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+ 山鳥みかん・・・ 伊万里特産  自由とは何か~ 自由を守るために信仰がある 

2010年10月13日 07時48分24秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

 山鳥に  せがまれて買い  早生みかん  

     梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 今年は天候不順の猛暑で、梨もみかんも、えらい高値である。

 ヒヨドリやメジロがキーとか、チーとか秋の声を上げているので、高値

ではあるが、つまらないみかんを買い込んだ。


 鳥が食べるのを見るほうが、おいしく感じる。
 
 そのうち、友人が、また上等の柿を送ってくれるだろう。

 その上等の柿を、いくつか、メジロに謹呈する。
 
 ところが、すずめが味をしめて群れで来るので、その抑制策が課題

である。

 思い切り窓際に餌を置こうか・・・。



 今年の梨は高い。

 大きいけれど、一個500円以上。

 しかし、伊万里梨をたくさん食べた。

 イチジクもいっぱい食べた。

 伊万里巨砲もたっぷりと食べた。

 伊万里牛もおいしかった。

 今年は伊万里に縁が深かった。

 

 伊万里焼きで有名なところであるが、伊万里牛、伊万里梨、伊万里

りんご、伊万里いちじく、そうした農畜産物が有名である。

 かつては、造船も盛んであった。

 伊万里で空母を造らないものか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 自由とは何か~ 自由を守るために信仰がある 】 

 自由を求めて命がけで戦った人々がいたのは、なにも近代に入って

のことではない。

 どの時代にも、抑圧・支配を行う者がおり、これを嫌う先進的人々が

いた。

 ソクラテスも、人々に自由とは何かを説き、その自由の為に毒杯を

あおったともいえる。

 しかして自由とは何か。

 

 自由とは、神、指導者、師、長老など、自分より上なる権威を排除

することではない。
 
 それは自由ではない。

 傲慢であり、無明であり、自己中心にほかならない。

 自由には方向がある。

 堕落の自由、転落の自由、自滅の自由は反省すべきことではあれ、

求めるべき自由とみてはならない。

 



 自由とは、教育されるものである。

 その最高の教育者を仏といい、神という。

 自由とは、仏神への自由に他ならない。




 仏神を排除する自由ほど自由にとっての恐怖はない。

 人の上に仏神の権威がなければ、人による人の支配が始まるから

 

である。

 信仰とは、権威ある希望であり、人による人の支配を抑制する自由

 

の守り神を持つことに他ならないのである。

 信仰を認めないものは、他人の自由をも認めない思想に組すること

 

になる。



 信仰とは、苦しいときの神頼みではない。

 信仰とは、自由への謙虚であり、誠意であり、決意である。

 信仰なくして自由なし。

 











 

 しかし、自由とは楽ができるということではない。

 自助独立、独立不羈の試練、修行でもある。

 独立不羈とは、他人の庇護を求めてその管理下に入ることを潔し

 

とはしない精神である。

 福祉、福祉と叫んでいる人は、他人を金で飼って、管理下に入れたい

 

という野心の表れでもあろう。


 
 企業家であるならば、安易に補助金に頼るべきではない。

 自由人であるならば、安易に福祉に依存すべきではない。



 自由とは、修行への気概でもあることを忘れてはならない。
 
 修行がきついから、助けてくださいとは言えないであろう。

 修行は、やせ我慢でもあるのだ。



 この試練とも言うべき自由があるからこそ、生きがいがある。

 人々の自由を守り、国家の自由独立を守るために、政治があり、

 

戦争があり、革命がある。

 国民は、自由を用いて政治に参加し、戦争に従軍し、革命の戦士

 

となる。



 社会主義とは、人々を飼育し、その自由を奪うことである。

 まさに、神を否定し、人の支配を確保する野望に他ならない。

 飼育されるほうが楽かもしれないが、人として恥であり、生きている

 

意味を問われるであろう。

 いつか、人の都合によって更なる貧困を余儀なくされ、粛清されて

 

きたのが社会主義の歴史的証明であった。



 仏神とは人々の自由に希望を与える存在である。

 人生最高の教育である。

 信仰とは、自由への決意であり、気概である。

 人々は、信仰を失うと共に、修行人生の自由をも見失ってきたの

 

である。


 
 幸福の科学は人類の希望である。

 幸福実現党は、自由実現の政治基盤となるであろう。

 
 信仰という自由を見失ってはならない。 
 

 

 

         立憲女王国・神聖九州やまとの国

          梅士 Baishi        

          

 

 

 

 








 
 

 

  

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