回避性パーソナリティの人は、 本当の自分の気持ちと 向き合えません。
自分が何者か、 何を (誰を) 好きだとか、 根本的な感情を 曖昧にしたり、
逆に 本心を打ち消して 向かい合うことから逃げてしまいます。
自信がないため、 やりたいことがあっても 自分には無理だと思い込んでしまいます。
やりたいことを やっていないので、
フラストレーションが 溜まっていってしまうのです。
〔 「境界性パーソナリティ障害」 岡田尊司 (幻冬舎) より 〕
もうひとつ、 心子が悲壮な覚悟で 困難に立ち向かった 例を書きましょう。
勤め先の会社で 苛めに遭い、 神経性の腰痛で 半年間入院した時に、
苛めと 対応を怠った会社を、 精神的苦痛の労災として 認めさせようとしました。
でも当時、 それはまだ 非常に困難な時代で、
弁護士に土下座して泣きついても 断られました。
それでも 心子は労働組合に入り、
仮に 1%でも可能性があれば 全力を尽くすと言って、
傷みきった心身に 鞭打って奮闘していました。
例え 自分がちっぽけなアリでも、
社会の不正という巨象に 立ち向かうことから逃げなかったのです。
回避性の極にあったと 言えるのではないでしょうか。
ただし、それが 一度ぽっきり折れてしまうと、
もう自分には 何もできないと消沈してしまいます。
不可能に挑戦する 凄まじい気構えを 見せる一方、
何もかも見限って 放り出してしまう、 両極端の間を行き来していたのです。