10月30日(火) 天気=晴れ
ディンボチェ08:35→ 10:15~10:33展望の丘→ 11:20ディンボチェ(歩行3時間)
今日は標高4343mのディンポチェに滞在し、休養日となった。とは言っても完全な休養では無く、集落近くの展望地(4650m)まで軽い山歩きをする。身体を動かした方が高度順応の効果があるらしい。
先日のナムチェ坂の登りでは元気にトップを歩いていたMさんの表情が、昨日辺りから冴えなくなった。ご本人曰くお腹を壊して食事が思う様にとれないそうだが、高山病の影響があるのだろうか。
朝8時半過ぎ、ソナムフレンドシップロッジを出発する。深い谷間の集落にはまだ陽が届かず、水溜りには氷が張っていた。朝の光が後光のようにアマ・ダムラム峰の肩を貫いて、西に聳えるタウチェやチョラツェの山々を照らしている。
ソナムフレンドシップロッジ
アマ・ダムラムに朝陽が差す
最初はロブチェへ向かう道を緩やかに登る。石の塔婆塔が幾つも建つ分岐地点で右へ曲がり、ポカルス峰(5806m)へ突上げる登山道に入る。我々が目指すのは山頂では無く、そのズーッと下にある展望地点の丘だ。分岐から尾根道をジグザグに登って、約1時間程で展望の丘に着いた。
分岐地点(背後の山はカンテガ(左)とタムセルク(右))
分岐地点からロブチェ方面
分岐からディンポチェの集落
展望の丘(左からT子さん、Yさん、、我々夫婦)
石塔が建ち旗がたなびく標高4650mの展望の丘からは、素晴らしい眺望が拡がる。アマ・ダムラムやカンテガの鋭鋒が南に聳え、西にはタウチェやチョラツェが白く輝いている。北のエベレストは前衛の山に阻まれて望めないが、西には世界第5位の高峰マカルー(8485m)が、三角形の俊峰を突上げている。
展望の丘からマカルー方面(中央奥の小さな三角形の山がマカルー)
左奥がアイランドピーク(6160m)、右隣のピークがチョポル(6711m)、右奥がマカルー(8462m)
カンレヤムウ峰(6230m)ヒマラヤ襞が美しい。
カラパタールトレッキングでは世界の高峰ベスト5のうち、第1位のエベレスト、第3位のローツェ、そして第5位のマカルーを見る事ができるのだから、それだけでも凄い事だと思う。
展望の丘からカンテガ(6779m)方面(中央奥の双耳峰)
同、アマ・ダムラム方面(6812m)
同、タウチェ(左6501m)、チョラツェ(右6440m)方面
マカルーの左手に見える少し低い山はアイランドピーク(6189m)で、エベレストを目指す登山者が高所順応トレーニングの為よく登るそうだ。同じ山岳会の岳友だったH君が、20年程前にこの山を登り、その時の写真を見せてくれたけれど、寡黙で優しい山男だった彼も、病に臥し50歳前後の若さであの世へと旅立ってしまった。彼の面影が一瞬瞼に浮かんだ。
素晴らしい眺望を堪能し、展望の丘を後にする。下山の道は足も軽く、1時間足らずでデンポチェの集落へ戻ってきた。時間がたっぷりあるので、午後はディンポチェの集落を散策する。
展望の丘から登って来た道
ディンポチェへ降る
と言っても小さな村なので、端から端まで歩いても30分とかからない。村の入口には白壁に金色屋根の立派な仏塔が鎮座しており、雄大なローツェの南壁が背景となって絵になる眺めだった。
ディンポチェ集落入口の仏塔(奥はローツェの南壁)
ディンポチェからローツェ南壁
集落内にあった太陽熱湯沸し装置
午後のティータイムに食堂へ行くと、Mさんが自分の荷物をまとめて沈痛な面持ちで座っていた。やはり体調が回復せず血中酸素飽和濃度の数値も悪いので、相談の結果ヘリでカトマンズへ降る事になったという。「皆さんは頑張ってカラパタールを登ってください。」という言葉を残してMさんは宿を去って行った。
ロッジでのティータイム
エベレスト街道ではヘリコプターによる救難体制が整っており、ヘリポートへ行けば搭乗希望の登山者やトレッカーをすぐにピックアップしてくれる。保険に入っていれば高額なヘリの料金も保険で賄えるそうだ。
時間が遅かったせいでMさんは一旦ルクラで降りて、翌日カトマンズの病院へ入院したそうだ。(その後すぐにMさんは回復し、我々がカトマンズに戻った時に再会できた。)
6人の参加者の内、一人が欠けただけで何だか気分が落ち込んだ。でも明日は標高4930mのロブチェまで歩かねばならず、落ち込んでいられない。「体調に気をつけて明日も頑張ろう」そう思いつつ眠りについた。