久しぶりにブログを更新する。
先週はテレビの仕事があり、目が回るような忙しさだった。
そして普段ではなかなかできないような貴重な経験もした。
テレビドラマの話だが、そのドラマよりも現場での人間関係のドラマの方がはるかに面白かった。
これをチョコチョコと書いてしまうのはもったいない。
なのでじっくりと時間をかけて書く。
笑いあり涙ありの感動大作になりそうだからね。
それまで、というわけではないが昔やった撮影の話でも読んでいてください。
これは7年前にやった映画クライマーズハイの話で、文中のTさんとは堤真一さんのことだ。
あれからもう7年になるんだな。
ホームページには載せていたがブログでは初めてのはずだ。
では『一期一会 ある映画の話』お楽しみあれ。
ある時、映画の仕事が入った。
僕の仕事はドライバー兼雑用。
たいした責任もなく、言われた通りにやっていればいいのでとても気が楽だ。
「スミマセン、僕は映画の仕事は初めてでして、何をどうすればいいのか全然分からないので何でも言ってください」
最初に全員にそう言っておいたので、皆が僕をそう扱ってくれた。
そうなれば知らない者の強みである。
「ねえ、カメラマンの世界ってどんななんですか?」
「助監督のシステムってどうなってるんですか?」
「監督とプロデューサーの関係は?」
などなど聞きまくりである。
そういった僕の初歩的な質問に全員イヤな顔もせずに答えてくれた。もちろん忙しく働いている時にはそんな事も聞かないが、彼等と飲みながらの話はとても面白かった。
自分の知らない世界の話を聞くのは楽しい、それが第一線で活躍している人の生の声である。面白くないわけがない。
空港に撮影隊が到着しホテルへ移動後、隊をいくつかの班に分けた。
監督達を乗せて撮影現場へ行きいろいろとチェックする班と町でいろいろと準備をする班だ。
僕はカメラの助手と共に機材のチェックである。といっても何か特にするわけでなく、彼等がてきぱきと仕事をするのをながめるだけだ。
町の中心近くにあるニュージーランド人スタッフの倉庫にはさまざな撮影用機材が並ぶ。クライストチャーチに住んでいるが一度も来たことのないガレージで、『へえ、こんな場所もあるんだなあ』とウロウロするのは違う世界を見ているようで楽しい。
一応通訳ということだが僕が口を挟むより、映像のプロ同士が直接コミュニケーションを取った方がよっぽど話が早い。物を運ぶ手伝いはするが、それ以外は彼等のやることを後ろからナルホド、ナルホドと見ているだけだ。
チェックが終わりホテルへ戻り、その足で撮影用のレンタカーを借りに行く。今回使う車はボルボのセダン。僕はその車の運転手なのだ。
普段は四駆とかマイクロバスとかそんなのばかり運転していて、セダンなんて運転する機会はめったにない。ましてボルボなんて自分じゃ絶対借りないような車に乗るのも悪くない。
革張りのシート、電動の座席調節、備え付けの自動車電話。僕には縁のないものばかりである。
右ハンドルだが、方向指示器はハンドルの左、ワイパーは右。慣れるまで曲がるたびにワイパーを動かして、その度に「このヨーロッパ車め」と毒づいていた。
ホテルに戻り、全てのチェックや打ち合わせが終わり、全員でメシを食いに行く。
こういう時に添乗員やツアーガイドだと大変だ。メニューの全てを日本語で説明して、質問攻めにあい、聞いていないお客さんには同じことを繰り返し、オーダーし終わった後に気持ちを変える人にも対応し、それでいて不味いと文句を言われる。
その点今回は楽だ。英語を喋れる人も何人もいるし、自分達でメニューを見て適当にオーダーをしている。
僕の隣は女優のダイアン。今回の撮影の為にオークランドからやってきた。見た目は美人だが酒が入るとガハハと下品な笑い方をする。
反対側はアキコ。彼女は何年も前からの知り合いで今回の仕事では僕同様ドライバー兼雑用係。2人で『映画ってこうやって作るんだねえ』と感心ばかりしている。
その向こうに俳優のTさん。
右隣のダイアンはその横のカントクと話が盛り上がっているので、僕はアキコとTさんの会話を聞いていた。
普段日本の芸能界というものから遙か遠い生活をしている僕の芸能人のイメージとは、気取っていて調子がよい何かしらうさんくさい人、というものだった。
しかしTさんは気さくな人で、えらそうなところは少しもなく僕の偏見を取り払ってくれた。
「前に群馬でロケをやった時に弁当が出たんだけどね、その弁当がひどくてねえ。全体的に茶色なの、唐揚げとか、フライとかで。ほら、幕の内弁当だったら彩りとかあるでしょ、だけど群馬の弁当は茶色なんだよ」
「へえ、そうなんですか」
アキコが相づちを入れる。
「それである時、鮭弁がでたんだ。鮭は普通ご飯の上に乗ってるでしょう。ところが群馬は違うんだよ。茶色なんだよ。何の上に乗ってたと思う?」
「ええ?何だろう。うーん・・・カレー・・・ですか?」
一同大爆笑。
「君ねえ、いくら群馬でもカレーの上に鮭はないでしょう。それはあまりに群馬に失礼だよ」
「だって茶色って言ったから・・・」
「まあ、カレーも茶色だけどさあ。答えは焼きそば。焼きそばの上に鮭だよ。」
なるほど茶色だ。だが僕にはアキコの鮭カレーのイメージが強すぎて、夢に出てきそうだ。
撮影初日、僕は言われたとおり車を運転してロケ地に向かった。何百回も通っている道だ。迷う心配はない。
辺りは生まれたばかりの子羊が跳ね回っている。カンタベリーの春だ。
ロケ地に着くと僕以外の全員がてきぱきと仕事を始め、なにやら撮影用の機材を組み立てていく。僕はと言えば、みんなのじゃまにならないようにあっちへウロウロこっちへウロウロ。人の仕事ぶりを見てはナルホドナルホドである。
そうしているうちに出番が来た。僕の仕事はドライバーだ。
シーンは広大な山のふもとの砂利道をボルボが走るというものだ。
助監督のタニグチさんがどこからスタートしてどこら辺まで走るというような指示を出す。顔などは絶対に写らないが、着る物も主人公が着る茶色のジャケットを羽織る。
1回目はテスト。皆が見守る中、車を走らせUターンして戻る。タニグチさんがすぐに寄ってきた。
「右コーナーの所ですがインをつかないで道の左側を走ってください。スピードは危なくないくらいで出来るだけ速くです」
その時に雨粒がポトリポトリと落ち始めあっというまに土砂降りになってしまった。谷の奥は真っ白だ。今日の予報は晴れ時々曇り一時雨。まあなんでもありだ。
皆車で待機。1時間もすると所々青空が見えはじめ、谷の奥が明るくなり始めた。
雨で道路が濡れてしまったのでコースを変え、遠く見下ろす景色のショットになった。再びタニグチさんと打ち合わせ。
「あの先の道路が見えなくなってる場所まで行って下さい。その先でUターンして合図をしたらこっちに向かって走って下さい」
「スピードは?」
「そうですねえ、一度テストしますから普通に走ってみてください」
「了解」
僕は車を走らせ位置へ向かう。スタートについて短い無線のやりとりの後、車を出した。交通整理、といっても車はめったにこない、ヒマなナイジェルが行け行けと腕をぐるぐる回している。
左のブラインド(先が見えない)コーナーが近づいてきた。普段は向こうから車が来るかもしれないので道の左側を行くが、今日は車が来ないことが分かっている。安心して道の真ん中を走る。こんなのでラリー用の車を運転してみたいなあ。
コーナーを過ぎると道は上りながら緩やかなカーブが連続する。普通に普通に、スピードメーターの針は40~50キロだ。まあセダンで町乗りのタイヤならこんなもんだろう。
撮影隊の所を過ぎ車を回して戻ってくるとタニグチさんがやってきた。
「ヒジリさん、あのですねえ、もうちょっとスピード出ます?」
「うーん、あと10キロぐらいなら出るかなあ。タイヤが滑っちゃってそれ以上は無理です」
「わかりました。じゃあ安全な範囲で出来るだけ速くお願いします。とくにあのコーナーでお願いします」
「了解でーす」
僕は再び車を出してスタート位置に戻る。スピードを出してみるが60キロを越えると車は安定を失う。レンタカーだし事故だけはしたくない。まあできるだけのことはやってみよう。
スタート位置に着き無線を待つ。
「ヒジリさん、OKです。スタートしてください」
助手席に置いた無線機から声が聞こえ僕は車を出した。登りでトップスピードに持って行くため急激な加速をすると気分は俄然盛り上がってきた。普段はこんなにエンジンをふかさない。ガソリンがもったいないから。
ナイジェルがさっきみたいに腕をぐるぐる回している。ヒマなんだろうな。
ブラインドコーナーの向こうには皆が僕の来るのを待っている。『オオ、カッコイー、映画みたい!映画なんだよ!』自分でボケて自分でつっこんで、気分は絶好調。頭のなかではロックがガンガンにかかっていた。
ブラインドコーナーはアウトから入り、道幅めいっぱいを使って加速。だが路面は洗濯板のようにボコボコ、ちょっとアクセルを踏むとすぐに滑りはじめる。あらら、これならうちのハイエースの方がよっぽど速い。後輪駆動、町乗りタイヤ、オートマ、柔らかいサスペンション。こういう車は町にいるべきだ。まあしょうがねえなあ。飛ばせとは言われているが事故ったら元もこもない。
とはいえ自分は絶好のロケーションの中を走っている。
この国の景色は自分がその中にいるより、景色の中の一点として自分を置く方が良い。山の中の記念撮影だって人を大きく入れるより、一歩離れたところから人間なり車なりを景色の中にポンと置く、という方が絵になる。この国で車のコマーシャルや映画の撮影が多いのはそういう理由もあるのだと思う。
僕は1人で山に行く時に、マウンテンバイクやザック、スキーなどを人間のかわりに置き写真を撮ることがある。もちろんだれか撮ってくれる人がいれば自分をそういうように撮ってもらう。
普段そんなことを考えて山を歩いたり、車を走らせたりしているのだ。
そして今その場面であり、プロの人々が僕が走るのを撮ってくれている。さっき見た景色の中に僕は自分の運転する車を置いてみた。やっぱりカッコイー、再び気分は急上昇、ロックがガンガンかかる。セダンは気に入らないが。
運転をするという作業がある。それをするのに、嫌々やるのと何も考えないでやるのとノリノリでやるのとどれがいいか。答えは分かり切っている。僕は気持ちよく車を走らせ皆の待つ場所へ向った。
タニグチさんが手で丸を作っている。OKのようだ。
車を止めるとラリーのフィニッシュのように皆がわらわらと寄ってきて僕のことを誉めてくれる、などということは一切なく全員てきぱきと機材をかたづけている。どうやら盛り上がってたのは僕だけのようだ。
場所を変え次の撮影。
今度は主人公の顔を車内で撮るシーンだ。スタッフがわらわらと車に集まり照明をくっつけ助手席にカメラマンが乗り込む。カメラが大きいので窮屈そうだ。
ぼんやりと皆の作業を見ているとTさんがやってきた。そしてぼくはギョッとした。Tさんが一気に老けてしまったからだ。
Tさんは僕より3つほど年上、まあ同年輩と呼べる年齢だ。そのTさんが見事に初老の男に変身していた。髪には白髪が混ざり、肌はつやを失い、顔にはしわが寄る。
僕らが車が走るシーンを撮っている間にメイクの人が仕事をしていたのだろう。そんなことも僕は知らなかったので、Tさんの変わりぶりに驚くのみである。へえ、メイクってのはこういうのもあるんだなあ。感心してばかりだ。
僕の仕事は車をスタート位置に持ってくること。レンタカーを借りる時の契約で運転は僕とTさんだけなので車の移動は僕がやる。助手席には撮影のコバヤシさんがカメラを運転席に向けて収まっている。
「スミマセン、記念に一枚撮らせて下さい」
僕には全てが珍しい。車に乗り込みながら素早くパチリ。仕事をしている男の顔がそこにあった。
撮影は続く。次は車を動かしながら車外の景色を撮る。またまたスタッフがわらわらと車に集まり、要らないものを取り外し、コバヤシさんは助手席でカメラを外に向けた。後部座席にはカントクが乗りこみ指示を出す。
「看板の所でスピードを落として徐行。過ぎたら加速をするように」
「ハイ」
車がゆっくりと看板の所を過ぎるのに合わせコバヤシさんがカメラを動かす。バックはマウントハットだ。どんな絵が撮れているのだろう。
その日の撮影が済み、僕はメイクを落として同年輩に戻ったTさんとマネージャー、メイクさんを乗せ皆より一足先にロケ地を後にした。
「どうですか、天気も良いですしちょっと寄り道して川でも見に行きませんか?」
僕はTさんに言った。
「寄り道ってどれくらい?」
「5分ぐらいですかね」
「それなら行ってみようよ」
5分後ぼくらは川にかかる橋のたもとに立ち、川を眺めていた。水は氷河から流れ出した独特の青色である。
「これがラカイア川と言います。この川で川幅が一番狭くなっている場所がこの辺りです。大きな川ですが橋は2カ所しか架かってません。もう一つの橋は50キロぐらい下流です」
僕はガイドである。こういった説明ならお手の物だ。
人間は誰でも自然の中でホッとするような感情を持っている。ガイドというのはそれを引き出す仕事だ。
特別なことをするわけではない。自分がその場で気持ち良いなと思うことをやればたいていのお客さんは喜んでくれる。
それが何日もかける山歩きであったり、日帰りハイキングであったり、パウダースノーを追い求めるスキーツアーであったり、ドライブの途中で川を眺めることだったり。それはお客さんの求めているもので変わってくる。
天気を見て、お客さんの都合を聞き、それならこういうプランで行きましょう、というのがガイドの腕のみせどころだ。それにはこの地を熟知していなければならない。
僕にすればラカイア川は何百回も通っている場所だが、日本から来た人達には初めて見る川だ。その川を僕がきれいだなと思う事により一緒にいる人達も喜んでくれる。ガイドとはそういうものだと思う。
晩はタイ料理のレストランへ全員で行く。今晩もまた皆で適当にオーダーしてくれるので楽だ。
隣は撮影のコバヤシさん。最初のうちは名刺を交換して、ワタクシこういうモノです、ドモドモなどとやっていたが、料理が進み酒が進むうちにかなりうちとけた。
「コバヤシさん、いやもうゲンさんでいいですよね」
「いいよ、それで」
「ゲンさんはニュージーランドは初めてということですが、他はあちこち行ってるんですか?」
「うん。四〇ヶ国くらい行ったかなあ。だけどプライベートで行ったのは2回だよ」
「あらら。忙しいんですね」
「うん、まあね」
「印象に残ってる所ってあります?」
「うーんそうだなあ、アメリカのミシシッピに行った時には地元の警察が協力してくれて、ミシシッピ川にかかっている橋を2時間閉鎖したんだ。沈む夕日を撮るためにね。ミシシッピ川ってけっこうでかいんだよ。たぶん橋の両側は大混雑だったろうけど、警察がつくと強いよね」
今回のロケ地は車はほとんど通らないが、それでも道を閉鎖するのは最長5分までと決まっている。
僕らが何気なく見ているシーンの裏側ではさまざまな人の動きがあるのだ。
撮影2日目。
僕は女優のダイアンや娘役の女の子とそのお母さん、現地で採用された役者のアキラを乗せてロケ地へ向かった。アキラも以前からの知り合いである。気さくに話をしながらドライブをする。
「アキラはあの俳優のTさんは知っているの?」
「ええ、もちろん知っていますよ」
「へえ、やっぱ有名な人なの?」
「そりゃ、もう。飛ぶ鳥を落とす勢いで最近売れ出し中ですよ」
「ふうん、そうなのかあ」
「知らなかったんですか?」
「知らないよ。日本のテレビなんていっさい見ないからな。だけど気取ったところがなくて気さくな人だよね」
「そうですね」
30分ぐらい走ったころだろうか、女優のダイアンが言った。
「ヘッジ、ロケ地まであとどれぐらい?」
「あと30~40分ぐらいかな。どうした?」
「ちょっとトイレに行きたくなったの。どこかに止まれる?」
「もう10分ぐらい走れば次の町につくからそこで聞いてみよう。我慢できるか?」
「多分大丈夫よ」
そうしているうちにも尿意が高まってきたんだろう。しきりにまだかまだかと尋ねる。
「もうちょっとだからガマンしろ。ほら!町が見えてきたぞ」
町に一つだけあるガソリンスタンドに駆け込みトイレを使わせてくれるよう頼んだ。だが女主人の態度はあからさまに冷たく、町はずれに看板が出ているからそこへ行けと言う。
仕方なく言われた所へ言ったが看板などありゃしない。こんなことだろうと思った。ダイアンは限界にきたのだろう。
「ヘッジ!もうダメ!どこでもいいから止めて!」
車を止めると近くの茂みに走って行った。男ならそのへんでチョイとできるが女の人は何かと大変だ。しばらくして彼女がホッとした顔で帰ってきた。
「ありがとう。助かったわ」
「間に合って良かったね。それにしてもガソリンスタンドの人は冷たかったなあ」
「お客じゃないからしょうがないわ」
「それにしても、若い女の人が困っているのに見捨てるなんてひどいじゃないか。オレは今後あのスタンドを使わないぞ。と言っても今までに使ったことはないんだけどね」
車を走らせてしばらくすると今度は子供の母親が言った。
「すみません、ちょっと車を停めてもらえないかしら。子供が酔っちゃったみたいなの」
「そりゃ大変だ。すぐに停めるよ」
車を停め、外に出た親子に言った。
「時間のことは気にしなくていいからちょっと休もう。なあに、外の空気を吸えばすぐによくなるさ」
のんびりと待ちながらダイアンと言葉を交わす。
「気持ちいいわね。景色がオークランドと全く違うわ」
「そうか君はジャファだったな。どうだい、南はいいだろう?」
ジャファとはオークランド以外に住む人が、オークランドに住む人をバカにした言い方だ。もっとも彼等もジャファと呼ばれるのを知っており、他所で物を聞く時に「すまない、僕もジャファの一人だけど・・・」と前置きをする。
ダイアンはもともとはイギリス人だが今はオークランドに住んでいる。僕はそれを知っているのでこう言った。
「見なよ、あの山を。山のある風景っていいだろう?これだからポムがニュージーランドに移り住むのさ」
ポムとはキウィ(ニュージーランド人)がイギリス人のことを呼ぶ言い方だ。僕の周りにもイギリス人の友達がたくさんいるが、彼等が口を揃えて言うのが山のある風景だ。僕はイギリスには行ったことが無いが、イギリスは全て丘で僕らが言う山というものは無いらしい。
ダイアンが口を尖らせて言った。
「あなたは私のことをジャファとかポムとか言うのね。全くにくらしいわ」
しかし彼女はポムでジャファなんだから仕方がない。
「ヘッジ、そういうあなたは何をしている人なの?」
「オレか?オレは冬はスキーのガイドさ。今回はこの映画の仕事で呼ばれたけど、普段はああいう山を滑っているのさ」
ボクは遠くに見える雪の載った山を指さして言った。
「じゃあ夏は?」
「夏はクィーンズタウンでトレッキング、山歩きのガイドさ」
「私の彼もアウトドアが大好きなの。今はオークランドに住んでいるから機会は少ないけど、もっともっとそういうことをしたいって言ってるわ」
「アウトドアが好きな人間ならここは楽園だよ。オレたちは楽園に住んでいるんだよ。」
ダイアンが深く頷いた。美人が思慮深く頷くのはいいものだ。
ニュージーランド独特の水色の濃い青空にちぎれた雲が流れる。
そうこうしているうちに子供の具合が良くなり僕らはロケ地へ向かった。
ロケ地へ着き今日の仕事のうち合わせをする。今日のボクの仕事は交通整理。昨日うでをグルグル回していたナイジョが指示を出す。
「撮影の間、コーンを立てて道をふさぐこと。車が来たら5分だけ待ってもらうように頼んでくれ。愛想を良くしてな。中にはうるさく言う人もいると思う。手に負えなくなったら無線で呼んでくれ。車を止めるのは最長5分だ」
こんな田舎道でたかだか5分ぐらいのクローズでブーブー言うヤツはいないだろうに、と思いながらボクは蛍光オレンジの服を着て持ち場についた。
と言っても車がひんぱんに通るわけではない。30分に1台ぐらいの割合である。はっきり言ってヒマだ。
撮影の時にはコーンを動かして道を塞ぐ。そんなの10秒で終わってしまう。
忘れた頃にやってくる車に説明をする。
「映画の撮影をしています。5分間だけ待ってください」
「へえ、何の映画?」
「日本の映画で、クライマーズ・ハイっていう映画なんだけど、ボクも良く分かっていないんです。」
人によっては車を降りて近くの牧場風景をパチリパチリと写真に捕る。中には羊の写真を撮ろうとして見えなくなるぐらい遠くに歩いていってしまう人もいる。
良い人ばかりではない。一人のおばちゃんがゴネはじめた。訛りからいってこの辺の人ではない。
「あたしはこのあとゴルフリゾートに行って、午後のフライトに間に合わせなければならないのよ。あんた5分って言ったわね?本当に5分なの?いいわ、時間を計るわよ、今何時?」
うるせえな、5分って言ったら5分なんだよ、クソババー、と心の中でボクは毒づいた。
オバサンが時計を見ようとした矢先、ナイジョから無線が入る。
「ヘッジ、オーケー。通していいぞ」
「了解」
ボクはそれ見ろという顔でコーンをどかしオバサンを通した。
次に来たのはスキーを積んだ若い男達だった。
「やあ、どこかに滑りに行くの?」
「ああ、オリンパスに行くんだ」
「行ったことはある?」
「いいや、初めてだ。」
「そう。オレは先週上がったけど、道に雪は少しだけあった。四駆ならチェーン無しで大丈夫だった。」
「スキー場の状態は?」
「全体的に雪はやや硬め。雪崩があったので裏は全面的にクローズだった」
その時にナイジョから車を通すよう無線が入る。彼等はもっと話を聞きたそうだったし、ボクもヒマつぶしにおしゃべりをしたかったが仕方がない。
「オーケー、気をつけて楽しんでおいで」
笑顔を残し彼等は去り、ボクは再びヒマになった。
そうだ写真を撮ろう。せっかくゴーストップマンになったのだ。
ゴーストップマンとは、道路工事などで交通誘導をして車を止める人のことだ。人の背丈ほどの棒の先に丸い看板がついていて、片面には緑地にGO、裏側には赤地でSTOP、それでゴーストップマンなのだ。
片方交互通行なら、反対側は止めるのだから看板は一枚でこと足りる。短い規制ならば一人でも仕事ができる。イギリス圏の交通ルールは徹底的にムダが無く合理的で好きだ。
最近では工事現場もハイテク化が進んで、日本によくあるような無人の簡易信号を置くようになったが、田舎ではまだまだゴーストップマンは健在である。車で通り過ぎる時は必ず手を上げ挨拶をする。ニュージーランドでは知らない人にだって挨拶をするのだ。
生活の糧にこの仕事を毎日するというのはそれはそれで大変だろうが、ボクは前から一度これをやってみたかったのだ。あこがれのゴーストップマンである。
コーンを道の真ん中に置き、その上にカメラを乗せセルフタイマーをセットした。セルフタイマーなんて使うのは初めてだ。
道の真ん中に立ちポーズをした瞬間、突風が吹きカメラが落ちてしまった。今日は風が強い。
ロケ地の辺りは、山が切れ南アルプスからの風の通り道でもある。常に風が強い場所だ。近くにはウィンドウィッスル、風笛という地名もある。若者達が向かったマウントオリンパスというスキー場を運営しているのもウィンドウィッスルスキークラブである。
風が無い時をみはからいカメラをセットして、そうやって何十枚もの写真を撮った。そのうち半分はカメラが落ちてあさっての方向を撮ったものだった。
ナイジョからランチだという無線が入り、撮影現場に戻る。
一つの農家が撮影の舞台デあり、ボク達の休憩所でもある。ガレージにはスノーボードが立てかけてある。ここの息子がやるんだろう。ここならマウントハットもマウントオリンパスもそう遠くない。
昼飯の後、ブラブラしているとTさんが休んでいた。
農家の日当たりのいいテラスで静かに犬と遊ぶ姿はどうみても60ぐらいのオジサンで、群馬の弁当の話を力説していた人と同一人物というのが信じられなかった。
メイクで見た目が変わるというのに慣れていないのもあるが、Tさんの人格まで変わってしまったような、まさに別人である。プロの役者とプロのメイクだとこうなるんだなあ。
それぐらい絵になるような風景だったのだ。
「Tさん、なんかいいですね。一枚撮らせて下さい」
と、普段は絶対に撮らないような有名人の写真を撮る。
Tさんがゆっくりと微笑む。
その微笑みはまぎれもなく役の中の男のそれだった。
あえて言うがボクはTさんが有名人だから写真を撮ったわけではない。その場の絵になる風景を撮りたかったのだ。人間も含めて。
だがボクのウデと何度もコーンの上から転がり落ちたカメラではとても絵にはならないのだった。
昼食後も撮影は続く。ボクは再びゴーストップマンとなった。相変わらずヒマだが、午後は本を持ってきたので道路脇の草むらに座り本を読む。
相変わらず風は強いが、それに負けないくらいに春の日差しはポカポカと大地を暖める。
午後の早い時間に撮影終了の無線が入り、道路脇の看板を片づけ農家に戻る。
すでに片づけが始まっており、皆てきぱきと動いている。あのアキコでさえも忙しそうだ。
ボクは何をしてよいのか分からずウロウロしていると音声の人に声をかけられた。
「ボルボのエンジン音を撮りたいのでちょっと運転してもらえますか?」
ボクはボルボに乗り込み助手席に彼が座り、毛むくじゃらの大きなマイクをかまえる。
「ボルボのエンジン音テイクワンです」
彼は手でどっちに行けというような指示を出し、ボクは黙って車を走らせる。
ナルホド、音は音でこうやって撮って、後で映像と組み合わせるのか。漠然と映画を見ていると気がつかないが1シーンごとにこういう手間がかかっているんだ。
車の振動でか、チリンチリンと鈴の鳴るような音がする。どこかのネジがゆるんでいるのだろう。ボクは車をUターンさせる時に尋ねた。
「この鈴の音みたいなのは大丈夫なんですか?」
「うん。後ろにセットしたら大丈夫になった」
「へえ、そんなもんなんですか。」
再び無言で車を走らせ現場に戻る。音声の世界の話も聞きたかったがしゃべるわけにはいかない。ボクはプロの仕事を横目で見ながら黙って車を走らせた。
現場に戻り、Tさん、マネージャー、メイクさんを乗せ町に向かう。メイクを落とし同年輩の男に戻ったTさんが助手席で言う。
「あ~、終わったなあ。何かこのまま家に帰るみたいだ。『スミマセン、目黒のインターでおりて下さい』って言いそうになったよ」
彼等の撮影は数ヶ月に及んだという。ニュージーランドは最後のシーン。その数日だけをボクは見た。
大きな仕事を終えてホッとした雰囲気が車内に満ち、やがて全員寝てしまった。きっと今まで大変だったのだろう。
ホテルに戻り、打ちあげである。ビールやワインがふるまわれ、大皿におつまみが並ぶ。
ボクは誰に言うともなく言った。
「いやあ、今回の仕事はいい経験になりました。プロの仕事ってのを見させてもらいました」
Tさんが言った。
「この業界にいてもそれが分かっているヤツは少ないよ」
「へえ、そうなんですか?」
「そうさ、オレがオレがってヤツがうじゃうじゃいるよ」
ボクは半分、まあそういう世界なんだろうなあ、と思いながらTさんの言葉を聞いた。
だが映画というものに一切関わったことがないボクだから見えたものがあったのも事実だ。
皆はもくもくと自分の仕事をしていただけだ。全員がやるべきことを分かり、映画を作るという一つの目標に向かって動いているのを見るのは楽しかった。たぶんこの中で最後まで自分のやるべきことが分かっていなかったのはボク、アキコ、アキラの現地雇われ組だけだろう。
しかしそれはそれで仕方がない、僕らはシロートなんだから。
席につき料理を食べる。正面は昨日うちとけたカメラのゲンさん。ボクも今日は最初からゲンさんで通す。
「この撮影ではゲンさんがメインのカメラマンなんですよね」
「まあ、そうです」
「こういった仕事は皆さん1回ごとの契約なんですか」
「はいそうです」
「カメラマンは普通どうやって決まるんですか?監督が選ぶんですか?」
「そう」
「じゃあ、今回も監督から誘いがあって?」
「うん。『やらないか?』って聞くから『ハイやります』って」
「へえ、そういうものなんですか。カメラマンってどうやってなるんですか?」
「最初はアシスタントで何年も経験を積んでですね」
「じゃあ、ゲンさんもそこからスタートして?」
「そう」
「この世界ってやっぱ年功序列なんですか?」
「だいたいそうだね。日本で映画のカメラマンと呼ばれる人は10人ぐらいしかいないんだけど、皆50以上ですよ」
「へえ、そんなものなんですか。じゃあこういうのはないんですか?若い生きのいいヤツが腕が良くていい仕事するぞって事になって選ばれるって」
「まあ、たまにね」
「そういうのは、やっぱり実力があれば選ばれるし、実力が無ければ選ばれないでしょう」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、ゲンさんは実力のあるスゴイ人?」
「いやいや、運がよかったからね」
「だって運だけじゃあない世界でしょう」
「まあそうだけどさあ」
「それはそうとフルノさんとサトーさんとゲンさんの関係は?」
「ん、ただ一緒に仕事してるだけ」
「へえ、そうですか。監督ってのは助手も選ぶんですか?」
「いいや」
「じゃあ、監督が助監督とかカメラマンとか音声とかの人を決めて、それらの人がその下を集める。そんな感じなんですかねえ」
「そうそう、まあそうよ」
「今回こっちに来たのはゲンさんと助手のお二人でしょう。日本では何人ぐらいいたんですか?」
「8人かな」
「へえ、そんなにいるんですか。その8人の人選はゲンさんが?この映画はこの人選でいこうって」
「うん、そう」
「じゃあ、その中でこの2人をえらんだのもゲンさん?」
「まあ、そうです」
「ひょっとして、ゲンさんてエライ人?」
「ううん、えらくないよ。ただのカメラマン。」
「そういうもんなの?」
僕はアシスタントの2人に問いかけたが、彼等はええまあ、と口を濁すのだ。
だが一回だけゲンさんが彼等のことを弟子と言いかけたのを僕は聞き逃さなかった。ひょっとするとそういう関係なのかもしれない。
優れた腕を持つ人の所で若い世代が学ぶ、もしくは技術を盗むというのは当たり前にあることだ。映像の世界にそういうものがあってもなんら不思議ではない。
そして師匠はいばり弟子はへつらうものだ。
「フルノ、オマエ我孫子から引っ越せよ。アビコって言いにくいから」
そんな暴言も師匠なら許される。言われたフルノさんも飄々と受け流す。この人達はこんな感じで今までもやってきたのだろう。
「撮影でバッテリーが無くなっちゃうなんてことは無いですか?」
「そんなことはありえない」
そりゃそうだ。我ながらバカな事を聞いたもんだ。
「そうすよね。じゃあ罵声をあびるなんてことは?」
「あるよ。まあ罵声ですめばいいんだけどね、なあ?」
罵声で済まなかったらなんだろう。クビなんだろうか。その間にひっぱたかれるぐらいの猶予はあるのだろうか。弟子2人が神妙にうなずく。
彼等はプロである。
プロというのはあらゆる職種にいるが、本当のプロの仕事はミスが無い。
人間は完全な物ではないので必ず間違いや過ちを起こす。『自分は生まれてこのかた全ての物事において一つの失敗もしたことがない。自分は完璧だ』という人はいないと思う。
そんな不安定な人間がやる物事でいかにミスを無くすか。これがプロの仕事だ。
もしもバッテリーが切れて、撮影全体がストップなんて事になったらそれはプロの仕事ではない。そんなのはクビになっても仕方が無い。基本を忘れるプロはいない。
監督というのは映画作りのプロだ。その映画作りのプロが撮影のプロに仕事を依頼する。プロがプロの仕事を認め契約が交わされる。ゴルゴ13みたいだ。
撮影のプロは自分の納得できるような仕事をするために助手を雇う。助手といってもその道の専門家の集まりだ。こうしてたくさんの人が関わり一つのものをつくりあげていく。プロの仕事を見ているのはなかなか楽しいモノだ。楽しいと酒は進む。今宵はタクシーで帰るので思う存分飲める。
「ゲンさん撮影であっちこっち行ってるんでしょ?ウマイ物食っているんじゃないですか?」
「ミシシッピで食ったシーフードは美味かったなあ。ここも海に面しているからシーフードは豊富でしょう?」
「うん、伊勢エビ、アワビ、ウニ、蠣、ホタテ、いろいろ取れるけど一番庶民的なのはムール貝かなあ」
「いいねえ、ムール貝。町でムール貝のうまい店なんてのはある?」
「うーん・・・知らないなあ。どこの店でもムール貝の料理はあるけどココナッツミルクで煮たりとかゴチャゴチャやりすぎちゃうんですよ。ムール貝なんてのはニンニクとオリーブオイルだけでシンプルに蒸すのが一番ウマイんです。だけどそんなのレストランではあまり見ないしねえ」
「いいなあ、美味いムール貝、食いてえなあ」
僕は声をひそめて言った。
「それならゲンさん、家へ来ませんか?おいしいムール貝をご馳走しますよ」
「え?いいんですかおじゃまして」
「うん、いいですよ。うちとしてはみなさんに来て欲しいくらいだけど何分狭い家だからそんなにたくさん呼べないんですけど、よかったら助手のお二人も一緒にどうです?」
「それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「是非来てくださいよ。それより他の人とかは大丈夫ですか?あの人は呼ばれたのにオレは呼ばれなかった、とか面倒くさいことにならないですか?日本の社会ってそういうのあるでしょう?」
「大丈夫、大丈夫。だってオレ、うまいムール貝食いてえもん」
「いやね、ムール貝はいいんですけど、本当に他の人とか大丈夫ですか?」
「いいって、いいって。大丈夫、だーいじょーぶ」
「本当かなあ、まあゲンさんがそう言うなら・・・じゃあ明日の夕方タクシーで来てください。ウマイ物を並べましょう」
ボクは家の住所を書いてゲンさんに手渡した。
場が乱れ、ニュージーランドの撮影スタッフの一人と話になった。
「なあヘッジ、あのカメラマンはすごいぜ」
「へえ、どうすごいんだ?」
「そうか、オマエはまだ見ていないんだな。オレはモニターでヤツが撮っているのを見ていたのさ。石を置いてカメラをその周りでグルリとまわすという絵だ。だがなオレはあんなの初めて見た。こんなカメラワークするヤツがいるのかとぶったまげたな。ヤツは天才だよ。すげーぜ、ヤツは」
日本の新しい友達が誉められるのを聞くのは悪くないものだ。腕のある人の仕事を、別のプロが認める。人種が違えどそこに言葉の壁は無い。やることをやっていれば人は尊敬をしてくれる。これが国の名誉にもなる。日本人だってヤル人はヤルのだ。
11時をまわった頃、皆で町に繰り出す。
「あーあ。夜遊びなんて何年ぶりかな。」
「だってまだ11時じゃん。いつも何時に寝ているの?」
「早い時には9時前に寝ちゃう。5才の娘より先に寝ちゃう時もあるもの。ゲンさんはよく飲みに行くの?」
「うん、行ったら3時か4時か5時ぐらいまでいるかな。」
「オレ早い時にはそれぐらいの時間に起きてますよ」
あきれたような顔でゲンさんがボクを見た。
ボクはこの町に住んでいながら夜の町に全く出ない。クラブという所へ行くのも初めてなので、皆の後についていく。
店の中は音楽が大音響で流れ若い人達が踊っている。音楽が大きすぎてとても話ができたものではない。店のテラスに出てやっと人と話ができる。ゲンさんと話す。
「ボクはこういう店は初めてなんです。この通りなんか何百回も通っているんですがね」
鉄の柵のすぐ外は通りで、通行人とも話ができる。
「日本でもクラブってこういうもんなんですか?」
「まあ、そうだねえ」
「音が大きすぎて話ができないじゃないですか」
「話なんかしないんだよ。みんな踊るんだから」
「ああそうか、ナルホド」
「東京のクラブなんて話なんかしないで、会った人とすぐやっちゃうんだよ」
「またまたあ」
「ホントだって。握手代わりにトイレでセックスしちゃうんだから」
「はあ~、そんな・・・なんですか」
「そうだって。本当に行ったことないの?」
「ないです」
「一昔前はディスコって呼ばれていたけど、まあ中身は同じだね。」
「へえ~、ボクはディスコも行ったことはないです。」
「普段はどういう所へ飲みに行くの?」
「ん~、牧場のオヤジ達が泥だらけの長靴でやってきて、ビール飲みながらラグビー見ているような所」
ボクらは思わず笑ってしまった。ボク達の住む世界はあまりにも違う。普通に生活をしていればお互いに接点はないだろう。今回の仕事も何かの縁だったのかもしれない。こうやって新しいつながりができていく。
トイレに行ったがここはクライストチャーチ。そこでヤッてるヤツはいない。テラスに戻ると助監督のタニグチさんと話になった。
「タニグチさん、ちょっと映画の話を聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ボクはまだ基本的なことが分かっていないんですが、プロデューサーって具体的に何をする人なんですか?」
「プロデュースする人だよ。」
「それが分からないんです。全責任はカントクでしょう?」
「まあ、平たく言えばお金の管理だね」
「じゃあ映画作りの資金を集めてきて、それを撮影の現場で振り分ける。そんなところですか?」
「そうそう、まあそんなところですよ」
「映画を作るのってお金かかるんでしょう?今回の映画はいくらくらいかかっているんですか?」
「ん~、まあ3億円ぐらいかな」
「へえ、そうなんですか。じゃあ立場上の関係は?カントクが一番上でその下でプロデューサーがお金をやりくりするってところですか?」
「まあそうだね。だけどハリウッドは違うんだよ」
「と言うと?」
「ハリウッドの映画はケタ違いにお金が動くんだよ。制作費何百億ってね」
何百億って0がいくつ並ぶんだろう。
「フムフム、それで?」
「そういう所はプロデューサーがまず居て、このカントクでこういう映画を作ろうってことになるのさ」
「ナールーホードー」
なんとなくボクが最近のハリウッド映画を見なくなった訳がそこにあるような気がした。
プロデューサーはビジネスとしてやっているのだから、売れる物、要はお金がたくさん入ってくる物をつくりたいはずだ。カントクとしては良いモノをつくりたい。カントクがこういった物を作りたいと言っても、プロデューサーがそんなものはダメと言ったらダメになってしまうだろう。
もちろんカントクだってお金が必要なことは百も承知だろうが、カントクは映画作りのプロであってお金儲けのプロではない。
万が一、金儲け主義のプロデューサーが制作の現場に口を挟むことがあれば、それはつまらない物になるに決まっている。いやあ、たぶんあるんだろうなあ、そういうの。
撮影が順調にいったので次の日はオフである。
ボクが運転するバンともう1台のバンでアカロアに行くことになった。スタッフは皆、車の中で寝てしまった。よっぽど疲れがたまっていたのだろう。
アカロアでは名物のフィッシュアンドチップス。ひたすらのんびりと過ごす。
帰りには近くの森に立ち寄る。Tさんがぼくに聞いた。
「この国は昔はこんな森がたくさんあったんでしょう?」
「そうです。昔は国土の3分の2が森だったそうです。それをみんな焼き払って牧場にして今は国土の4分の1しか残っていないのです」
Tさんが悲しそうな顔で言った。
「こんなに良い森をねえ・・・。もっとこういう森を残さなくちゃね」
「そうですよ。だけど国立公園にはここよりもっともっときれいな森、手つかずの原生林が残っているんです。それはそれはきれいですよ~」
「へえ、行ってみたいなあ」
「ぜひ来てください、ガイドしますよ。と言っても忙しくてそんなヒマないでしょう?」
「まあ、そうだねえ」
ボクと別の世界で生きるTさんにルートバーンの森を見せてあげたいものだ。
あの森の良さはそこに踏み入れた人でないと分からない。その為には時間も必要なのだ。
夕方、ゲンさんと弟子のフルノさんとスズキさんがやってきた。
「いらっしゃい、まあどうぞどうぞ、狭い家ですけど。おっと、その前にお酒を買いにいきましょう。近くに面白い酒屋があるんです」
「行こう行こう」
「じゃあペットボトルを持ってと」
「ペットボトル?」
「まあまあ、あとは見てのお楽しみ」
ボクらは酒屋へ向かった。店内のカウンターの奥にはずらりとビールの蛇口が並ぶ。酒屋のオヤジが慣れた手つきでペットボトルにビールを入れる。
「ここはね、ここで作っているビールをその場で入れてくれるんですよ。店がヒマでオヤジの機嫌が良いと試飲させてくれるんだけど、今日は忙しいからダメかな」
「へえ、面白いね」
「ゲンさん、メシはご馳走しますから、お酒を買ってください。ビールは3リットルぐらいあればいいでしょう。ワインは3本ぐらいかな?」
「いいよ。適当にワインを選んでよ」
「ならば美味しいヤツでいきましょう」
酒を買い込み家へ戻る。近所にこういう店があるのは嬉しいことだ。
「先ずはビールからですね。ここのビールは麦100%です」
つまみはチーズとスモークチキン。
「このチキンは近くの肉屋で燻製にしてるんです。ベーコンもハムもスモークサーモンもいけるんです。おっとムール貝もでてきましたよ。熱いうちに食いましょう」
オリーブオイルとニンニクだけで蒸したムール貝が一番ウマイと思う。貝自体の塩っ気で調味料は何もいらない。
ハフハフと食ううちにシーフードたっぷりのパエリアだって出てくる。女房の得意料理だ。これなどは町のどのレストランよりもウマイ。我ながらよくできた女房である。そのパエリアを食いながらゲンさんが言った。
「いやあ、美味いなあ。こんなの商売にできるでしょう。映画のケイタリング(スタッフの食事)でこんなのが出てきたらいいと思うよ」
「いやいや、こういうのはね仲良くなった友達に食わせるのがいいんですよ。商売にしたくないですね」
「ふうん、そうかもね。奥さん、本当にウマイですよ」
女房も誉められて上機嫌である。自分が作った物をウマイウマイと喜んで食ってくれるのはうれしいものだ。何を作っても反応がなかったら作りがいがないだろう。
酒は料理と共に進み、話はつきない。
「そういえばこっちのスタッフがゲンさんのこと誉めてましたよ。あんなカメラワークするやつは見たこと無いってね。なんか石をぐるぐるとまわして撮るシーンがあったんですって?」
「ああ、あれね」
「そいつがあのカメラマンは天才だって言ってましたよ」
「そうだよ。オレって天才だもん」
「そうすか。オレもたまに自分が天才じゃんって思う時あるんですよ」
「へえ、どんな時?」
「冷蔵庫とか食品庫とか見て、そこにあるもので料理を組み立てて、イタリア料理とか中華とかのきっちりとした、とんでもなくウマイ物、絶対に町のレストランよりウマイという物ができちゃった時。うお~、ウメー、オレって天才じゃんとか思っちゃう」
「ダメ、そんなの」
「へ?」
「そんなの天才じゃない」
「じゃあ、どんなの?」
「オレ」
「は?」
「オレが天才だもの。オレは生まれた時から天才だったからね」
「はあ、そうなんですか」
ここまで自分のことを天才だという人に会ったことがない。ひょっとするとゲンさんは本当に天才かもしれないが、目の前に居るのは新しくできた飲み友達のゲンさんなのだ。
「ゲンさんたちは明日帰るんでしょ。明後日に日本ですよね。それですぐに仕事なんですか?」
「そう。今回こんなにゆっくりできたなんて、そんなのありえない」
「うそお、そんなに忙しいの?オレなんて次の金が入ってくる仕事なんて1週間後ですよ」
「忙しいけど、そうだなあ、1週間に3時間ぐらいポカっと空く時間はあるから。ミクシーやるよ。なんてったって僕たち、まいみくだからね。まいみく」
ゲンさんは最近ミクシーというものを始めたらしい。それで話が盛り上がり僕らはマイミクというものになった。だがゲンさんが言うとまいみく、と聞こえてしまう。
「いやね、マイミクはいいけどさあ、そんな忙しかったらミクシーなんかやってられないでしょうに。それよりゲンさん、又ニュージーランド来ることはありますか?」
「うーん、遠いしなあ、無いだろうな。ヒジリさんは日本には帰らないの?」
「今のところ、帰る予定はないです」
「だけど日本に来たら連絡してよ」
「だってゲンさん忙しいでしょ」
「大丈夫。夜の12時ぐらいまでには帰れるから」
「12時なんて、オレもう寝てますよ。それに日本へ行ったら東京には行かないで新潟とか長野とか北海道とかへ行っちゃうもん」
「そうかあ」
「まあ、いつかは又会えますよ。いつかどこかでね」
今回、色々なプロに出会った。自分のやるべきことをやるのがプロだ。自分の仕事をするには自分がどういう人間か知る必要がある。
監督、俳優、映像、音声など、その道に秀でたプロが集まり一つの物を作っていく。ボクはその一部を覗き見た。最初から最後までナルホドの連続だった。
後日、Tさんが主役のとある映画を見た。白髪交じりでやさしい微笑みをうかべながら農家のテラスで犬の頭をなでていた初老の男や、きさくな関西弁で群馬の弁当について語った同年輩の人。それらのボクが見たTさんと全く違うTさんがその映画の中では戦後の町工場のオヤジとして生きていた。それを見て改めてプロの仕事なんだなあ、と思った。
彼等の現場はスタジオだったり、町中だったり、野外だったりする。
ガイドというボクの現場は森の中であり、雪の上であり、山のてっぺんなのだ。
彼等とは二度と会うことはないかもしれない。それぐらい僕らは違う世界に生きている。それでも普段ならば絶対に会うことのないような人達との出会いは楽しかった。
たとえこれが1回きりの出会いであろうと、ボクが彼らから得た物はとてつもなく大きいし、これからも映画を見るたびに皆のことを思い出すだろう。
一期一会。自然にこの言葉が心に浮かんだ。
ボクも自分のやるべき事をするために山へ戻ろう。
そしてボクの現場に帰ろう。
先週はテレビの仕事があり、目が回るような忙しさだった。
そして普段ではなかなかできないような貴重な経験もした。
テレビドラマの話だが、そのドラマよりも現場での人間関係のドラマの方がはるかに面白かった。
これをチョコチョコと書いてしまうのはもったいない。
なのでじっくりと時間をかけて書く。
笑いあり涙ありの感動大作になりそうだからね。
それまで、というわけではないが昔やった撮影の話でも読んでいてください。
これは7年前にやった映画クライマーズハイの話で、文中のTさんとは堤真一さんのことだ。
あれからもう7年になるんだな。
ホームページには載せていたがブログでは初めてのはずだ。
では『一期一会 ある映画の話』お楽しみあれ。
ある時、映画の仕事が入った。
僕の仕事はドライバー兼雑用。
たいした責任もなく、言われた通りにやっていればいいのでとても気が楽だ。
「スミマセン、僕は映画の仕事は初めてでして、何をどうすればいいのか全然分からないので何でも言ってください」
最初に全員にそう言っておいたので、皆が僕をそう扱ってくれた。
そうなれば知らない者の強みである。
「ねえ、カメラマンの世界ってどんななんですか?」
「助監督のシステムってどうなってるんですか?」
「監督とプロデューサーの関係は?」
などなど聞きまくりである。
そういった僕の初歩的な質問に全員イヤな顔もせずに答えてくれた。もちろん忙しく働いている時にはそんな事も聞かないが、彼等と飲みながらの話はとても面白かった。
自分の知らない世界の話を聞くのは楽しい、それが第一線で活躍している人の生の声である。面白くないわけがない。
空港に撮影隊が到着しホテルへ移動後、隊をいくつかの班に分けた。
監督達を乗せて撮影現場へ行きいろいろとチェックする班と町でいろいろと準備をする班だ。
僕はカメラの助手と共に機材のチェックである。といっても何か特にするわけでなく、彼等がてきぱきと仕事をするのをながめるだけだ。
町の中心近くにあるニュージーランド人スタッフの倉庫にはさまざな撮影用機材が並ぶ。クライストチャーチに住んでいるが一度も来たことのないガレージで、『へえ、こんな場所もあるんだなあ』とウロウロするのは違う世界を見ているようで楽しい。
一応通訳ということだが僕が口を挟むより、映像のプロ同士が直接コミュニケーションを取った方がよっぽど話が早い。物を運ぶ手伝いはするが、それ以外は彼等のやることを後ろからナルホド、ナルホドと見ているだけだ。
チェックが終わりホテルへ戻り、その足で撮影用のレンタカーを借りに行く。今回使う車はボルボのセダン。僕はその車の運転手なのだ。
普段は四駆とかマイクロバスとかそんなのばかり運転していて、セダンなんて運転する機会はめったにない。ましてボルボなんて自分じゃ絶対借りないような車に乗るのも悪くない。
革張りのシート、電動の座席調節、備え付けの自動車電話。僕には縁のないものばかりである。
右ハンドルだが、方向指示器はハンドルの左、ワイパーは右。慣れるまで曲がるたびにワイパーを動かして、その度に「このヨーロッパ車め」と毒づいていた。
ホテルに戻り、全てのチェックや打ち合わせが終わり、全員でメシを食いに行く。
こういう時に添乗員やツアーガイドだと大変だ。メニューの全てを日本語で説明して、質問攻めにあい、聞いていないお客さんには同じことを繰り返し、オーダーし終わった後に気持ちを変える人にも対応し、それでいて不味いと文句を言われる。
その点今回は楽だ。英語を喋れる人も何人もいるし、自分達でメニューを見て適当にオーダーをしている。
僕の隣は女優のダイアン。今回の撮影の為にオークランドからやってきた。見た目は美人だが酒が入るとガハハと下品な笑い方をする。
反対側はアキコ。彼女は何年も前からの知り合いで今回の仕事では僕同様ドライバー兼雑用係。2人で『映画ってこうやって作るんだねえ』と感心ばかりしている。
その向こうに俳優のTさん。
右隣のダイアンはその横のカントクと話が盛り上がっているので、僕はアキコとTさんの会話を聞いていた。
普段日本の芸能界というものから遙か遠い生活をしている僕の芸能人のイメージとは、気取っていて調子がよい何かしらうさんくさい人、というものだった。
しかしTさんは気さくな人で、えらそうなところは少しもなく僕の偏見を取り払ってくれた。
「前に群馬でロケをやった時に弁当が出たんだけどね、その弁当がひどくてねえ。全体的に茶色なの、唐揚げとか、フライとかで。ほら、幕の内弁当だったら彩りとかあるでしょ、だけど群馬の弁当は茶色なんだよ」
「へえ、そうなんですか」
アキコが相づちを入れる。
「それである時、鮭弁がでたんだ。鮭は普通ご飯の上に乗ってるでしょう。ところが群馬は違うんだよ。茶色なんだよ。何の上に乗ってたと思う?」
「ええ?何だろう。うーん・・・カレー・・・ですか?」
一同大爆笑。
「君ねえ、いくら群馬でもカレーの上に鮭はないでしょう。それはあまりに群馬に失礼だよ」
「だって茶色って言ったから・・・」
「まあ、カレーも茶色だけどさあ。答えは焼きそば。焼きそばの上に鮭だよ。」
なるほど茶色だ。だが僕にはアキコの鮭カレーのイメージが強すぎて、夢に出てきそうだ。
撮影初日、僕は言われたとおり車を運転してロケ地に向かった。何百回も通っている道だ。迷う心配はない。
辺りは生まれたばかりの子羊が跳ね回っている。カンタベリーの春だ。
ロケ地に着くと僕以外の全員がてきぱきと仕事を始め、なにやら撮影用の機材を組み立てていく。僕はと言えば、みんなのじゃまにならないようにあっちへウロウロこっちへウロウロ。人の仕事ぶりを見てはナルホドナルホドである。
そうしているうちに出番が来た。僕の仕事はドライバーだ。
シーンは広大な山のふもとの砂利道をボルボが走るというものだ。
助監督のタニグチさんがどこからスタートしてどこら辺まで走るというような指示を出す。顔などは絶対に写らないが、着る物も主人公が着る茶色のジャケットを羽織る。
1回目はテスト。皆が見守る中、車を走らせUターンして戻る。タニグチさんがすぐに寄ってきた。
「右コーナーの所ですがインをつかないで道の左側を走ってください。スピードは危なくないくらいで出来るだけ速くです」
その時に雨粒がポトリポトリと落ち始めあっというまに土砂降りになってしまった。谷の奥は真っ白だ。今日の予報は晴れ時々曇り一時雨。まあなんでもありだ。
皆車で待機。1時間もすると所々青空が見えはじめ、谷の奥が明るくなり始めた。
雨で道路が濡れてしまったのでコースを変え、遠く見下ろす景色のショットになった。再びタニグチさんと打ち合わせ。
「あの先の道路が見えなくなってる場所まで行って下さい。その先でUターンして合図をしたらこっちに向かって走って下さい」
「スピードは?」
「そうですねえ、一度テストしますから普通に走ってみてください」
「了解」
僕は車を走らせ位置へ向かう。スタートについて短い無線のやりとりの後、車を出した。交通整理、といっても車はめったにこない、ヒマなナイジェルが行け行けと腕をぐるぐる回している。
左のブラインド(先が見えない)コーナーが近づいてきた。普段は向こうから車が来るかもしれないので道の左側を行くが、今日は車が来ないことが分かっている。安心して道の真ん中を走る。こんなのでラリー用の車を運転してみたいなあ。
コーナーを過ぎると道は上りながら緩やかなカーブが連続する。普通に普通に、スピードメーターの針は40~50キロだ。まあセダンで町乗りのタイヤならこんなもんだろう。
撮影隊の所を過ぎ車を回して戻ってくるとタニグチさんがやってきた。
「ヒジリさん、あのですねえ、もうちょっとスピード出ます?」
「うーん、あと10キロぐらいなら出るかなあ。タイヤが滑っちゃってそれ以上は無理です」
「わかりました。じゃあ安全な範囲で出来るだけ速くお願いします。とくにあのコーナーでお願いします」
「了解でーす」
僕は再び車を出してスタート位置に戻る。スピードを出してみるが60キロを越えると車は安定を失う。レンタカーだし事故だけはしたくない。まあできるだけのことはやってみよう。
スタート位置に着き無線を待つ。
「ヒジリさん、OKです。スタートしてください」
助手席に置いた無線機から声が聞こえ僕は車を出した。登りでトップスピードに持って行くため急激な加速をすると気分は俄然盛り上がってきた。普段はこんなにエンジンをふかさない。ガソリンがもったいないから。
ナイジェルがさっきみたいに腕をぐるぐる回している。ヒマなんだろうな。
ブラインドコーナーの向こうには皆が僕の来るのを待っている。『オオ、カッコイー、映画みたい!映画なんだよ!』自分でボケて自分でつっこんで、気分は絶好調。頭のなかではロックがガンガンにかかっていた。
ブラインドコーナーはアウトから入り、道幅めいっぱいを使って加速。だが路面は洗濯板のようにボコボコ、ちょっとアクセルを踏むとすぐに滑りはじめる。あらら、これならうちのハイエースの方がよっぽど速い。後輪駆動、町乗りタイヤ、オートマ、柔らかいサスペンション。こういう車は町にいるべきだ。まあしょうがねえなあ。飛ばせとは言われているが事故ったら元もこもない。
とはいえ自分は絶好のロケーションの中を走っている。
この国の景色は自分がその中にいるより、景色の中の一点として自分を置く方が良い。山の中の記念撮影だって人を大きく入れるより、一歩離れたところから人間なり車なりを景色の中にポンと置く、という方が絵になる。この国で車のコマーシャルや映画の撮影が多いのはそういう理由もあるのだと思う。
僕は1人で山に行く時に、マウンテンバイクやザック、スキーなどを人間のかわりに置き写真を撮ることがある。もちろんだれか撮ってくれる人がいれば自分をそういうように撮ってもらう。
普段そんなことを考えて山を歩いたり、車を走らせたりしているのだ。
そして今その場面であり、プロの人々が僕が走るのを撮ってくれている。さっき見た景色の中に僕は自分の運転する車を置いてみた。やっぱりカッコイー、再び気分は急上昇、ロックがガンガンかかる。セダンは気に入らないが。
運転をするという作業がある。それをするのに、嫌々やるのと何も考えないでやるのとノリノリでやるのとどれがいいか。答えは分かり切っている。僕は気持ちよく車を走らせ皆の待つ場所へ向った。
タニグチさんが手で丸を作っている。OKのようだ。
車を止めるとラリーのフィニッシュのように皆がわらわらと寄ってきて僕のことを誉めてくれる、などということは一切なく全員てきぱきと機材をかたづけている。どうやら盛り上がってたのは僕だけのようだ。
場所を変え次の撮影。
今度は主人公の顔を車内で撮るシーンだ。スタッフがわらわらと車に集まり照明をくっつけ助手席にカメラマンが乗り込む。カメラが大きいので窮屈そうだ。
ぼんやりと皆の作業を見ているとTさんがやってきた。そしてぼくはギョッとした。Tさんが一気に老けてしまったからだ。
Tさんは僕より3つほど年上、まあ同年輩と呼べる年齢だ。そのTさんが見事に初老の男に変身していた。髪には白髪が混ざり、肌はつやを失い、顔にはしわが寄る。
僕らが車が走るシーンを撮っている間にメイクの人が仕事をしていたのだろう。そんなことも僕は知らなかったので、Tさんの変わりぶりに驚くのみである。へえ、メイクってのはこういうのもあるんだなあ。感心してばかりだ。
僕の仕事は車をスタート位置に持ってくること。レンタカーを借りる時の契約で運転は僕とTさんだけなので車の移動は僕がやる。助手席には撮影のコバヤシさんがカメラを運転席に向けて収まっている。
「スミマセン、記念に一枚撮らせて下さい」
僕には全てが珍しい。車に乗り込みながら素早くパチリ。仕事をしている男の顔がそこにあった。
撮影は続く。次は車を動かしながら車外の景色を撮る。またまたスタッフがわらわらと車に集まり、要らないものを取り外し、コバヤシさんは助手席でカメラを外に向けた。後部座席にはカントクが乗りこみ指示を出す。
「看板の所でスピードを落として徐行。過ぎたら加速をするように」
「ハイ」
車がゆっくりと看板の所を過ぎるのに合わせコバヤシさんがカメラを動かす。バックはマウントハットだ。どんな絵が撮れているのだろう。
その日の撮影が済み、僕はメイクを落として同年輩に戻ったTさんとマネージャー、メイクさんを乗せ皆より一足先にロケ地を後にした。
「どうですか、天気も良いですしちょっと寄り道して川でも見に行きませんか?」
僕はTさんに言った。
「寄り道ってどれくらい?」
「5分ぐらいですかね」
「それなら行ってみようよ」
5分後ぼくらは川にかかる橋のたもとに立ち、川を眺めていた。水は氷河から流れ出した独特の青色である。
「これがラカイア川と言います。この川で川幅が一番狭くなっている場所がこの辺りです。大きな川ですが橋は2カ所しか架かってません。もう一つの橋は50キロぐらい下流です」
僕はガイドである。こういった説明ならお手の物だ。
人間は誰でも自然の中でホッとするような感情を持っている。ガイドというのはそれを引き出す仕事だ。
特別なことをするわけではない。自分がその場で気持ち良いなと思うことをやればたいていのお客さんは喜んでくれる。
それが何日もかける山歩きであったり、日帰りハイキングであったり、パウダースノーを追い求めるスキーツアーであったり、ドライブの途中で川を眺めることだったり。それはお客さんの求めているもので変わってくる。
天気を見て、お客さんの都合を聞き、それならこういうプランで行きましょう、というのがガイドの腕のみせどころだ。それにはこの地を熟知していなければならない。
僕にすればラカイア川は何百回も通っている場所だが、日本から来た人達には初めて見る川だ。その川を僕がきれいだなと思う事により一緒にいる人達も喜んでくれる。ガイドとはそういうものだと思う。
晩はタイ料理のレストランへ全員で行く。今晩もまた皆で適当にオーダーしてくれるので楽だ。
隣は撮影のコバヤシさん。最初のうちは名刺を交換して、ワタクシこういうモノです、ドモドモなどとやっていたが、料理が進み酒が進むうちにかなりうちとけた。
「コバヤシさん、いやもうゲンさんでいいですよね」
「いいよ、それで」
「ゲンさんはニュージーランドは初めてということですが、他はあちこち行ってるんですか?」
「うん。四〇ヶ国くらい行ったかなあ。だけどプライベートで行ったのは2回だよ」
「あらら。忙しいんですね」
「うん、まあね」
「印象に残ってる所ってあります?」
「うーんそうだなあ、アメリカのミシシッピに行った時には地元の警察が協力してくれて、ミシシッピ川にかかっている橋を2時間閉鎖したんだ。沈む夕日を撮るためにね。ミシシッピ川ってけっこうでかいんだよ。たぶん橋の両側は大混雑だったろうけど、警察がつくと強いよね」
今回のロケ地は車はほとんど通らないが、それでも道を閉鎖するのは最長5分までと決まっている。
僕らが何気なく見ているシーンの裏側ではさまざまな人の動きがあるのだ。
撮影2日目。
僕は女優のダイアンや娘役の女の子とそのお母さん、現地で採用された役者のアキラを乗せてロケ地へ向かった。アキラも以前からの知り合いである。気さくに話をしながらドライブをする。
「アキラはあの俳優のTさんは知っているの?」
「ええ、もちろん知っていますよ」
「へえ、やっぱ有名な人なの?」
「そりゃ、もう。飛ぶ鳥を落とす勢いで最近売れ出し中ですよ」
「ふうん、そうなのかあ」
「知らなかったんですか?」
「知らないよ。日本のテレビなんていっさい見ないからな。だけど気取ったところがなくて気さくな人だよね」
「そうですね」
30分ぐらい走ったころだろうか、女優のダイアンが言った。
「ヘッジ、ロケ地まであとどれぐらい?」
「あと30~40分ぐらいかな。どうした?」
「ちょっとトイレに行きたくなったの。どこかに止まれる?」
「もう10分ぐらい走れば次の町につくからそこで聞いてみよう。我慢できるか?」
「多分大丈夫よ」
そうしているうちにも尿意が高まってきたんだろう。しきりにまだかまだかと尋ねる。
「もうちょっとだからガマンしろ。ほら!町が見えてきたぞ」
町に一つだけあるガソリンスタンドに駆け込みトイレを使わせてくれるよう頼んだ。だが女主人の態度はあからさまに冷たく、町はずれに看板が出ているからそこへ行けと言う。
仕方なく言われた所へ言ったが看板などありゃしない。こんなことだろうと思った。ダイアンは限界にきたのだろう。
「ヘッジ!もうダメ!どこでもいいから止めて!」
車を止めると近くの茂みに走って行った。男ならそのへんでチョイとできるが女の人は何かと大変だ。しばらくして彼女がホッとした顔で帰ってきた。
「ありがとう。助かったわ」
「間に合って良かったね。それにしてもガソリンスタンドの人は冷たかったなあ」
「お客じゃないからしょうがないわ」
「それにしても、若い女の人が困っているのに見捨てるなんてひどいじゃないか。オレは今後あのスタンドを使わないぞ。と言っても今までに使ったことはないんだけどね」
車を走らせてしばらくすると今度は子供の母親が言った。
「すみません、ちょっと車を停めてもらえないかしら。子供が酔っちゃったみたいなの」
「そりゃ大変だ。すぐに停めるよ」
車を停め、外に出た親子に言った。
「時間のことは気にしなくていいからちょっと休もう。なあに、外の空気を吸えばすぐによくなるさ」
のんびりと待ちながらダイアンと言葉を交わす。
「気持ちいいわね。景色がオークランドと全く違うわ」
「そうか君はジャファだったな。どうだい、南はいいだろう?」
ジャファとはオークランド以外に住む人が、オークランドに住む人をバカにした言い方だ。もっとも彼等もジャファと呼ばれるのを知っており、他所で物を聞く時に「すまない、僕もジャファの一人だけど・・・」と前置きをする。
ダイアンはもともとはイギリス人だが今はオークランドに住んでいる。僕はそれを知っているのでこう言った。
「見なよ、あの山を。山のある風景っていいだろう?これだからポムがニュージーランドに移り住むのさ」
ポムとはキウィ(ニュージーランド人)がイギリス人のことを呼ぶ言い方だ。僕の周りにもイギリス人の友達がたくさんいるが、彼等が口を揃えて言うのが山のある風景だ。僕はイギリスには行ったことが無いが、イギリスは全て丘で僕らが言う山というものは無いらしい。
ダイアンが口を尖らせて言った。
「あなたは私のことをジャファとかポムとか言うのね。全くにくらしいわ」
しかし彼女はポムでジャファなんだから仕方がない。
「ヘッジ、そういうあなたは何をしている人なの?」
「オレか?オレは冬はスキーのガイドさ。今回はこの映画の仕事で呼ばれたけど、普段はああいう山を滑っているのさ」
ボクは遠くに見える雪の載った山を指さして言った。
「じゃあ夏は?」
「夏はクィーンズタウンでトレッキング、山歩きのガイドさ」
「私の彼もアウトドアが大好きなの。今はオークランドに住んでいるから機会は少ないけど、もっともっとそういうことをしたいって言ってるわ」
「アウトドアが好きな人間ならここは楽園だよ。オレたちは楽園に住んでいるんだよ。」
ダイアンが深く頷いた。美人が思慮深く頷くのはいいものだ。
ニュージーランド独特の水色の濃い青空にちぎれた雲が流れる。
そうこうしているうちに子供の具合が良くなり僕らはロケ地へ向かった。
ロケ地へ着き今日の仕事のうち合わせをする。今日のボクの仕事は交通整理。昨日うでをグルグル回していたナイジョが指示を出す。
「撮影の間、コーンを立てて道をふさぐこと。車が来たら5分だけ待ってもらうように頼んでくれ。愛想を良くしてな。中にはうるさく言う人もいると思う。手に負えなくなったら無線で呼んでくれ。車を止めるのは最長5分だ」
こんな田舎道でたかだか5分ぐらいのクローズでブーブー言うヤツはいないだろうに、と思いながらボクは蛍光オレンジの服を着て持ち場についた。
と言っても車がひんぱんに通るわけではない。30分に1台ぐらいの割合である。はっきり言ってヒマだ。
撮影の時にはコーンを動かして道を塞ぐ。そんなの10秒で終わってしまう。
忘れた頃にやってくる車に説明をする。
「映画の撮影をしています。5分間だけ待ってください」
「へえ、何の映画?」
「日本の映画で、クライマーズ・ハイっていう映画なんだけど、ボクも良く分かっていないんです。」
人によっては車を降りて近くの牧場風景をパチリパチリと写真に捕る。中には羊の写真を撮ろうとして見えなくなるぐらい遠くに歩いていってしまう人もいる。
良い人ばかりではない。一人のおばちゃんがゴネはじめた。訛りからいってこの辺の人ではない。
「あたしはこのあとゴルフリゾートに行って、午後のフライトに間に合わせなければならないのよ。あんた5分って言ったわね?本当に5分なの?いいわ、時間を計るわよ、今何時?」
うるせえな、5分って言ったら5分なんだよ、クソババー、と心の中でボクは毒づいた。
オバサンが時計を見ようとした矢先、ナイジョから無線が入る。
「ヘッジ、オーケー。通していいぞ」
「了解」
ボクはそれ見ろという顔でコーンをどかしオバサンを通した。
次に来たのはスキーを積んだ若い男達だった。
「やあ、どこかに滑りに行くの?」
「ああ、オリンパスに行くんだ」
「行ったことはある?」
「いいや、初めてだ。」
「そう。オレは先週上がったけど、道に雪は少しだけあった。四駆ならチェーン無しで大丈夫だった。」
「スキー場の状態は?」
「全体的に雪はやや硬め。雪崩があったので裏は全面的にクローズだった」
その時にナイジョから車を通すよう無線が入る。彼等はもっと話を聞きたそうだったし、ボクもヒマつぶしにおしゃべりをしたかったが仕方がない。
「オーケー、気をつけて楽しんでおいで」
笑顔を残し彼等は去り、ボクは再びヒマになった。
そうだ写真を撮ろう。せっかくゴーストップマンになったのだ。
ゴーストップマンとは、道路工事などで交通誘導をして車を止める人のことだ。人の背丈ほどの棒の先に丸い看板がついていて、片面には緑地にGO、裏側には赤地でSTOP、それでゴーストップマンなのだ。
片方交互通行なら、反対側は止めるのだから看板は一枚でこと足りる。短い規制ならば一人でも仕事ができる。イギリス圏の交通ルールは徹底的にムダが無く合理的で好きだ。
最近では工事現場もハイテク化が進んで、日本によくあるような無人の簡易信号を置くようになったが、田舎ではまだまだゴーストップマンは健在である。車で通り過ぎる時は必ず手を上げ挨拶をする。ニュージーランドでは知らない人にだって挨拶をするのだ。
生活の糧にこの仕事を毎日するというのはそれはそれで大変だろうが、ボクは前から一度これをやってみたかったのだ。あこがれのゴーストップマンである。
コーンを道の真ん中に置き、その上にカメラを乗せセルフタイマーをセットした。セルフタイマーなんて使うのは初めてだ。
道の真ん中に立ちポーズをした瞬間、突風が吹きカメラが落ちてしまった。今日は風が強い。
ロケ地の辺りは、山が切れ南アルプスからの風の通り道でもある。常に風が強い場所だ。近くにはウィンドウィッスル、風笛という地名もある。若者達が向かったマウントオリンパスというスキー場を運営しているのもウィンドウィッスルスキークラブである。
風が無い時をみはからいカメラをセットして、そうやって何十枚もの写真を撮った。そのうち半分はカメラが落ちてあさっての方向を撮ったものだった。
ナイジョからランチだという無線が入り、撮影現場に戻る。
一つの農家が撮影の舞台デあり、ボク達の休憩所でもある。ガレージにはスノーボードが立てかけてある。ここの息子がやるんだろう。ここならマウントハットもマウントオリンパスもそう遠くない。
昼飯の後、ブラブラしているとTさんが休んでいた。
農家の日当たりのいいテラスで静かに犬と遊ぶ姿はどうみても60ぐらいのオジサンで、群馬の弁当の話を力説していた人と同一人物というのが信じられなかった。
メイクで見た目が変わるというのに慣れていないのもあるが、Tさんの人格まで変わってしまったような、まさに別人である。プロの役者とプロのメイクだとこうなるんだなあ。
それぐらい絵になるような風景だったのだ。
「Tさん、なんかいいですね。一枚撮らせて下さい」
と、普段は絶対に撮らないような有名人の写真を撮る。
Tさんがゆっくりと微笑む。
その微笑みはまぎれもなく役の中の男のそれだった。
あえて言うがボクはTさんが有名人だから写真を撮ったわけではない。その場の絵になる風景を撮りたかったのだ。人間も含めて。
だがボクのウデと何度もコーンの上から転がり落ちたカメラではとても絵にはならないのだった。
昼食後も撮影は続く。ボクは再びゴーストップマンとなった。相変わらずヒマだが、午後は本を持ってきたので道路脇の草むらに座り本を読む。
相変わらず風は強いが、それに負けないくらいに春の日差しはポカポカと大地を暖める。
午後の早い時間に撮影終了の無線が入り、道路脇の看板を片づけ農家に戻る。
すでに片づけが始まっており、皆てきぱきと動いている。あのアキコでさえも忙しそうだ。
ボクは何をしてよいのか分からずウロウロしていると音声の人に声をかけられた。
「ボルボのエンジン音を撮りたいのでちょっと運転してもらえますか?」
ボクはボルボに乗り込み助手席に彼が座り、毛むくじゃらの大きなマイクをかまえる。
「ボルボのエンジン音テイクワンです」
彼は手でどっちに行けというような指示を出し、ボクは黙って車を走らせる。
ナルホド、音は音でこうやって撮って、後で映像と組み合わせるのか。漠然と映画を見ていると気がつかないが1シーンごとにこういう手間がかかっているんだ。
車の振動でか、チリンチリンと鈴の鳴るような音がする。どこかのネジがゆるんでいるのだろう。ボクは車をUターンさせる時に尋ねた。
「この鈴の音みたいなのは大丈夫なんですか?」
「うん。後ろにセットしたら大丈夫になった」
「へえ、そんなもんなんですか。」
再び無言で車を走らせ現場に戻る。音声の世界の話も聞きたかったがしゃべるわけにはいかない。ボクはプロの仕事を横目で見ながら黙って車を走らせた。
現場に戻り、Tさん、マネージャー、メイクさんを乗せ町に向かう。メイクを落とし同年輩の男に戻ったTさんが助手席で言う。
「あ~、終わったなあ。何かこのまま家に帰るみたいだ。『スミマセン、目黒のインターでおりて下さい』って言いそうになったよ」
彼等の撮影は数ヶ月に及んだという。ニュージーランドは最後のシーン。その数日だけをボクは見た。
大きな仕事を終えてホッとした雰囲気が車内に満ち、やがて全員寝てしまった。きっと今まで大変だったのだろう。
ホテルに戻り、打ちあげである。ビールやワインがふるまわれ、大皿におつまみが並ぶ。
ボクは誰に言うともなく言った。
「いやあ、今回の仕事はいい経験になりました。プロの仕事ってのを見させてもらいました」
Tさんが言った。
「この業界にいてもそれが分かっているヤツは少ないよ」
「へえ、そうなんですか?」
「そうさ、オレがオレがってヤツがうじゃうじゃいるよ」
ボクは半分、まあそういう世界なんだろうなあ、と思いながらTさんの言葉を聞いた。
だが映画というものに一切関わったことがないボクだから見えたものがあったのも事実だ。
皆はもくもくと自分の仕事をしていただけだ。全員がやるべきことを分かり、映画を作るという一つの目標に向かって動いているのを見るのは楽しかった。たぶんこの中で最後まで自分のやるべきことが分かっていなかったのはボク、アキコ、アキラの現地雇われ組だけだろう。
しかしそれはそれで仕方がない、僕らはシロートなんだから。
席につき料理を食べる。正面は昨日うちとけたカメラのゲンさん。ボクも今日は最初からゲンさんで通す。
「この撮影ではゲンさんがメインのカメラマンなんですよね」
「まあ、そうです」
「こういった仕事は皆さん1回ごとの契約なんですか」
「はいそうです」
「カメラマンは普通どうやって決まるんですか?監督が選ぶんですか?」
「そう」
「じゃあ、今回も監督から誘いがあって?」
「うん。『やらないか?』って聞くから『ハイやります』って」
「へえ、そういうものなんですか。カメラマンってどうやってなるんですか?」
「最初はアシスタントで何年も経験を積んでですね」
「じゃあ、ゲンさんもそこからスタートして?」
「そう」
「この世界ってやっぱ年功序列なんですか?」
「だいたいそうだね。日本で映画のカメラマンと呼ばれる人は10人ぐらいしかいないんだけど、皆50以上ですよ」
「へえ、そんなものなんですか。じゃあこういうのはないんですか?若い生きのいいヤツが腕が良くていい仕事するぞって事になって選ばれるって」
「まあ、たまにね」
「そういうのは、やっぱり実力があれば選ばれるし、実力が無ければ選ばれないでしょう」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、ゲンさんは実力のあるスゴイ人?」
「いやいや、運がよかったからね」
「だって運だけじゃあない世界でしょう」
「まあそうだけどさあ」
「それはそうとフルノさんとサトーさんとゲンさんの関係は?」
「ん、ただ一緒に仕事してるだけ」
「へえ、そうですか。監督ってのは助手も選ぶんですか?」
「いいや」
「じゃあ、監督が助監督とかカメラマンとか音声とかの人を決めて、それらの人がその下を集める。そんな感じなんですかねえ」
「そうそう、まあそうよ」
「今回こっちに来たのはゲンさんと助手のお二人でしょう。日本では何人ぐらいいたんですか?」
「8人かな」
「へえ、そんなにいるんですか。その8人の人選はゲンさんが?この映画はこの人選でいこうって」
「うん、そう」
「じゃあ、その中でこの2人をえらんだのもゲンさん?」
「まあ、そうです」
「ひょっとして、ゲンさんてエライ人?」
「ううん、えらくないよ。ただのカメラマン。」
「そういうもんなの?」
僕はアシスタントの2人に問いかけたが、彼等はええまあ、と口を濁すのだ。
だが一回だけゲンさんが彼等のことを弟子と言いかけたのを僕は聞き逃さなかった。ひょっとするとそういう関係なのかもしれない。
優れた腕を持つ人の所で若い世代が学ぶ、もしくは技術を盗むというのは当たり前にあることだ。映像の世界にそういうものがあってもなんら不思議ではない。
そして師匠はいばり弟子はへつらうものだ。
「フルノ、オマエ我孫子から引っ越せよ。アビコって言いにくいから」
そんな暴言も師匠なら許される。言われたフルノさんも飄々と受け流す。この人達はこんな感じで今までもやってきたのだろう。
「撮影でバッテリーが無くなっちゃうなんてことは無いですか?」
「そんなことはありえない」
そりゃそうだ。我ながらバカな事を聞いたもんだ。
「そうすよね。じゃあ罵声をあびるなんてことは?」
「あるよ。まあ罵声ですめばいいんだけどね、なあ?」
罵声で済まなかったらなんだろう。クビなんだろうか。その間にひっぱたかれるぐらいの猶予はあるのだろうか。弟子2人が神妙にうなずく。
彼等はプロである。
プロというのはあらゆる職種にいるが、本当のプロの仕事はミスが無い。
人間は完全な物ではないので必ず間違いや過ちを起こす。『自分は生まれてこのかた全ての物事において一つの失敗もしたことがない。自分は完璧だ』という人はいないと思う。
そんな不安定な人間がやる物事でいかにミスを無くすか。これがプロの仕事だ。
もしもバッテリーが切れて、撮影全体がストップなんて事になったらそれはプロの仕事ではない。そんなのはクビになっても仕方が無い。基本を忘れるプロはいない。
監督というのは映画作りのプロだ。その映画作りのプロが撮影のプロに仕事を依頼する。プロがプロの仕事を認め契約が交わされる。ゴルゴ13みたいだ。
撮影のプロは自分の納得できるような仕事をするために助手を雇う。助手といってもその道の専門家の集まりだ。こうしてたくさんの人が関わり一つのものをつくりあげていく。プロの仕事を見ているのはなかなか楽しいモノだ。楽しいと酒は進む。今宵はタクシーで帰るので思う存分飲める。
「ゲンさん撮影であっちこっち行ってるんでしょ?ウマイ物食っているんじゃないですか?」
「ミシシッピで食ったシーフードは美味かったなあ。ここも海に面しているからシーフードは豊富でしょう?」
「うん、伊勢エビ、アワビ、ウニ、蠣、ホタテ、いろいろ取れるけど一番庶民的なのはムール貝かなあ」
「いいねえ、ムール貝。町でムール貝のうまい店なんてのはある?」
「うーん・・・知らないなあ。どこの店でもムール貝の料理はあるけどココナッツミルクで煮たりとかゴチャゴチャやりすぎちゃうんですよ。ムール貝なんてのはニンニクとオリーブオイルだけでシンプルに蒸すのが一番ウマイんです。だけどそんなのレストランではあまり見ないしねえ」
「いいなあ、美味いムール貝、食いてえなあ」
僕は声をひそめて言った。
「それならゲンさん、家へ来ませんか?おいしいムール貝をご馳走しますよ」
「え?いいんですかおじゃまして」
「うん、いいですよ。うちとしてはみなさんに来て欲しいくらいだけど何分狭い家だからそんなにたくさん呼べないんですけど、よかったら助手のお二人も一緒にどうです?」
「それじゃ、お言葉に甘えようかな」
「是非来てくださいよ。それより他の人とかは大丈夫ですか?あの人は呼ばれたのにオレは呼ばれなかった、とか面倒くさいことにならないですか?日本の社会ってそういうのあるでしょう?」
「大丈夫、大丈夫。だってオレ、うまいムール貝食いてえもん」
「いやね、ムール貝はいいんですけど、本当に他の人とか大丈夫ですか?」
「いいって、いいって。大丈夫、だーいじょーぶ」
「本当かなあ、まあゲンさんがそう言うなら・・・じゃあ明日の夕方タクシーで来てください。ウマイ物を並べましょう」
ボクは家の住所を書いてゲンさんに手渡した。
場が乱れ、ニュージーランドの撮影スタッフの一人と話になった。
「なあヘッジ、あのカメラマンはすごいぜ」
「へえ、どうすごいんだ?」
「そうか、オマエはまだ見ていないんだな。オレはモニターでヤツが撮っているのを見ていたのさ。石を置いてカメラをその周りでグルリとまわすという絵だ。だがなオレはあんなの初めて見た。こんなカメラワークするヤツがいるのかとぶったまげたな。ヤツは天才だよ。すげーぜ、ヤツは」
日本の新しい友達が誉められるのを聞くのは悪くないものだ。腕のある人の仕事を、別のプロが認める。人種が違えどそこに言葉の壁は無い。やることをやっていれば人は尊敬をしてくれる。これが国の名誉にもなる。日本人だってヤル人はヤルのだ。
11時をまわった頃、皆で町に繰り出す。
「あーあ。夜遊びなんて何年ぶりかな。」
「だってまだ11時じゃん。いつも何時に寝ているの?」
「早い時には9時前に寝ちゃう。5才の娘より先に寝ちゃう時もあるもの。ゲンさんはよく飲みに行くの?」
「うん、行ったら3時か4時か5時ぐらいまでいるかな。」
「オレ早い時にはそれぐらいの時間に起きてますよ」
あきれたような顔でゲンさんがボクを見た。
ボクはこの町に住んでいながら夜の町に全く出ない。クラブという所へ行くのも初めてなので、皆の後についていく。
店の中は音楽が大音響で流れ若い人達が踊っている。音楽が大きすぎてとても話ができたものではない。店のテラスに出てやっと人と話ができる。ゲンさんと話す。
「ボクはこういう店は初めてなんです。この通りなんか何百回も通っているんですがね」
鉄の柵のすぐ外は通りで、通行人とも話ができる。
「日本でもクラブってこういうもんなんですか?」
「まあ、そうだねえ」
「音が大きすぎて話ができないじゃないですか」
「話なんかしないんだよ。みんな踊るんだから」
「ああそうか、ナルホド」
「東京のクラブなんて話なんかしないで、会った人とすぐやっちゃうんだよ」
「またまたあ」
「ホントだって。握手代わりにトイレでセックスしちゃうんだから」
「はあ~、そんな・・・なんですか」
「そうだって。本当に行ったことないの?」
「ないです」
「一昔前はディスコって呼ばれていたけど、まあ中身は同じだね。」
「へえ~、ボクはディスコも行ったことはないです。」
「普段はどういう所へ飲みに行くの?」
「ん~、牧場のオヤジ達が泥だらけの長靴でやってきて、ビール飲みながらラグビー見ているような所」
ボクらは思わず笑ってしまった。ボク達の住む世界はあまりにも違う。普通に生活をしていればお互いに接点はないだろう。今回の仕事も何かの縁だったのかもしれない。こうやって新しいつながりができていく。
トイレに行ったがここはクライストチャーチ。そこでヤッてるヤツはいない。テラスに戻ると助監督のタニグチさんと話になった。
「タニグチさん、ちょっと映画の話を聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ボクはまだ基本的なことが分かっていないんですが、プロデューサーって具体的に何をする人なんですか?」
「プロデュースする人だよ。」
「それが分からないんです。全責任はカントクでしょう?」
「まあ、平たく言えばお金の管理だね」
「じゃあ映画作りの資金を集めてきて、それを撮影の現場で振り分ける。そんなところですか?」
「そうそう、まあそんなところですよ」
「映画を作るのってお金かかるんでしょう?今回の映画はいくらくらいかかっているんですか?」
「ん~、まあ3億円ぐらいかな」
「へえ、そうなんですか。じゃあ立場上の関係は?カントクが一番上でその下でプロデューサーがお金をやりくりするってところですか?」
「まあそうだね。だけどハリウッドは違うんだよ」
「と言うと?」
「ハリウッドの映画はケタ違いにお金が動くんだよ。制作費何百億ってね」
何百億って0がいくつ並ぶんだろう。
「フムフム、それで?」
「そういう所はプロデューサーがまず居て、このカントクでこういう映画を作ろうってことになるのさ」
「ナールーホードー」
なんとなくボクが最近のハリウッド映画を見なくなった訳がそこにあるような気がした。
プロデューサーはビジネスとしてやっているのだから、売れる物、要はお金がたくさん入ってくる物をつくりたいはずだ。カントクとしては良いモノをつくりたい。カントクがこういった物を作りたいと言っても、プロデューサーがそんなものはダメと言ったらダメになってしまうだろう。
もちろんカントクだってお金が必要なことは百も承知だろうが、カントクは映画作りのプロであってお金儲けのプロではない。
万が一、金儲け主義のプロデューサーが制作の現場に口を挟むことがあれば、それはつまらない物になるに決まっている。いやあ、たぶんあるんだろうなあ、そういうの。
撮影が順調にいったので次の日はオフである。
ボクが運転するバンともう1台のバンでアカロアに行くことになった。スタッフは皆、車の中で寝てしまった。よっぽど疲れがたまっていたのだろう。
アカロアでは名物のフィッシュアンドチップス。ひたすらのんびりと過ごす。
帰りには近くの森に立ち寄る。Tさんがぼくに聞いた。
「この国は昔はこんな森がたくさんあったんでしょう?」
「そうです。昔は国土の3分の2が森だったそうです。それをみんな焼き払って牧場にして今は国土の4分の1しか残っていないのです」
Tさんが悲しそうな顔で言った。
「こんなに良い森をねえ・・・。もっとこういう森を残さなくちゃね」
「そうですよ。だけど国立公園にはここよりもっともっときれいな森、手つかずの原生林が残っているんです。それはそれはきれいですよ~」
「へえ、行ってみたいなあ」
「ぜひ来てください、ガイドしますよ。と言っても忙しくてそんなヒマないでしょう?」
「まあ、そうだねえ」
ボクと別の世界で生きるTさんにルートバーンの森を見せてあげたいものだ。
あの森の良さはそこに踏み入れた人でないと分からない。その為には時間も必要なのだ。
夕方、ゲンさんと弟子のフルノさんとスズキさんがやってきた。
「いらっしゃい、まあどうぞどうぞ、狭い家ですけど。おっと、その前にお酒を買いにいきましょう。近くに面白い酒屋があるんです」
「行こう行こう」
「じゃあペットボトルを持ってと」
「ペットボトル?」
「まあまあ、あとは見てのお楽しみ」
ボクらは酒屋へ向かった。店内のカウンターの奥にはずらりとビールの蛇口が並ぶ。酒屋のオヤジが慣れた手つきでペットボトルにビールを入れる。
「ここはね、ここで作っているビールをその場で入れてくれるんですよ。店がヒマでオヤジの機嫌が良いと試飲させてくれるんだけど、今日は忙しいからダメかな」
「へえ、面白いね」
「ゲンさん、メシはご馳走しますから、お酒を買ってください。ビールは3リットルぐらいあればいいでしょう。ワインは3本ぐらいかな?」
「いいよ。適当にワインを選んでよ」
「ならば美味しいヤツでいきましょう」
酒を買い込み家へ戻る。近所にこういう店があるのは嬉しいことだ。
「先ずはビールからですね。ここのビールは麦100%です」
つまみはチーズとスモークチキン。
「このチキンは近くの肉屋で燻製にしてるんです。ベーコンもハムもスモークサーモンもいけるんです。おっとムール貝もでてきましたよ。熱いうちに食いましょう」
オリーブオイルとニンニクだけで蒸したムール貝が一番ウマイと思う。貝自体の塩っ気で調味料は何もいらない。
ハフハフと食ううちにシーフードたっぷりのパエリアだって出てくる。女房の得意料理だ。これなどは町のどのレストランよりもウマイ。我ながらよくできた女房である。そのパエリアを食いながらゲンさんが言った。
「いやあ、美味いなあ。こんなの商売にできるでしょう。映画のケイタリング(スタッフの食事)でこんなのが出てきたらいいと思うよ」
「いやいや、こういうのはね仲良くなった友達に食わせるのがいいんですよ。商売にしたくないですね」
「ふうん、そうかもね。奥さん、本当にウマイですよ」
女房も誉められて上機嫌である。自分が作った物をウマイウマイと喜んで食ってくれるのはうれしいものだ。何を作っても反応がなかったら作りがいがないだろう。
酒は料理と共に進み、話はつきない。
「そういえばこっちのスタッフがゲンさんのこと誉めてましたよ。あんなカメラワークするやつは見たこと無いってね。なんか石をぐるぐるとまわして撮るシーンがあったんですって?」
「ああ、あれね」
「そいつがあのカメラマンは天才だって言ってましたよ」
「そうだよ。オレって天才だもん」
「そうすか。オレもたまに自分が天才じゃんって思う時あるんですよ」
「へえ、どんな時?」
「冷蔵庫とか食品庫とか見て、そこにあるもので料理を組み立てて、イタリア料理とか中華とかのきっちりとした、とんでもなくウマイ物、絶対に町のレストランよりウマイという物ができちゃった時。うお~、ウメー、オレって天才じゃんとか思っちゃう」
「ダメ、そんなの」
「へ?」
「そんなの天才じゃない」
「じゃあ、どんなの?」
「オレ」
「は?」
「オレが天才だもの。オレは生まれた時から天才だったからね」
「はあ、そうなんですか」
ここまで自分のことを天才だという人に会ったことがない。ひょっとするとゲンさんは本当に天才かもしれないが、目の前に居るのは新しくできた飲み友達のゲンさんなのだ。
「ゲンさんたちは明日帰るんでしょ。明後日に日本ですよね。それですぐに仕事なんですか?」
「そう。今回こんなにゆっくりできたなんて、そんなのありえない」
「うそお、そんなに忙しいの?オレなんて次の金が入ってくる仕事なんて1週間後ですよ」
「忙しいけど、そうだなあ、1週間に3時間ぐらいポカっと空く時間はあるから。ミクシーやるよ。なんてったって僕たち、まいみくだからね。まいみく」
ゲンさんは最近ミクシーというものを始めたらしい。それで話が盛り上がり僕らはマイミクというものになった。だがゲンさんが言うとまいみく、と聞こえてしまう。
「いやね、マイミクはいいけどさあ、そんな忙しかったらミクシーなんかやってられないでしょうに。それよりゲンさん、又ニュージーランド来ることはありますか?」
「うーん、遠いしなあ、無いだろうな。ヒジリさんは日本には帰らないの?」
「今のところ、帰る予定はないです」
「だけど日本に来たら連絡してよ」
「だってゲンさん忙しいでしょ」
「大丈夫。夜の12時ぐらいまでには帰れるから」
「12時なんて、オレもう寝てますよ。それに日本へ行ったら東京には行かないで新潟とか長野とか北海道とかへ行っちゃうもん」
「そうかあ」
「まあ、いつかは又会えますよ。いつかどこかでね」
今回、色々なプロに出会った。自分のやるべきことをやるのがプロだ。自分の仕事をするには自分がどういう人間か知る必要がある。
監督、俳優、映像、音声など、その道に秀でたプロが集まり一つの物を作っていく。ボクはその一部を覗き見た。最初から最後までナルホドの連続だった。
後日、Tさんが主役のとある映画を見た。白髪交じりでやさしい微笑みをうかべながら農家のテラスで犬の頭をなでていた初老の男や、きさくな関西弁で群馬の弁当について語った同年輩の人。それらのボクが見たTさんと全く違うTさんがその映画の中では戦後の町工場のオヤジとして生きていた。それを見て改めてプロの仕事なんだなあ、と思った。
彼等の現場はスタジオだったり、町中だったり、野外だったりする。
ガイドというボクの現場は森の中であり、雪の上であり、山のてっぺんなのだ。
彼等とは二度と会うことはないかもしれない。それぐらい僕らは違う世界に生きている。それでも普段ならば絶対に会うことのないような人達との出会いは楽しかった。
たとえこれが1回きりの出会いであろうと、ボクが彼らから得た物はとてつもなく大きいし、これからも映画を見るたびに皆のことを思い出すだろう。
一期一会。自然にこの言葉が心に浮かんだ。
ボクも自分のやるべき事をするために山へ戻ろう。
そしてボクの現場に帰ろう。