ここ数年、親から相続した800坪ほどの家庭菜園でいとこ達も交えて野菜や果物を育てている。作物はめいめい持ち帰ってもし余れば親しくしている近所や友人たちに分けたりしている。もう少ししたらことしの畑仕事が始まる。農作業ではあるもののたいした重労働ではなく、自分で植えた植物たちの成長を見守り楽しんでいるという、庭仕事の延長のようなものだ。
丁度そんな時に読んだのがイギリスの精神科医スー・スチュアート・スミスの書いた「庭仕事の真髄」。彼女の夫君は王室関連行事にも参画した有名なガーデン・デザイナーで、彼らは二人して30年以上かけてイギリスの田園地帯に大規模な庭(バーン・ガーデン)を作り上げ管理している。
この本は人間誰しもが直面する老い、病、トラウマや孤独に対して庭および植物のもつ癒しの効用について精神科医の立場から述べたもので、時々ある園芸のノウハウ本ではない。イギリスでベストセラーになったというから読んで腑に落ちる人が多かったのだろう。日本語訳も良くこなれていて読みやすい。この本を読んで、そして自分自身の庭仕事(畑仕事)を思い起こしてみると確かに思い当たるところがある。庭で植物や自然と向き合っていると、最近襲われている無力感やよくわからない罪悪感のようなものから少しは解放されて心安らかに生きられそうな気がしてくる。
この本の最後に、フランス革命の推進者の一人でその精神的な支柱ともなったヴォルテール、その風刺小説「カンディード」の最後の一節「なにはともあれ、わたしたちの畑を耕さなければなりません(Cela est bien dit, mais il faut cultiver notre jardin.)」が引用されている。昔この小説を読んだことがあったのを思い出して本棚を探ってみたらすっかりセピア色に変色した岩波文庫が出てきた。昭和38年の第6刷では値段が★★。当時、★は50円だったからこの文庫本は100円だったわけだ。因みに、現在の岩波文庫ではほかの短編5編も併収された新訳が1320円となっている。
かつてこの小説を読んだ時には良く判らないところが多かったように思うが今読んでみると実に味わいがある。それにヨーロッパ、南アメリカ、中近東(トルコ)を駆け巡る、こんなスケールの大きな本が1759年に書かれたとは本当に驚きだ。