枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

立秋、水無月・若潮

2018年08月07日 | Weblog

 二十四節気 立秋 暑気強くとも、涼風吹き始め、秋の気配立つ、という意で、立秋と言う。毎年八月八日頃である。田舎の方では、前日の早朝から、芋の葉や稲の雫を集めて回り、硯に入れて墨を摺った。短冊に願い事を書く。祖母は竹を伐って来て、庭にお供えの台をこしらえていた。

 これが日曜日なったら、慌てふためいての大騒動となる。年に一度の井戸浚えがあって、父が底まで下りての汲み出しをした。子ども等は、この手伝いと短冊書きで、楽しかったものだ。父は寒さに震えており、外の者は暑くて汗だくであった。然し、この作業をしておかないと水が濁る。

 今ほど時間を持て余すこともなく、田圃の草取りもあったし、家畜も飼っていたので、多忙を極めていた。それを祖母は段取りよろしく、行事をこなしていった。昔の人の知恵と工夫に感心する。自分が祖母の年齢に近づいて来て、その半分もしていないのに、直ぐに挫折する。根性なし。

 はり灸さんへのお灸代金を送金し、年賀状を切手に換え、図書館に返却と借り出しに行く。ハインラインの『ラモックス』を見つけた。以前、買っていたようにも思うが、倉庫に入れたままか。SFも古典は面白さが違う。それでいて、現代での状況を上手く好い得ている。読んで損なしだ。

 立秋とはよく言ったもので、風が渡るのにほっとする。猛暑・酷暑・炎暑であったし、当分は続くのだが、二十四節気で気持ちが変わる。暦の上では、という表現、言い回しに微妙な変化があるのだ。23日の処暑までがどうなるのか、台風や気象異常が続くのにも、充分な心構えで居たい。

 昨夜、青空市で買ったメロンを、肉と一緒に少し切って、残りをテーブルに置いた儘にしていたら、朝、小さな蟻に乗っ取られていた。今年の蟻は、誠に小さなので、半透明の赤蟻。これが刺すと、痛さに飛び上がる。小さいので中々所在が分からないのも困る。仕方ない、キンチョールを。

 すばるの首輪を見つける。ドナルドので、首回りが大きいので注文したが、ありゃ鈴がない。これまでに付けていたのを外して、新しいのにくっつけた。音がしないのは、居場所が分からないので、うっかりの時に困る。色は水色でドナルドのが気に入った。中でよかったかな?と反省する。

 涼しいのを好いことに、午前中の水遣りをさぼる。扇風機をタイマーで掛けて寝るのは良くない。無論、直接には当たらないように、遠くに置いているが、やはり自然の風とは違うので、風邪症状が出る。鼻水がやたらと出るので、通草酒を口にする。すばるは、パソコンの足元で爆睡している。

 我が家に来て、大きなロッキングチェアーが気にいり、小さな体を落ちないように埋まっている。

コメント
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