ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

気になる判決 市長の専決処分

2021年10月27日 11時15分00秒 | 国際・政治

 少し前の話ですが、気になる判決が10月20日に岡山地方裁判所から出されていました。朝日新聞社が2021年10月22日の9時30分付で「市長の専決処分『違法だが、事後承認で適法に』 地裁判決」として報じています(https://www.asahi.com/articles/ASPBP6RTJPBPPPZB005.html)。

 詳細はわからないのですが、記事には簡単に記されているところによると、事実は次のようです。2020年6月18日、美作市議会は、市長が提案した教育長選任人事を否決しました。しかし、同月22日、市長が専決処分を行い、7月1日付で新しい教育長が選任されました。今年(2021年)の4月に美作市議会議員選挙が行われており、同月に行われた市議会において市長が教育長の選任への同意を求める議案を提出し、市議会が承認しました。

 2020年6月の専決処分から2021年4月の市議会による承認まで、随分と時間が空いたものです。いかなる経緯なのかは不明ですが、この間に市議会は何度も招集されていますから、地方自治法第179条に違反するのではないかと思われます。同条は、次のような規定です。

 第1項:「普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第113条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。ただし、第162条の規定による副知事又は副市町村長の選任の同意及び第252条の20の2第4項の規定による第252条の19第1項に規定する指定都市の総合区長の選任の同意については、この限りでない。」

 第2項:「議会の決定すべき事件に関しては、前項の例による。」

 第3項:「前2項の規定による処置については、普通地方公共団体の長は、次の会議においてこれを議会に報告し、その承認を求めなければならない。」

 第4項:「前項の場合において、条例の制定若しくは改廃又は予算に関する処置について承認を求める議案が否決されたときは、普通地方公共団体の長は、速やかに、当該処置に関して必要と認める措置を講ずるとともに、その旨を議会に報告しなければならない。」

 記事にはいつ提訴されたのかが書かれていないのですが、市議会議員だった4人が市長に対して、教育長へ支払われた給与の返還請求を行うように請求した訴訟を提起しました。面倒な書き方になっていますが、これは地方自治法第242条の2第1項第4号による住民訴訟です。

 岡山地方裁判所の判決は、市長の専決処分が要件を欠いて違法であるとしつつ、市議会の事後承認によって適法になったということで、4人の請求を棄却した、というものです。つまり、判決は専決処分が地方自治法第179条に反すると判断したのです。しかし、事後承認により、行政法学にいう瑕疵の治癒がなされたということです(瑕疵の治癒については「行政法講義ノート」〔第7版〕の「第14回 行政行為論その4:行政行為の瑕疵」をお読みください)。

 単純に原告の請求を認めるとすれば現実の政治問題が引き起こされる可能性もありますが、純粋に理論的に思考すると、この判決には問題があるような気もします。もとより、判決文全文が記事として掲載されている訳でもなく、裁判所のサイトにもまだ掲載されていないので、記事に書かれている情報から推測するしかありません。

 まず、専決処分が地方自治法第179条に違反し、専決処分の要件を欠いているという判断は妥当です。同条第1項に定められる要件は、既に引用しているのですが、改めて示すと次のとおりです(簡単な解説は、少し古い本ですが村上順・白藤博行・人見剛編『新基本法コンメンタール地方自治法』を参照したものです)。

 ・「普通地方公共団体の議会が成立しないとき」:これは、議会が解散されている場合などを指します。

 ・「第113条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき」:第113条は「普通地方公共団体の議会は、議員の定数の半数以上の議員が出席しなければ、会議を開くことができない。但し、第117条の規定による除斥のため半数に達しないとき、同一の事件につき再度招集してもなお半数に達しないとき、又は招集に応じても出席議員が定数を欠き議長において出席を催告してもなお半数に達しないとき若しくは半数に達してもその後半数に達しなくなつたときは、この限りでない」と定めています。このただし書きに該当する場合には市議会を招集することができるということなのですが、それでも会議を開けない場合が第179条第1項に定められています。

 ・「普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき」:これは緊急性の要件です。

 ・「議会において議決すべき事件を議決しないとき」:これは、議会が意図的に議決を行わない(行わなかった)ことが客観的に明らかであることを意味します。

 記事の内容からすれば、2020年6月に美作市議会が同意をしなかったという事実は、どの要件にも該当しません。従って、専決処分は違法であるということです。

 問題は瑕疵の治癒です。判決は、市議会の同意による瑕疵の治癒を認めていますが、専決処分から市議会の承認まで10か月程の期間が経過しています。どう考えても、この間に美作市議会が一度も招集されなかったはずはありません。美作市のホームページによると、市議会は、2020年6月の後、同年中は8月から12月まで毎月(定例会、臨時会のいずれも)、2021年に入ってから1月、3月、4月、6月、9月に招集されています。議会結果も公表されていますが、2020年6月の専決処分の後、教育庁の任命に対する事後承認は、2021年3月まで、市長からの提案事項となっていません。

 地方自治法第179条第3項に従うならば、2020年8月の臨時会において市長が専決処分について報告を行い、市議会の承認を求めなければならないこととなります。しかし、その臨時会においては議決事項、報告事項、承認事項のいずれにもなっていません。

 「令和3年4月臨時会美作市議会会議録」に、教育長の選任について示されています。副市長による説明によると、「コロナ禍において一刻も早い新教育長の就任が求められている中、教育に関し豊富な経験と知識を有し、教育行政を推進していただける方として、同氏以外に考えられないと判断し、令和2年6月22日に専決処分し、同日任命させてい ただいた次第でございます」ということであり、住民訴訟への言及の後に「現教育長は、就任以来、職務に精励されており、市の教育行政のトップとして極めて重要な意思決定に関与をしているところでございます。こうした中、就任以降の教育長としての身分について法廷の場で争われる事態となったことにつきましては、行政の安定性確保の観点からも望ましくない状況にあると考えております。そのため、訴訟において主張されている任命行為についての疑義を払拭し、現教育長の身分や行為の安定を図る観点から、本同意議案を提案させていただくものでございます」とのことでした(ちなみに、質疑は行われず、起立多数で可決されています)。

 この説明を目にしても、10か月も空いた理由は見当たりません。住民訴訟が提起されたということは理由にならないでしょう。市議会の構成が選挙まで変わらなかったということくらいしか、理由として考えられることはないのです。瑕疵の治癒を認めるには期間が長すぎるし、市議会の招集回数も重なっています。岡山地方裁判所が瑕疵の治癒についていかなる判断基準を持っているのかわかりませんが、時間的観点からすればルーズと言えないでしょうか。何年経過しても瑕疵の治癒が認められるとするならば、いかなることでも瑕疵の治癒が認められてしまい、違法を是正する機会は失われかねません。

 裁判所のサイトに、2021年10月に下級裁判所から出された判決がいつ掲載されるでしょうか。読んでみたいものです。


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