あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

さらばプク

2012-08-31 | 
鶏を飼い始めたのが2年前。
その時の様子がブログに残っている。

庭には二羽ニワトリ

ニワトリが来た。

そして去年、2羽を買い足した。



しばらくは4羽で仲良くやっていたのだが、ある日突然それまで元気に卵を産んでいたペケが死んだ。
死因は不明。そして3羽。
そこに犬のココがやってきた。
子犬のうちはニワトリにつつかれてキャンキャン鳴いていたのだが、体が大きくなり事件は起こった。
ココがニワトリエリアに侵入して初代からいたヒネをかみ殺してしまったのだ。
こういう事件は決まってボクが留守中に起こる。
ボクはヒネの遺体を埋めその上に木を植えた。
残るはミカンとプク。
ココに襲われて殺戮現場を見たからか、ニワトリはぱったり卵を産まなくなった。
その後もココは侵入を試みて、その度にニワトリエリアのフェンスは頑丈になっていった。
ミカンは2度もココに襲われ、瀕死の重傷をおった。
ある日、仕事から帰ってくると犬がミカンの上に乗り噛みついていた。
僕は大声で怒鳴りつけた。
ココが離れてからもミカンは動かず、ボクはもう死んでしまったかと思ったが、しばらくするとヨロヨロと動き出した。
死ぬ時は死ぬし、生きるときは生きるだろうと僕は放っておいたが、その後ミカンは元気になっていった。
さて卵を産まなくなってからはニワトリ達の食事事情も変わった。
それまでは「卵を産むのにたんぱく質は必要だから」と、ドッグフードの切れ端をあげたりしていたが、その後は「庭の菜っ葉でも食っていろ」と庭に雑草状態で生えている白菜や水菜やチンゲンサイなどが主食となり一気にベジタリアンになった。
人間とは現金なものだ。
それでも2羽は元気に育ち、プクなどは丸々太って美味そうである。

冬の初めに若い鶏を買い足そうと思ったが、あっという間に冬が始まり忙しくなってしまった。
これもタイミングではなかったのだろう。
忙しい時が終わり一段落して、さて若い鶏を買おうと思ったが問題はある。
鶏のいじめだ。鶏の世界にもいじめはある。
前回は2羽居たところにヒナ鶏を2羽いれた。
初代からいたヒネとミカンはヒナ鶏を追い回し、コーナーに追い詰めては突っついていた。
網をはって隔離したり、いろいろ世話がやけた。
今回は新しい鶏を飼う前に、今居る鶏を減らそうと思った。
だが僕はあろうことか、とある約束をしてしまったのだ。
初めてヒネとミカンを飼った時に、可愛さのあまり「俺はお前達は食わないからな、死が訪れるまでこの庭で生きてみろ」と、告げてしまった。
ヒネは犬にやられて死んでしまったが、ミカンは二度も襲われながら生き延びた。
死ぬのにも意味があるし、生き延びることにも意味はある。
それにミカンを絞めることは名付け親の深雪が許さないだろう。
鶏といえど一度してしまった約束を破るわけにはいかない。
ミカンには寿命がつきるまで北村家ニワトリコーナーのボスとなってもらおう。
残るはプクだ。
幸いな事にプクとはそういう約束をしていない。
あとは僕の気持ちの問題だ。
今回のことで肝に銘じたことだが、次回からニワトリに名前をつけない。
名前をつけると情が移る。
誰でも自分が可愛がっていた生き物を殺したくないだろう。
生きたまま人にあげて絞めてもらって食ってもらう、という事も考えたが、飼い始めたからにはその死を見届けるというのも責任である。
いいところだけ自分が持っていくというのを、僕は自分に許さない。
やるならば一番人が嫌がるところまで自分でやらなければダメだ。
というわけでプクを絞めることにした。
ネットで調べれば鶏の絞め方はすぐに出てくる。便利な世の中になったものだ。

その日の朝、深雪は何も知らないまま学校へ行き、女房は「ナンマンダブ、ナンマンダブ」と手を合わせ会社へ行った。
僕はプクに別れを告げ、作業に入った。
羽をクロスさせて縛り、足をしばり木にぶらさげて、鶏の頚動脈を切った。
血がたらーっと流れ、プクはほとんど暴れることなくあの世へ行った。
僕はその間、ひたすら手を合わせ拝んだ。
お経が唱えられるならそうしていたことだろう。
ブログのネタになるだろうと思ったが、さすがに写真を撮る気にはならなかった。
血が抜けたら熱い湯に浸けて毛穴を開き毛をむしる。ひたすらむしる。
足を切り落とし、物欲しそうに見ているココにあげた。
ココは喜びバリバリと食べてしまった。
頭はさすがにココにやる気にならかったので、ブドウの木の下に埋めた。
ここまでやれば、見た目には店で売っている鳥と変わらない。
この後は内臓を出す。
ここで板前マサさんがやってきた。
マサさんは新しくできた友達で、この鶏をもらってもらおうと電話をしたのだ。
鶏を絞めるのは自分でやるとしても、僕はこの鶏を食べる気にはならなかった。
自給自足を目指すなどと言いながらも、ボクは自分で飼っていた鶏を食べられない。
人間の弱みか。
だがその弱みも受け入れようと思った。
食べる気にならないんだからしょうがない。しゃあないやん。
ならばそれを喜んで食べてくれる人に譲ればいいだけの話だ。
もし逆の立場だったら、ボクは喜んでいただき、家族で骨も残さず食ってしまうだろう。
マサさんは料理のプロなので鶏をさばくのも大丈夫、というので内臓を出すのは彼に任せた。
きっと美味しく料理をしてくれるだろう。
次回は自分で全てをやってみよう。

その日の夕方、深雪と一緒に郊外の農家へニワトリを買いに行った。
今回は一挙に5羽。
生まれて3ヶ月ぐらいの若鶏を買った。
ボス1羽に若造5羽でたいした混乱もなく、ニワトリコーナーはにぎやかになった。
若鶏の羽を切り、犬小屋を作った余りの木材で巣箱を作った。
ボクは鳥たちに宣言した。
「いいか、お前たち。いずれ卵を産まなくなったらお前らを食っちまうからな。それまで庭の野菜を食べて元気に育ってくれよ」
鳥たちはそ知らぬ顔で菜っ葉をつついていた。


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庭仕事

2012-08-27 | 日記
昨日は、知人からクラブフィールドのガイドを頼まれていたのだが山は大荒れ。
クラブフィールドは全てクローズで仕事はキャンセルとなった。
自然の中で仕事をするので、こんなのは当たり前にある。
ポッカリとできた休日。天気も良いし絶好の庭仕事日和だ。
冬の間にほったらかしにしておいた庭は雑草伸び放題、芝生伸び放題である。
芝を刈って綺麗にするだけで庭の雰囲気は変わる。
娘の友達が遊びに来て、子供達が芝生でサッカーをする。
ここでは当たり前にあるものだが、所変わればそれはとても贅沢なことだ。
庭に子供の笑い声が駆け回る。当たり前の事が幸せだ。

子供が遊ぶのを横に僕は菜園を耕す。
土を掘り起こし、雑草を抜き、堆肥を入れ畝を作る。
月のカレンダーでは満月に向うこの時は種を蒔く時だ。
買い置きしてあったソラマメの種を蒔く。
ソラマメは秋に蒔いて芽を出させ冬を越させようと思っていたのだが、今年は6月に大雪が降りあっという間にシーズンが始まってしまったので、そのタイミングを逃してしまった。
まあ今からでも遅くは無い。
種はオハグロを下に土に押し込む。
種には根が出る部分と芽になる部分がある。
上下が逆さだったら種も土の中でぐるっと回らなければならない。
種のパックが一袋約50。今年は50株のソラマメだ。
女房の大好物なので喜ぶことだろう。
たくさんできたら友達におすそわけも良し。大地からのものはみんなでね。
種を蒔き土をかぶせ水をあげながら僕は話しかけた。
「みなさーん、起きてくださーい。春ですよー。水をたっぷり吸って、元気に育ってくださいねー」
春の日差しは暖かく、庭仕事をしていて気持ちが良い。

スキー場へのお客さんの送迎やガイドの仕事はサービス業で、お客さんに喜んでもらうのが仕事だ。
僕はそういう仕事も好きだが、こういう庭仕事も好きだ。
これは人間が生きていく上で必要な仕事だからだ。
仕事というものは社会に奉仕するという事が前提であり、お金を稼ぐというのが第一の目的になっている今の世の中はおかしいと思う。
僕の中ではガイドの仕事も庭の仕事も、ありがたくさせてもらう仕事でどちらも大切だ。
お金をいただくかどうかは二次的なものであり、それは後からついてくるものである。
なんといっても健康でいて、楽しくこういうことができる事が喜びであり、それが幸せなのだ。
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8月24日 BrokenRiver

2012-08-25 | 最新雪情報
前回の降雪から3日経った。
メインのエリアはほとんど踏まれそれが凍りつき、朝はガチガチ、日が当たり緩んだ場所から滑るという春の雪だ。
だが奥のアランズベイスンに行けばまだまだパウダーは残っていた。
平日のクラブフィールドは人も少なく、ちょっとハイクをすればそれなりに、たくさん登れば滑り応えのある1本が楽しめる。


やっぱり雪山は青空に映える。


パウダーの中をトラバースして奥の斜面へ。これがスキーの強みだ。


降雪から3日でこの踏まれ具合。


パトロールのダグがサンハットをかぶっていた。春は近い。


毎年この場所では雪山体験の子供達が雪洞を掘る。こんな場所で夜を過ごす。なんて素敵なんだろう。


月が上がってきた。人は更なるパウダーを求め登る。


登る。


パーマーロッジの一こま。お父さんが娘達に本を読んで聞かせていた。
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不安とは

2012-08-24 | 日記
不安とは 自分の心が つくるもの

しあわせは 今あることに 気づくこと
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一段落

2012-08-21 | 日記
今に始まったことではないが、旅行業というのは波がある。
仕事が無いときは全く無いが、忙しい時はメチャクチャ忙しい。
8月半ば、お盆の時は冬で一番忙しい時である。
日本からのお客さんも多いし、オーストラリアからクラブフィールドへ滑りに来る人も多い。
それに加えて、知人友人がボクに会いに来てくれる。
この前は数年前にも記事にした舟橋隠密忍者組織のヤツらが日本酒を手土産に会いに来てくれた。ありがたやありがたや。
http://blog.goo.ne.jp/hijiri_1968/e/6f4bad72da32409626752b2aed9155d1
この時期は疲れも溜まるが、風邪など絶対にひけない。
自分の体調の管理も大切だ。
まあ、その8月も半ばを過ぎるとお客さんの数も減り、自分の時間も持てるようになる。

先日はブロークンリバーにお客さんを送りがてら、深雪をスキーに連れて行った。
カメラを持って行かなかったので写真はない。
今まで鬼門だったアクセストーも自分一人で乗れるようになったし、アランズベイスンの急斜面も問題なく滑った。
確実に子供は成長している。
そしてボクは、このスキー場で子供が育つことに喜びを感じる。
ネットを通して、世界中から暗いニュースが入っているが、今自分がいる状況、娘と一緒にこの山で滑れる環境だけを見ると、そこには光があふれ、心配事などどこにもない。
山は暖かく僕たちを受け入れてくれて、クラブのメンバーとはにこやかに話が弾む。
ロープトーは相変わらずカラカラと動いているし、パーマーロッジの雰囲気も相変わらずだ。
二極化が進む世界で、この場所は常に愛にあふれている。
ここへ来る人は愛というエネルギーを受け取り元気になる。
ここをホームと呼べて仕事ができる僕は幸せ者だ。

夜はニセコでロッジを営む友人が我が家へ来た。
ニセコのビデオを見せてもらいそれをツマミに酒を飲んだ。
雪の軽さが伝わってくる映像だ。
ボクはニセコでというか北海道で滑った事が無い。
昔はニセコでパトロールをする話も上がってきたが実現はしなかった。
新潟の重い雪やニュージーランドの風で叩かれたパウダーで散々滑ったボクがニセコの軽い雪でスキーをするとしたら、純度の低いドラッグをやっていたジャンキーが高品質のコカインを一気にやるようなものだろう。
ニセコの雪もコカインもやった事が無いのだが、なんとなく想像はつく。
そうなったらパウダーに溺れ、きっと別の人生になっていたことだろう。
いつの日かパウダージャンキーにとって最高のドラッグ、ニセコのパウダーで滑ってみたいものだ。

二日酔い気味の頭で友人を空港へ送った後は、犬の散歩で近所の公園へ。
クライストチャーチは雲が低く、今にも雨が降りだしそうな天気だが、遠くの空は雲が切れ、その彼方に青空と雪山が見える。
山は晴れて街は雨。ここはよくこういうことがある。
遠くの雪山を眺めボーっとする。
昨日も多少降ったようだし、今日は良さそうだ。
自分がその場所に行けなくても、意識はいつでも山へ行ける。
ボクの目の前にはキャベッジツリーが生い茂った景色がある。
キャベッジトゥリーはこの国ならどこにでもある。ボクの家の庭にもある。
国立公園のブナの原生林も素敵だが、ボクは何気にあるキャベッジツリーのある景色も好きだ。
家から歩いて5分の所にそんな素敵な公園がある。幸せだ。
山に行けないから不幸せなのではない。今、ここの場所にいることが幸せなのだ。
犬も広い空間を好きなように走り回る。幸せだ。
健康で好きな山で仕事ができる。幸せだ。
夕飯に餃子を作ればこれまた旨く、ビールも美味く、幸せだ。
何より家族で笑顔でご飯が食べられる。当たり前のことだが、当たり前の中に常に幸せはある。
それを感じたときに感謝の念が沸き起こる。
ありがたや、ありがたや、なのである。
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8月15日 Porters

2012-08-15 | 最新雪情報
8月に入りコンスタントに雪が降る。
積雪量も1mを越えた。
ポーターズは14日はボトムしか開かなく、翌15日に全面オープンになった。
新雪は20cmほど。
前回の降雪が柔らかいうちに新しい雪が降ったので底突きはない。
トップのTバーが開き1時間も経たないうちに新雪はあらかた踏まれてしまった。
ビッグママ、ブラフフェイスの二大バーンは雪崩が起きやすく、オープンして2時間ほどでクローズしてしまった。
パウダーは自然からの贈り物である。
雪質は時間、日当たり、風などで変わる。
いいパウダーはいい波だ。
ありがたく自然の恵みをいただきます。


山の上部は低い雲の上だ。ただし高い所にも雲はあり、天候は不安定だ。


トップのT3が開いた。


とりあえず空いている所をめがけて滑る。


ロープトーと違いTバーは両手が使えるので乗りながら写真が取れる。


リフト脇は見せ場だ。活きのいいのが降りてきた。


パウダーは早いもの勝ち。好きなラインを選べる。


雪質はニュージーランドにしては軽い。


リフト脇を滑ると歓声があがる。


綺麗なシュプールも1時間もしないうちにぐちゃぐちゃになった。


まっさらなバーンはとにかく気持ちがいいのだ。


テレマーカー、パウダーを滑る。
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8月10日 Craigieburn

2012-08-11 | 最新雪情報
降雪後、2日経った後のクレーギーバーン。新雪20cm。
ファーストトラックは残っていないだろうと思いながら山に登ったのだが、まだまだ踏まれていない所はたくさん残っていた。
雪質はおおむねクラスト、所によりパウダー。
陽の当たり方によって雪質が変わるので、その場所が良いからといって調子に乗って滑っていると突然スキーをもっていかれる。
気が抜けないが、山スキー、バックカントリースキーとはこういうものだろう。
平日のクラブフィールドは人も少なく、皆が笑顔で挨拶をする。
青空、パウダー、踏まれていないバーン。そりゃ皆笑顔になるわな。


ミドルベイスンも堂々オープン。広大なパウダーバーンである。


この山は日本だったら険しすぎてスキー場にならないだろう。


お昼時の一こま。ブロークンリバーとは違う暖かみがある。


上から見ても急だ。


降雪後、二日目でこれぐらいの踏まれ方。


ローカルの小僧達がシュートへ入っていく。急すぎて上からは真下が見えない。


クレーギーバーン名物、給水所。水を汲みたい人はここまで来る。
こういうシステムは大好きだ。


ホースを抜くと天然水が出るしくみ。
生水がそのまま飲めるというのは、本当の意味で豊かなのだ。


山が急ならば雪崩も起こる。ハミルトンフェイスに小さな雪崩があった。


シュートはいたる所にある。これは一番狭いところで1.5mぐらいの幅。斜度は40度を越えているだろう。


美味しそうな斜面を横目で見ながらトラバース。


古くからの友人クリフが滑る。彼の年は70代半ばぐらいか。
十数年前クレーギーバーンとブロークンリバーを往復するスキーレース以来の友達だ。
ここの老人は元気であり、彼らを見ていると『将来自分もこうなりたい』という夢を与えてくれる。


1日の最後はロッジへ続く森のコース。
雪が無いので板をザックにつけて歩くのだが、山スキーと森歩きの組み合わせがこれまた良い。
森の気をもらいながら歩き、家族の事を考えた。
今晩は女房が大好きなカキフライにしようかな。
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8月9日 Porters

2012-08-09 | 最新雪情報
新雪20cm。
これは昨日の降雪で、その前の日からのトータルでは40cmになった。
スキー場のマネージャーの話だと、朝6時頃、急激に気温が下がり全てが凍った。
見た目は新雪だが実際はかなりハードなクラスト。
ポーターズの二大バーン、ブラフフェイスもビッグママも朝はクローズ。
だがビッグママは日当たりが良いので、クラストは溶けオープンとなった。
日の当たる角度、そして標高で雪質が変わるので、かなりトリッキーだ。
だがパウダーを待ち焦がれたローカル達は歓声をあげ斜面を滑り降りた。
反対側のブラフフェイスは日当たりが悪く、固いままで滑る人もほとんどいなかった。


朝一のビッグママ。見た目はいいがパトロールの話だとガチガチだと言う。


ブラフフェイスも同じ。下部、踏まれている所は昨日のトラックだ。


山のいたずら者、ケア。派手なルーフボックスは格好の標的だ。


小さな雪崩も起きていた。


T2が開くのをじっと待つ。


T2の乗り場にリフト待ちができた。


待つうちに上部まで開き、ビッグママもオープンした。


そして快楽に身をゆだねる。


雪がよかったのもつかの間。日当たりが良すぎて雪はすぐに腐ってしまった。


山頂から見える湖に対岸の山がくっきりと映っていた。
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8月6日 Porters

2012-08-08 | 最新雪情報
嵐が過ぎ去ってから数日後のPorters。
今回の降雪はトータルで30cmほど。
雪は固く締まり、オフピステは雪が緩むのを待ちオープン。
この日は青空が広がったが、次の低気圧が近寄ってきている。
西から雲が押し寄せ、天気は下り坂だ。


ブラフフェイスとビッグママは朝のうちクローズ。日中、雪が緩んでからオープンになった。
パトロールに絵心のあるヤツがいて、こういう所にちょっとした絵を描く。場が和む。


ちょっと登ってあのバーンを滑ってみようかな。


山頂の十字架も半分埋まった。


昼過ぎに友達のマサが上がってきたので一緒に登った。30分のハイクアップでバックカントリーの気分が味わえるのがここの良さだ。


山頂の向こうは広大なパウダーバーン。美味しそうだ。


山頂に雪崩犬見習いのボルディーがやってきた。


ケアが風に乗って遊んでいる。


今年は東から風が吹くことが多い。いつもとは完全に違う雪の降り方だ。この先どうなるのか全く予測ができない。


1日の最終ラン。稜線の上は日が当たるが、スキー場は完全に影の中。
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コントロールドラマ

2012-08-02 | 日記
人はどうやって他人からエネルギーを奪うか、という話である。
それはコントロールドラマというドラマを演ずるのだ。
ほとんどの人はこれを無意識にやっている。
ボクもやっていた時もあるし、今でも自分がそうだな、と思う時もある。
ドラマには脅迫者、尋問者、傍観者、被害者、という役があり、人はその状況に応じて別の役をすることもある。

先ずは脅迫者。この役が一番分かりやすい。
脅迫者のドラマは人を脅す事によってエネルギーを奪う。
ヤクザは暴力を使い人を脅し、金というエネルギーを奪う。
親が子供に暴力を振るい、子供からエネルギーを奪う。
暴力だけでなく権力や社会的地位、立場を利用することもある。
「オマエのところには仕事をまわさないぞ」
「出世したいんだろ、君?だから僕の言う事を聞きなさい。」立派な脅迫だ。
家の中でもお父っつあんが「誰のおかげで飯を食っているんだ」これも脅迫。
ヤクザが一番分かりやすい例だが、例えば警察などにもこういう人はいる。
まあ警察とヤクザは裏表の組織なので当たり前と言えば当たり前だが。
脅迫者は自分より強い人は脅迫できない。常に脅迫される人と上下の関係にある。

脅迫者は強い責めだが、これに対して被害者というドラマがある。こちらは受身だ。
親が子供に暴力を振るう場合、子供は絶対的な弱者なので抵抗できない。
この場合に被害者を演ずる。
被害者は「自分はこんなに可哀そうな人なんですよ、それをいじめてあなたは悪い人だ」と相手に罪悪感を持たせる。
何故か分からないけど、あの人といると自分が悪くなくても悪いような気がする。
これは被害者のドラマにどっぷりはまっているサインだ。
被害者は強い受身で相手の気をひく。
自分は可哀そうな人だ、ということを周りに示し同情を誘いエネルギーをを奪う。
その最たるものが自殺未遂だ。
僕は自殺未遂なんてしたことはないが、多分そういう人が一番言われたくない台詞はこういうものだろう。
「死ぬって?じゃあ死ねば。その代わり誰にも迷惑をかけないように黙って死にな。君が死のうがどうしようが俺の知ったこっちゃないけど、後味が悪くなるから俺にも誰にも知らさないように死んでね。お願い」
被害者のドラマではこう言われたい。
「死ぬなんて言わないで。あなたは悪く無いんですから。悪いのは○○です。だからがんばって」
○○の所には、私、友人、恋人、家族、会社の同僚、上司、会社、社会のシステム、この世界の全て、などが入る。
そこで面と向って「死ねば」とか「その状況を作っているのはあなた自身です」などと言われたらドラマは成り立たない。
親と子の関係では、脅迫者の親からは被害者の子供となり、被害者の親からは脅迫者の子供ができることが多い。
そして人は時と相手によってそれらを使い分ける。
ヤクザの下っ端は上に対しては被害者になることで自分を守るが、自分より低い者に対しては脅迫者となる。
ボクがまだ幼児の頃、兄弟げんかをして兄に負けた。腕力では兄にかなわない。
兄は脅迫者であり、ボクは被害者となり相手に罪悪感を持たせるような泣き方をした。
そんなドラマも過去の善き思い出である。

さて、それとは別に尋問者、傍観者、という役柄もある。
尋問者はいたって簡単。早く言えば質問魔である。
次から次へと質問をする。質問に答える方はエネルギーを浪費する。
質問に答えられれば、そんなの分かって当然という態度を取る。
答えられなければ、そんな事も分からないのか、となる。
どちらにしても尋問者は上、という態度で、これは学校の先生などに多いタイプだ。
以前出会った人の話を書こう。
湖沿いを走る車の中の会話。
「ガイドさん、この湖の深さはどれくらいですかね?」
「ん~、400mぐらいです」
「じゃあ、この国の平均収入は?」
えええ~?湖の話はどこへ行っちゃったんだよ、と思いつつ答えた。
「ボクは自分がどれだけ給料が安いかは教えてあげられるけど、人がどれだけ稼いでいるのか知らないし興味もありません。なのでこの国の平均収入がいくらか知らないんですよ。」
「ふーん。じゃあ平均年齢は?」
「ボクの考えでは寿命というものは人それぞれあって、その人が人生でやるべきことを終えた時に死ぬもので、それの平均を出したところで仕方ない、と思っています。なので分かりません。」
するとその人は怒り出して言った。
「平均という数字を出す事に意味があるんじゃないか!」
「そうですか。ボクはそう思わないので知らないんです。たぶん80歳ぐらいじゃないかなあ。」
ちなみにボクがこの場でいう『ぐらい』というのはプラスマイナス10歳ぐらいの幅だ。
その人は呆れて黙ってしまったが、1日山歩きをしていろいろ話をするうちに自然のエネルギーを一杯受け取ったのだろう。
尋問者のドラマは出てこなくなり、その日の最後には「もっとお話を聞きたい」とお食事に誘われた。
その日は会社の飲み会があったので、丁寧にお断りをした次第だ。
尋問者にとって、質問の内容より相手を困らせて自分が優位に立つということが目的なので、質問の内容は何でもよい。
相手が答えられなくなり萎縮するまで質問は続く。
このケースでその人が怒ったのは、ボクが質問に答えられなくても、あっけらかーんと全然困らなかったからだ。
こうなるとドラマは成立しない。
なのでどうしていいか分からずに怒ってしまったのだ。

親が尋問者の場合、子供は傍観者になる。
何をかくそう(隠さないけど)僕の父は尋問者だった。
そしてボクは傍観者だった。
親が尋問者の場合、子供は何を答えてもやり込まれた気になる。
そうなると自分の意見をはっきりと言わない。
ボクも中学から高校にかけて、そういう時があった。
父親には自分の意見を言えないので、思ったことは母親に言っていた。
母が父にそれを言うと、父は怒り「まるで通訳じゃないか」と叱られた。
叱られるとさらに萎縮して何も言えなくなる。
ボクはさらに自分の意見をはっきり言わない傍観者となった。
傍観者は被害者ほどではないが受身でエネルギーを奪う。
自分を神秘的なベールでくるみ、よそしいよそ態度を取り、はっきりと物を言わず、相手の質問を誘う。
初対面での会話。
「趣味は何ですか?」
「趣味ですか、旅行かな」
「旅行は?国内?海外?」
「ええ、海外にちょっとね」
「海外と言うと?ヨーロッパとか?」
「いえヨーロッパはあまり行きません。」
「じゃあアメリカ?」
「アメリカは好きじゃなくてね・・・」
「じゃあアジア?アフリカ?」
「いえ、まあ、オセアニアの方ですね」
「すると、オーストラリア?」
「いえ、ニュージーランドなんです」
最初からニュージーランドって言え!と言いたくなる。
これは極端な例だが、まあこんな具合だ。

これがコントロールドラマの仕組みで、エネルギーの奪い合いの現場には常にこのドラマがある。
自分の周りを冷静に見ればあちこちで見られるはずだ。そして自分自身も。
ボクもふと気が付くと子供に対して尋問者になっていることがあった。気をつけねば。
エネルギーを奪うのではなく、分け与える場ではドラマは生まれない。
だがこのドラマに気が付かず、どっぷりはまるとなかなかそこから抜けるのは難しい。
エネルギーの奪い合いとは、結局エゴに支配されているからだ。
そしてエゴはその人に気づかれないよう、人の心の奥深くに潜んでいる。
エゴを克服するためには自分の心と向き合う必要がある。
自分のエゴを認識した時にエゴは消える。
そうならないようにエゴは上手く心の闇に身を隠している。
誰だって自分の心の奥を覗くのは怖い。
だがこれからの世界を開く鍵は自分の心の奥にある。
いや、それを抜きにして、新しい世界は来ない。
エネルギーの奪い合いを卒業して、分け合う方向へ向うのだ。
エネルギーは分け合えば余る。奪い合えば足りなくなる。
もうお分かりだと思うが、とどのつまり、エネルギーとは愛なのだ。
愛こそが全て。



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