柏餅の葉がないのと、菖蒲の芽が出ていないのが、何とも不思議でならなかった。旧暦の5月5日には、菖蒲の芽が伸び、柏の葉が硬くなる。祖母が、いつも山から採って来ていたのには、ちゃんとした理由があったのだ。『旧暦と暮す』を、読んでみれば、祖母のしていたことがピタリと当て嵌まる。生活の知恵であり、暮らしに欠かせない行事であった。
七夕は、夏休みになってからだ。その日は、早朝から芋の葉の露を集め、硯を出し、墨を擂って、短冊に書いた。最も短冊は、旧暦でなければ店になかった。売れない物は置かないのだ。紙縒りは、障子紙の剥がしたのを取っておいて使う。或いは、田の畦に生えてある草で間に合わした。まだ新しい紙は使わない。もったいないです。
墨を擂っていると、痺れが切れた。願い事を書くどころか、顔から手から真っ黒になってしまう。おまけに兄妹喧嘩が始まっていく、畳に墨が散る。祖母に呆れられ、母からは大目玉をくらう。叱られるのは、間の悪い私で、ちゃっかり者の兄は、知らぬを決め込む。そうすると、私は秘密基地に逃げ込む。木の上が、涼しくて眺めがよかった。
枇杷の樹は、ふてくされた私を、にこやかに見ていた。黄色い実が、枝に残っていて、鴉が啼きながら飛んできて食った。腹が立つがしようがない。何分にも相手は羽がある。祖母は可笑しそうに背中を向けて笑っていた。実家の枇杷の樹は、とても高かった。鴉の餌になっていた。その樹は、花芽が必要で、根元から伐った。
赤い薔薇。挿し木でどんどん増えていく。