(前の記事からの続き)
○ 自死
心子は ホテルの最上階から 飛び下りました。
その前日、 心子はバイト先の支店長に、
仕事を辞めたいという 電話をしていました。
支店長は長時間 叱咤激励したそうです。
或いはそれが 自死の直接の引き金になったかもしれません。
しかしながら、 心子の最期を、
単に悲運として すませることのできないものが、 僕の中にはあります。
心子は、 これでやっと、 もう苦しまなくていいんだと 思わざるを得ない、
そう信じるしかないというものが、 否応なしにあるのです。
そして、 心のどこかに、
“解放された” という、 如何ともしがたい気持ちが あったということも、
否むことはできません。
それほど厳しい重圧が、 心子との付き合いにはありました。
けれども、 それに勝るとも劣らない 無類の魅力が、 心子にはあったのです。
○ 心の真実
心子が旅立ったあと、 周囲の人たちの話を聞くと、
心子が話していた数々のことと 基本的に食い違っていました。
反目していたという 母や兄との関係は、 実はそれなりに良いものでした。
心子の中に 客観的事実とは異なる 心的事実が作られたのは、 解離によるものです。
父親には心臓の遺伝病はなく、 死因は心筋梗塞のようでした。
近親相姦や死の約束も なかったと思われます。
しかし 心子の中には、
父との死の約束が 歴然たる事実として でき上がっていたのです。
心子はそれらに従って、 ただ一心に 生きただけなのです。
(次の記事に続く)