日本橋川に架かる日本橋。
日本道路元標のある、いわば日本の道路の中心。
慶長8年(1603)年に最初の木製の橋が
人工の日本橋川(当時は道三堀)に架けられて以来
江戸五街道の起点として
また江戸一番の繁華街としてこの橋を中心に栄えてきました。
現在の花崗岩製の石造二連アーチ橋は
明治44年(1911年)に架けられた19代目の橋。
ということは、関東大震災も、太平洋戦争も、東京オリンピックも
東日本大震災もすべて見てきたことになります。
そんなこの橋に、太平洋戦争の記憶がしっかりと残されています。
機銃掃射の痕と、焼夷弾の痕。
2010年にケミカルクリーニングによる洗浄再生が行われ
白い美しい姿を取り戻しましたが
焼夷弾によって焼け焦げた痕はそのまま残されたとのことです。
高度成長期に失われた空は
いつか帰ってくるのかもしれませんが
戦争によって焼かれてしまった石の白さは
二度と帰ってはこないのです。
日本道路元標のある、いわば日本の道路の中心。
慶長8年(1603)年に最初の木製の橋が
人工の日本橋川(当時は道三堀)に架けられて以来
江戸五街道の起点として
また江戸一番の繁華街としてこの橋を中心に栄えてきました。
現在の花崗岩製の石造二連アーチ橋は
明治44年(1911年)に架けられた19代目の橋。
ということは、関東大震災も、太平洋戦争も、東京オリンピックも
東日本大震災もすべて見てきたことになります。
そんなこの橋に、太平洋戦争の記憶がしっかりと残されています。
機銃掃射の痕と、焼夷弾の痕。
2010年にケミカルクリーニングによる洗浄再生が行われ
白い美しい姿を取り戻しましたが
焼夷弾によって焼け焦げた痕はそのまま残されたとのことです。
高度成長期に失われた空は
いつか帰ってくるのかもしれませんが
戦争によって焼かれてしまった石の白さは
二度と帰ってはこないのです。