いくら大地の端っこであっても
北のこの土地であるから
関東地方や中部地方のような暑さは
ここにはない。
爽やかな暑さとでも言うのだろう。
湿度はかなり少なく、
一旦日陰に入れば何はなくとも
暑さだけはしのげる。
海に囲まれたこの街であるから、海風も心地よく冷房機などは
殆ど使用する事もないような、そんな季候でもある。
我が家のある町は、観光シーズンの今はかなり賑やかではあるが
本来は静かな港町、漁港の町であり、この季節の夜ともなれば
美しさを眼下の海に映し出し、
ホントにこの地に移り住んで
良かったと思えるひと時を見せてくれ、
そして涼しい風に吹かれながら
薄暗くなった小高い丘の散歩道を
妻と歩く毎日なのである。
しかし、そうそう良いことばかりではない。
冬になればいくら千島海流の影響で内陸に比べればかなり暖かな気候とはいえ
ここも北の台地のはしくれ。
氷点下10℃を超えることもあれば、雪も降る。
寒さに極端に弱い私にとっては、その寒さの中の外出は
拷問に近い苦痛でもある。
公共の交通機関となるこの時代には珍しい路面電車に乗るのも
長い時間待たなければならない。
地元の方達は慣れているのだろうが
私にはどうにも我慢しきれず
やはり、以前住んでいた
関東に必需品だった車を
ここでも頼りにしなければならない。
年齢と共に判断力や反射神経に
衰えを感じつつある今、なるべくならさまざまな危険を伴う運転は
避けたいのだが、ここで生活を続ける以上、それは仕方のない事だと
慣れない雪道に細心の注意を払って、食料品の調達に
妻と少し離れたスーパーなどに出かける毎日なのである。
また、以前はコタツだけである程度の寒さはしのげていた
関東での暮らしであったが、ここではそんな訳にはいかない。
部屋全体を暖めなくっては生活する為の行動が取れないのだ。
それがホントの冬と言う事。
言い換えれば、それがこの地の本当の生活といって良いとも言える。
生きてはいけぬ強さ。
静粛の中にも活気ある
人々の生活を目の当たりにできる
この地は私にとっては
言わば憧れの地というよりも
憧れに等しい人間の住む土地と言って良い。
また、昔の事ではあるが
一度観光としてこの地を訪れ、そして内陸に向かう道中に目にした風景が
忘れられない。
寂れた単線に古びたディーゼル機関車が一両、人間の気配のしない、
元は牧場であったろう建屋の傍らを汽笛をあげ走り去ってゆく。
そんな光景が、映画やテレビドラマのひとコマのように実際の映像として
この目に焼き付けていった。
その事に感動したのではなく、これがこの地の現実なのだと
訴えかけられたかのような衝撃を受けたのである。
全てを受け入れない厳しさを
現実の形として見せ付けられた
この地にどうしても住みたいと
思ったのである。
いくらこの地方では
大型都市の部類であったとしても
関東のその至便性の良さには程遠いこの地。
厳しさと優しさと強さを見せてくれる町。
それはたとえ苦手な氷点下の冬であっても、
居心地の良さを心の底から感じさせてくれるそんな土地なのである。
今日も妻はその不便さを嘆いているが、そこには笑顔がいつもある。
不便だからこそ感じる幸せもあるということもこの土地は教えてくれた。
「函館」、それは私にとって心の安住の町でもあるのだ。
(写真は函館市HPよりお借りしました。)