(前の記事からの続き)
○ 解離
あるとき、 心子は不穏になって ビールをあおりました。
突然、 心子は キッチンの包丁をつかみ、 自分の胸を突き刺そうとしました。
僕は大慌てで飛びついて 心子の腕をつかみ、
包丁の切っ先は 心子の胸の寸前で止まりました。
暴れ狂う心子を倒して 馬乗りになりました。
普段の心子からは 想像できない力でした。
心子は 聞いたこともない太い声で 吠えました。
すると、 心子は にわかに無表情になりました。
いくら呼んでも 肩を揺すっても、
死人のような半開きの目で、 無意識状態に陥ったままです。
人間の こんな顔は 初めて見ました。
心子が最初に起こした 「解離」 です。
○ 父親との死の約束
心子は僕に語りました。
幼い頃 心子と父親は、 恋愛感情と言っていいもので 繋がり合っていたといいます。
父親は 遺伝的な心臓病を抱え、 いつ発作に襲われて 絶命するか知れない体でした。
独りで死ぬのを恐れ、 心子に連れ立って逝くことを 求めました。
父を愛していた心子は、 自分も一緒に死ぬと 誓いました。
心子が十歳のとき、 父親は発作に見舞われ、 1時間後に他界しました。
しかし、 心子は死ねませんでした。
父との誓いを破った ……
それが 心子の人生を呪縛する、 根源的な心の傷になったのです。
(次の記事に続く)