ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

2006年9月4日、博多南駅周辺を歩く

2016年05月07日 11時23分11秒 | 旅行記

 今回は、2007年12月17日から12月22日まで、「待合室」第243回として掲載した記事の再掲です。但し、一部を修正しています。写真をクリックすると拡大します。

 度々記していることなので申し訳ないのですが、私は、1997年4月、当時の大分大学教育学部に就職するまで、九州に足を踏み入れたことがなかったのでした(当時、私は28歳でした)。福岡市へ初めて行ったのも1997年4月のことです。しかし、それからというもの、私は7年間、大分市に住み、福岡市も、主に天神界隈に何度となく遊びに行ったりしたのです。程なくして、九州島内の全県をまわり、島内の県庁所在地、福岡市、佐賀市、長崎市、熊本市、大分市、宮崎市、鹿児島市の全てに行きました(この中で宿泊したことがないのは佐賀市だけです)。とくに、居住していた大分市を別としても、福岡市と熊本市には何度となく行き、いわば「はまって」いきました。福岡では天神が好きで、どういう訳かよくわからないのですが、天神にはまっていきました。東京にはない何か、 独特の雰囲気、個性があるからです。少なくとも私は、福岡に強い個性を感じます。大分時代は、気が向くと天神に行き、IMSを中心にあちらこちらを歩き回りました。ちなみに、現在所有しているシンセサイザー(コルグのMS-2000、ヤマハのMOTIF 7)は福岡で買ったものです。

 2004年3月に大分大学を離れ、4月から大東文化大学法学部に勤務していますが、その2004年度以来、2012年度まで、夏休みの後半になると福岡市に行き、西南学院大学法学部の集中講義「税法」を担当させていただきました。また、2007年、2009年および2011年度の8月には福岡大学法学部の集中講義「財政法」を担当させていただきました。普段は東京都板橋区、渋谷区、そして埼玉県東松山市で仕事をしているだけに、福岡市での仕事は、(私が好きな季節ということもあるのかもしれませんが)気分も変わり、何かを見つけ、楽しみながら行っているような気がします。また、仕事の合間を見つけては、あちらこちらをまわるという楽しみもあります。何と言っても西鉄天神大牟田線やJR九州のローカル線を乗りまわるのが面白いのです。

 また、福岡県内を歩き回ることは、大都市の問題、過疎地の問題などを考えるための題材などを頭の中などに入れるという作業でもあります。とくに、福岡県を初めとして、九州各地における中心街空洞化現象の深刻さは、関東地方、とくに京浜地区ではわかりにくい部分もあります。実際に生じている問題を知るためにも、様々なところを歩くのは重要なことです。

  あれこれと書いてきましたが、今回は、集中講義のために福岡入りした時の写真です。なお、撮影したのは2006年9月4日(同年度の集中講義開始の前日)です。

 2006年9月は、大分大学時代のゼミ生たちと会うという約束もあったことから、少し早めに福岡に入りました。3日に宮地岳線に乗って津屋崎へ行き(2007年3月に西鉄新宮~津屋崎が廃止され、現在は貝塚線となっています)、いったん博多に戻って山陽新幹線に乗って小倉へ行き、そこから日田彦山線と後藤寺線と筑豊本線に乗り、飯塚などをまわりました。 計算してみると、福岡県内だけなのに200キロメートルを超える移動距離でした。

 そして4日、またどこかへ行きたくなったので、西鉄天神大牟田線に乗って大橋へ行き、そこから西鉄バスに乗って博多南駅へ行きました。

 バスを降りて少し歩くと、博多南駅に隣接する形の建物が見えてきます。上の写真がそれです。博多南駅ビルですが、那賀川町営の施設で、具体的にどのような施設であったかは忘れてしまいました。ただ、人があまり入っていないようで、少しばかりの店舗などはあったかもしれませんが、空間が目立っていました。 日記にも「閑散としている」と書いています。なお、博多南駅はこの奥にあります。

 おそらくは何の変哲もない、いかにも郊外の新興住宅地などにありそうな光景です。博多南駅前交差点です。

 駅名は博多南となっていて、いかにも福岡市博多区にありそうな印象を受けますが、この交差点は(駅は、ではありません)、福岡市博多区ではなく、那珂川町にあります。紛らわしいような気もしますが、駅名と地名とにずれが存在するというのはよくある話です。 東京都内で言えば、品川駅は品川区ではなくて港区にあり(そのため、京浜急行の北品川駅が品川駅より南にあるのです)、目黒駅は目黒区ではなくて品川区にあります。小田急小田原線の南新宿駅は渋谷区にありますし、東武東上線の東武練馬駅は練馬区ではなくて板橋区にあり、志木駅は志木市ではなく新座市にあります。また、新宿駅南口にある高島屋新宿店と東急ハンズ新宿店は、新宿区ではなく渋谷区にあります。こんな例をあげていったらきりがないでしょう。

 これは、おそらく、博多南駅から西のほうへ歩いた所です。那珂川町は、その名が示すように市ではなく、筑紫郡に属する町です(但し、現在、筑紫郡の地方自治体は那珂川町だけです)。しかし、福岡市に隣接することもあって、人口は増えているようです。 福岡市、春日市などのほうに、西鉄バスの路線がいくつか通っているようです。また、駅の付近を東西に走る道路は交通量が多いようで、私が訪れた時にも、渋滞というほどではなかったのですが何台もの自動車が列を作っていました。

 上の写真を見ていると、とても郡部の様子とは思えません。福岡市の城南区か早良区の様子にも見えてきます。マンションも結構多く、まさに福岡市のベッドタウンとなっていることがわかります。

 そして、駅から少し西のほうへ歩いたりするとわかるのですが、駅前から少し離れた道路沿いに多くの店舗が集中しています。大分市の森町あたりを連想させるような街並みでした。

 駅の近くに、関東地方ではおなじみのスーパーマーケット、西友がありました。そこに入って少しばかりの買い物をして、駅のほうに行ってみました。新幹線の車両基地(博多総合車両所)が見えます。山陽新幹線の車両基地ですので、JR西日本の車両が配属されている訳です。なお、手前は九州新幹線の工事現場です。

 博多南駅は、博多駅から伸びる博多南線の終点の駅です。実は、博多南線は、博多駅からこの車両基地までの回送線をJR西日本が旅客線化したものです。春日市や那珂川町が住宅地として発展し、人口が急増したため、バスが渋滞に巻き込まれるなどという事情があったようです。実際、私も西鉄大橋駅から博多南駅までバスに乗ったのですが、距離の割には時間がかかりました。この地域の通勤・通学事情などを改善するために、博多南線ができたということです。

 但し、博多南線がどこまで通勤・通学路線として役に立っているかはわかりません。周囲を歩いていると、完全に車社会であるように思えます。駅ビルの1階にあるバスターミナルには、西鉄バスが何本もやってきますし、乗客も多いようです。しかし、博多南線の本数はかなり少ないのです。また、この線は、本来は在来線なのですが全ての車両が新幹線用のものであるために特急列車しか来ず、そのために特急料金(全席自由席)も払わなければなりません。さらに言うならば、博多南線には途中駅がありませんので、この点においても通勤・通学路線としてどの程度の意味があるのかは疑問です。

 正直に記しますと、政令指定都市なのに新幹線の駅がないという川崎市に生まれ育った私は、新幹線にはあまり興味がありません。趣味的な関心が全く湧かないのです(JRの特急全般にもあまり興味がないのですが)。車両を見ても系列がよくわからなかったりします。

 新幹線は、移動手段の利便性が高いとは思います。東京から京阪神地区へ行く時は、自家用車を運転するのでなければ必ず新幹線を使います(飛行機を利用したことはありません)。大分市に住んでいた時も、京阪神地区へ行く時には新幹線(または寝台特急)を使っていました。しかし、東京と九州各地を往復するには、やはり飛行機を使います。移動時間と空港での手続および待ち時間などをあわせて比較した結果です。

 こんなことを書いていたら、愛車(当時は5代目ゴルフGLi)を運転して神戸あたりまで走りたくなってきました。いつかは川崎から福岡まで運転してみたいと思っているのですが、時間もお金もかかります。ましてや、このところの原油高によるガソリンの価格上昇です。私の現在の愛車はハイオクガソリン仕様なのです。

 新幹線にはあまり興味がないと記しましたが、九州新幹線の工事現場には目が行きます。博多から新八代までが開通すれば、鹿児島まで行くのも楽にはなります。1999年8月に鹿児島へ行きましたが、また行ってみたいと思っていたのです。東京から飛行機で行けばよい、と言われそうですが、鹿児島空港から鹿児島市内まで結構な距離がありますし、やはり陸路で行ってみたいという思いもあります。大分に住んでいた時に、787系の特急つばめ号で鹿児島本線の熊本~西鹿児島を乗っておくべきであった、と悔やんでいます。天草などを見ながら旅を楽しめたからです。九州新幹線はトンネルばかりだとのことです(数年後に乗ってみたら、本当にトンネルばかりでした)。

 駅ビルから那珂川町の様子を撮影してみました。いかにも、新幹線の駅前によくある光景とも言えます。規模の大小などを無視すれば、新横浜駅付近にも似ているような気がします。新横浜駅も、ホームから山々が見えるからです。手前にはマンションなどが立ち並んでいます。

 奥に見える山の向こうは、福岡市の城南区か早良区でしょうか。そういえば、早良区は南部で佐賀県にも接しています。大分市に住んでいた時、当時の愛車ウイングロードを運転して天神から西新に出て、そこから野芥を通り、南下して佐賀市まで走ったことがありました。

 博多南駅ビルにある、那珂川町の絵地図です。かなりおおまかですが、大体の様子はわかるようになっています。私が今立っている場所は、那珂川町の北東部で、隣は春日市です。南のほうに行くと山々に囲まれたような所で、小さな湖などもあるようです。そして、佐賀県と接していることもわかります。

 西鉄大橋駅に向かう道路なども描かれていますが、私が乗ってきたバスは、井尻付近から新幹線に沿って走っていたのに、途中から外れて団地の中をまわるようなルートで、どこをどのように走っているのかがよくわからないものでした。多分、上の地図には載せられていないような道路を通ったのでしょう。そして、おそらく、春日市をまわっているはずです。

 さて、 博多南駅です。JR西日本の駅です(但し、当時はJR九州に委託されていました。2010年4月からJR西日本の直営駅となったそうです)。

 この駅の辺りは少々複雑です。上の写真には「祝  博多南駅ビルグランドオープン1周年イベント  那珂川町制施行50周年記念」という横断幕が写っていますので、駅も那珂川町にあるものとばかり思っていました。ところが、駅ビルとは言いながら、ここの場合は駅ビルと駅とが少し離れています。東京駅、川崎駅、横浜駅などを引き合いに出すまでもなく、普通、駅ビルと言えばそのビルの中に駅があるものですが、博多南駅は違うのです。ビルと駅との間に道路があり、その上に橋があります。写真の真ん中の通路がその橋です。これを渡って駅に入るのですが、駅ビルは那珂川町にあるのに、駅は春日市にあるのです。どうやら、橋下の道路が市町の境界になるようです。写真を撮影した日には、このようなことを全く知らなかったのですが、後に地図を見て理解しました。

 駅ビルから駅まで架かっている橋を渡っています。那珂川町から春日市に入りました。

 九州新幹線の工事が着々と進んでいることがわかります。少し高くなった高架橋が九州新幹線のものでしょう。開業はもう少し先のことでした(2011年、博多から新八代までが開業し、九州新幹線は全通しました)。

 2011年3月のダイヤ改正で、九州新幹線の博多~新八代が開業し、全通しました。それでは、博多南駅はどうなったのでしょうか。新幹線としては、博多駅と博多南駅との間が近すぎます。9キロメートル弱しかなく、10分程度で到着してしまいます。どうやら、九州新幹線は博多南駅には停車しないようです。

 実は、そもそも博多南線は、本来、在来線として扱われるべき路線です。この辺りは法的にややこしいところですが、これについては機会を改めることとして、今回は新幹線の車両が走る在来線という位置づけである、と記しておきましょう。同様の例として、上越新幹線の電車が走る越後湯沢駅からガーラ湯沢駅までの区間があります(この区間も、正式には在来線である上越線の支線ということになります)。

 13時31分発の博多行がやってきました。もっとも、博多に到着するとそのまま岡山行のこだま号になります。博多南線のほとんどの列車はこのパターンです。私はこの列車に乗りました。何とも中途半端な速度でしたが、たしかに、バスなどより速く博多駅に到着します(バスであれば1時間ほどかかるかもしれません)。

 それにしても、いかに本来は在来線とはいえ、新幹線の電車が停車する駅としてはかなり貧相です。ホームは一本しかありません。乗客はどれくらいいたでしょうか。それほど多くなかったような気がします。


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