酒蔵で働く毎日である。
朝のスタートが遅いので、毎朝その日のお昼ご飯を作る余裕がある。
全黒料理酒をたっぷり使った親子丼が絶品である。
そして仕事へ行くのが楽しい。
働くのが楽しいというのは最高の職場である。
昨日のあのお酒は今日はどんな味になっているのだろう、といった類のワクワクした気持ちの毎日である。
昨日絞った酒と今日絞った酒と明日絞る酒は、同じ酒でも味が違う。
絞ったばかりの時はトゲがあったけど、時間が経つにつれてまろやかになっていく。
逆にその時には旬だった無濾過生原酒が熟成が進みすぎて、普通の味になってしまった、なんてものもある。
そんな変化を味わうことができる仕事なのだ。
とにかく今の全黒は美味い。
今までの酒よりも旨いと断言できる。
ここへきてさらに味も香りも良くなっている。
蔵頭アキさんの酒造りの腕がどんどん上がっているからだ。
蔵頭のアキさんとは、一緒にバンドをやる仲でスキー仲間で飲み友達、三拍子そろったような仲間で、家族ぐるみの付き合いだ。
こういう人と一緒に働いていると気が楽だしそして楽しい。
楽と楽しいは同じ字なんだな。
作る人が美味いと思うものを作るのは、人間の仕事の原点だと思う。
そこには作る喜びと誇りがある。
アキさんの仕事っぷりがまたカッコいい。
僕が見て惚れ惚れするぐらい、いい仕事をしている。
段取り八分現場二分、という言葉通り段取りが良い。
できる男の仕事ぶりは見ていても気持ち良い。
これだけ僕が褒めてるのに、アキさんの嫁さんはと言えば「え〜、本当に〜?そんなことないでしょ」と信じてくれない。
だいたい世の中の女房連中は旦那を過小評価する節がある。
この前だってボスのクレイグが家に来た時に、僕がどんなに素晴らしい働き手か褒めてくれた。
それなのにうちの奥さんときたら「褒めるとつけあがるからやめて!」なんてことを平気で言う。
「当たり前じゃない。あたしが見込んだ男だもの」ぐらいの台詞が出てきても良さそうなものだが、どうやらそうではないようだ。
まあアキさんの仕事っぷりは見事だが、それを帳消しにする失態が数々あるらしい。
それは僕も同じだ。
アキさんの嫁さんが愉快な人で、怒ると「アキさん」から「清水君」へ呼び方が変わる。
「清水君、そこに座りなさい」と静かに言われると「ハイ」と言って正座をしておつむを下げるのだそうだ。
前回のスキーの話でも書いたが、スキーの腕前は一流、ボードの腕は超一流、日本の全国大会に出ていた腕前だ。
ウィンドサーフィンはオーストラリアとかNZを含めたオセアニア大会なんて国際試合に出るレベル。
さらに書道もこなし、全黒の無濾過生原酒とか純米大吟醸のラベルの文字はアキさんが書いた。すごいね。
バンドではヘビメタのドラムをやっていたし、若い時は走り屋で峠を攻めていたし、バイクのレースでサーキットを走っていた時もあったそうな。
あーた、一体全体何者?というマルチタレントが酒を作っている。
蔵にはユーマという若者も働いている。
歳は25歳、僕とかアキさんの半分ぐらいの年で、親父が僕らと同じ年だと言う。
最初から気の合うヤツだったが、仕事中にビリージョエルの唄を口ずさんでいるのを聞いてますます親近感が湧いた。
ヤツの鼻歌に合わせ僕も唄を歌いながら洗い物の仕事をする。
「ユーマ、その唄はビリージョエルの歌で一番好きなヤツだよ」
「いいですよね、この歌」
そんなたわいもないやりとりをしながら仕事をするのが良い。
仕事が早く終わって、暖かい日など三人で蔵の近くのビール醸造所で勉強会をする。
それぞれ違う種類のビールを選んで、お互いに味わう勉強なのだ。
ユーマは全黒に来る前はクライストチャーチに住んでいて、地元のローカルブルーワリーを訪ね歩く行動力を持っている。
自分でもビールを作ってみたいと言い、当然ながらビールの話でも盛り上がる。
仕事を終えた後の一杯はバンドの後の一杯に似ている。
僕にとってバンドとは音楽だけの関係でなく、音楽はもちろんのこと家族やその人の生活を含めた関係なのだ。
今までやってきたバンドも全てそうだったが、バンド仲間は飲み友達でもある。
一緒に酒を飲みながら奏でる音楽が僕にとってのバンドだ。
仕事でも似たようなもので、一緒に良い仕事をした後の仲間との一杯はかけがえのないものである。
そういう一緒にいて楽しい仲間と酒を造る。
和醸良酒の話は以前にも書いたが、和やかな空気が良い酒を醸す。
人間関係でギスギスしていたら、刺々しい酒になるだろう。
そういう意味でも今の全黒は旨い。
さらにさらに今は純米大吟醸なんてものも醸している。
この純米大吟醸が・・・・・・
続く