松戸市のベトナム人少女殺害事件の裁判員裁判で被告の保護者会会長が、無期懲役判決を受けた。
死刑の求刑に対して裁判長は「裁判の公平性確保のため死刑を回避する」として無期懲役を言い渡したと報道されているが、判決理由としては極めて不適当と思う。無期懲役の受刑者が収監後30年以上経過して初めて仮釈放が考慮される現在の状況と被告の年齢が46歳であることを考えれば、相当に高い確率で被告は獄死するものと思われる。この現実を基に裁判官の判断理由を推測すると「死刑に値する程悪質な罪状で、矯正には30年以上かかると思われるほど絶望的であるが、他の犯罪と比べると死刑にはできない」という、なんとも司法判断とは呼べないものであり八百屋の店主が大根の値段を決める程の思索・判断もないように思う。判決の全文を読んでいないので的外れかもしれないが、罪1等を減じた酌量の根拠が「単なる横並びとは」なんとも情けない限りと思う。前述のとうり、高齢者に対する無期懲役判決は、長い時間を掛けた死刑判決ともとれるが、刑法と刑罰が求める被害者家族と国民の処罰感情慰撫、社会に対する警鐘、被告の更生(矯正)のいずれにも寄与しないことから、無期懲役とは「死刑回避の便法なのだろうか」と考えざるを得ない。日本は死刑制度がある国として国際的には人権医師が乏しい国として高位に置かれているらしいが、刑罰としての死刑が廃止された国では「現場死刑」が問題視されているらしい。裁判では終身刑が確実な犯人は逮捕現場で殺害してしまえという過激かつ無法なリンチの蔓延で多くの犯罪者が犠牲になっており、司法制度の根幹を揺るがすものとされている。
確固たる酌量の根拠のない重罪犯を、単なる横並びで軒並み無期懲役とすることが日常的ともなれば、日本でも現場死刑の風潮が出てこないとも限らない。たとえ下級審の裁判官と雖も、万人とは言わぬまでも多くの人が肯ける判決・減刑の理由を示して貰いたいと思うものである。1審の裁判員裁判の量刑決定については裁判官が関与できないようにすることが、問題解決の方策の一つであると思うのだが。