病院に行ってきた。
特別養護老人ホーム、
いわゆる特養に入所するにあたっての
必要な書類のひとつの
健康診断書の作成の為である。
雪の降る寒い午後、
施設にいる母親を車に乗せ、長い間通院し、そして入院も何度か経験した
その病院を母親はそこが何処だか分からないと言う。
以前なら病院のあらゆる施設も、親しく言葉を交わしていた看護師さんの名前も
直ぐに思い出せていたのに、この日はそこが何処なのか、声をかけてくれる看護師さんが
誰なのか、一切分からなくなっていた。
偶然、数ヶ月前までお世話になっていたヘルパーさんにも合ったのだが
その人物さえ分からなくなっている。
認知症は私の想像以上に進行が早く、もしかしたらこの3ヶ月あまりで息子である
私のことさえ本当は分かっていないのかもと思えるようになってしまった。
今の施設が、、、というよりも、母親にとってこうした施設生活は
予想以上に負担が大きかったのかもしれない。
そう言えば以前にも介護施設や病院で数ヶ月を過ごした後いに
相当な機能を失い、そのたびにその姿に絶句した事を思い出した。
やはり私は間違った判断を犯しているのか・・・・・。
そんな母親に数週間前、以前から申し込んであった他の施設から連絡が届いた。
「ショート(ステイ)のベッドが空くので、先ずはそこで特養のベッドがあくまで
繋いだらいかがですか」
私にはその意味がよく分からず、ショートと言うからには何日か宿泊したあとに
何日か自宅に帰りそれを繰り返す、とばかり思っていたのだが、
どうもそれはそうではないらしい。
ショートはショートでもそれをず~っと繋ぎ合わせ、結局は入所みたいな感じとなるようだ。
もちろん、今現在お世話となっている老健(介護老人保健施設)には入所している期限が
存在する訳で(それも無いに等しいらしい)、一応の目処として3ヶ月を経過した時点で
自宅に連れて帰り、また家族での介護生活を覚悟をしていた。
それは何も3ヶ月という期限にそうせざるを得ない、と言う事ではなく
お恥かしい話なのだが家計的な事情によるものが大きい。
国民年金のみの母親本人だけの収入だけではどうにもならない事情。
今の多くの老人はそんな悩みに苦しんでいるに違いないと思う。
そこへ降って湧いたような救いの手。
私はそのお話に飛びついた。
母親を特養に入所させる、そう決めてしまった。
特養に入所ともなれば母親とは世帯を分離させることによってグッと負担は減ることになる。
洗濯さえもする必要がなくなり、
家族の肉体的、精神的、経済的な
その負担は今の比ではない。
そうすれば自分も楽になると・・・・・。
ただ、、、、
母親にかかる負担は、、、、
ホントにそれでいいのか、、、、
矛盾しているのだが、楽になると思っていた自分の気持が時間が経つにつれ
そう簡単に割り切れないことに気付き、複雑な心境に陥っている
そして今、私自身があの老健入所で味わった鬱の状態を再び味わおうとしている。
その事を口に出そうとすると、言葉に詰まってしまい、言葉にならなくなってしまい、
どうしても考える事はいつもそのことばかり。
あの母親の姿が頭から離れず、女々しく涙にくれる。
自分はとんでもない判断を下したのではないかと。
次第に記憶をなくしていく母親は、実は私が原因なのではないのかと。
なのに更に負担を被いかぶせようとしている。
私はホントに人でなしである。