えー、唐突ですが、魚が好きです。
あたしゃ、生まれも育ちも駿河の国、清水次郎長で知られた清水という場所でして、通った小学校も清水小学校。
その近くには次郎長通り商店街なんてものがありまして、次郎長の生家があったんですねえ。
長さ500mぐらいの狭い商店街には八百屋とか肉屋とか本屋とか金物屋、瀬戸物屋、文房具屋、レコード屋、眼鏡屋、家具屋、時計屋、菓子屋というように、まあ色々ありまして、いわゆる昭和の田舎の商店街でした。
この次郎長通り商店街、魚屋さんの多いこと。
そんなちっぽけな商店街で5つも6つも魚屋さんがある。
まあ、近くに魚市場もありましたし、それぐらい清水の人は魚をよく食べたんでしょうなあ。
あたしの通学途中にも魚屋さんがありまして、天気のいい日にゃその店先で干物を干していて、その匂いがぷーんと漂う。
そんな環境で育ったものだからか、魚が好きでして。
それもあーた、鮪だ平目だ鯛だというような高級魚じゃありません。
鰯、鯖、鯵、秋刀魚というような近海魚、それも青い魚というようなものが好きだったんですね。
刺身もさることながら鯵の開きの天日干しなんぞは良く食卓にあがったものですし、秋刀魚のみりん干しなんてものも大好き。
ニュージーランドと日本を行き来するようになっても、帰って母親に何が食いたいか聞かれたら真っ先に鯖の味噌煮をリクエストするような、そんな具合でした。
えー、皆さんご存知の通りあたしはニュージーランドに長年住んでおりまして、今はもうだいぶ変わったのですが、あたしが住み始めた頃、まあ30年近く前なんですがね。
当時は移民の数も少なく、白人それもイギリス系の人達が大多数を占めていたのですな。
このイギリス系の人達は基本、青魚というものを好まない。
まあ独特の臭みと申しますか匂いと言うものがあります。
「何言ってやがんでえ、それが旨えじゃねえのか。そんなのが嫌いだなんてぬかすなら江戸っ子なんてやめちまえ!」
いえいえ、もともと江戸っ子どころか日本人でもない白人の話ですから。
この白人達も全く魚を食わないかというとそうでもない、れっきとした魚料理というものもございます。
フィッシュアンドチップスというやつでして、まあ簡単に言うと白身魚とジャガイモのフライです。
旨いことは旨いのですが、毎日食べれるようなものではない。
まあ、こちらの方々は毎日でも食べるのでしょうけど。
ちょいと小洒落たレストランに行きましてもメニューにあるのは白魚かサーモン。
魚屋へ行けばほとんどは白魚で、青魚なんて店の片隅に申し訳程度にちんまりと息をひそめている。
ああ、あわれ青魚よ。お前の基本的人権なんぞ、この国ではないのだよ。
もっとも魚だけに人権なぞありませんがな。
えー、人間というものは面白いものでして、歳を取ると食の好みがその人の子供の頃に食べていたものに還っていくそうです。
ですからマクドナルドを食べて育った人間が老人になるとマクドナルドに還っていく。
それが企業の戦略にもなっている今日この頃。
あたしもその例にもれず、歳を重ねるに連れ、ニュージーランドにいながらも青魚が食いたくて食いたくて。
でも今は30年前ではありません。
ここニュージーランドも移民が増えて、それに伴い食生活も豊かになった。
冷凍ですが秋刀魚やかたくち鰯や真鰯も店先に並ぶようになった。
秋刀魚がどこから来ているのか聞いたところ、目黒じゃないんです、残念ながら。
台湾から輸入しているのだと。
ちなみに鰯はメキシコから遠路はるばるやってきた。
ニュージーランド近海では取れないのかな、という疑問はさておき、魚屋にこういう青魚が並ぶようになった。
あーた、ありがたいことじゃあありませんか。
もともと料理は嫌いではありませんから、鰯は背開きにして塩に漬けてアンチョビを作ったり。
秋刀魚は大名おろしにしてフライパンで焼き、甘辛のタレでかばやきにしたり。
もちろん大根がある時には七輪で炭火の塩焼き大根おろしなんてこともします。
そしてニュージーランド産では、たまーにですが鯖も見かけますし、鯵は常にある。
まあ、鯵は常にあることはあるのですが、それが常に新鮮だとは限らない。
でも新鮮な時には刺身も旨いし叩きにしてもよし。
買ったみたはいいけど、おろしてみたらちょっと刺身にするにはなあ、なんて時には鯵フライ。
何より安いというのが嬉しい庶民の味方でございます。
最近凝っているのが締め鯖ならぬ絞め鯵。
新鮮な鯵を見つけると、おろして塩を降り、贅沢に北海道の昆布なんぞと一緒に酢に漬ける。
これが脂がのっていて旨いの旨くないのって、そこに頂き物の上物の日本酒なんぞチビリなんて。
あー、生きていて良かった。
手前で造って手前で食って喜んで、つくづく自分は幸せものだなと思うのであります。
我が家には14になる娘がおりまして、最近ではいろいろと和風の味もわかるようになりました。
静岡の新茶の旨味も分かるし、今まであまり好きでないものも食べてみたら「おっ、いけるじゃん」というような年頃になりました。
この娘がオヤジの絞め鯵が大好きで、毎日だと飽きるだろうけど1日おきならいけるなんてことを言う。
嬉しいじゃありませんか。
こうなると作る方も作りがいがありまして「よしそんなら、お父っつあんがたくさんこしらえてやろう」と多めに作りました。
普通に切って食べるのもよいが、そのままじゃ芸が無いってんで、もう一工夫。
押し寿司にしちまおう、と酢飯を作り鯵の押し寿司。
この日のために、というわけではありませんが、日本から取り寄せた枠はひのきの香りがぷーんといたします。
その枠に酢飯を詰めて、鯵をほどよい大きさに切り、ぎゅっぎゅっと押す。
作った人の特権で、出来立てをパクリ。
横にいた娘も一緒にパクリ。
うーん、旨いなあ、ともう一口パクリ、娘もパクリ。
おお、いかんいかん、出来上がりの写真を撮っておかないと、これはブログのネタになるぞと写真をパチリ。
パチリと撮ったあとは再び親子でパクリ。
この押し寿司、出来立てももちろん旨いのですが、時間が経つと馴染んでこれまた旨い。
もともと寿司は保存食ですし、どこかに笹はなかったか。
日本ならどこにでもありそうだけれど、ニュージーランドのどこで見たっけなあ。
どこかで見たことがあるので、次回は葉っぱをとっておきましょう。
笹の葉っぱも殺菌作用があるそうでして、これを笹寿司にしても面白いでしょうな。
「お前さん、ちょっとお前さん」
「なんだい、かかあじゃねえか、どうしたい」
「どうしたいじゃあないよ。それはこっちが聞きたいぐらいだよ。どうしちゃったのさ、急にこんな落語風にしちまってさ」
「ああ、これか。実はよ、最近ユーチューブってのか、あれで落語にはまっちまってな。あれ聞きながら魚捌いたり寿司造ったりしてたらこんなになっちまったんでい」
「何言ってんのさ、このブログ読んでる人だっていきなりこんなになってびっくりしてるじゃないか」
「なあに芸風が変わったんだって思ってるだろうよ」
「芸風ってお前さん噺家じゃあるまいし。この前だって裏店のお富さんに『旦那さん、しばらくガイドの仕事してないようですけどガイドあきらめて噺家の師匠に弟子入りでもするんですか?』ですって。あたしゃ悔しいやら恥ずかしいやら」
「しょうがねえじゃねえか、雪が降らねえんだから。雪が無きゃスキー場も開かねえ。自然の道理でい。言いてえヤツには言わしとけい」
「そうなんだけどさ、このままじゃうちはおまんまの食い上げだよ」
「でえじょうぶだって、7月になったら降るからよ。だいたいだな、この辺りじゃ雪が落ち着くのは7月半ばぐらい、運がよければ6月ぐらいから滑れる。スキー場も客もそれで永いことやってきた。それをどこかの大店が商売になるからって冬祭りを先倒しして6月におっぱじめやがった。それまでは冬祭りなんてものは冬の一番寒い最中の8月にやってたんでえ。それを何か『寒いさなかは黙っていても客が来るからヒマな時に祭りをやれば人集めにもなる』だとよ。ふざけんじゃねえぞってんだ」
「そうねえ、6月に冬祭りをしちゃうのはどうかと思うわね」
「クィーンズタウン辺りの大店がそんな具合だからよ、他の所もこぞって早く早くって言い出しやがって。でえじょうぶだって7月になりゃ降るからよ」
「お前さんそんなこと言って、もう7月に入ってんだよ。それに覚えてるの?一昨年だってそう言いながら、6月も7月も8月も全く降らなくてさ、結局降ったのが8月の半ばだったじゃないのさ」
「かあ、そんな昔のことよく覚えてやがる。そういえばあの時は撮影の仕事があったんだ。
親方は元気でいるかなあ。」
「この前だってユカちゃんを通してメッセージがあったんじゃないの。日本に帰ったら連絡をしろよってさ」
「ああ、そうだけどよ。なにせこちとら色々と忙しくて、親方には不義理をしちまって。まあ次の機会だな。」
「いつになることやら。それよりお前さんどうするのさ」
「どうするって、さっきも言ったじゃねえか。雪が降らなきゃしょうがねえって」
「そうじゃないよ、あたしが言いたいのは。この話をどうするのって聞いてるの」
「・・・どうするって、どうするんで?」
「どうするもこうするも、これだけ落語のノリでやってきて落ちはどうするのって聞いてるの」
「落ちだあ、そんなものは無え」
「無いって言ったって、みんな期待してるよ、きっと」
「期待されたってなあ。じゃあ落ちは次回ってのはどうだ?」
「ダメよそんな、締め切りに困った漫画家みたいなのは」
「じゃあ、落ちは各自で考えてくださいってのは?」
「そのうちにみんな怒り出すよ。困った人だねこの人は」
「なに言ってやがんでえ。こちとら清水生まれの江戸っ子でい。ノリで始めたこの話、ここらでプツンと終わりにいたしますでいいじゃねえか」
「まったく、わがままなのか押しが強いというのか・・・」
「ああ、そうよ、押し寿司だけに・・・退くに退けねえ」