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車道に戻って西進、先程の丁字路を過ぎると直ぐに左手に「ほたる山」看板、
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急坂を登っていき、公園管理棟入り口にゲート、車は下の駐車場への指示。
少し戻って広い駐車場に車を止め、登山準備。今度は標高576mなので
ふじ山より123m程高い。おまけに駐車場から頂上まで直線距離527m
きり無いのに歩行標高差230mなので皆さんの言う一寸散歩がてらにとは
いかないらしい。見上げると成る程、立派な山だ(13.38)。
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出直しでゲートを通過すると直ぐに登山口標示で山に向かっていく。直ぐに
鳥居があり、小さな社殿風建家、御嶽神社とある。
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其の右手奥に石像群、
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左に再び登山道道標(13.49)。
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予想通り、登山道はかなりの急登ではあるが、沿道に色々な石像物があるので
気が紛れる。中にはこんな立派な石宮も(14.04)。
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途中で浅間・妙義が見事。この角度からの浅間は南面が見えるので雪が少ない。
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再び大きな石像物を見て南に迂回の様に進み、
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花にも迎えられて
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見通しの良い稜線の端から180度反転して綺麗な尾根を北進、
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ほんの僅かで頂上着(14.28)。
頂上標識は見当らないが大きな石宮と傍に豚に見える石物。何の謂れか
後で調べる。
追記・失礼しました。イノシシだそうです。
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展望は抜群。少し離れて「大山」がみえ、其方への急降の
踏み跡がある。多分、カズさんの辿った道らしいが、少し先の石像のある
三つの峰ぐらいまでなら行かれるかも。
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下仁田の町並みは正に航空写真。
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十分景観を満喫してから殆ど小走りで下山。子供三人とすれ違ったが、
彼らは普段着に運動靴で殆ど駆け上がってくる。やっぱり、ここは散歩の
山か。
駐車場から改めてみると、下仁田浅間山が正面に荒肌を見せているし、
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大桁がどっしり、其の脇に妙義が小さく(15.01)。
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帰途に古家さんに聞いた桜井家の菩提寺の清泉寺に寄って住職に案内してもらって
顕彰碑や
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風林火山の石像物を見学。あとで良く調べる。
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さしたる疲労感も無く収穫多量に満足して帰宅。又、巨人が逆転負け。
追記・
下仁田地区で「大桜井」と言われる桜井氏の始祖は清泉寺唯一の院殿の墓として
残っている桜井源伍右衛門。墓銘碑には1610年歿。
佐久・桜井村の武家の三男として生まれるが、桜井村とは勿論、現在は佐久市に
なっているが旧野沢町と思う。源伍右衛門が戦乱に明け暮れる世を憂い、より
平穏な下仁田に移住したのが1575年、設楽ヶ原の戦いで武田が織田・徳川
連合軍の鉄砲戦略に大敗した年。我家の祖、昌景もここで自殺的突撃で
討ち死に。
桜井城主との話しも聞いたが、佐久に桜井城址は無いと思う。砦ぐらいは
あつたかもしれないが。
下仁田に移った源伍右衛門は殖産事業に一身を捧げる決意で先ず農林業に
専心して35年の努力で成功させ、今日の桜井家の広大な森林所有の元を
作った。
ふじ山から西に見える杉林は殆ど桜井氏所有とか。
数百年を経た明治に入ると朝雄氏が多角的に活動する。麻の時代は麻問屋、
蚕糸の時代は養蚕・桑樹・生糸、コンニャクの時代は製粉の開祖と。
大正に入ってコンニャク製粉組合の初代組合長として下仁田コンニャクの
知名度を全国に広げる。更に上信鉄道の前身、上野鉄道の監査役で甘楽の
開発に注力し昭和十八年に上信の社長。清泉寺顕彰碑脇に胸像がある。
現当主は善治氏?
清泉寺は1230年頃、畠山重忠の弟・重俊を開祖とする古刹。
ご来訪のついでに下のバナーをポチッと。
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急坂を登っていき、公園管理棟入り口にゲート、車は下の駐車場への指示。
少し戻って広い駐車場に車を止め、登山準備。今度は標高576mなので
ふじ山より123m程高い。おまけに駐車場から頂上まで直線距離527m
きり無いのに歩行標高差230mなので皆さんの言う一寸散歩がてらにとは
いかないらしい。見上げると成る程、立派な山だ(13.38)。
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出直しでゲートを通過すると直ぐに登山口標示で山に向かっていく。直ぐに
鳥居があり、小さな社殿風建家、御嶽神社とある。
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其の右手奥に石像群、
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左に再び登山道道標(13.49)。
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予想通り、登山道はかなりの急登ではあるが、沿道に色々な石像物があるので
気が紛れる。中にはこんな立派な石宮も(14.04)。
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途中で浅間・妙義が見事。この角度からの浅間は南面が見えるので雪が少ない。
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再び大きな石像物を見て南に迂回の様に進み、
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花にも迎えられて
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見通しの良い稜線の端から180度反転して綺麗な尾根を北進、
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ほんの僅かで頂上着(14.28)。
頂上標識は見当らないが大きな石宮と傍に豚に見える石物。何の謂れか
後で調べる。
追記・失礼しました。イノシシだそうです。
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展望は抜群。少し離れて「大山」がみえ、其方への急降の
踏み跡がある。多分、カズさんの辿った道らしいが、少し先の石像のある
三つの峰ぐらいまでなら行かれるかも。
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下仁田の町並みは正に航空写真。
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十分景観を満喫してから殆ど小走りで下山。子供三人とすれ違ったが、
彼らは普段着に運動靴で殆ど駆け上がってくる。やっぱり、ここは散歩の
山か。
駐車場から改めてみると、下仁田浅間山が正面に荒肌を見せているし、
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大桁がどっしり、其の脇に妙義が小さく(15.01)。
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帰途に古家さんに聞いた桜井家の菩提寺の清泉寺に寄って住職に案内してもらって
顕彰碑や
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風林火山の石像物を見学。あとで良く調べる。
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さしたる疲労感も無く収穫多量に満足して帰宅。又、巨人が逆転負け。
追記・
下仁田地区で「大桜井」と言われる桜井氏の始祖は清泉寺唯一の院殿の墓として
残っている桜井源伍右衛門。墓銘碑には1610年歿。
佐久・桜井村の武家の三男として生まれるが、桜井村とは勿論、現在は佐久市に
なっているが旧野沢町と思う。源伍右衛門が戦乱に明け暮れる世を憂い、より
平穏な下仁田に移住したのが1575年、設楽ヶ原の戦いで武田が織田・徳川
連合軍の鉄砲戦略に大敗した年。我家の祖、昌景もここで自殺的突撃で
討ち死に。
桜井城主との話しも聞いたが、佐久に桜井城址は無いと思う。砦ぐらいは
あつたかもしれないが。
下仁田に移った源伍右衛門は殖産事業に一身を捧げる決意で先ず農林業に
専心して35年の努力で成功させ、今日の桜井家の広大な森林所有の元を
作った。
ふじ山から西に見える杉林は殆ど桜井氏所有とか。
数百年を経た明治に入ると朝雄氏が多角的に活動する。麻の時代は麻問屋、
蚕糸の時代は養蚕・桑樹・生糸、コンニャクの時代は製粉の開祖と。
大正に入ってコンニャク製粉組合の初代組合長として下仁田コンニャクの
知名度を全国に広げる。更に上信鉄道の前身、上野鉄道の監査役で甘楽の
開発に注力し昭和十八年に上信の社長。清泉寺顕彰碑脇に胸像がある。
現当主は善治氏?
清泉寺は1230年頃、畠山重忠の弟・重俊を開祖とする古刹。
ご来訪のついでに下のバナーをポチッと。
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昨日は下仁田の奥西野牧の山を攻めてみましたがあえなく撤退。国道254の北側の稜線を歩こうとしましたが岩峰続きでビビって撤退しました。俺には不可能なコースでした。が西野牧の617m峰の北東のピークはお稲荷様の神社がありなかなかの展望でお弁当を食べるにはいい場所です。しかももう赤八染が咲いていていつまでもいたくなるような場所でした。今度は大栗の方から入ってみようかなと思ってます。当初の予定では大栗に降りる予定でした。
思いもかけぬ簡便コースで行って来ました。
西野牧の617m峰周辺は等高線ゴチャゴチャで
一旦入ったら出られないような所ですね。
確かに地形図では北東に鳥居がありますが。
その直ぐ東の根小屋地区は御堂山からの
西回り下山口らしいので狙っています。