古い日本人は、「前畑ガンバレ、ガンバレ前畑」や太平洋戦争の精神主義としてのガンバリズムが強固なベースになっている。
高度成長期のガンバル合言葉というのは、非常に馴染みやすかったのだろう。
戦争に負け、「国破れて山河あり」を見つめながら、国ぐるみの教育大進撃を貧しいこの国の活路とした。
貧しい家の子供が、必死で勉強して出世しようとガンバルのと同じだ。
頑張って頑張って漸く難関大学に入り、上級国民を目指す。
その志は立派で、我々凡人にはマネができない。
だが90歳になっての牢屋は厳しかろうと同情する。
人生の最終盤になって、さぞ空しいとは思いますが、その決断が今後同様の事がおこることは誰も疑わない。
明日は我が身である。