私の母は、お彼岸の3月20日に誕生日を迎えて満96歳になった。
高齢ながら、歯も耳も眼も十分に機能していて髪の毛も黒色が多い。
食欲は極めて旺盛で、時には私の食事量を越えるほどによく食べる。
間食にいたっては、糖尿病でひかえている私などは及びも付かない。
しかし、パーキンソン症状があり足元が不安定な小刻み歩きだった。
認知症も徐々に進行し、時には訳の分からない言動を連発している。
一年前から介護認定を受け、デイサービスを受けるようになっていた。
永年住み慣れた自宅で生活しながら、あれこれ母権を主張していた。
夜の室内徘徊とも言える「鍵まわり」が習慣で、眼がはなせなかった。
3月上旬、足元から崩れ落ちして腰骨を部分骨折し痛い思いをした。
電動ベッドを持ち出し家具の配置換えをし、車椅子の生活になった。
大震災で余震が続くなか、介護施設に短期の体験的入所もしていた。
歩行厳禁を云われたが、痛みが和らぐと勝手に歩き出してしまった。
そんな8日、施設で部分骨折していた大腿骨を完全骨折してしまう。
救急車で総合病院に運び込むことになり、完全な骨折と診断された。
年齢や体力等も考慮したが、激しい痛みを思うと手術の道を選んだ。
母に骨折の説明や手術の話しをしても、他人事のような理解である。
自分が何処で何をしているのかが理解できていないため心配も多い。
主治医とリスクや準備などを相談、4月13日の午後に手術をうけた。
夕刻に手術も終わり 体調も良好で一安心したが夜は付添い看病だ。
「その日は私の誕生日、でも母の手術で看病日」と、ひげ爺の独り言。
早く治ってくれると良いのだが、するとまた転倒しそうで心配になる。
高齢ながら、歯も耳も眼も十分に機能していて髪の毛も黒色が多い。
食欲は極めて旺盛で、時には私の食事量を越えるほどによく食べる。
間食にいたっては、糖尿病でひかえている私などは及びも付かない。
しかし、パーキンソン症状があり足元が不安定な小刻み歩きだった。
認知症も徐々に進行し、時には訳の分からない言動を連発している。
一年前から介護認定を受け、デイサービスを受けるようになっていた。
永年住み慣れた自宅で生活しながら、あれこれ母権を主張していた。
夜の室内徘徊とも言える「鍵まわり」が習慣で、眼がはなせなかった。
3月上旬、足元から崩れ落ちして腰骨を部分骨折し痛い思いをした。
電動ベッドを持ち出し家具の配置換えをし、車椅子の生活になった。
大震災で余震が続くなか、介護施設に短期の体験的入所もしていた。
歩行厳禁を云われたが、痛みが和らぐと勝手に歩き出してしまった。
そんな8日、施設で部分骨折していた大腿骨を完全骨折してしまう。
救急車で総合病院に運び込むことになり、完全な骨折と診断された。
年齢や体力等も考慮したが、激しい痛みを思うと手術の道を選んだ。
母に骨折の説明や手術の話しをしても、他人事のような理解である。
自分が何処で何をしているのかが理解できていないため心配も多い。
主治医とリスクや準備などを相談、4月13日の午後に手術をうけた。
夕刻に手術も終わり 体調も良好で一安心したが夜は付添い看病だ。
「その日は私の誕生日、でも母の手術で看病日」と、ひげ爺の独り言。
早く治ってくれると良いのだが、するとまた転倒しそうで心配になる。