クライストチャーチは水が美味しい都市。
今では文末に『だった』と付く。
美味しい水道水の街も過去形になってしまった。
この町の水源はアーサーズパスの氷河から来るワイマカリリ・リバーの地下水だ。
南島で最大の都市でも水道水は美味しく飲めたのだが最近変わった。
水が不味くなったのである。
急に不味くなったという話を聞いていたが、我が家に帰って来てからそれは感じなかった。
だがそれはある日突然来た。カルキ臭いのだ。
水道水をそのまま飲めば「ムムムこれは・・・」というぐらいだがお茶などいれたら「ダメだこりゃ」というぐらいである。
あーあ、悲しいな。
なので仕事でアーサーズパスに行った時に大きなポリタンクで水を汲んできてそれでお茶をいれている。
困ったのはビール作りである。
ビールのほとんどは水なので、その水が不味かったら旨いビールはできない。
正直、今の水道水でビールをつくろうとは思わない。
スプリングフィールドにはよく行くので、そこで水をもらってきて作ろう。
クライストチャーチは南側のラカイア川、北側のワイマカリリ川の間にある扇状地に位置する。
両方とも大きな川で水源は南アルプスの氷河だ。
ラカイアと街の間に、小さなセルウィン川が流れている。
流れていると言っても水は地下を流れているので、ほとんどの場所では枯れた沢のようにしか見えない。
このセルウィン川はクライストチャーチの南西にあるエルスメラ湖に流れ出す。
湖への流れ出しの辺りは川幅もそれなりに広い。
昔は釣り人のための集落があった。
今でも建物はあるのだが人影は見えない。
とにかく臭いのである。
ドブ川の匂いがあたりに充満して、とてもこんな所にいたくないというような場所だ。
前回にここへ来たのは10年以上前の話か。
釣り好きな友達が日本から訪れ、それなら近場でこんなところがあるよ、と連れてきた。
その時にはここまで臭くなかったが、今は酷いものだ。
自分が住んでいる場所の近くにこんなひどい場所があったのか、とショックを受けた。
観光客が絶対に目にする事の無いニュージーランドの姿である。
この川の中流部はカンタベリー平野を流れる。
国道一号線を通ると、穏やかな牧場が広がる場所だ。
この流域一帯も昔は羊の牧場だったのだが、ここ最近、と言っても20年ぐらいのスパンの話だが乳牛が増えた。
それにともない大型のスプリングクラーも目立つ。
国道を走っていると牧場の中にポツンと何やら大きな工場が目に入る。
中国が主に出資してできた粉ミルク工場である。
昔知り合った人がここで働いていた。
その人は日本の商事会社の派遣で来て3年ぐらいそこで働いていて、色々と興味深い話をしてくれた。
今や世界で流通している粉ミルクの3割はニュージーランド産であること。
そしてニュージーランド牛乳の国内消費は3パーセントだと。
後の97パーセントは粉ミルクにして輸出しているのだと。
それを聞いて驚いた。
3パーセントしか国内で消費していないのか、それでいてなんだこの乳製品の高さは。
ここニュージーランドは酪農大国になろうとしている、いやもうなっているのだが、スーパーでのバターをはじめとする乳製品の値段は高い。
ある話だと近隣諸国よりも高いと言う。
何だよそれ、おかしいじゃないか。
国内でそれだけしか需要が無いなら、国民用に牛乳用の蛇口があって誰でもそこへ行けば牛乳が汲める、ぐらいのことがあってもいいだろうに。
国民は高い金を払い乳製品を買い続ける。
そして利潤の行く先は最終的に多国籍企業なんだろうな、たぶん。
この3パーセントという数字を聞いたのもすでに10年前の話で、それからも酪農は増え続けているので数値も変わっていることだろう。
ある仕事でお客さんを連れて牧場へ行った。
そこは家族経営の牧場で昔ながらに羊を飼っている。
そこの牧場主が言った。
「羊の牧場というのはどこからも経済的な援助は出ないんだ」
僕は言葉の趣旨が分からずに聞いた。
「それって良い事?それとも悪い事?」
「良いことさ。どこからも援助を受けないってことは誰の言いなりにもならないってことだ。どれぐらいの羊を飼いどれぐらいの数を売るっていくことを、ワシはワシの判断で決められる。金をもらってしまったらそれができなくなる。」
そこから先は聞かなかったが、援助を受けて酪農を始める人への痛烈な批判であろう。
冬の仕事でお客さんと一緒に山へ向かった時にその人が言った。
「ワシは北島で酪農関連の仕事をしているが、この地域の降雨量の少なさでこのやり方で酪農をやるのは間違っている。」
その筋の人でも、今のこの辺りの牧畜をこう見ている。
だいたい1リットルの牛乳をつくるのに1000リットルぐらい水が必要だと言う。
雨が多い場所なら雨水で牧草が育つが、雨が少ない場所では川から水を引っ張ったり、地下水をくみ上げたりしなくてはならない。
あまりに多量の水を使うので、水力発電に必要な水が足りなくなる、なんて話も聞く。
ちなみにこの国の発電の6割が水力発電である。
クライストチャーチからクィーンズタウンへ向かう国道沿いでも大型の散水機械が目立つ。
この機械は1点を中心にコンパスで弧を描くように動きながら水を撒く。
長さ何百メートルもあるような機械は、水圧で車輪を回しGPSが内臓されたコンピューター制御だ。
この機械だって安くは無い。
そしてその中心点まではパイプで水を引っ張ってくる。
近くには貯水池も必要だ。
スキー場へ向かう道の途中にも大掛かりな散水のための貯水池が去年できた。
そういった設備投資で莫大な金がかかるだろうということは、素人の僕にも想像できる。
たぶん借金をしたり、どこぞの会社から援助を受けたりして、事業を始めるんだろう。
雇用が増える、経済発展の為、という意見もある。
まあそりゃそうだろうな。
牧場と粉ミルクプラントを行き来するトラックドライバーは高い給料をもらえるらしい。
そして1年のうち3ヶ月は有給休暇があるのだと。
そういった事柄が乳製品の価格を吊り上げているのではなかろうか。
僕の周りには大型の散水による酪農反対派が多いが、どんどんやって金稼げばいいじゃんという賛成派もいる。
この国の人でも意見が真っ二つに分かれている。
牛乳の話ではなく、水の話だった。
ひょっとすると水が不味くなったのと酪農は無関係かもしれない。
きっと御用学者ならばそう言うだろう。
だが下流のあの水の汚れを見てしまうと「なんだかなー」と思うのである。
水が不味くなって不快になるのは人間だけではない。
犬のココだってそれが分かる。
ココは水道の水はほとんど飲まないで、庭に溜まった雨水を飲んでいる。
犬用に雨水を貯めることも考えなくてはならないか。
そして物言わぬ植物も水の味の違いは気づいていることだろう。
温室では雨水を室内に引き込む仕組みにしてあるが、それ以外のところは水道水を使うしかない。
人間だけでなく生き物にとって空気の次に大切なのは水だ。
今の世の中で綺麗な水というのは贅沢な物になってしまったのか。
今の発表だと水道水にカルキを入れるのも1年ぐらいだと言うが、はてさてどうなることやら。
今では文末に『だった』と付く。
美味しい水道水の街も過去形になってしまった。
この町の水源はアーサーズパスの氷河から来るワイマカリリ・リバーの地下水だ。
南島で最大の都市でも水道水は美味しく飲めたのだが最近変わった。
水が不味くなったのである。
急に不味くなったという話を聞いていたが、我が家に帰って来てからそれは感じなかった。
だがそれはある日突然来た。カルキ臭いのだ。
水道水をそのまま飲めば「ムムムこれは・・・」というぐらいだがお茶などいれたら「ダメだこりゃ」というぐらいである。
あーあ、悲しいな。
なので仕事でアーサーズパスに行った時に大きなポリタンクで水を汲んできてそれでお茶をいれている。
困ったのはビール作りである。
ビールのほとんどは水なので、その水が不味かったら旨いビールはできない。
正直、今の水道水でビールをつくろうとは思わない。
スプリングフィールドにはよく行くので、そこで水をもらってきて作ろう。
クライストチャーチは南側のラカイア川、北側のワイマカリリ川の間にある扇状地に位置する。
両方とも大きな川で水源は南アルプスの氷河だ。
ラカイアと街の間に、小さなセルウィン川が流れている。
流れていると言っても水は地下を流れているので、ほとんどの場所では枯れた沢のようにしか見えない。
このセルウィン川はクライストチャーチの南西にあるエルスメラ湖に流れ出す。
湖への流れ出しの辺りは川幅もそれなりに広い。
昔は釣り人のための集落があった。
今でも建物はあるのだが人影は見えない。
とにかく臭いのである。
ドブ川の匂いがあたりに充満して、とてもこんな所にいたくないというような場所だ。
前回にここへ来たのは10年以上前の話か。
釣り好きな友達が日本から訪れ、それなら近場でこんなところがあるよ、と連れてきた。
その時にはここまで臭くなかったが、今は酷いものだ。
自分が住んでいる場所の近くにこんなひどい場所があったのか、とショックを受けた。
観光客が絶対に目にする事の無いニュージーランドの姿である。
この川の中流部はカンタベリー平野を流れる。
国道一号線を通ると、穏やかな牧場が広がる場所だ。
この流域一帯も昔は羊の牧場だったのだが、ここ最近、と言っても20年ぐらいのスパンの話だが乳牛が増えた。
それにともない大型のスプリングクラーも目立つ。
国道を走っていると牧場の中にポツンと何やら大きな工場が目に入る。
中国が主に出資してできた粉ミルク工場である。
昔知り合った人がここで働いていた。
その人は日本の商事会社の派遣で来て3年ぐらいそこで働いていて、色々と興味深い話をしてくれた。
今や世界で流通している粉ミルクの3割はニュージーランド産であること。
そしてニュージーランド牛乳の国内消費は3パーセントだと。
後の97パーセントは粉ミルクにして輸出しているのだと。
それを聞いて驚いた。
3パーセントしか国内で消費していないのか、それでいてなんだこの乳製品の高さは。
ここニュージーランドは酪農大国になろうとしている、いやもうなっているのだが、スーパーでのバターをはじめとする乳製品の値段は高い。
ある話だと近隣諸国よりも高いと言う。
何だよそれ、おかしいじゃないか。
国内でそれだけしか需要が無いなら、国民用に牛乳用の蛇口があって誰でもそこへ行けば牛乳が汲める、ぐらいのことがあってもいいだろうに。
国民は高い金を払い乳製品を買い続ける。
そして利潤の行く先は最終的に多国籍企業なんだろうな、たぶん。
この3パーセントという数字を聞いたのもすでに10年前の話で、それからも酪農は増え続けているので数値も変わっていることだろう。
ある仕事でお客さんを連れて牧場へ行った。
そこは家族経営の牧場で昔ながらに羊を飼っている。
そこの牧場主が言った。
「羊の牧場というのはどこからも経済的な援助は出ないんだ」
僕は言葉の趣旨が分からずに聞いた。
「それって良い事?それとも悪い事?」
「良いことさ。どこからも援助を受けないってことは誰の言いなりにもならないってことだ。どれぐらいの羊を飼いどれぐらいの数を売るっていくことを、ワシはワシの判断で決められる。金をもらってしまったらそれができなくなる。」
そこから先は聞かなかったが、援助を受けて酪農を始める人への痛烈な批判であろう。
冬の仕事でお客さんと一緒に山へ向かった時にその人が言った。
「ワシは北島で酪農関連の仕事をしているが、この地域の降雨量の少なさでこのやり方で酪農をやるのは間違っている。」
その筋の人でも、今のこの辺りの牧畜をこう見ている。
だいたい1リットルの牛乳をつくるのに1000リットルぐらい水が必要だと言う。
雨が多い場所なら雨水で牧草が育つが、雨が少ない場所では川から水を引っ張ったり、地下水をくみ上げたりしなくてはならない。
あまりに多量の水を使うので、水力発電に必要な水が足りなくなる、なんて話も聞く。
ちなみにこの国の発電の6割が水力発電である。
クライストチャーチからクィーンズタウンへ向かう国道沿いでも大型の散水機械が目立つ。
この機械は1点を中心にコンパスで弧を描くように動きながら水を撒く。
長さ何百メートルもあるような機械は、水圧で車輪を回しGPSが内臓されたコンピューター制御だ。
この機械だって安くは無い。
そしてその中心点まではパイプで水を引っ張ってくる。
近くには貯水池も必要だ。
スキー場へ向かう道の途中にも大掛かりな散水のための貯水池が去年できた。
そういった設備投資で莫大な金がかかるだろうということは、素人の僕にも想像できる。
たぶん借金をしたり、どこぞの会社から援助を受けたりして、事業を始めるんだろう。
雇用が増える、経済発展の為、という意見もある。
まあそりゃそうだろうな。
牧場と粉ミルクプラントを行き来するトラックドライバーは高い給料をもらえるらしい。
そして1年のうち3ヶ月は有給休暇があるのだと。
そういった事柄が乳製品の価格を吊り上げているのではなかろうか。
僕の周りには大型の散水による酪農反対派が多いが、どんどんやって金稼げばいいじゃんという賛成派もいる。
この国の人でも意見が真っ二つに分かれている。
牛乳の話ではなく、水の話だった。
ひょっとすると水が不味くなったのと酪農は無関係かもしれない。
きっと御用学者ならばそう言うだろう。
だが下流のあの水の汚れを見てしまうと「なんだかなー」と思うのである。
水が不味くなって不快になるのは人間だけではない。
犬のココだってそれが分かる。
ココは水道の水はほとんど飲まないで、庭に溜まった雨水を飲んでいる。
犬用に雨水を貯めることも考えなくてはならないか。
そして物言わぬ植物も水の味の違いは気づいていることだろう。
温室では雨水を室内に引き込む仕組みにしてあるが、それ以外のところは水道水を使うしかない。
人間だけでなく生き物にとって空気の次に大切なのは水だ。
今の世の中で綺麗な水というのは贅沢な物になってしまったのか。
今の発表だと水道水にカルキを入れるのも1年ぐらいだと言うが、はてさてどうなることやら。