武田光弘画楽多製作日記

暇をもてあそび造形してます。作品として形としてまとめたものなどを見ていただきたい
と思っています。

なすびの行方

2010年07月21日 | Weblog

正しくはナスビと呼ぶらしい。宮廷や大奥の女房たちは食べ物のことを話すことを下品な話題とまゆをひそめたらしい。
でも言わなくてはならない場面もあり、たとえば「サツマイモ」は「オサツ」とか「オ」をつけた。したがって「ナスビ」も「オナス」と言われていた・・・・そのうちにオがとれて庶民の間ではナスになったという説がある。

ナスの好きな虫もいる。私もナスは好きだが、ボケナスとか言われないよう暮らしたいもんだ。

海の日

2010年07月20日 | Weblog

海の日に水難事故のニュースが続く。
海の記念日が決まったのは最近のことではない。昭和16年である。第二次世界大戦・・2年後に私が生まれている。
当時と記念日の意味が変わってると思うが、なぜこの日にしたかと言えば・・・明治天皇が北海道・東北を巡幸した折、帰りは船で帰った。その日なのである。
そういうことは深く考えないでおこう。
深海の研究を進めるために潜水機「くろしお」を作ったのは昭和26年。私が小学校の低学年であった頃。最初はセキセイインコをいれ、大丈夫ということで人間が入って潜った。その時の深さ20メートルだったそうだ。
いい時代だったな・・・・・・

東京物語

2010年07月19日 | Weblog
連休に帰省した娘殿が東京に高速バスで帰った。これが渋滞で4時に出たのが夜中の1時着。
近くなったようで遠い時もある。ということで東京物語。
過ぎ去ってしまったが明治元年の7月17日は「江戸」を「東京」と呼ぶと天皇が勅語を出した日である。首都をどこに置くか。大阪か東京かの論争があったそうだ。結局東京になったのは大阪はもともと商人の町だから商業都市として栄えるだろう。しかし東京は幕府の保護のもと発展してきたから、幕府がないとただの原野に戻る。・・・・ということらしい。たしかに土地も2割が町人、あとは武家、大名の割合だったから・・・サムライの存在が消えると、大名は国元に帰る。旗本は縁故を頼りにと江戸を逃げ出す。武家を頼りに商売していた町人も江戸を逃げ出した。あれほうだいの土地に政府はなんとかしょうと売り出した。当時の下っ端役人の月給で軽く1000坪は買えたそうだが、全然売れなかったそうだ。
この当時、買っておけば今は左団扇だろう・・・・・・・・・
なんとか恐竜骨版ができた。

うなぎの夏

2010年07月18日 | Weblog
朝から暑い。午前中は区のマレットゴルフ大会だった。成績は特記することでもない。
梅雨明けとかで、雨もいやだけど暑さもつらい。
店に買い物にいったら食料品のところに「土用の丑」の幟がやたらと出ていた。7月20日は土用の入りである。土用はもともと春の土用、夏の土用と四季にあわせてあったが、現在は土用といえば夏をさすようになったと。暑い・・・・うなぎを食べる元気もない。

テスト中・・・2

2010年07月17日 | Weblog
画像フォルダー/お絵かきツールで選択された画像を見出し画像として選択しています。

三日かけて「微妙に」動く恐竜を完成させました。この動きに数回失敗しました。・・・しばらくすれば新しい仕組みが浮かんでくるかも・・・・

ふきの歴史

2010年07月17日 | Weblog

昨晩の遠雷から一転快晴の気配だ。朝からへリが飛んでいる。災害関係だろうか。被害にあった方には気の毒だけど、油断ならぬのは自然だ。地面をコンクリートで覆ってしまった都会では水の行き場がないのだ。人間のなせるわざがひとつの原因になっているのだな。
雨があがれば緑もきれいだ。写真は土手のフキである。庭にも出てくる。かたっぱしから採って、塩をまぶして、皮をむいて煮込んだ。「かたい」と言われて食べたら、結構堅く歯ごたえがあった。よく見て採らないと・・・・山に入って便意を催すと、このフキの葉がいい。なんとなく柔らかくて水分を含んでいる感触がいい。紙が貴重な時代には、これを家でも使ったとか。私の小さい頃は新聞紙を小さく切って置いてあった。これをもんで柔らかくしてつかっていた。それ以前の話である。「フキ」で「ふく」であるから、フキの語源は「ふく」という事でもない。

遠雷を日記に押し込め旅に出るfont>

アムンゼン

2010年07月16日 | Weblog
南極点に最初の到達するのは誰か。今から100年ほど前イギリスのスコット隊、ノルウエーのアムンゼン隊が南極点めざしていた。結果はアムンゼン隊の方が1ヶ月先の到達した。スコット隊も到達したが帰路消息を絶った。両隊とも周到の準備はしていたと思われるが誤算のひとつはアムンゼン隊はエスキモー犬であったが、スコット隊はモーターぞりが使えなくなりポニー(子馬)の使用にあったとか。
荷物を運ぶ犬・馬はに荷物が減るにつれそれを殺して進む。ところが犬に比べスコット隊の子馬は一頭殺せば、相当な馬力を失う。殺さなければえさは犬の数倍も食べたとか。

7月16日はアムンゼンの生まれた日である。後に彼は北極点も制覇し、遭難事故救助に向かったまま消息をたった。

滅びの美学

2010年07月15日 | Weblog
午前中、雨もあがり予定通り堀金にある老人ホームの草刈に参加した。少し前にもボランティアの方が来たそうで草を刈る場所も少なかった。
地区の支えあいマップの元絵を書いた。ここに細かいデーターが入り完成。高齢者社会の波に押され我地区にも必要が高いのだろう。私も数年したら載せられるだろう。
写真の二枚は「ティラノサウルス」の試作です。

恐竜は高齢化で滅んだわけでなく、地球の環境の転変で滅んだのです。人間は滅ぶことはあるのでしょうか。

ずくのない鳥たち

2010年07月14日 | Weblog

よく降る雨だ。この頃だ。数年前になるが小谷の豪雨や土石流災害を思い出す。家に帰れない生徒との寮生活を思い出す。

小止みをねらって犬の散歩にでかける。児童館の電線でカッコウがまだ鳴いている。自分で自分の子どもを育てない「託卵」のカッコウに色々
言われたくないと児童館の方も思ってるだろう。鳥の話をすればキャンプ場近くに棲むカワセミがキャンプ場の残飯で肥満になり、バタバタと飛んでるとか・・・新聞に載っていた。