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■池田緑展・続き (2020年12月19日~21年3月21日、帯広)

2021年03月21日 11時08分43秒 | 展覧会の紹介-現代美術
(承前)

 池田緑さんは1943年(昭和18年)、当時は日本の統治下だった朝鮮半島の生まれです。
 その後、日本に引き揚げ、札幌、釧路を経て、北海道学芸大(現北海道教育大)釧路分校を卒業。帯広北高で国語の教諭を務めます。
 美術教諭の免許も持っていましたが、本格的に取り組み始めたのは36歳のころと遅く、1980年に十勝の団体公募展「平原社」に初出品した油彩80号「アリスの壁」がいきなり協会賞を受賞したことで、教師と画家の二足のわらじを履く生活が始まります。その後、全道展や独立展にも出品するようになりました。
 93年に夫が新得町立屈足くったり小教頭として赴任するのに伴い、帯広北高を退職。96年には足寄町大誉地およちに移り、このあたりからだんだん、タブロー(絵画)からインスタレーションなどへと制作の軸足を移していきます。
 独立美術は1997年、全道展も2001年に退会します(全道展では会友でした)。

 今回の帯広美術館の個展は、複数の額無しカンバスを並べた1993年の「ALICE'S JEANS」が最も古い作品です。
 つまり、1980~92年にも盛んに絵画の制作・発表を行っていたわけですが、その頃の作品は全く展示されておらず、後半の現代アートが展示の大半を占めています。
 言い換えれば、今回は50~80代のときに取り組んだ作品ばかりが並んでいるわけで、これは多くの鑑賞者に勇気をあたえるのではないでしょうか(50代で版画家としてデビューした一原有徳さんを思い出させます)。

 最初のコーナーが「JEANS」になっているのは、絵画のモティーフによく描いていた頃の名残という面もあります。


 90年代から2011年まで素材としていたマスクについては、前項で書きました。
 2002年、帯広美術館で、今回よりは規模の小さい個展「十勝の新時代V 池田緑展」を開いたとき、館の前にはえている木の枝にびっしりとマスクがつり下げられていたことをきのうのように思い出します。
 この頃から、東京や海外での発表が増えていきました。

 ダイモテープ(プラスチックテープ)を用いたインスタレーションは、1999年から制作が始まっています。
 フライヤーのメインビジュアルになっている「My Place on Earth (地球の私の場所) -1943年4月3日に生まれて」は、自分が生きてきた日付をテープにタイプして、それを透明なアクリルケースに入れた、ある意味で非常にシンプルな作品で、現在も制作は継続しています。
 5回にわたって展開された大規模なグループ展「帯広コンテンポラリーアート」のうち、池田さんは第1回(2011)の実行委員長を務めましたが、そのときにメイン会場になった真正閣の畳の上にこの作品があったのを、これまた懐かしく回想します(フライヤーのほうは、2012年のSTV北2条ビルエントランスアートにおける個展の際に撮影されたものでしょう)。

 この作品が面白いのは、作者が居住していた場所によってテープの色を変えていることです。
 筆者はこの作品に向き合うたびに、あの米同時多発テロのあった2001年のあたりに視線を向けてしまいます(次の画像)。


 そして、このプラスチックテープの作品群を、以前のジーンズの作品と決定的に異なるものにしているのは、ジーンズが単なる(と言ってしまいますが…)作者の趣向によって選択されているのに対し、このテープに打たれた日付が、作者がポストコロニアルの人生を生きているという自覚を得たことを、物語っているということにあります。
 日本統治下にあった朝鮮半島から、日本が開拓した北海道への移り住みは、コロニー(植民地)からコロニーへの移動にほかなりません。
 つまり、ここに刻印された日付は個人的なものでありながら、20世紀のポストコロニアルな世界史を同時に刻んでいるものでもあるのです。
 個人の「生」が「世界や社会」へと通じる回路が、池田緑さんの作品世界にくっきりと姿を見せることになったのが、このダイモテープの作品であるといえるのではないでしょうか。

(ちなみに、今回の個展では「素材」として独立はしていませんが、「移動」というテーマも、池田作品のひそかな、しかし重要な要素だと筆者は考えます。最近の帯広コンテンポラリーアートで発表したのも「十勝川河口まで歩くーリチャード・ロングに捧ぐ」という、単に歩くという行為を映像化したものでしたし、マスクのプロジェクトでいかに世界各国を飛び回ったかについては前項で記したとおりです)


 2010年代に入って作者が多く手がけるようになるものに「言葉」を扱った作品があります。
 なにせ本職が国語教師であり、地元紙に長い間、数百編に及ぶコラムを書き続けた「文の人」でもあります。
 池田さんはそのコラムを白い本にまとめ、ギャラリー空間に積み上げることでインスタレーションにしました。
 さらに、来場者に、言葉をダイモテープに打ってもらうワークショップも手がけています。

 次の画像は、本と言葉を題材にしたインスタレーションが展示されている一角です。



 最後の「映像」のセクションでは、2006年の越後妻有アートトリエンナーレに出品し現地滞在したときに取材した「キノさんとキノさんの家の4週間」が四つか五つのモニターで流れていましたが、さすがに計4時間ほどの分量なので、あまりちゃんと見てきませんでした。
 なんだか、筆者も登場しているらしいですが…。
 このトリエンナーレも、個人的に懐かしいです。
 池田さんに背中を押されて新潟県まで足を運んだのですが、これを機に筆者は、夏の暑さが平気な体質になったのでした。


2020年12月19日(土)~21年3月21日(日)午前9時半~午後5時、月曜(1月11日を除く)、12月29日~1月3日、12日休み
道立帯広美術館(帯広市緑ケ丘2、緑ケ丘公園)

一般520(410)円、大学生300(220)円、高校生以下・障害者手帳所持者は無料
かっこ内は、10人以上の団体、前売り、リピーター(道立の美術館で開かれた特別展の半券を提示した人)、神田日勝記念館のチケット半券を提示した人の割引

コレクションギャラリーとの共通料金は一般680円、大学生380円



北海道リモート・ミュージアム 道立帯広美術館「池田緑展」



過去の関連記事へのリンク
【告知】池田緑展(2020年12月19日~21年3月21日、帯広) IKEDA Midori Exhibition
神田日勝没後50年 躍動する十勝の美術作家展 (2020、鹿追)

500m美術館 vol.26「最初にロゴス(言葉)ありき」 (2018、札幌)

池田緑展 I WAS BORN. Part II (2016)
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防風林アートプロジェクト(2014)

【告知】18人の写真表現-焼きつけられたイメージ(2013、釧路)

置戸コンテンポラリーアート(2012)

池田緑「マスク・プロジェクト<最終章>-サホロ1999~ハルカヤマ2011- ハルカヤマ藝術要塞
真正閣で池田緑作品を見る 帯広コンテンポラリーアート(2011)
北海道新聞の6月29日「ひと 2011」欄は池田緑さんが登場

あおもり国際版画トリエンナーレ2010で池田緑さん、風間雄飛さん入賞
池田緑展 Silent Breath―沈黙の呼吸(2010)
池田緑展-六つのこと・444の日- (2010)

池田緑さんによるマスクイベント アジアプリントアドベンチャー

池田緑 1993-2008現代美術展(2008年6月)■続き
深川駅前にマスクの花(同)
田園都市のコンテンポラリーアート 雪と風の器(2008年3月)

越後妻有(つまり)アートトリエンナーレ(2006)

十勝千年の森=水脈の森・万象の微風 自然=人間=大地(2003年10月8日の項)

十勝の新時代 池田緑展(2002年、道立帯広美術館)
池田緑展アーティストトーク(同上)
とかち環境アート(02年)


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