1.「法律上の争訟」の意味
行政事件訴訟法の内容に入る前に、裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」について概観しておく必要がある。行政法の初学者は勿論、或る程度の学習を進めてきた学生も、もう一度、憲法学の基本書を熟読しておいていただきたい。
「法律上の争訟」は司法権の観念の構成要素であり、司法審査の対象の範囲を画定するものでもある。
「法律上の争訟」の意味については諸説が存在するが、最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁(「板まんだら」事件)は、「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の通用によって終局的に解決できるもの」と述べている。これを細分化すると、事件性の要件として二つに分割される。
まず、事件性の要件Ⅰである。これは、問題の事案が「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」でなければならない、という要件である。さらに詳しく述べるならば、次のようになる。
第一に、紛争が現実的でなければならない。現実に紛争が起こっていないが抽象的に法令の効力を争うこと、たとえば或る法令が憲法に違反するか否かを争うことは、この要件を満たさない〔最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁(警察予備隊訴訟)、最二小判平成3年4月19日民集45巻4号518頁(最高裁判所規則訴訟)〕。
第二に、訴訟当事者間の関係が対立的でなければならない。すなわち、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がなければならない。後に説明する民衆訴訟や機関訴訟は、当事者間に権利や法的利益に関する紛争がある場合の訴訟ではないため、法律に特別の定めがある場合にのみ認められる。この点について問題となったのが、最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(宝塚市パチンコ条例事件)である。
裁判所において争われる多くの事件は、事件性の要件Ⅰを充足すれば「法律上の争訟」に該当することとなる。しかし、常にそうである訳ではない。少数ではあるが「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争」であっても「法律上の争訟」にあたらない場合がありうる。そのために、事件性の要件Ⅱが必要なのである。これは、事件性の要件Ⅰを充足した上で、問題の事案が「法令の通用によって終局的に解決できるもの」でなければならない、というものである。たとえば、最三小判昭和41年2月8日民集20巻2号196頁によれば、技術士国家試験の解答および合格判定に関する争いは、法令の適用によって最終的に解決できるものではない。
但し、合格判定の手続など、法令の適用による解決が可能な場合もある。その限りにおいて事件性の要件Ⅱも充足することになる。
2.行政事件訴訟法の一般的内容(類別など)
〔1〕行政事件訴訟法の位置づけ
行政事件訴訟法第1条は、同法に行政事件訴訟に関する一般法としての位置づけが与えられていることを示す。このことは、行政事件訴訟法が民事訴訟法の特例法ではないことを意味する。但し、同第7条に「民事訴訟の例による」という文言があるように、自己完結的な法律ではなく、口頭弁論や証拠などの手続については民事訴訟法に従っているのが実情である。
また、行政事件訴訟という概念を置くことは、民事訴訟との対比という意味を持つものであり、公法と私法との区別を前提とするものである。この点は、当事者訴訟の存在に現われている。
そして、行政事件訴訟法が存在することから、行政「処分」の効力を争う場合など、一定の場合には民事訴訟ではなく行政事件訴訟を提起しなければならないという制約が存在する。このことを取消訴訟制度の排他性または取消訴訟の排他的管轄という。
〔2〕訴訟類型
行政事件訴訟法第2条は、行政事件訴訟を抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の四種に分類する。しかし、法律の構造を概観すれば明らかであるように、中心は抗告訴訟に置かれている。
行政事件訴訟法第3条第1項は、「抗告訴訟」を「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」と定義する。この規定の意味するところないしその性格は不明確さを残すが、同第2項より第7項まであげられた、大別して6つの類型の「法定抗告訴訟」以外にも「無名抗告訴訟」の余地を残した例示規定ともみられる。
行政事件訴訟法は、次のように訴訟類型を整備している。
(1)主観訴訟
自己の権利や法的利益の保護を目的とする訴訟を主観訴訟という。「法律上の争訟」に該当し、事件性の要件Ⅰを充足する。抗告訴訟および当事者訴訟が主観訴訟に該当する他、一般的に民事訴訟や刑事訴訟も主観訴訟である。
①「処分の取消しの訴え」
「処分」、すなわち「行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為」から「裁決」を除いたものの取消を求める訴訟である。
②「裁決の取消しの訴え」
審査請求その他の不服申立てに対する行政庁の裁決その他の行為の取消を求める訴訟である。
一般的には、「処分の取消しの訴え」と「裁決の取消しの訴え」を合わせて取消訴訟という。「処分」の中心となるのは行政行為であり、行政不服審査法による行政機関の裁決も行政行為である。そのため、いずれにしても行政行為の取消しを求める訴訟が中心となる。
基本となるのは「処分の取消しの訴え」である。これを原処分主義ともいう。これに対し、法令により、原処分の違法についても、裁決があった場合には「裁決の取消の訴え」によって争うこととする場合がある。これを裁決主義ともいう。
そして、行政事件訴訟法は、まず取消訴訟について様々な規定を置き、その他の抗告訴訟については、原告適格などを除いて取消訴訟に関する規定の準用としている。
③無効等確認訴訟
「処分」の存否またはその効力の有無の確認を求める訴訟である。一般的には「処分」の無効確認を求める訴訟をいうが、
④不作為違法確認訴訟
行政庁が申請に対して相当の期間内に何らかの「処分」をすべきであるにもかかわらず、これを行わないことについての違法の確認を求める訴訟である。
⑤義務付け訴訟
作為的義務付け訴訟とも言われる。行政庁が何らかの「処分」(または裁決)をすべきであるにもかかわらず、これがなされない場合に、行政庁に義務付けを求める訴訟である。判決により、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。
⑥差止訴訟
不作為的義務付け訴訟、予防訴訟、または予防的差止訴訟ともいう。行政庁が何らかの「処分」(または裁決)をすべきでないにもかかわらず、これがなされようとしている場合に、行政庁にその「処分」(または裁決)をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟である。
⑦法定外抗告訴訟(無名抗告訴訟)
行政事件訴訟法に規定されていない類型の抗告訴訟である。平成16年改正までは義務付け訴訟および差止訴訟が規定されていなかったので法定外抗告訴訟であった。改正後も法定外抗告訴訟がありうると考えられる。
⑧当事者訴訟
当事者間で公法上の法律関係を争う訴訟である。これは抗告訴訟ではないので、行政事件訴訟法においても独立の類型として定められている(第4条)。
当事者訴訟は、行政事件訴訟法第4条により、次の二種類に大別される。
第一に形式的当事者訴訟である。これは、当事者間の法律関係を確認し、または形成する「処分」または裁決に関する訴訟のうち、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟をいう。実質的には抗告訴訟であるが、法令の規定により、当事者訴訟の形式を採るものである。
第二に実質的当事者訴訟である。これは、公法上の法律関係に関する確認の訴えなど、公法上の法律関係に関する訴訟をいう(この点で民事訴訟と区別される)。公権力の行使を直接争うものではない。
(2)客観訴訟
自己の権利や法的利益の保護を目的とせず、国または公共団体の違法な行為を排除または是正し、行政法規の正しい適用を確保するための訴訟をいう。法律が特別に認める場合に、特別に定められた要件に適合する者が出訴しうる(行政事件訴訟法第42条)。
①民衆訴訟
行政事件訴訟法第5条において「国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する」訴訟と定義される。住民訴訟(地方自治法第242条の2)、選挙または当選の効力に関する訴訟(公職選挙法第203条・第204条・第207条・第211条)が代表例である。
②機関訴訟
客観訴訟の一つで、行政事件訴訟法第6条において「国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟」と定義される。例として、次のようなものがある。
・普通地方公共団体の長と議会の紛争(議会の議決または選挙をめぐるもの。地方自治法第176条第7項):普通地方公共団体の議会の議決または選挙につき、長が審査請求(特別の不服申立制度。同第5項)を行った場合の、総務大臣または都道府県知事の裁定(同第6項)をめぐる訴訟。
・各大臣による代執行訴訟(同第245条の8第3項以下)。これは、行政代執行法に規定される代執行と異なる。
・普通地方公共団体に対する国の関与に関する訴訟(地方自治法第251条の5)。
・市町村に対する都道府県の関与に関する訴訟(同第251条の6)。
・普通地方公共団体の不作為に対する違法確認訴訟(国が原告となる。同第251条の7)。
・市町村の不作為に対する違法確認訴訟(都道府県が原告となる。同第252条)。
〔3〕弁論主義
民事訴訟法(制度)における基本原則である弁論主義が基本であり、行政事件訴訟法第24条による職権証拠調べが多少の修正となっている。
〔4〕抗告訴訟、とくに取消訴訟と行政不服審査制度との関係
行政事件訴訟法第8条第1項は、取消訴訟と行政不服申立てとを自由選択主義の関係とする。これが原則である。しかし、課税処分や社会保障に関する処分について不服申立前置主義をとる(同但書、地方自治法第229条第6項・第231条第9項)。処分が大量かつ回帰的で、当初の処分が必ずしも十分な調査に基づいてできない場合もあり、他方で審査庁の負担を軽減することを考える必要があるからである。この場合でも、正当な理由(裁決の遅延、緊急の必要など)があれば、裁決を経ずに、取消訴訟を提起できる(同第2項)。
〔5〕取消訴訟の機能と性質
取消訴訟については、幾つかの機能を考えることが可能である。ここでは、原状回復機能、適法性維持機能、合一確定機能、一種の差止機能をあげておくこととする。
原状回復機能とは、取消訴訟の結果として「処分」を取り消す判決が出されると、その「処分」は成立時に遡って効力がなかったこと、すなわち、元々「処分」がなかった状態に戻ることを指す。
適法性維持機能とは、「処分」が違法と認定され、「処分」が取り消されると、違法状態が排除されることを指す。
合一確定機能とは、第三者へ取消訴訟の判決の効力を及ぼすことを指す。
一種の差止機能とは、「処分」を取り消す判決により、「処分」の執行ができなくなると、その後の「処分」などに続くことができなくなることを指す。
次に取消訴訟の性質であるが、これについては見解が分かれている。民事訴訟は、確認訴訟、給付訴訟、形成訴訟の3類型に分別されるが、取消訴訟はどれに対応するかが争われているのである。
通説は形成訴訟説である。この考え方によると、「処分」により、何らかの法的効果が一度発生し、権利関係(法律関係)が変動したことになるので、取消訴訟の取消判決により、その法的効果が消滅することになる、とみる。私人に対して拘束力を有する行政庁の有権的行政行為が既になされ、私人側はこれに不服であるが、上記行政行為の取消について実体法上の形成権を有しないため、上記行政行為の違法を確定してこれを取り消すことを裁判所に求める。裁判所が下す判決は形成判決になる。行政行為の違法の主張に理由が見出されるならば、行政行為の司法審査権を発動して、行政行為の効力を遡及的に消滅させるのである。
民事訴訟でいう形成訴訟と多少異なるので注意されたい。
形成訴訟説に対する説として、行政行為の公定力に注目する確認訴訟説がある。この説によると、公定力は行政行為の成立時において適法要件の存否の判断に与えられている暫定的な効力であり、後に適法要件の存否を確定する訴訟手続が留保されていることとなる。そのため、取消訴訟は適法要件の存否を確定(確認)する訴訟であるということになるのである。
3.取消訴訟の訴訟要件とは何か
訴訟要件とは、訴訟における実質的な審理(本案審理)に入るための要件のことである。
訴訟要件が揃っていなければ、本案審理、すなわち、原告の請求の内容に対する審理に入ることができず、訴えは却下される。
一方、訴訟要件が揃っていれば、本案審理に入ることとなり、その結果として、大別すれば請求を認容する判決、請求を棄却する判決のいずれかが下される。
とくに行政事件訴訟法の場合、この訴訟要件について多くの問題があり、判例も多数にのぼる。そこで、今回は、行政事件訴訟法において中心に置かれている抗告訴訟のうち、とくに代表的な存在である取消訴訟を取り上げて考察する。これは、判例や学説の蓄積があるという理由が大きいが、行政事件訴訟法自体が取消訴訟を中心として多くの規定を置き、他の類型の訴訟については取消訴訟の規定を準用するという、構造上の理由もある。
取消訴訟の訴訟要件は、取消訴訟の対象の処分性、原告適格、狭義の訴えの利益(客観的訴えの利益)、被告適格、裁判管轄、出訴期間からなる。また、法律によって不服申立前置主義が採用されている場合には、不服申立前置も訴訟要件となる。
「裁決の取消しの訴え」の場合には、対象が裁決などであることが明確であるため、何が裁決であるかということについてあまり問題は生じない。
処分性、原告適格および狭義の訴えの利益を合わせて広義の訴えの利益ともいい、とくに取消訴訟の場合に問題となることが多い。
但し、広義の訴えの利益の意味については見解が分かれており、原告適格のみを広義の訴えの利益とする考え方もある。
▲第7版における履歴:「暫定版 行政事件訴訟制度とはいかなるものか」として2020年10月31日08時00分00秒に掲載。修正の上で2021年2月18日に再掲載。
▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第22回 行政事件訴訟制度とは」として。以下同じ)。
2017年12月20日修正。
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