侘び寂びて 椿油の 壷を下げ
梅士 Baishi
椿油の収穫の時期なのだろう。
花もない椿が、つやつやとした茶壷のような実をつけている。
茶壷というより、椿油の油壺というべきか。
なんとも、侘び寂びのきいた色艶であることよ。
秋の味わいである。
今日は長崎くんちの中日だが、日帰りで行きたいとまでは思わない。
今年もパスか。
じゃあ、次は唐津くんちにと思うのだが、これもとうとうパスしてしまう。
尖閣諸島を守れ、民主党出てゆけ、というくんちなら、万難を排して
出かけるのだが。
重要文化財とかいうけれど、伝統文化総動員で日本を護るべきとき
を心得たいものである。
【 国家百年の計としての教育 】
国司・大川隆法総裁の『日本を自由の大国へ』という政治提言集に
まとめられた一言一言は、至言というべきものである。
以下、紹介したい。
『宗教を信じていない先生がたが、宗教を否定し、学校から追い出
すことをもって、「善」とし、「正義」としているために、いじめが決して
やまないのです。
これは、善悪が完全に逆転していると言わざるをえません。
しかも、国の予算において、教育費は5兆円も使っています。
5兆円も使って、いじめ地獄を学校に作っているのです。』
『日教組が学校教育を仕切っている今の流れのなかで、教育を無
償化しようとしていることに、私は非常な危機感を覚えます。
これは、教師に対して、「もっとサボッてもよい」というメッセージを
出しているのと同じだからです。有料であれば、やはりサボれないの
です。』
『民主党の鳩山氏は、小学校や中学校の義務教育が無料である
だけではもの足りなくて、「高校まで無料にしたい」と言っています。
しかし、『共産党宣言』の後ろのほうに、「公教育は無償とする」と、
明らかに書いてあります。
鳩山氏は共産主義の人だったのでしょうか。驚きです。マルクスと
同じことを主張しています。』
『 「最低限、学校で高度の授業を受けられて、受験しようと思った
ら、塾に行かなくても合格できるような状態をつくる」ということは、非
常に大事なことだと思うのです。
今は、補助金を出すことばかりを言っています。学校に補助金をだ
すとか、高校の授業料をタダにするとか、全部お金で片付けようとし
ているけれども、お金ではなくて内容の問題なのです。
本当に国民のためを考えるなら、少なくとも八割の国民のことを考
えるのなら、「公教育のレベルを上げる」ということは公務です。これ
は急務です。』
『 「ゆとり教育」への揺り戻しが始まっています。
ゆとり教育に戻せば、公務員である教員にとっては優しい社会が
到来しますが、それは、子供たちが欲求不満を起す社会でもありま
す。「悪い教育ではあるが、税金を投入してタダにするから、我慢し
ろ」というような考え方に向かっているように見えるのです。』
『 「教員免許を十年おきに更新する」という制度を、あっという間
に、「いったん免許を取れば、永久に持てる」というようなかたちに
戻そうとしています。
制度の変更によって、教師がよい教育をするようになれば結構な
ことだと思いますが、怠け者を数多く作る結果になるようであれば
困ります。
もし、成果が上がらず、「ゆとり教育」型にユーターンしていくので
あれば、やはり、言論で戦わなければいけないと考えています。』
『学校教育については、もう一つの選択肢があります。それは、
学校に行かなくてもよいことにするのです。
「学校に行きたくなければ、塾に通ってもかまわない。そして、一
定の学力認定試験を受けて、それに通れば、中学や高校を卒業し
たものと認める」という選択制にすれば、学校への補助金がなくて
もやってゆけるわけです。』
亡国・民主党政権下の教育政策は、国家百年の計が、国家の
堕落と崩壊にあり、その仕上げに入っているかのごとくである。
国司・大川隆法総裁の言論は、目から鱗の一転語に満ちている。
この国を救済できる至高の叡智の所在であることは明白であろう。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi