陽だまりに ニワゼキショウの 懐かしく
中村 梅士 Baishi
通勤途中、公園の草むらに、ニワゼキショウが一輪咲いて
いるのを見かけた。
久しぶりだなあと思える。
かつては、九大演習林の路傍にたくさん見かけたものだっ
た。
演習林は今もあるのだろうが、その周囲の山林は切り開か
れて宅地化され、レイクサイドのホテルも買収された後、コ
ロナで閉鎖されてしまった。
だから、行きたいとは思わなくなった。
以来、ニワゼキショウを見かけることが少なくなった。
登城したのはお昼過ぎだった。
印鑑を押すだけの仕事であるが、新人があいさつに来てく
れた。
今時、めずらしく律儀なことだ。
着任の挨拶を受けていないスタッフとは、何年たっても
挨拶しないし、口も利かない。
特に興味深い人間もいない。
人間関係は挨拶に始まるものである。
始まらない人間関係は無きが如しである。
金魚鉢の中の人間関係なんて、息苦しいだけだ。
ということで、早々に職場を後にした。
ルートを変えて、博多座を経由して帰った。
客層がよいと見えて、よさそうな料理店が並んでいる。
博多座の横丁にはオーダーメイドの靴屋があって、作って
もらったことがあるが、かっちりとしてよい靴だった。
今はジョギングシューズで間に合っている。
授業中は革製のウォーキングシューズである。
そのまま花遍路に行こうかとも思ったがやめた。
結局、老母にも会わず、スーバーで買い物をしただけで直
帰した。
今日の夕食は冷奴である。
バイキン大盗領政権は、連邦最高裁判事の定員を増やすこ
とで左翼系判事を水増ししようと画策しているという。
裁判所は、もはや「法原理機関」ではなくなっている。
日本の最高裁は内閣に任命権があることで、なんとか保守
の良識を維持しているようだ。
しかし、高裁以下は左翼判事で占められている。
人材不足なのだ。
憲法学自体が憲法9条を堅持する左翼思想を解釈原理とし
て大学教育をしているからである。
植民地憲法で商売をしている似非憲法学者ばかりである。
軍事的防衛の禁止が島嶼防衛の危機にも表れている。
中共の漁船が大和堆に押し寄せているというが、機関銃を
装備しているという。
海上保安庁の水鉄砲では太刀打ちできない状況である。
海上保安庁に着任した卒業生は、頻繁に尖閣諸島海域に出
動させられることをとても嫌がっていた。
殺されるという恐怖感があるという。
それでも、武器の搭載を禁じるのが政府の方針である。
民間の漁船を攻撃することはできないと。
どこが、「民間の漁船」なのか。
民間の船でも領海侵犯する者は敵船である。
ましてや、軍人が漁に出ているではないか。
銃器を積載しているではないか。
親中派の議員は隠密裏に海上保安船に乗り込んで巡視する
とよいのだ。
防衛の何たるかは、実地に研修するべきであろう。
国会議員の職責である。
できれば、「民間の漁船」に銃撃されるとよい。
大学の憲法学教員は反日左翼である。
憲法無効を宣言し、独立国家としての気概ある憲法を制定
するべきである。
そのひな形が、大川隆法総裁の新・憲法草案である。
これが、革命課題である。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party