![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/ff/455cb57acb7cd6445f7ebc2192b75526.jpg)
市内の桜満開まであと2日か3日、繋ぎに藤岡市上落合にある
七輿山古墳の桜見物。
市内から城南大橋を渡ってr-30で東南進、鏑川橋を渡るともうそこは
藤岡市の落合地区、二つ目の信号を右折すれば駐車場は直ぐ目の前。
「七輿の門」との立派な門柱。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/23/b952ed5043d56966db1e600ce8610453.jpg)
これは「毛野国白石丘陵公園」の入り口らしい。この公園には
白石古墳群と云われる多数の古墳があり「七輿山古墳」もその一つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/fa/fac761baee06ab9fffec7cb70fe5f26f.jpg)
研究では古墳時代中期、6世紀前半に築造されたと見られる古墳
(前方後円墳)で、6世紀代の古墳としては東日本最大級である
とのこと。
但し、七輿の名前は後世になって8世紀初頭の多胡碑に「羊」と
記されている多胡羊太夫の伝説と結び付けたもの。
多胡郡郡司となった羊太夫が謀反の疑いで朝廷から討伐軍を差し向けられ
居城の八束城から逃れたが一族が「落ち合った」場所がここ「落合」の
地名の起こり、羊太夫の妻女ら7人がここで自害し、それぞれ輿に乗せて
葬ったので「七輿山」という名前になったというーーーお話。
駐車場から西を見ると大分雪解けしてシャチの紋様の様になった浅間山。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/d8/d52fa4d8a5b568289827534ea0ccc4e2.jpg)
巨大な古墳の墳丘全体に桜の遠景が見事だが満開は南斜面だけで
其の他は未だ7.8分咲きの様に見えた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/1b/f6d9d9e6a8bfa93d19629279a75868b1.jpg)
古墳中腹の東端に一体型の「六地藏」。寺院などでよく見るのは六体の
六地蔵だから一体型は珍しい。かって赤城六道の辻でも見た記憶がある。
人間死亡すると四九日までの間に七回の裁判があるが35日に閻魔大王に
よる「六道」分類の裁判を経て49日に判決が確定し亡者は六つの世界の
何れかを進むことになるそうだ。「六道」とは地獄・餓鬼(餓えと渇きの
苦の世界)・畜生(弱肉強食の苦の世界)・阿修羅(闘争の世界)・
人道(現世)・天道(天人の住む天上世界)のこと。
地蔵菩薩は、このすべての世界に出向き、衆生を救済してくれるので
六道を行脚される地蔵菩薩の御姿を、それぞれ六体の尊像に表したものが
この「六地蔵尊」。間もなく爺イもお世話になるので丁重にご挨拶
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/e6/a811ab16e19dca9ae5766ea86e61be49.jpg)
その上の平地に五百羅漢がずらりと並ぶ壮観。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/3e/7dbb754b5f4f6ee10ae866170bd3471e.jpg)
だが、よく見るとごく一部の数体を除いて大多数の仏像は頭部が破壊
されていて「首」が欠落している。これは間違いなく過去の廃仏毀釈の
被害に違いない。
今から約150年前の明治元年、新生明治政府は「神仏分離令」を公布し
祭政一致・国家神道の確立を計ったがこれを契機として廃仏運動が
大衆運動化して多くの寺院・仏教関連石造物が破壊されるという「文革」
まがいの事が起きていたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/57/d5bf02a3d354e477fe9f308d9b807fec.jpg)
満開に近い南斜面の桜を観ながら古墳の頂上東端に登るとそこには
立派な釈迦三尊像ーーーと思ったら中央の釈迦如来を始め、脇侍の
普賢・文殊菩薩の首が破壊されて欠落。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/70/1e16caceeb69f03ccaa3aa0698266b18.jpg)
正面に向かって左の「象」は首のない普賢菩薩を載せ、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/7f/c6f0a4f9fc498bd4a7b2cf95d5a619f2.jpg)
右の「獅子」は首のない文殊菩薩を載せている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/f4/dfdf4d7004901ab13e7c37ea2f6896de.jpg)
政府による世論誘導の恐さとそれに乗せられる我々衆愚の無力さを
痛感しながらも気分転換して本来の桜鑑賞。
七輿山古墳の桜
序にやや距離のある「白石稲荷山古墳」まで足を延ばして一枚。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/3a/a30c9c6f5b2662ee54412e850048597b.jpg)
写真ブログさんの記録で武者行列の3/31には蕾だった小幡のサクラが
満開になったらしいので次回は小幡城下と宝積寺の予定。
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七輿山古墳の桜見物。
市内から城南大橋を渡ってr-30で東南進、鏑川橋を渡るともうそこは
藤岡市の落合地区、二つ目の信号を右折すれば駐車場は直ぐ目の前。
「七輿の門」との立派な門柱。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/23/b952ed5043d56966db1e600ce8610453.jpg)
これは「毛野国白石丘陵公園」の入り口らしい。この公園には
白石古墳群と云われる多数の古墳があり「七輿山古墳」もその一つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/fa/fac761baee06ab9fffec7cb70fe5f26f.jpg)
研究では古墳時代中期、6世紀前半に築造されたと見られる古墳
(前方後円墳)で、6世紀代の古墳としては東日本最大級である
とのこと。
但し、七輿の名前は後世になって8世紀初頭の多胡碑に「羊」と
記されている多胡羊太夫の伝説と結び付けたもの。
多胡郡郡司となった羊太夫が謀反の疑いで朝廷から討伐軍を差し向けられ
居城の八束城から逃れたが一族が「落ち合った」場所がここ「落合」の
地名の起こり、羊太夫の妻女ら7人がここで自害し、それぞれ輿に乗せて
葬ったので「七輿山」という名前になったというーーーお話。
駐車場から西を見ると大分雪解けしてシャチの紋様の様になった浅間山。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/d8/d52fa4d8a5b568289827534ea0ccc4e2.jpg)
巨大な古墳の墳丘全体に桜の遠景が見事だが満開は南斜面だけで
其の他は未だ7.8分咲きの様に見えた。
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古墳中腹の東端に一体型の「六地藏」。寺院などでよく見るのは六体の
六地蔵だから一体型は珍しい。かって赤城六道の辻でも見た記憶がある。
人間死亡すると四九日までの間に七回の裁判があるが35日に閻魔大王に
よる「六道」分類の裁判を経て49日に判決が確定し亡者は六つの世界の
何れかを進むことになるそうだ。「六道」とは地獄・餓鬼(餓えと渇きの
苦の世界)・畜生(弱肉強食の苦の世界)・阿修羅(闘争の世界)・
人道(現世)・天道(天人の住む天上世界)のこと。
地蔵菩薩は、このすべての世界に出向き、衆生を救済してくれるので
六道を行脚される地蔵菩薩の御姿を、それぞれ六体の尊像に表したものが
この「六地蔵尊」。間もなく爺イもお世話になるので丁重にご挨拶
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/e6/a811ab16e19dca9ae5766ea86e61be49.jpg)
その上の平地に五百羅漢がずらりと並ぶ壮観。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/3e/7dbb754b5f4f6ee10ae866170bd3471e.jpg)
だが、よく見るとごく一部の数体を除いて大多数の仏像は頭部が破壊
されていて「首」が欠落している。これは間違いなく過去の廃仏毀釈の
被害に違いない。
今から約150年前の明治元年、新生明治政府は「神仏分離令」を公布し
祭政一致・国家神道の確立を計ったがこれを契機として廃仏運動が
大衆運動化して多くの寺院・仏教関連石造物が破壊されるという「文革」
まがいの事が起きていたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/57/d5bf02a3d354e477fe9f308d9b807fec.jpg)
満開に近い南斜面の桜を観ながら古墳の頂上東端に登るとそこには
立派な釈迦三尊像ーーーと思ったら中央の釈迦如来を始め、脇侍の
普賢・文殊菩薩の首が破壊されて欠落。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/70/1e16caceeb69f03ccaa3aa0698266b18.jpg)
正面に向かって左の「象」は首のない普賢菩薩を載せ、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/7f/c6f0a4f9fc498bd4a7b2cf95d5a619f2.jpg)
右の「獅子」は首のない文殊菩薩を載せている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/f4/dfdf4d7004901ab13e7c37ea2f6896de.jpg)
政府による世論誘導の恐さとそれに乗せられる我々衆愚の無力さを
痛感しながらも気分転換して本来の桜鑑賞。
七輿山古墳の桜
序にやや距離のある「白石稲荷山古墳」まで足を延ばして一枚。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/3a/a30c9c6f5b2662ee54412e850048597b.jpg)
写真ブログさんの記録で武者行列の3/31には蕾だった小幡のサクラが
満開になったらしいので次回は小幡城下と宝積寺の予定。
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「新生明治政府は「神仏分離令」を公布・・・・
政府による世論誘導の恐さとそれに乗せられる我々衆愚の無力さを
痛感」
写真を見ながら過去の歴史のなんと無茶な・・・と思いました。
それだけに止まらず現政権の行いを見ていると、同じ様な
不安感に駆られますね!
「毛野国白石丘陵公園」へは一度は行ってみたい所です。
今年の春の花は桜を含め少し精彩に欠けるなと思いながら各地を見て歩いています。七興山はまだでしたが、毎年素晴らしい光景を見せてくれますね。桜が咲く舞台としては申し分なく松の大木との取り合わせも素敵です。特に満開の桜の枝が斜面に沿って滝のように広がる様は見後です。あす渓谷に咲く枝垂桜を見に鮎川か神流川を遡ってみようと思っていますので、ちょっと寄ってみようと思います。
コメント有り難うございました。貴兄の神田川中流域の
ハナイカダ拝見しましたが当地では高崎城址の
お壕で似たようなものが見られますが流水ではありませんので風情が違います。
首無し地蔵は榛名・地蔵峠東直下のものを見てから
関心があり我々大衆が時々犯す愚かさの戒めと
思っています。
桜満開の期間は短いので見逃しが無いように
回るつもり。神流湖方面も良いでしょうね!
小生も晴れを狙って小幡方面へと考えています。