吟醸の 冷酒の夏の なごりして
薄紅き 夾竹桃に 夏残し
せみ時雨 地面に浸みて またの夏
梅士 Baishi
夾竹桃に、まだ少し、紅い花が残っている。
燭台の蝋燭の灯が消えるように、ああ、夏が消えようとしている。
夾竹桃の未練にほんの少しの夏がすがっている。
あんなに厳しい暑さだったけれども、やっぱり秋になると名残惜しい
ことである。
名残りといえば、彼岸花さえ、もう名残惜しい花になった。
田のそばに、すっかり枯れてしまった彼岸花に混じって、後進の花
が色あせながら咲いていた。
そういう枯れた風景もまた秋の楽しみというべきか。
【 反日世代の高齢者たちよ、国家に祟る事なかれ 】
日本の枯れつつある世代は、70歳代の60年安保世代と、還暦を
過ぎた60歳代70年安保世代の左翼ベビーブーマーである。
その連中が、マスコミや亡国・民主党を動かしてもいる。
この世代が日本経済を盛り上げてきた面もあろうが、他方で、ふた
たび祟りつつあるのである。
特殊なのは、彼らが競争原理の中で左翼運動もまたやっていたと
いうことだ。
矛盾した世代である。
日本の長老にはふさわしくない人々であろう。
若者たちが国を守るほかはないということだろう。
しかし、彼らとて、ゆとり教育、いじめ世代という汚名を着ている。
日教組の亡国の教育を受けている。
税金で亡国の輩を雇っているとは、そこに国家百年の計というべき
教育を委ねているとは、おぞましい限りである。
自助努力・自己変革なくしては、この国は救えない。
われわれは、日本人として、日本国家として、そのリーダーシップ
が問われている立場である。
中国人として、中国の属領として期待されているのではない。
自己変革とは、愛国心に目覚めることだ。
日本人としてのプライドと、使命を自覚することだ。
唯物論・社会主義の過ちと恐ろしさに気がつくことだ。
神も仏も無い世界は、暗黒と恐怖の世界だからである。
幸福の科学は再誕の仏陀の光を放っている。
幸福の科学は世界の希望である。
無明の大衆のままにこの国を滅ぼし、アジア・アフリカに暗黒の支配
を許してはなるまい。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi