4.行政規則(行政命令)
(1)定義など
行政規則とは、行政機関が定立する、私人の権利義務に直接関係しない行政立法のことである。従って、法規命令と異なり、行政規則は外部的効果を有せず、行政内部における効果のみを有し、法律などの解釈の基準を示す(解釈基準)、行政庁の裁量権行使の基準を示す(裁量基準)、などの機能を有する。
■ここで、外部的効果と内部的効果について説明を加えておく。
外部的効果とは、或る行為などの効果のうち、行政の外部に対して働く何らかの法的効果のことである。法規命令の場合は、施行によって国民一般に対する拘束力を有する(法規命令は「法規」としての性格を有する)。また、行政行為は、特定の私人に対する法的拘束力を有する。
内部的効果とは、或る行為などの効果のうち、行政の内部に対してのみ働く法的効果のことである。行政規則の場合、上級行政機関が下級行政機関に何かを命じるなどして効果を生じるのであるが、一般国民または特定の個人に対する法的拘束をなすものではない(法的には無関係である。つまり行政規則は「法規」でないということなのである)。
(2)行政規則の存在形式
行政規則は、通常、次のような形式として存在する。
①訓令・通達(国家行政組織法第14条第2項、内閣府設置法第7条第6項):上級行政機関が下級行政機関に対し、その権限の行使を指図するために発する命令のことである。論者によって用語法が異なるが、一般的には区別がなされていない。あえて言うなら、文書による命令が通達であるということになろうか(そのように定義する例もある)。
②要綱(地方公共団体の場合):条例を施行するためのものなど、様々な目的を有する。
③告示(国家行政組織法第14条第1項、内閣府設置法第7条第5項):但し、外部に対する法的拘束力を有する場合、すなわち法規としての性格を有する場合がある(国立公園などの指定の告示。なお、文部科学省は、学習指導要領を告示の形式で示しながら、法的拘束力があると主張しており、最一小判平成2年1月18日民集44巻1号1頁も法的拘束力を認める)。
(3)訓令・通達の法的拘束力に関する問題(重要!)
訓令・通達は行政規則としての法的性質を有するが、法規としての性質を有しない。このことから、従来の学説・判例は、内部行為的性質を重視しつつ次のような法理を示してきた。
①通達は、国民の法的地位に直接影響を及ぼすものではない。単に下級機関の権限行使を制約するにすぎない。そのため、上級行政機関は、その有する包括的な行政監督権限に基づき、下級機関の所掌事務について、とくに法律の根拠を必要とせずに通達を発することができる。
②行政庁が国民に対して通達に反する処分を行っても、その処分は通達違反の故に直ちに違法とは認められない。国民は、通達に違反した不利益な処分を被っても、処分が通達に違反することのみを以て処分の違法を主張することはできない。行政庁側も、処分が通達に違反しないことを理由として、処分の違法性が争われているときにその処分の適法性を根拠づけることは許されない。また、裁判所も、法令の解釈運用の際に訓令・通達の拘束を受けることはない。従って、通達に定められた取扱いが法の趣旨に反している場合には、裁判所は、その取扱いの違法も判断できる。
③通達は、国民と直接関係しない。従って、違法な通達が発せられ、そのために事実上国民に対し不利益な効果が及んでも、国民は通達自体を争うことはできない。もし違法な通達が発せられた場合には、国民は具体的な不利益処分が行われるのを待ち、行政処分がなされた段階で、この行政処分に対して行政訴訟などを提起して、違法な通達を執行した具体的処分の違法性を争えばよい。
●最三小判昭和43年12月24日民集22巻13号3147頁(Ⅰ―55)
事案:墓地、埋葬等に関する法律第13条に定められた「正当な理由」(埋葬の拒否に関する)について厚生省環境衛生課長が通達を発していたが、宗教団体間の対立から埋葬拒否事件が多発するに至り、同省公衆衛生局環境衛生部長が新たに通達を発した。これに対し、原告寺院が異宗徒の埋葬の受忍が刑罰によって強制されるなどとして、新たな通達の取消しを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和37年12月21日行集13巻12号2371頁)は原告寺院の請求を却下し、二審判決(東京高判昭和39年7月31日行集15巻7号1452頁)も原告寺院の控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。
判旨:「元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではな」いから、「行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる」。また、「現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されない」。
しかし、現実において、通達は行政機構に対して強い指導力(ないし拘束力)を有し、国民の地位に大きな影響を及ぼすことが多い。状況によって、通達に何らかの法的意味を認めることも必要となろう、具体的には次のような論点がある。
a.通達によって慣習法化した場合(例、法解釈):通達が変更されるときなどに問題となる。
●最二小判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁(Ⅰ―54)
事案:旧物品税法において「遊戯具」は課税対象物品とされたが、パチンコ球遊器は10年間ほど課税の対象となっていなかった。しかし、東京国税局長は、パチンコ球遊器が「遊戯具」に該当するという趣旨の通達を発し、これに基づいてYら(品川税務署長など)がXら(パチンコ球遊器製造業者)に対して物品税賦課処分を行った。Xらは、Yら物品税賦課処分の取消および納税金の返還を請求する訴訟を提起した。一審判決(東京地判昭和28年2月18日行集4巻2号298頁)はXらの請求を却下・棄却し、二審判決(東京高判昭和30年6月23日行集6月6号1404頁)もXらの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷もXらの上告を棄却した。
判旨:「社会観念上普通に遊戯具とされているパチンコ球遊器が物品税法上の『遊戯具』のうちに含まれないと解することは困難であり」、「本件の課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであつても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げがなく、所論違憲の主張は、通達の内容が法の定めに合致しないことを前提とするものであつて、採用し得ない」。
物品税法は、消費税法の施行により、1989(平成元)年4月1日に廃止された。なお、物品税は、租税法学や財政学における消費税の一種である。「租税法講義ノート」〔第3版〕の「第7部:消費課税 第34回:消費課税総説」を参照。
b.通達によって処分への審査基準が設定された場合(例、平等原則違反)。また、大量一律に許認可の可否を決定する場合。
c.国民が通達の影響で直接的に重大な不利益を被り、しかも通達そのものを争わなければ、救済を全うしえないような特段の事情がある場合。
(4)要綱の問題
補助金給付要綱(これは、実際上、裁量基準として機能する。また、法律の委任を受けていない場合が多い)や指導要綱(宅地開発指導要綱など、地方公共団体において制定された、行政指導の基準)などの形式で存在する。とくに指導要綱が問題とされうる。
●最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁(Ⅰ−98)
事案:Xは武蔵野市に3階建て賃貸マンションの建設を計画した。武蔵野市は宅地開発指導要綱に基づいて教育施設負担金の寄付を要請した。Xは不満を抱いたが制裁などを恐れたため、市に教育施設負担金を納付した。Xは、この寄付が武蔵野市の強迫によるものであるとして意思表示の取消しを主張した上で、教育施設負担金相当額の返還を求めて出訴した。東京地八王子支判昭和58年2月9日民集47巻2号603頁はXの請求を棄却し、東京高判昭和63年3月29日民集47巻2号610頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて、Xの主張のうち、強迫の主張を退けたが、国家賠償の請求について破棄差戻判決を出した。
判旨:「行政指導として教育施設の充実に充てるために事業主に対して寄付金の納付を求めること自体は、強制にわたるなど事業主の任意性を損うことがない限り、違法ということはできない」が、「指導要綱は、法令の根拠に基づくものではなく、被上告人において、事業主に対する行政指導を行うための内部基準であるにもかかわらず、水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、事業主に一定の義務を課するようなものとなっており、また、これを遵守させるため、一定の手続が設けられている。そして、教育施設負担金についても、その金額は選択の余地のないほど具体的に定められており、事業主の義務の一部として寄付金を割り当て、その納付を命ずるような文言となっているから、右負担金が事業主の任意の寄付金の趣旨で規定されていると認めるのは困難である。しかも、事業主が指導要綱に基づく行政指導に従わなかった場合に採ることがあるとされる給水契約の締結の拒否という制裁措置は、水道法上許されないものであ」る(水道法第15条第1項、前掲最二小決平成元年11月7日判時1328号16頁を参照)。本件において、武蔵野市の担当者の対応からは「本件教育施設負担金の納付が事業主の任意の寄付であることを認識した上で行政指導をするという姿勢は、到底うかがうことができ」ず、「右のような指導要綱の文言及び運用の実態からすると、本件当時、被上告人は、事業主に対し、法が認めておらずしかもそれが実施された場合にはマンション建築の目的の達成が事実上不可能となる水道の給水契約の締結の拒否等の制裁措置を背景として、指導要綱を遵守させようとしていたというべきであ」り、Xに対して「指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるものであり、米久に教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる」から、「右行為は、本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない」。
(5)裁量基準の公表
裁量基準として行政規則が定められることが多い。裁判所はこれに拘束されない(前掲最三小判昭和43年12月24日)。しかし、裁量基準が公表されると、国民に予測可能性を与え、行政庁の恣意的な判断を抑制する効果がある。逆に、行政庁の意図を知らしめることによってそのとおりの目的を達成しうる。
行政手続法第5条は、申請に対する処分についての審査基準を可能な限り具体的に定めた上で公開することを義務付ける。また、同第12条は、不利益処分についての処分基準を可能な限り具体的に定めた上で公開することを努力義務としている。
●最一小判昭和46年10月28日民集25巻7号1037頁(個人タクシー事件、Ⅰ―117)
事案:行政手続法の制定に大きな影響を与えた判決として有名なものである。
Xは新規の個人タクシー営業免許を申請した。陸運局長Yはこれを受理し、聴聞を行ったが、道路運送法第6条に規定された要件に該当しないとして申請を却下する処分を行った。Xは、聴聞において自己の主張と証拠を十分に提出する機会を与えられなかったなどとして出訴した。一審判決(東京地判昭和38年9月18日行集14巻9号1666頁)はXの請求を認め、二審判決(東京高判昭和40年9月16日行集16巻9号1585頁)もXの請求を認めた。最高裁判所第一小法廷もXの請求を認め、本件の審査手続に瑕疵があったとしてYの申請却下処分を違法と判断した。
判旨:「本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる」。道路運送法第6条は「抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである」。
(6)意見公募手続
意見公募手続とは、命令等制定機関が命令等を定めようとする場合に、あらかじめ、当該命令等の案および関連する資料を公示し、意見の提出先および提出期間を定めて広く一般の意見を求めることである(行政手続法第39条第1項)。
ここで「命令等制定機関」とは、命令等を定める機関のことであり、政令のように「閣議の決定により命令等が定められる場合」は「当該命令等の立案をする各大臣」をいう(行政手続法第38条第1項)。
また、「命令等」は、行政手続法第2条第8号により、次のものとされる(同イ~ニ)
法律に基づく命令(処分の要件を定める告示を含む)または規則
審査基準
処分基準
行政指導指針
なお、行政指導指針に関連して、前掲最一小判平成5年2月18日および最三小判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁(Ⅰ-124)に注意すること。また、行政手続法第32条以下を必ず参照すること。
さらに、平成26年改正により、第35条が改正されたこと、および、「行政指導の中止等の求め」として第36条の2が、「処分又は行政指導」を求めうることを定める規定として第36条の3が追加されたことにも注意を要する。
▲第7版における履歴:2020年5月5日掲載。
▲第6版における履歴:2015年9月22日掲載(「第6回 行政立法(法規命令・行政規則)」として。以下同じ)。
2015年10月21日修正。
2017年10月26日修正。
2017年12月20日修正。
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