あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ネット通信

2010-08-26 | ミクシー日記

2008年4月30日のミクシー日記より


とある掲示板を見ていて今さらながら思った。

インターネットって怖いな。

それは『こういう所で人を批判したり、バカにしたりするのはどうなんスかね~、なんとかならないんスか?』というようなボクから見ればごくごく当たり前の質問だったのだ。
最初はボクから見て「ナルホドと」か、「フムフム」とか、「いいぞいいぞ」だったり、「え~そうかあ?」とか、「こういう人もいるわな」、「まあねえ・・・そういう見方を君がするなら、それはそれで仕方ないさ」ぐらいだった。
それがだんだんと、「ちょっと待てや、」「ホンマか、それは」「それを言うたら、あかん」「なに言うとんねん、ボケ」「よっしゃ出るところ出たろ、その代わり分かってるやろな?」「しばいたろか」となってしまった。
関西弁ってこうやって読むと怖いなあ。
それくらいあっという間に批判したりバカにしたりの世界になってしまったのだ。
たぶん、そんなのはボクが知らないだけで他にはいくらでも似たような話はあるのだと思う。

ボクが10年ぐらい前にネット初心者だった頃(今でも上級者ではない)ある友達とメールでやりとりをした。
彼女はニュージーランドに2回目。ボクがガイドをするというものだった。
彼女とメールでやりとりするうちに『なぜ、こんなになってしまったのだろう』と思えるぐらい関係は悪化してしまった。最後には友達に仲介を頼んだぐらいだ。
その時に思った。
ネットって怖いな。
たとえ友達でもこうやってケンカになっちゃう。これから気をつけよう。
それ以来、そういう失敗はしなくなったが、今でも自分の会った事の無い人、目を見たことのない人とのネット上のやりとりが苦手だ。
だけど、こういう場所から新しく友達ができる場合もあった。
きっちりと匿名ではなく、言葉に責任を持って語っている人とのつきあいは、人間と人間のコミュニケーションで大切なものなのだ。
そんな人とは1回飲んだだけで、充分お互いを分かりあえる。

ネット上では言葉は活字となって現れる。
そこに表情などは伴わない。
同じ言葉でも受取手によって大きく変わってしまう。
ささいな冗談だってケンカの売り言葉になってしまう。
だからだろうか、冗談のところ、「ハイみなさん、ここは笑うところですよ、真にうけて怒らないでくださいねえ」というところには(笑)が入る。
たぶん、あの(笑)がなかったら世の中もっと大変なことになっているだろう。
「オレは思わず笑っちまったぜ」という使い方もある。
人がやるのは気にならないが、自分は今までこれを文にいれたことがない。

一度でもボクと会った人ならば、ボクとはこういう人だって分かるだろう。
それで、「ああ、こいつは最近理屈っぽくなったなあ」とか「いいぞ、いいぞ、おまんの言う通りじゃけん」とか「まあたバカなこと言って、コイツは」とか「オマエらしいじゃん」とか「しばいたろか?」
とかいろいろとつっこんでくれる。
だが会ったことのない人は、ボクの書いた物を読んでボクのことを想像する。
だいたいの場合において実物よりカッコ良く想像する。
ネットの世界というのは相手が見えない。
繋がっているのはコンピューターを通した文字だけである。目と目を合わせるコミュニケーションでは無い。
疑い出せばキリがないが、ああいった匿名の掲示板の信頼性。
もちろんまともな意見だってたくさんあるけど、例えば、

「私はニュージーランドに来て3年、キウィのボーイフレンドができました。結婚しようか悩んでいます。みなさんどう思いますか?」

みたいな事を書いて出せばどうなるだろう。
もちろんやるならば、本当にそこに住んでいるようなもっと上手い書き方をするさ。そんな事意味がないからやらないけどね。
そうすると、それに対する答が山ほど出て、その中でケンカになっていったり、酷い中傷や批判も出てくるのだろう。
40近いオヤジが書いたものだと思わずにね。
顔の見えない世界ってそういう場所だと思う。
正直な話、あまり深く関わり合いたくない。
ミクシーをやっていても、会ったことの無い人間からのマイミクは断っている。会った事のある人でもたまに断る。

情報のソース(出所)というものがある。
ある情報がどこから来たのか?というものだ。
匿名の掲示版は情報の信頼性が無い。
全く無いわけではないが、それは受取手次第である。
例えば、この国に来て2~3年の人が持っている情報の中にはボクも知らない事があるかもしれない。それはその人の経験から来るものだろう。
だけどほとんどの場合は彼等が持っている情報とは、ボクにとって当たり前の事すぎて何の意味もない。
情報とはそれを発信する人の明確なる存在があって、初めて信頼性というものが伴う。
味オンチの人が教えてくれるウマイ店とシェフの経験を持つ人が勧める店だったらどっちに行く?
情報の交換というのは、お互いに同じレベルの情報を持っていてなりたつ。

情報のソースがはっきりしている、信頼できる情報にはそれなりの価値がでてくる。
「あの川のどのポイントにはどんな魚が居てどんな釣り方だとよく釣れる」
立派な情報である。
自分にはそれに対する情報は持っていない、交換できないというような場合、情報が必要な人はそれに対するお金を支払う。
ガイドと客の間で契約が交わされるわけだ。
以前にも書いたが、日本では情報は無料である。
サービスの一環としての情報である。
誰が書いたか分からないような情報が巷にあふれている。
それを読み判断するのは自分だ。

しっかしまあ、たかだか掲示板の事でこんなダラダラ書いちゃうオレもヒマだよね。
踊る阿呆に見る阿呆か。
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看護婦さん

2010-08-17 | ミクシー日記
看護婦さん
2008年5月18日のミクシー日記より

 ある仕事で新婚旅行のお客さんに会った。
 20代ぐらいの新婚旅行だと2人でイチャイチャしてガイドのボクが困ってしまうような人もいるが、今回のお客さんは落ち着いていて感じが良い。
 旦那はボクと同じ年ぐらいで物静かなタイプである。奥さんは30代前半ぐらいのきれいな人で、夫婦ともにとにかく落ち着いたという感じのカップルだった。
 イチャイチャバカカップルのように常に2人でいて会話が2対1というのではなく、2人が各自きっちりと人格を持っているので人間として対等の立場で話ができるのがよかった。
 ボクはブナの森を案内しながら彼女に聞いた。
「失礼ですがお二方は新婚さんでしょうか?」
「ええ、と言っても8年以上もつきあいはあるんですけどね」
「へえ、そうなんですか」
 きっと忙しい仕事をしている人なんだろう。
「お仕事は?」
「看護師です」
「カンゴシ?ああ、看護婦さんでしょう。ボクは看護師という言葉がきらいでね。昔からずーっと看護婦でやってきたのだから看護婦でもいいでしょうに、ねえ。第一現場でやっている人はそんなの気にしていないでしょう。そんなくだらないことを言うのはウーマンリブとかさけんでいる人なんでしょ?」
「ええ、まあ、そうですね。スエーデンあたりでは○○シスターなどという言葉があって男性の看護師もそう呼ばれるんです」
 日本と逆である。社会のレベルが高いとこうなる。
 男と女は違う生き物である。個人差はあるが、男の得意な分野があれば女の得意な分野もある。看護という分野に関しては女が断然優れている。看護婦で何が悪い?
 社会的な権利において男女は平等であるべきである。例えば選挙権、学生となる権利、仕事をする権利などだ。
 だが男と女が全て一緒の権利を持つ考えに間違いがある。立ちションをする権利はどうなる?
 女にだって子供を産むという、男には逆立ちしたってできないことがあるじゃないか。
 今、看護婦という美しい言葉はなくなりつつある。せめて看護師などではなく、つい最近まで一般的でなかった男の方を看護夫とすれば読み方はカンゴフで今まで通り問題はないだろうに。こんなつまらぬ事に余計なエネルギーを使っているので物事の本質が見えてこない。

「じゃあ旦那さんは?」
「医者です」
「ナルホドね。ボクはスキーパトロールをやっていましたから、けが人を送る方だったんです。雪山では基本的に何もできないから、とにかく固定して運ぶだけですよね。『あーあ、これからお医者さんや看護婦さんがこのねじれた体を治すんだ。大変だなあ』とか思いながらね」
「いえ、現場の人は大変ですわ」
「お互いに現場じゃないですか」
「そうですね」
「専門は?」
「ICUです」
 ボクはアルファベットが並んでいるのは苦手だ。
「へえ・・・ふうん・・・そのえっと何でしたっけCPUですか?」
「ICUです」
「それそれ、それは一体何ですか?」
「集中治療室ってことです。急患や交通事故などの緊急の時のものです」
「そうですかあ、じゃあ旦那さんも?」
「はい同じです」
「それは大変な仕事ですね」

 大都市の病院の集中治療室なんて、それはスキーパトロールとは比べものにならないぐらい血なまぐさいものを見ているだろう。
 それと同じくらい人の死というものも見ているのだ。死とは何だろう、生とは何だろうという答の出ない質問を繰り返してきたに違いない。
 2人に落ち着きがあるのはそこから来ているのだろう。
「それよりガイドさんも大変じゃないですか。私達みたいな素人を案内して」
 自分が何者かを知っている人、とある分野で秀でた者は自分の事を簡単に素人と言える。
 確かに山の世界では素人だが医療の世界では彼等はプロだ。その強い自信は素直に自分を見つめている。強い人でもあるのだ。
「全ての人が知識や経験を持てるわけではないですよね。でもお二人のように自然を楽しみたいという人はたくさんいます。その為にガイドはいるんです」
「ガイドになる条件は?」
「ガイドの条件とは、先ずガイドが楽しむこと。ガイドが楽しめなければお客さんだって楽しめないわけです。だから申し訳ないけど、今この時もボクはお二人より楽しんでいます。楽しむためには時には知識も必要ですから、それを分け与えるのがガイドだと思っています」
 彼女は静かに頷いた。美人が素直に頷くというのはなかなかいいものだ。この美しさは彼女の内面からきているのかもしれない。
 ボクは看護婦や医者といった職業を尊敬する。
 職業を尊敬するのであって、個人ではない。
 中には金もうけや出世欲に目がくらんだ医者もいるし、自分のことしか考えない看護婦だっているだろう。でも、もちろんいい人だってたくさんいる。
 純粋に『人を助けたい』という気持ちを持ち続け、現場で働く人をボクは尊敬する。
 もちろん仕事となれば常にお金はつきまとうが、それ以前に働くことの原動力に愛がある職業は立派だと思う。
 時には職種というものが個人の人格を作っていく場合もある。
 消防士や救急隊も立派な仕事だ。人の為に自分の身を危険にさらす。家族とか友人とかの為ならともかく、赤の他人のためにそれをする。これはなかなか出来るものではない。愛に基づいた職業である。
 人間がどういった職業を選ぶかはその人の自由である。
 中にはやりたくないことを仕事にしてしまうこともあるが、それもその人が決めたことなのでボクの知ったことではない。
 それよりも自分でその道を選び、第一線の現場で働く人はいい顔をしている。
 厳しさと優しさが同時にあり、人生の深さを知っている顔なのだ。
 ボクは今までボクが出会ったり友達になった看護婦さんの事を思い出しながら森を歩いた。
 こういう仕事もいいもんだ。
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深雪スキーレッスン ミクシー日記より

2010-07-10 | ミクシー日記
2007年8月21日の日記より

 ある朝、深雪に言った。
「今日、学校さぼってスキーに行くか?」
「行く!」
 時々学校を休んでスキーに行くのは、深雪の担任も承諾済みだ。
 ポーターハイツは最近の降雪でやっと一番上までオープンしたが、滑れる範囲は限られている。こんな時には子供のスキーレッスンにちょうど良い。
 乗り場ではザイルを腰にまき、垂らした先に深雪をつなぐ。Tバーで並んで行けないことはないが、深雪のちょうどいい高さだと僕の膝の高さでとてもしんどい。僕がTバーに一人で乗り深雪を牽引した方が楽だ。
「どうだ、オマエもハーネスで引っ張られる方が楽だろう」
「うん」
 ハーネスはクライミング用のボディハーネス。懸垂下降だってできる代物だ。
 深雪も引っ張られながら自由に動けるのでご機嫌である。

 山頂からちょっとハイクアップをして景色を眺める。
「あの遠くに丘が見えるだろう。あれがポートヒルだ。丘の手前に何となく白く見える場所があるのは分かるか?」
「分かる」
「あれがクライストチャーチだ。それからむこうの遠くを見ると青いだろう?」
「青い」
「あれが海だ。反対側を見てみろ。あの岩山がオリンパスだ」
「ブロークンリバーは?」
「他の山の陰になっていてここからは見えない」
 山頂からはピステン道を滑り下りるのだが、道は狭くその間深雪はずーっとボーゲンですべる。正直言って楽しいモノではない。案の定文句を言い出した。
「ねえ、疲れちゃった。いつ帰るの?」
「まだ1本しか滑ってないだろ。帰りたかったら自分で帰れ」
「だってみいちゃん車の運転できないもの」
「じゃあつべこべ言うな。ちょっと休んだらもう一回いくぞ」



 休憩の後、僕らは再び斜面に立った。今度はオフピステ、斜度は30度弱、雪はパウダーが踏まれてコブができかけている状態だ。所々アイスバーンもある。
「ホラ、こうやってトラバースをして周りを見ながら雪の良さそうな所でターンをする」
「カリカリの所は?」
 カリカリの所とはアイスバーンの場所だ。
「カリカリの所では無理にターンをしなくてもいい。そこはそのままトラバースをして、その後雪が良くなった所でターンをする」
 深雪はハの字でターンをするので急斜面に来ると内足が引っかかってしまう。
「ホラ、ターンが終わったら足を揃えてトラバース姿勢をする。そうそう、できるじゃないか。ウマイウマイ、いいぞその調子だ」
 何ターンかして日当たりの良い場所で止まる。斜度が急なので滑り出しの場所はもう見えない。深雪は上を見上げて満足そうに言った。
「あんな所から滑ってきたのね」
「そうだ。オマエが自分で滑ったんだ。できるじゃないか。オマエは良く頑張ってる。オレは頑張るオマエを見るのが好きだ。よくやった。オマエはえらい」
 僕は自分が知ってる限りの言葉で深雪を褒めて抱きしめた。
 こんな時に僕は誉めて誉めて誉めまくる。誉められてイヤな人はいない。

 日本のスキーインストラクターに欠けているのは人を誉めることだ。人の欠点を探すことがイントラの仕事だと思っているヤツがほとんどだ。けなされて滑るのと誉められて滑るのではどちらが楽しいかちょっと考えればすぐにわかるだろう。
 日本に良く行くスキーインストラクターが言っていた。
「日本のスキーインストラクターの半分は失格だな。ジョークの一つも言えない。高飛車な態度で、お客さんを楽しませるということができていない」
 まったく同感である。欧米のインストラクターはガイドもしくはホスト的な要素も含んでいる。お客さんを楽しませる術を知っている。話術も技能であり、技術論だけで押し通したりしない。
 お客さんと一緒にご飯を食べることもあれば、飲みに行くこともある。そこから先もあるかもしれない。お客さんはそれら全てを含んだサービスというものに対しお金を払う。スキーだけしていればいいというモノではない。
 それから子供に対してはあれこれ言うよりガンガン滑らせた方が上達は早い。
 以前某スキー場でインストラクターをしていた時の話である。
 子供のプライベートレッスンがあった。お客さんは7才ぐらいの男の子だった。その時はある初級コースの外れに新雪が15cmぐらいあり、試しに連れて行ってみると大喜びだった。そりゃそうだ、きれいな新雪の所を自分の足がモコモコと進んでいくのだ。それにその下は圧雪、非常に滑りやすい。転んでも新雪なので、雪まみれになってそれはそれで楽しい。
 僕は「じゃあもう一回モコモコの所へ行こうか」とさそいだし、結局持ち時間の間、僕らはずーっとそこを滑っていた。そこへ行くには多少急なところもあるし、ある程度トラバースもする必要があるが、そういったことは楽しく滑っているうちに僕が何も言わなくてもできるようになった。
 レッスンが終わり昼を食べているとその親子が戻ってきた。子供が午後も同じ先生ならスキーをやると言う。なんでも以前行ったスキースクールではインストラクターが怖くてスキーが嫌いになってしまったそうだ。ひどい話だ。
 僕は午後も全く同じように滑った。その結果、子供は満足して、親は感謝して、スキースクールの主任は機嫌が良く、僕も指名料が入り嬉しい。
 サービスとはこういうものだと思う。

 親子の場合はお金のやりとりは無いし、子供もスキーを教える人を選べるわけではない。親子で喧嘩になってしまうこともよくあることだ。
 上手く子供の興味をそっちの方へ向かわせれば物事は好転する。それにはまず誉めることなのだ。
「オマエ、上手くなったなあ。5才でこんな所滑れるヤツはいないぞ。深雪はエライ!すごい!よく頑張ってる。たいしたもんだ。よっ、世界一。」
 誉めて誉めて誉めまくる。
「みいちゃん、もっと滑る。だってスキー楽しいもん」
 しめしめだ。
「そうだ。スキーは楽しいものだ。じゃあちゃんと付いてこいよ」
 間にトラバースを入れながらターンを繰り返す。子供は理屈でなく感覚で覚えるのでみるみるうちにうまくなる。滑っている間も僕はずーっと褒め続ける。斜面の反対側のピステン道が見える場所で僕は止まった。
「よし、ちょっと休もう。いいか、あそこにさっき滑った道が見えるだろう。あれは機械でならしてああいう道をつくるんだ。その機械をピステンと言う。英語ではグルーマー、日本語では圧雪車だ。ライフォルドの駐車場にあっただろう。」
「うん、ハンマースプリングスにもあった」
「そうだ。よく見てるな」
「どうして機械を使うの?」
「滑りやすくするためさ。こんなボコボコよりもスムーズな方が滑りやすいだろ」
 深雪は素直にうなずいた。
「それに全ての人がここを滑れる訳じゃないのはわかるな」
 頷く。
「だから圧雪をしてコンディションをよくする」
「圧雪ってなーに」
「機械を使って雪をならすことだ。圧雪をしていない斜面のことをオフピステと言う」
「ふーん」
「この機械がどのスキー場にもあるわけじゃない。ライフォルドにもハンマーにもあったな。他にどのスキー場にあるか分かるか?」
「分からない。チーズマンにはある?」
「ある。オマエだって見ているはずだ。今度上がったら見てみよう。他には?」
「うーんとうーんと、ブロークンリバーは?」
「ある。だけどめったに使わない。よっぽど状況がひどくないと使わない。オマエはたぶん見たことがない。パーマーロッジの下にちゃんとガレージがあるんだよ」
「ふーん」
「クレーギーバーンもテンプルベイスンもピステンは無い。オマエが行ったことのないスキー場だ。それよりオリンパス、さっき山頂から見えただろ。あそこは無い。そのうちオマエがもっと大きくなったらそういうスキー場も連れて行ってやるからな。さあいくぞ」



 ゆっくりゆっくりと斜面を下りる。
「いいか、こういう所を滑るので一番大切なことは何か分かるか?」
「分からない」
「スピードのコントロールだ。トラバースをしていても下の方へ向かっていけばスピードは出るし、上の方へ行けば止まる」
 僕は雪の上に絵を書いて説明した。
「ターンの時にはどうしてもスピードは出る。ターンが終わった時にちょっと上に行って遅くする。止まっちゃうと次のターンがしにくいから止まらないようにスピードをコントロールして滑るんだ。こういうことができると山のどこでも滑れるようになる。あんなところもだ」
 スキー場のTバーを挟んだ反対側の斜面、ブラフフェイスは今日オープンした。その斜面を何人か滑っている。
「あそこも滑るの?」
「今日じゃないぞ、そのうちだ。オレが滑るのはああいう所だからな。オマエも大きくなれば滑れるようになるよ。それよりも見ろTバー乗り場が見えてきただろ。どうだ、もう1本いくか?」
「行く。だって楽しいもん」
「よし、じゃあ、行こう。あの乗り場まで長いトラバースをするから付いてこい」

 乗り場で再びザイルの先に深雪をつなぐ。スタッフが話しかける。
「ザイルが腹にくいこまないかい?」
「そんなひどくもないよ。2人で並んで乗るよりよっぽど楽だよ」
「このハーネスは良さそうだものな。クライミング用だろ」
「うん。ロープトーだってこれで引っ張っていくよ」
「いいねえ。気をつけていってらっしゃい」
 Tバーに乗りながら後ろの深雪に話しかける。
「ここを見ろ。きれいなすじがあるだろう」
 圧雪のミルの跡がTバー線下を通っている。人が通るところは消えているが、すぐ横はきれいな縦縞が残っている。
「このパターンは何?」
「パターンは日本語で模様だ。それを言うなら、この模様は何?」
「このモヨウは何?」
「これが圧雪の跡だ。こういう所はきれいな方が滑りやすいだろ?だから圧雪をかける。圧雪車の後ろにくっついているミルというもので雪を均すとこういう模様ができる。」
「前には大きなスペードがついているよね」
 スペードとは鋤(幅広の刃の農機具で土を耕すもの)のことだが、そこまで突っ込んで教えなくてもいいだろう。
「そうだ、よく見てるな。あのスペードで雪を動かしたり、雪の山を崩したりして後ろのミルできれいに均すんだ」
「ふーん」
 深雪は引っ張られながら、右へ行ったり左へ行ったり楽しそうだ。こうやって自然にスキー操作を覚えていく。普段はロープトーの滑車があるので引っ張られていても気を緩められない。しかしTバーの場合は滑車にぶつかる心配がないので余裕である。
「オマエ、引っ張られるのに慣れただろ?」
「うん」
「いいか?こういうのは慣れた頃が一番危ないんだからな。油断をすれば転ぶぞ。痛いのは自分だからな。自分の身は自分で守れ」
「ハーイ」
 どこまで分かっているのか知らないが、僕はことあるごとに言い聞かせている。




 2本目は速い。一度滑った斜面で自信がついたのだろう。前回より速いスピードでターンができるようになった。急斜面である程度のスピードでターンをすると足は自然に揃う。トラバース姿勢もさまになってきた。子供の成長を見るのは楽しいものである。
 去年ブロークンリバーで深雪を滑らせた時、僕はある中級コースへ連れて行った。ニュージーランドの中級コースは、日本でいえば未圧雪急斜面の上級コースである。その時4才の深雪が感心したように言った。
「とーと(父)、スキーうまいんだねぇ」
「ん?知らなかったのか」
「うん」
 僕は深雪が1才の頃から背中に背負い、あちこちの山を滑ってきた。深雪が行ったことのない山はクレーギーバーンとテンプルベイスンだけだ。新雪だってコブ斜面だって滑った。深雪のお気に入りはコブ斜面だ。ボコンボコンと楽しいらしい。
「そうかオマエ、今まで背負われてきたからスキーは簡単だと思ったんだろう。どうだ、やってみると難しいだろう」
「うん、難しい。」
「これからは自分で滑るんだからな。がんばれよ」
 自分が今まで背負われて何回も行ったことのある斜面が、自分で滑ってみると急斜面であり、急斜面でのスキー操作は難しいということを体で知る。
 自分のできないことを楽々とやる親父を尊敬する気持ちが生まれるのは当然だろう。実力の無い親は子供に尊敬されない。

 その時に比べれば格段の進歩で深雪は滑る。
 スピードをコントロールできるという安心感はターンの早さへ結びつく。あれよあれよという間に急斜面を1本滑ってしまった。
「オマエすごく上手くなったなあ。自分でも上手くなったのが分かるだろう」
「うん。みいちゃん、ピス、ピス・・・こういうボコボコの所なんだっけ?」
「オフピステか?」
「うん。オフピステ大好き。だって難しいけど楽しいもん」
「そうだな。だけどなきれいに圧雪した所でスピードを出してタイムを競うスキー、レースのスキーもあるんだよ。さっき下で練習してただろ」
 スキー場下部の圧雪バーンでは、日本からのレーシングキャンプがスラロームのセットを張り、バタンバタンとポールを倒していたのを深雪は興味深そうに見ていたのだ。
「ああいうスキーもある。オマエの知らない世界だ。」
「とーとはやったことある?」
「ああ、若い時にちょっとだけやった。だけどオレはパウダーの方が好きでなあ」
「みいちゃんもパウダー好き」
「うむ。よろしい。さていくぞ」

 下の圧雪バーンに来れば楽勝だ。スピードを出して滑るうちに自然にパラレルターンができるようになる。
「よし、よくやった。今日はもういいだろう。帰ろうか」
「みいちゃん、がんばったからお菓子たべてもいい?」
「そうだな、今日はよくやったからいいだろう」
「イエーイ」
 ご褒美だって必要だ。
「お母さんに自分で上手く滑れたことを報告しよう」
「うん」
「深雪、スキーが好きか?」
「うん、みいちゃんスキー大好き」
「又行きたいか?」
「うん。又行く。」
 人間の将来というのはどうなるか分からない。
 だから人生が面白いのだが、今の所僕が『こうなって欲しいなあ』と思うように深雪は育っているし、『こういうオヤジになりたいなあ』と思うようなオヤジに僕はなりつつある。
 妻の待つ家へボクは車を走らせた。
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国家の品格 ミクシー日記より

2010-07-01 | ミクシー日記
国家の品格 2007年3月22日


 日本から本が届いた。
『国家の品格』という本である。
 読んでみて驚いた。
 今まで自分が疑問に思っていた事の答が全てそこに書いてあった。
 文明というものへの不信感。アメリカという国家の行動。金というもの、及び金で買えるもの全てについて。
 同時に今まで自分が歩んできた道、信じていたものが間違っていない事もそこに書いてあった。自然への敬愛。自分自身の存在価値。人間が生きるということ。精神性を高めるということ。

 小学校の低学年の頃だったと思う。
 同じクラスに生意気な女の子がいた。腕白坊主の僕にいつもうるさく言う女だ。口喧嘩ではとうてい男は女にかなわない。
 ある日僕はその女の子をひっぱたいた。腕力なら男の方が強い。
 案の定その子は泣き出して、僕は憎らしい女をやっつけた満足感半分、あんなに憎らしかった女がメソメソ泣いておとなしくなってしまった驚き半分で家に帰った。
 家では親父が待っていた。
「おい、今○○という女の子から電話があって、オマエにいじめられたというが本当か?」
 あのやろう、告げ口しやがって、と思ったが僕は素直に言った。
「うん、生意気だったから、やっつけたんだ」
 親父は僕と向かい合わせに座ると言った。
「女に手を出すなんて卑怯者のやることだ。そんなことは絶対にダメだ」
「だって○○は生意気なんだよ。僕ばっかにケンカをふっかけてくるし」
「生意気だろうが、むこうからケンカを売ってこようがダメなものはダメだ」
「じゃあ、どうすればいいのさ」
「オマエが我慢しろ。どんな理由があろうと、男が女に暴力をふることはダメなことだ。男は女より力が強い。力の強い者が弱い者を叩くのは卑怯な事だ。だからダメだ。分かったらその子の家に行って謝って来い」
 僕はしぶしぶその子の家に行き、謝った。さっきまでのケンカ相手にイヤミの一つでも言われるかと思ったが、その子は黙って僕を見ていた。
『チクショー、たかが1回2回ひっぱたいただけでこんなに面倒臭いことになるなら、これから絶対、女なんて叩くものか。男は損だな』
 子供心にそう思いながらトボトボと家路に着いた。
 それ以来、僕は女に手をあげた事は無い。
 妻とどんなに喧嘩をしようと、座布団を蹴っ飛ばすぐらいはするが手を上げたことは無い。
 親父が母に手を上げるのを見たこともない。それはそうだろう、もしそんなことをしたら自分が言った「絶対にダメ」という理屈を否定することになるのだから。
 親が自分の考えを押し付けるには、親が見本とならなくてはならない。そうでないと言葉の意味がなくなってしまうからだ。
 女に手を上げたことが無い、と書いたが一度だけあることを思い出した。相手は娘である。
 娘が2歳になる前だ。食事中、食べ物を遊んで投げた事がある。
 幼児のやることである。何が良くて何が悪いのか、まだ分かっていない時だ。
 僕は激怒して来客の前で娘の手を思いっきりひっぱたいた。娘の手は腫れ上がり、娘はワンワン泣いた。
 食べ物を粗末にする奴を僕はゆるさない。そういう人を僕は人間として信用しない。なぜなら僕がそうやって育ってきたからだ。
 人は誰でも完璧ではない。冷蔵庫の奥に入れたのをうっかり腐らせてしまうことだってある。
 母はそんな時に悲しそうに、申し訳無さそうにゴミをすてていた。
 戦争中、食べる物が満足にない時を生きてきた人の哀しみだったのだろう。
 これもまた小学校の頃の話である。
 朝ご飯の時に僕はうっかりマヨネーズを出しすぎてしまった。結局使い切れずに皿に残した。
 晩飯の時でも朝のマヨネーズはそのまま残って僕の目の前にあった。親父はそれを食べるまで頑として僕に夕飯を食べさせなかった。1日置いたマヨネーズはまずそうだったが、僕は泣きながら食べた。
 魚を残せば、「命懸けで漁に出ている人に申し訳ないだろう」と言われ、米粒を残せば「目がつぶれる」と言われて育った。
 だから僕は食べるということに真剣である。
 素材の旨さを引き出す調理法が好きだ。


 食べ物を粗末にしない
 弱いものいじめをしない
 人を殺さない

 これらの言葉に『何故?』はない。
 ダメなものはダメ。誰がどう言おうとダメ。絶対にダメ。問答無用にダメ。ダメといったらダメなのだ。
 国家の品格にはそういった道徳心のことについても書いてある。
 僕の好きな言葉、ボブデュランの言葉である。『君の立場で言えば君は正しい、僕の立場で言えば僕は正しい』
 これは前にあげた道徳心というものが根底にあってなりたつものだ。
 殺人が当たり前の狂人にそんなことを言ったら、そいつに殺されてしまう。
 親が子供に道徳心を教えるには、親に道徳心があり確固たる信念がなくてはならない。

 久しぶりに良い本にめぐり会えて、いろいろ考えてみた。
 この本の考えがこれからのこの世を救う事になるだろう。
 この本を読むことを強く勧める。
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親バカ   ミクシー日記より

2010-06-26 | ミクシー日記
 ブログを初めてもうすぐ1年になる。
 ブログを始める前にはミクシーをブログ代わりに使って、時々日記を書いていた。
 ミクシーの日記だとミクシーを使っている人しか読めない。
 そこでやっとブログを始めたわけだが、そのブログをミクシーに登録すると、今度は以前のミクシー日記が読めなくなった。
 このまま封印してしまうのはもったいないので、過去の日記をコピーして自分のファイルに取り込んだら、結構な量になった。
 数年前の日記だが、なかなかエラソーに書いていて面白い。「やるじゃん、オレ」と思ってしまった。
 こんなのをブログに載せない手はない。
 言っておくが、ネタがつきた訳ではないぞ。
 ブログを毎日更新しないのは、書くのが間に合わないだけだ。
 ネタは書ききれないぐらい浮かんでくる。だがそれを文にするにはエネルギーも必要なのだ。
 昔、世話になったKさんが言っていた。
「オレの頭にパソコンをコードでつないでピピピっとやればすごい文が書けるのに~」
 そりゃそうだ。
 残念ながら今の科学はそこまで進んでいないので、Kさんのすごい文もKさんの頭の中でしか存在しない。
 ともあれミクシー日記を載せる。写真はその時の物、深雪6歳の話である。
  



親バカ  2007年7月6日 

 僕は親バカである。
 自分の子供が世界で一番可愛い。愛しくて愛しくて仕方が無い。目の中に入れても痛くない。
 これが親バカであり、人間として当たり前の感情である。
 世界中の人が親バカであるべきであり、親バカになれない人、自分の子供を愛せない人がいかに多いかニュースを見ていれば分かる。
 自分の子供を虐待する?自分の子供を殺す?
 何故そんなことができる。そんな奴らは平気で他人の子供だって殺すだろう。
 親バカでないということはこういうことだ。

 僕は親バカであるが、バカ親ではない。
 世の中にどれだけバカ親が多いかちょっと冷静に考えればすぐ分かる。
 欲しい物をすぐに買い与える親は、子供に我慢をさせるという教育を放棄している。
 その結果、我慢のできない子供ができあがる。
 欲しい物を全て与える事が愛だと思っているのだろう。バカ親もいいところだ。
 深雪があるおもちゃを欲しがった。理由はみんな持っているから。僕は深雪に言った。
「みんなってのはクラス全員か?クラス全員がそのおもちゃを持ってオマエが最後になったら買ってやる」
「どうして他所の子はあるのにうちは無いの?」
「他所は他所、うちはうちだ。ヒトはヒト。オマエはオマエだ。欲しい物があったらオマエが大きくなって自分で金を稼いで買え。悔しかったらさっさと大きくなって大人になれ」
 僕は30年前に親父に言われた言葉をそのまま娘に言った。



 バカ親の決定的なものとして教育ママという物がある。
 一流の学校に行くこと、一流の会社に入ることが子供の為だと信じていて、子供のしたいことをさせず勉強ばかりやらせる。それが愛だと勘違いしている。
 子供から『考えて判断する』という自由を奪い、何でもママの言うとおりやってればいいのよ、というタイプだ。こういう人は子供が成人しても子離れができない親になる。
 子供の為という切り札を出せば何でも許される。自分の見栄の為であっても。
 深雪と同じ位の年で、夜遅くまで塾だ、家庭教師だという家だってあるんだろう。可哀相な話だ。
 子供にある程度の方向性を与えるのは必要だ。しかしそれをやるかどうかは子供の判断に任せるべきであり、決して押しつけてはいけない。

 日本は横一列に線を引きたがる国だ。そこにたどりつかない者は落ちこぼれであるし、その線から飛び抜ければ優越感と安心感を得られる。だからとにかくその線、周りの平均値にたどりつくよう努力する。
 他所がやってるからうちもやるという考えであり、ヒトと同じことをやっていれば間違いないという安心感である。
 子供の教育だって同じ事だ。何歳までに立ち上がらなければならない、何歳までに言葉をしゃべらなければならない、何歳までに読み書きが出来なければならない。育児の本を読むとそんなのばっかりでうんざりだ。
 横一列の見えない線に子供達は向かわされ、親はそれを見て一喜一憂する。
 他所より少しでも遅れると心配で心配で仕方がない。
 「先生、うちの子は1才になるのにまだつかまり立ちができないんです。隣の○○ちゃんはもう歩いているのに」
 こんなことになってしまう。
 その結果、良く笑い表情が豊かとか、良く鼻歌を歌うとか、ハイハイのスピードがとても早いとか、食べ物(甘いお菓子ではなく健康的な食べ物)をよく食べるとか、そういった肯定的なサインは無視され、見えない線にたどりつけない不安と心配ばかりになってしまう。
 親が不安な顔、心配顔をしていて子供は笑うだろうか?



 親バカの話を書くはずだった。
 深雪の担任と面談のため学校に行った。
 先生が言うには、ミユキは生活態度も勉強の成績も良く非の打ち所のない子供だと。
「先生、うちにはテレビが無いんです。というよりあえて置いてないんだけど。そのかわり図書館によく行って、深雪に自分が読みたい本を自分で選ばせるようにしています」
「それでミユキは読書が好きなのね。テレビが無いのはいい事よ」
「実は僕が子供の頃、テレビのチャンネルをめぐって兄貴と兄弟ゲンカしていたんです。そこに親父がやってきてテレビを持ち上げ僕達の目の前に叩きつけて壊してしまったんです。高校を卒業するまでテレビは無かったんです。本ばかり読んでいました。今から考えればそれがとても良かったと思ってます。」
「そうね、他の親もテレビの害についてもっと考える必要があるわ。あと教育方針で何かあるかしら」
「そうですね、できるかぎりマオリの文化を習わせたいです。僕自身もマオリから学ぶことは沢山ありますし」
「ゼイド(深雪の同級生でマオリの子)のおばあちゃんが今度クラスでマオリの話をしてくれるわ」
「それはいい。宜しくお願いします」
 家に帰り深雪に言った。
「オイ、オマエ。先生が言ってたぞ、ミユキはいい子だってな」
 僕は深雪の通信簿を開いて言った。
「ホラ、良いことしか書かれていないだろ」
 通信簿はほとんど優。まさしく優等生だ。
 ぼくが深雪位の頃の通信簿には悪いことしか書かれていなくて、通信簿を見せると親に説教されるので隠したりしていた。
 遅刻、忘れ物は常習犯で、女の子のスカートをめくって泣かしたり、クラスの子とのとっくみあいのケンカは日常茶飯事だった。アパートの空いている部屋に忍び込んで出られなくなったり、空き地で石投げをして他の家のガラスを割ったり、こんなのはいくらでもでてくる。
 今考えても僕みたいな子を持った親は大変だっただろう。
「オレがオマエぐらいの時には先生に怒られてばかりいたのに、なんでオマエみたいな良い子が生まれてきたのかな?」
「だってヒトはヒトでしょう」
「そうだ、その通りだ。でかした深雪、よく言った。ヒトはヒト。オマエはオマエ。オレはオレだ」
 僕の信条はヒトの生き方に干渉をしない。たとえそれが親子であってもだ。
 ヒトとは自分とは違うものであり、同じモノである必要はない。いやそれよりもヒトに自分と同じものを求めてはいけない。
 僕は知りうる限りの言葉で深雪を褒めた。
 深雪は嬉しそうに笑った
 やっぱり僕は親バカである。

コメント (3)
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