その分野の最初の教科書を読みつぶすことです。
また、法律学の教科書の場合、民法は総則、物権、債権などと分かれており、刑法は総論と各論とに分かれている、ということが多いのですが、このような場合にはどのようにすればよいのでしょうか。
民法については、たとえば総則と物権とで著者が違う、というようなことがあっても、それほど大きな問題はないと思われます。勿論、同じ著者のもので固めてもよいのです。そもそも、民法の場合、財産法(総則、物権、債権)と家族法(親族、相続)とが完全に分かれていることが多く、財産法も家族法も網羅している教科書は多くありません。そのため、同じ著者のもので固めるとすると財産法だけ、家族法だけということになるでしょう。
これに対し、刑法は注意を要します。総論と各論とが一冊にまとめられているのであれば、それで十分ですが、総論と各論が別々である場合、総論と各論とで著者が異なる、というようなことは避けてください。刑法は、民法に比べ、総論と各論との結びつきが非常に濃い分野です。総論で行為無価値論をとるか結果無価値論をとるか、法定的符合説をとるか具体的符合説をとるか、などという点が非常に重要となります。各論にも密接につながりますし、総論での立場の違いが各論での結論を左右することも少なくありません。そのため、総論で結果無価値論をとる学者の教科書を使い、各論で行為無価値論をとる学者の教科書を使うと、訳のわからないことになりかねません。論理性と体系性が重視されますので、総論、各論のどちらも同じ著者の教科書を選び、通読してください。
ついでに、行政法についても記しておきます。最近は一冊で行政作用法総論と行政救済法を扱うものが増えました。初学者はこうしたもので十分です。私も、最近は一冊で行政法1と行政法2の両方をカバーできる教科書を使っています。先ほどあげた、原田尚彦教授の『行政法要論』もこのタイプです。
しかし、今でも行政作用法総論、行政救済法、行政組織法と分かれている教科書も少なくありません。塩野宏教授の『行政法』、宇賀克也教授の『行政法概説』がこのタイプで、『行政法』は三冊、『行政法概説』も三冊です。このような場合には、刑法と同じく、同じ著者のものを揃えるべきです。行政作用法総論と行政救済法との結びつきを体系的に理解する必要があるからです。
とりあえず、教科書について記したかったことは以上の通りです。また、何かの機会があったら記します。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます