米一俵60 kg は 明治に決まったらしい 江戸時代は 容積 で決めていた しかも籾だったり玄米だったり さまさま な形で 年貢米が納められていた 暑い所は 玄米だとすぐ弱ってしまうので 籾だった 玄米ごはん族の籾も 今 17年目の籾がある 籾ならば長期保存が可能だ よく 江戸時代には 百姓一揆とか 飢饉とかが あったといわれているけれど それは玄米で保存しておいたところじゃないのかな ともかく籾保存ならば お金を保存しておくのと同じことだ ちょっと場所を取って値段がさがるけれど
籾ならば一俵は50 kg 以下になる これなら相当無理するけれど しまり屋でも持てるかもしれない 海外でも 暑い所は 籾で流通しているらしい そういうところは 無農薬なのかな 農薬使った籾は 保存がきくのかどうかわからない 薩摩藩などは 籾で保存 江戸は玄米みたいだ 江戸患い とか言って 白米で 食べていた 薩摩藩は 玄米で食べていたのかな 歴史的には 薩摩藩が勝った 白米には 良い歴史なんてない へんてこりんな 歴史ばっかり
でも 大都市になれば 白米が便利なんだね 便利な方を選ぶのは普通だよね 都会に行けば白米を食べれるとなれば みんなそちらへ行くよね 江戸時代は 勝手に移動できなかったみたいだけれど 都市の人口なんて 大したことないと思う 半分を年貢で収めた 籾は 蔵の中に 積み上がるばかりじゃないかな 残り半分は 農家が自分で食べる か 売る 売ればまたまた蔵の中に行く 年々たまるばかりだと思うんだけど 国としても余裕たっぷりと思うんだけど
明治になって なんで籾をやめて 玄米 の流通にしたんだろう 60キロを持つのは大変だよ
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