4月17日(月)晴れ【奥山貴宏氏一周忌】
今日は奥山貴宏氏の祥月命日。彼が亡くなられてから一年がたったのである。私の本棚には彼の『31歳ガン漂流』『32歳ガン漂流Evolusion』『33歳ガン漂流LAST EXIT』の三冊と小説『ヴァニシング・ポイント』がある。三冊には、氏がガンに倒れてから、亡くなる前日の4月16日まで書きつづられている。ガンの闘病記として書かれたブログを本にまとめられたものである。240万ものアクセスがあったというので、ブログでお読みになった方もいるであろう。
病状が良くないときも、氏は執念のように書き続けていられるので、ガンの症状と現在の医療の状況を読者も学習できるほどである。余命10ヶ月と宣告され、それでも最後の血の一滴まで書き続けようと氏は闘志を燃やした。それは最後の最後まで自分の生を見続けていたいからに他ならないだろう。そしてフリーの物書きとして生活してきた氏にとっては、文章を書き残すことは、唯一自分が生きた証として、本が残ることを意図していたでろう。
「オレを覚えていてほしい」という願い通り、この私も氏の冥福を祈り、今日は一周忌の供養を陰ながらつとめた。まさか全く見も知らない庵主が、氏のためにお線香をあげているとは、予想外のことかもしれない。文章を残すというのは文章が勝手に一人歩きすることを最初から許していることになる。この思いがけなさが妙味といえよう。
氏はブログで闘病記を綴る傍ら、一冊の小説を遺した。『ヴァニシング・ポイント』である。自らの死を題材とした自伝小説のジャンルに入るものだ。消滅していく最後の最後までを小説化して、自らの生の讃歌として書き留めたかったのであろう。死がちらついている重いテーマではあるが、現代の都会に生きる若者たちの生活を垣間見られて、私には興味深い感じもした。
この小説を読みながら、アメリカ映画の『イージーライダー』を時々思い出した。麻薬とバイク、それは現代青年にとって一度は味わってみたい憧れにも似たものだろう。麻薬の興奮状態のまま、バイクで混雑した街中を走り抜けるスリリングな感覚や、人のバイクを無断で乗り回すようなことが書かれている。まるで煙草を吸うように、麻薬を気楽に飲む樣子が描出される場面が多く、驚かされた。
編集者としてそこそこに活躍していた主人公は、著者と同じくガンで「余命二年」の宣告を受ける。自らの「消滅点」に向かうことを意識した主人公は、友人イデイにそれを告げたかった。その前になんとかイデイに会いたいと主人公は思うのだが、イデイの姿はどこにも見つからない。そして遂に、イデイは交通事故で死んでいたことを、その兄から知らされるのである。消滅点に向かっていたのは自分だけではなかった。著者自身も消滅点に向かっているのは自分だけではないことを確認したかったのではなかろうか。
この小説が出版された三日後に氏は逝かれた。もはや漂流は終わったのだ。氏が意識した消滅点、燃え尽きた三十三歳の生涯である。『ヴァニシング・ポイント』の最後のページに「……has vanished.」と小さな小さな文字が入っている。ご自身が入れたのであろうか。この一冊の小説と三冊の闘病記は奥山貴宏氏が自ら建てた生の金字塔である。
心からご冥福を祈ります。
*なにげなく書店で買い求めた奥山氏の本で、ブログという伝達手段を教えてもらったのである。
*麻薬については1月12日の当ブログで【麻薬と女子刑務所】の記事を書いたが、身体のみならず神経細胞の受けるダメージが大きいので、絶対に反対である。もっと他に脳内エンドロフィンを出せるものが世の中には一杯ある。