世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

枠から抜け出そう Out of the Box

2011年08月17日 | 人生
Googleがモトローラーを買収し、

Appleとの争いが


いよいよ熾烈になってきた。


とくに

スマートフォンに的を絞ったものだ。




今後ますます


コンピューターは

スマートフォンに収斂んしていくだろう。






だが、待てよ。



ケータイをバージョンアップさせてから


確かに

地デジや

ウェブサイトを携帯画面で見る機会が増えた。





今回のPCの不具合も


それに拍車をかけた。





小さな画面を食い入るように見ていると

なんだか自分自身が小さくなったように感じる。





人間の器は


普段見ている

ディスプレイの大きさに比例するような気がする。




どうも

ちまちまと

小じんまりとした枠の中で生きているような錯覚に陥る。



まるで

「アリエッティの借り暮らし」 のように。




おまけに



目も疲れるし


息も詰まる感じがする。





現代社会の人間は

小さな枠の中で生きていると云っても過言ではないのではないか。



パソコンやテレビのディスプレイもそうだが


スマホヤケータイばかりを眺めていると



その小さな画面でしか

物事が考えられなくなってくる様な気がする。




せせこましい人間が増えている。




毎日見ている画面に合わせて


人間のスケールも決まってくるのではないか



と云う気さえする。





「井の中の蛙大海を知らず」

の喩があるが



「画面の中の人間、現場を知らず」


と云えないか。





加えて

ナビばかりを見ていると


物事を俯瞰することを忘れてしまいそうだ。



せっかくの景色も

見落としがちになる。







大局から物事を見ることが苦手。


目先の小さなことに


異常にこだわる。





本来



長期的

多角(多面)的

根本的



が思考の三原則だ。






小さな画面ばかりを見て生活していると


自ずと


目先のことにとらわれ

物事を一方向からしかとらえることができず



肝心なことに気がつかず

枝葉末節にばかりこだわる


人間になってしまいそうな気がする。





ボクのブログやつぶやきのコメントにも



本質から外れ

どうでもいい部分と取り上げ



重箱の隅をつつくような内容をたびたび見つける。



しかも

しつこい。



どうやら

粘着体質の人間も増殖しているようだ。




たまには


小さなディスプレイから目を離し




山の頂から


ふもとを見渡してみたり




水平線の彼方に目をやってみないか。






このところの


天候不順、


天変地異は





小さなディスプレイばかりを覗いて


自然から遠ざかる人間の

気を引くために



自然が怒り猛っている様にも見える。






かく言うボクも、


ケータイの小さな画面を覗く機会が多くなった。





阿蘇懐に抱かれて暮らしていることが


せめてもの救いのようだ。






【追伸】


PC とりあえず復活しました。




原因も分からないままで



いつまた起動しなくなるか不安の中


使えるうちに


大急ぎ外付けのハードディスクにバックアップとりました。





ご心配、お気づかいいただきました諸氏に


お礼申し上げます。




深い友情に感謝いたします。



また同じようなトラブルの折も


何卒よろしくお願いします。



          感謝。

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