あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

グラタン

2011-09-30 | 日記
「ねえねえ、今日の晩御飯は何?」
学校の帰りに娘が聞いた。
「今日はグラタン」
「イェス」
そして小さなガッツポーズ。
日本語なら「よっしゃ」とか「やった」という感じか。
最近はうれしいことがあるとこれをやる。

今日のメニューは鶏肉とエビのグラタン。
鶏肉は買い置きのひき肉、そこにエビを少し入れると風味が増す。
エビの尻尾は小さく刻んでニワトリの餌に。
たまねぎ、ニンジンを小さく切り、グリーンピースを一緒に炒める。
茹でたマカロニを入れ、全体をホワイトソースで混ぜる。
ホワイトソースは電子レンジで作るやり方もあるが、ボクは鍋で作る。
鍋にバターを溶かし小麦粉を混ぜ牛乳でのばす。手間は多少かかるが、この作業は嫌いではない。
そこに風味でローリエを入れる。
庭の月桂樹も春になり新芽が出てきた。そのうちに煮込み料理も庭の月桂樹の葉っぱで作れるようになるだろう。

庭でシルバービートの葉っぱを取る。
シルバービートも春になり、どんどん育ってきた。そのうち食べきれないぐらいにできるだろう。そしたら野菜好きな人に分けてあげよう。
大地からの物はみんなで分け合う。
先日ある人とシルバービートのことで話をした。
シルバービートを茹でるとアクで茹で汁が真っ黒になると。
ボクも市販のシルバービートを買った時にはアク抜きをした覚えがある。
シルバービートはアクの強い野菜、というイメージがあったが自分で作り始めてそのイメージが消えた。
我が家のシルバービートはアクが強くない。
娘はわりと好き嫌いが多いのだが、その娘もシルバービートは喜んで食べる。
バター炒めなど作るとあっというまにザル一杯分のシルバービートがなくなる。
味噌汁に良し、おひたしに良し、胡麻和えも良し、茎の白い部分は刻んでミートソースにも入れる。
鉄分も豊富で健康的だ。しかも強い野菜で、雑草に埋もれながらも育つ。良いことずくめではないか。
ともあれ子供が好き、というのがシルバービートが庭で一番多い理由だ。
なぜか分からないが、気のせいか家のシルバービートはアクがない。
それはきっと『気』のせいなんだろう。

どっさり取ったシルバービートも熱を加えれば小さくなってしまう。
水分を絞り、適当な大きさに切り、グラタン皿の底に敷く。
そこにグラタンを入れ、その上にトマトの薄切りを並べ、チーズをふりかけオーブンで焼く。
待つこと十数分、チーズにうっすら焦げ目がついたら出来上がり。
そうだ!上にパセリなんか散らしちゃおう。
庭へ行きパセリをちょいちょいとつまみ、刻んでのせる。
パセリは日当たりがあまり良くない場所で育つ。
家のパセリは毎年花を咲かせ、種を落とし好きなところで育っている。
思いついたときにハーブを取ってきて料理に入れる。ただそれだけのことがうれしい。

厚手のまな板の上にグラタン皿を載せ、そこから小分けして、いただきます。
最近はいただきます、の時に自然に手が合わさるようになった。
こういうことは心の奥から自然にでてくるものなのだ。そして子供にその姿を見せることが教育だ。
グラタンの底のシルバービートはホワイトソースと混ざり良い具合に焼きあがっている。
庭の野菜に感謝である。
味付けは塩と胡椒のみ。
我が家の塩はブレナムの塩田でできた天然塩。
海水のミネラルたっぷり、それに太陽の光をたっぷり浴びて出来た塩だ。
数字には表れないかもしれないが、太陽の光、エネルギーというものが塩の中に入っている気がする。
これも気のせいか?いやいや、やっぱり『気』のせいなのだ。
その塩の味は複雑で、しょっぱさの中にかすかな甘みさえある。
塩だけ舐めるとどことなく懐かしい味がするというのは、生命の生まれた海の味だからか。
それが自分の中にある命の根源というものを刺激するのだ。
塩というものは基本の調味料である。
これが不味ければ、旨いものは出来ない。逆に旨い塩なら、それだけでも旨いものができる。
素材の旨さを引き出す、という和食の真髄も、旨い塩があればこそだ。
塩とは古来、人間の生活とは切っては切れない物である。
人間の体には絶対に必要な物であるが、取りすぎは毒にもなる。薬と毒は紙一重だ。
新潟には塩の道なんてルートもあるし、お清めにも塩を使う。相撲取りも塩をまく。
そんな塩で作ったホワイトソースが不味いわけがない。
牛乳の香り、塩のしょっぱさ、野菜の甘み、鳥とエビのコク、コショウの辛さ、それらがグラタン皿の中で混ざり合う。
うむ、われながら良い出来だ。

「深雪、ほら、このチーズがカリット焼けたのとトマトが焼きあがった酸味が合わさって旨いぞ」
「みーちゃん、美味しいのは最後に取っておくの」
「まあまあ、そんな事言わずに、もうひとつトマトの所をあげるから食いねえや」
ボクは大皿からトマトのところを深雪の皿に移した。
「ん~、美味しい!」
子供がジャンクフードではなく本物の美味しさで喜ぶ姿はこの世の宝だ。
だからボクは他所の子供が納豆が好きとか卵が好きと聞くと、どんどんあげてしまう。
自分の子供さえ良ければいいということではない。
子供は自分だけのものではない。地球の財産なのだ。
自分にできることは限りがあるが、できるだけ多くの子供を健全な食を通して幸せにしたい。
ボクが作った物を食べて子供が喜ぶ、という話を聞くだけでボクは嬉しい。
同時に今、この瞬間も地球の反対側では子供達が食べるものがなくて死んでいる。
僕達の生は、そういった数多くの死の上に成り立っている。
さればこそ目の前にあるご馳走に感謝をしながら、美味しい美味しいといただくのだ。
それが全てのものに対する供養ということだ。

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短距離走

2011-09-27 | 日記
最近の日課だが、娘と毎日走っている。
娘の学校で陸上競技が始まったらしく、その大会があるそうな。
「よし、それなら大会まで毎日練習しよう」
ということで夕方1時間ほど近くの公園で走る。
家から歩いて5分ぐらいの所にはカンタベリーパークという公園がある。
特に何があるというわけではないだだっ広い公園だが、池がありその周りは散歩コースもある。
牧場とつながっていて、柵の向こうでは羊がのんびりと草を食む、という典型的なニュージーランドの景色だ。
ここへ来ると平野の向こうに山も見えるし、ニュージーランド原生の植物がたくさんあり鳥も多く、気持ちの良い場所だ。
気持ちの良い場所はエネルギーの高い場所でもある。



娘が出る種目は60m走と80m走。
巻尺で距離を計り、毎日何本かタイムを計る。
ボクの父親は陸上競技の選手で、若い時には国体でメダルを取ったこともある。
家には本物の砲丸や円盤などがあった。
まだ小さい頃それで遊んでいて、出しっぱなしにして盗まれて、叱られた記憶がある。
ボク自身はというと、子供の時は野球小僧で陸上を競技としてやったことはない。
だが中学ぐらいの時に,父に砲丸投げのやり方を教わったこともあった。三日坊主だったが。
陸上競技は素人だが、何も知らない子供にコーチ(と呼べるかどうかわからないが)をするぐらいはできる。
腕をちゃんと振って走る、ゴールは駆け抜ける、1本1本を集中して走る、といったような基本的なことだ。
これをきっちりとやるだけで、大分変わる。というかそれまでがゼロだったのだから速くなって当たり前だ。



練習を始めて三日目ぐらいだったか、深雪が行くのを渋りだした。
まるで絵に描いたような、典型的な三日坊主である。
子供の頃の自分を見ているようだ。
家から出て走り始めるといいのだが、踏ん切りがつかないというか怠け心というか。
怒ったりなだめすかしたりして、家を出る。
走り始めても全力で走らず、手を抜くことを覚えた。
それはタイムにはっきりと出る。
僕はどなる。
「やる気あるのか!やる気がないなら帰る!」
「やる気ある~。次はがんばるから」
「本当か?手を抜くなよ。遅かったらオマエを置いてオレは帰るぞ」
そして再び走る。
さすがにおどしが効いたのか、全力で走ってきた。
そして自己最高のタイムも出た。
「よくやった。な、オマエはやればできるんだ。がんばればこんなに速く走れるんだ。今の走りは良かったぞ。エライ!深雪」
ジキルとハイドのごとく、別人のように態度を変えボクは娘を誉める。
子供の前にハードルを置き、それを乗り越えた時に誉めるのが父親の仕事だ。
そしてそのハードルはどんどん高くしていく。これが子供の成長である。
深雪もはっきりとタイムが出たのがうれしいのだろう。がぜんやる気が出てきた。
叱ったり誉めたり、そんな調子で練習は続く。



ある日学校の帰りに深雪が言った。
「クラスで一番速い女の子がいるのね。今日その子と走ったんだけど、ゴールした時これぐらいの差だったの」
これぐらい、と腕を広げたのは1mにも満たないだろう。
「そうかあ、そりゃ練習の成果が出たんだろう。な、毎日やってるから速くなっているんだよ」
そして僕達は走りに行く。
毎日やっているうちに走り方も少しはさまになってきた。これは親の欲目か?
公園には犬を連れて散歩に来る人もいて、挨拶を交わす。
犬もだだっ広い所を思いっきり走れて気持ち良さそうだ。ここでは犬も幸せだ。
椎名誠が何かの本で書いていた。ニュージーランドは犬と子供が幸せな国だ。ボクもそう思う。



帰りはゆっくりと散歩をしながら帰る。
川沿いにはちょっとした茂みがあるが、そこでポロポロの木に黄色い実がついているのを発見。
この木は家にもあり、とんでもなく生い茂っていたのを切って、今そこはニワトリ達の住みかとなっている。
実は黄色で、熟していない緑の実には毒がある。熟した実も人間は食べないがニワトリ達は争って食べる。
実は秋にできるのだが、冬を越えた今でもまだ残っている。いくつか持って帰ってニワトリ達へのお土産にしよう。
コファイも黄色い花を咲かせ始めた。
マオリ語で黄色という名のこの木は春に黄色い花を咲かせる。
黄色といっても鮮やかな黄色でなく、黄色にほんの少し黒を混ぜたらこんな色になるのではないか、というようなちょっとくすんだ黄色だ。
ボクはこの黄色が好きだ。
国の花と完全に認められているわけではないが、ニュージーランドではそれに値するぐらい人気がある。
黄色い実は毒、と物の本には書いてあるが、マオリの人たちはこれを整腸剤として摂っていた。
毒というのは使い方では薬にもなる。
道に出れば桜は満開、椿が赤、白、ピンクの花を咲かせている。
ニュージーランドは春である。




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月のカレンダー

2011-09-22 | 日記
月のカレンダーというものをご存知だろうか。
地球上の生き物は全て水が体の中にある。
月の引力によって海の水が引っ張られるのが潮の満ち干きなのだが、体の中にある水も月の引力の影響を受ける。
人間の暦とは別に、月の周期、だいたい28日で生き物の体の中の水は上下する。
女性というのは男にはない月のものがあるのだが、友達はそれに沿って1日と狂わず生理が来ると言っていた。
満月になると男は狼になる。
植物でもそうだ。
月の周期によって良く育つ時と成長が遅くなる時がある。
これをカレンダーにしたのが月のカレンダーだ。



新月から満月に向かう時期には根菜以外の種や苗を植えるのに適している。
根菜は満月が過ぎた数日間。
半月から新月にかけての時期は何も植えず、土を耕したり雑草を抜くなど植え付けの準備をする、などなど。
月のカレンダーの話を聞いたのは数年前のことだった。
クィーンズタウンに遊びに来たトモ子が、こういうのがあるよ、という感じで教えてくれた。
へえ、それは欲しいなあ、と思いいろいろな店を探したが見つからなかった。
女房がプレゼントしてくれたガーデニングの本にもその事は載っていた。
その本は月ごとに植えるものと収穫する物、物を植えるのに良い日と耕す日などが書いてある。
だがそれは1年ごとの本で次の年になったらその暦は使えない。
自分の暦が欲しいなあ、と思いつつ、思い出すごとに店で探したが見つからなかった。
いつもの事ながら自分が求めていると結果は遠ざかる。
そしてそれは忘れた頃に向こうからやってくる。
ある日、仕事の合間にアロータウンの怪しげな店に立ち寄った。
ここは石とかペンダントとかお香とか天使の置物とか、そういったものを置いている店だ。
お気に入りの石もそこで買ったし、ボクは時間があるとフラリと立ち寄る。
そこでそのカレンダーを見つけた。
人と同じく物との出会いも全てタイミングである。
出会わないときにはどうやっても出会わないし、出会うタイミングの時にはいとも簡単に見つかる。
ゴチャゴチャと置かれた物の中で、その物が存在感を現し、向こうから目に飛び込んでくるのだ。
これがトモ子の言っていた月のカレンダーか。
ボクは迷わず買った。
毎度あり~、チーン。



それからというもの、ボクは庭仕事はこのカレンダーに沿ってやっている。
普通の暦は12ヶ月、毎月31日だったり30日だったりで1年365日だが、月に従えば1ヶ月は28日で13ヶ月プラス1日で365日となる。
読み方は知らないが、これまた怪しげな13の月のカレンダーなるものが世の中にはある。
それによると2011年9月24日は、白い律動の魔法使いの年 電気の月5日 だそうな。
ちなみにボクの誕生日1968年7月21日は、白い磁気の魔法使いの年 宇宙の月25日だそうだ。
だからなに?と言われれば身もふたもないが、とにかくそういうものがあるのだ。
我が家の月のカレンダーは、普通のカレンダーの横に貼ってある。
写真だと分かりづらいが、月の絵が書いてある太線の円が回るようになっていて、新月と満月に合わせボクが時々動かしている。
新月にかけてのこの時期は根菜のみ。なのでニンジンの種をまく。
そして新月からの苗植えや種まきに備え土を耕す時期でもある。
雑草にスマンスマンと謝りながら引っこ抜き、ニワトリコーナーへばらまく。鶏たちがダッシュで寄ってきてつつく。
雑草に混ざって育っているシルバービートは場所を移して、新天地でやってもらう。
ミミズは堆肥の中へ。土作りにがんばってもらおう。
芋虫やナメクジはニワトリ達のおやつだ。ヤツらが奪い合って食べる。
冬の間、ねかせておいた堆肥をいれて畝を作る。
EMをたっぷり与えてニワトリを飼っているので、糞は全く臭わない。その糞が分解されて良い土になった。
堆肥の土の塊は鋤で細かくし、さらに手で固まりを砕く。
自分の手でやることで、さらに良い土ができる気がする。
気のせいか?そうそれは『気』のせいだ。
冬の間、雑草で覆われていた場所がきれいな畑となった。
さて何を植えようかな。
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共振

2011-09-21 | 日記
ボクはこうやってブログでメッセージを発信している。
これを読む人は、ほとんどが同意してくれると思う。
読む人を意識するのは当たり前だが、全ての人に好まれるように書いているわけではない。
ボクがあるメッセージを発信して、読む人がそれに同調するわけだ。
これが共振である。
なぜラジオから音が出るのか、テレビで映像が映るのか知っているだろうか?
それはラジオ局やテレビ局がある周波数で電波を発信する。
家庭にあるテレビやラジオも微弱な電波を発信する。
すると周波数が合ったところで同調し、ラジオからは音がテレビからは映像が映るというしくみだ。
ラジオもテレビも電源がなければ電波を発信できない。
結果、受信ができないということである。
これは人間でも同じことが起こる。
ボクがよく言う引き寄せの法則がこれである。
ポジティブな人にはポジティブな想念が寄ってくる。
ネガティブな人にはネガティブな想念が。
それなりの人にはそれなりのものが。
全て同調なのだ。
その周波数が離れれば人は居心地の悪さを感じる。
そして自分にとってより居心地の良い方へ無意識のうちに動いていく。
エゴに凝り固まった人がボクのブログを読んだところで同調はできない。
「何きれいごと言ってやがんでえ。世の中、取ったもん勝ちだ。人にあげるなんてバカバカしくてできるか」
そして弱肉強食の、取ったもん勝ちの世界へ行くことだろう。
ボクの言葉はメッセージである。
それをどう受け止めようが自由だ。
同調、共振する人は、そこから発信して別の輪を作っている。
それが人のブログや日記、書き込みを読んでいて分かる。
会ったことのない人でも、心のつながりはできる。
ハッピーバイブレーションだ。

これからの世の中、共振はますます進んでいくことだろう。
ネットのおかげで普段は会わないような人とも通信ができるようになり、共振の速度は速まる。
そうなると、どうなるか。
波長が合わない人とはどんどん距離が離れていき、やがて全く出会わなくなる。
バシャールが上手い例えを使っていた。
今はいくつもの電車が平行して走っているような状態で、お互いに相手の車内は見えるが、その場で別の電車に乗り移ることはできない。
電車に乗り移るには駅で止まった時に乗り移るのだが、これから先、駅の間隔は離れていき乗り移るのも容易ではなくなる。
これが進んでいくと平行して走っていた電車はどんどん離れていき、他の電車も見えなくなりその世界が残る。
これはすでに始まっており、ボクと一番遠い路線の電車、犯罪、殺人、強奪などが当たり前の世界とは接点が全くない。
小さな町に住んでいても、自分が会わないべく人とは出会うことがない。
同調と共振は常にあり、予定を合わせなくても会うべく人とは出会う。
偶然はこの世にないが、言葉で言う偶然の一致、共時性の出会いは次々に起こる。
最近ではこういうことにあまり驚かなくなった。

人間とは面白いもので自分自身が一番見えないものである。そして他人はよく見える。
なので周りの人間を見渡して自分の状態を知る。
幸いなことにボクの周りにいる人は北村家一軍を含め、皆生き生きと幸せに毎日を前向きに過ごしている。
こういう人たちの姿を見て、ネット上での書き込みを読んで、自分も幸せになれる。
自分が幸せになると人も幸せにできる。
幸せの波動は人から人へ伝わる。
共振によって。
受け取るには微弱な電波を自分から発信するのだ。
幸せになる理由などなんだっていい。
空がきれい。ご飯が美味しい。いい仕事ができた。人から何かもらった。ビールが旨い。星がきれい。いい仕事ができた。友達と会った。風が気持ちよい。面白い本を読んだ。海を見た。良い夢を見た。健康だ。良いクソが出た。自然がきれい。パウダーに当たった。誰かに優しくされた。子供が機嫌が良い。感動する映画を見た。善い行いをした。失くし物が出てきた。人助けをした。街の明かりがきれい。あおしろみどりくろを読んだ。
繰り返して言うが、幸せは常にそこにある。
それを感じ取ることが、微弱な電波を発信する、同調するということだ。
何かがあれば幸せになれる、何かがないから幸せになれないというのではない。
常にそこにある。
幸せとは波動で、ある周波数で振動しているものだ。
同調すれば、たとえ本人が望まなくても勝手に共振する。
そしてそのチューニングを合わせるのは自分なのだ。
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2011-09-20 | 
家にはニワトリが4羽いる。
去年から飼い始めたのはヒネとミカン。
そして今年になりペケとプクという2羽を買ってきて計4羽だ。
ペケとプクが小さい頃にはヒネとミカンにいじめられていたが、今では成長してヒネとミカンから餌を奪うこともしばしばある。
まあ、それなりにヤツらは仲良くやっているようだ。
毎朝、鳥達は卵を3個産む。
鶏4羽に対し卵3個。
ミカンが最初、産んでいたが夏ごろから卵を産まなくなってしまった。
いっそのこと食っちまおうか、とも思うのだがなかなか踏ん切りがつかない。
放し飼いで庭の野菜を食いながら健康的に育った鶏だ。
食べたら絶対に美味いと思う。
だがミカンの名づけ親の深雪が「ダメ」と言い張るので、食えないまま4羽で飼っている。
朝、ボクが卵を取るのだが、その時にいつも鳥達に話しかける。
「今日も卵を産んでくれてありがとう。オマエ達の卵はいつも美味しいよ。その調子で産んでください」
新鮮な卵というのは美味しくて味が濃い。卵かけご飯にしても、とんでもなく美味い。
白身がしっかりしすぎてなかなか混ざらないという贅沢な悩みもかかえるようになった。
日本人ならば新鮮な卵で、卵かけご飯を食べたいと思うことだろう。
なのでボクはかなり気前よく人に卵をあげる。
深雪の行く日本語補習校のクラスメイトのお母さんと話したりして、子供が卵かけご飯が好きだなんて聞くと、その日の朝取れた卵を持って行きあげてしまう。見返りは子供の喜びだけだ。
子供が安全で美味しい物を食べて喜ぶ姿は世界の宝だ。
自分がそれをその場で見なくても、それを想うだけでボクは幸せになれる。
自分の子供が可愛いのは当たり前。自分の子供さえ良ければいい、というのはエゴだ。
愛の波動を人の子にも向ける。人間として一歩大きな愛を持ち続けていきたい。
なぜなら子供は人類の財産だからだ。
子供が健康的な物を食べる、ということは何よりも大切なことで、食の安全は大人が全力で守らなければならないことの一つだ。
それが脅かされることがある。
戦争だ。




ボクが深雪ぐらいの年、卵かけご飯の時に父と母がこういう話をした。
「戦争の時は食べるものがなくてねえ。風邪をひいたり病気になるとおばあちゃんが卵を一つくれたの。だから風邪をひくと卵が食べられるってうれしかったのよ」
父も頷いて言った。
「卵かけご飯を食べ終わった後に茶碗に卵が残るだろ。それが勿体なくてお湯を入れて卵をきれいに取って飲んだりしたなあ」
その時は何の気なしに聞いていたのだが、今となってその言葉が心に響く。
父と母は戦中派で、ちょうど今の深雪ぐらいの年に終戦を迎えた。
育ち盛り食べ盛りだったことだろう。
そんな時に食べるものがないなんて・・・。
おじいちゃんやおばあちゃんはどんな辛い思いをしたことだろう。
自分が人の親になって初めて分かることもある。
今の世で卵なんてそんなに高いものではない。卵なんていつでも食べられる。
だがそんな当たり前の事も、戦争というものの中では当たり前でなくなってしまう。
戦争で一番被害を受けるのは、常に社会的弱者、女と子供だ。
子供は親に聞くだろう。「何故食べるものがないの?」
親はそれに答えられない。「我慢しなさい」と言うしかないだろう。
悲しいことだ。
ボク自身は戦争を知らない。餓えることを知らないで育ってきた。
そして娘もそれを知らない。
今の環境でぼく達が餓えに苦しむ必要はない。
だが先人の辛さ、苦しみを他人事ではなく自分の事としてとらえる。
そしてそれを次の世代に伝える。
これが自分達のやるべきことであろう。
自然に、一個の卵に感謝をする気持ちが生まれる。
感謝の気持ち、ありがとう、というものは強制されるものではない。
心の奥から自然に湧き上がる感情だ。
こうやって毎日美味しい卵が食べられることに感謝。
それを産んでくれるニワトリに感謝。
そしてそのニワトリを育ててくれる庭の菜っ葉、ミミズなどに感謝。
野菜や微生物を育ててくれる、大地、水、太陽に感謝。
病気の時しか卵を食べられなかった親達に感謝。
喜んで美味しい卵を食べてくれる子供達に感謝。
そしてその感謝の輪の中に自分もいる。



今日の朝飯はスクランブルエッグとトースト。
スクランブルエッグは深雪に作らせる。最近はこれぐらいはできるようになった。
ちなみにボクは小学校2年の時には厚焼き玉子をマスターした。失敗して炒り卵になってしまったのも数多くあるが。
二人で卵を食べながら、ボクはこの話を娘にした。
「深雪も大きくなって自分の子供が出来たら、この話をしてあげてくれ。それまでは毎日の卵を美味しくいただきましょう。全てのものにありがとうって言いながらな」
「うん。だって一つの卵を食べちゃうってことは、一つの小さな鳥を食べちゃうことだもんね」
小さな鳥とはひよこのことらしい。
日本語のボキャブラリーはまだまだ足りない。
それに有精卵と無精卵の違いもまだ分かっていないようだ。
うちの卵からひよこは生れないのだが、まあ命をいただくという点は同じだし、拡大解釈で良しとしよう。
それよりも感性でこういうことを感じることが大切なのだ。
自分が人の親としてできることで、やらなくてはならないことは、こういうことだ。
深雪はボクの皿からスクランブルエッグを奪って食べ、元気に学校へ行った。
これでいいのだ。


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9月18日 ブロークンリバー

2011-09-19 | 最新雪情報
娘と二人の日曜日、僕らはブロークンリバーへ向かった。
友達のレネ親子も誘ったのだが、娘のリアが熱を出して行けないというメッセージが入った。
まあ行けない時はそういうタイミングなのだろう。
帰りに寄ってくれ、ということなので深雪と二人で山へ向かった。
行きがけにちょっとだけ寄り道をしてアスパラガスを買う。
メインの道からちょっと外れた農家が無人販売をやっている所で、知る人ぞ知るという感じの場所だ。
「アスパラはシーズン出始めが一番おいしい」とは女房の言葉だが、今シーズン初のアスパラガスだ。
あらかじめ、これを見込んで今日はベーコンも用意してある。
ベーコンは近所の肉屋で燻製を作っているもので、とびきり美味い。
スプリングフィールドでブラウニーの家に立ち寄る。
日曜日にBRへ行くと伝えてあったのだが連絡が取れなかったのだ。
ブラウニーはどうやら留守。
まあ、そういうタイミングなのだろう。
最近特にそうなのだが、人と会うべく時は何の連絡をしなくても会う。
会わないべくという時には、どうしても会えない。
過度な期待をせずに、そういうものだと割り切ってひょうひょうと過ごすと、いろいろなことがうまくいく。
今日はどうやら深雪と二人で山へ行け、というお告げなのだろう。

駐車場には車は20台ほど。快晴の日曜日というのにこの少なさ。
この時期になると、もうスキーという雰囲気ではなくなるのだろう。
街にいるとその気持ちも分かる。
グッズリフト(荷物用リフト)に乗り込み上に上がる。これに乗れるようになったのはほんの数年前のこと。このおかげで日帰りスキーがすごく楽になった。
リフトの下を通る道を見ながらボクは言った。
「深雪、ここを歩いていたことを覚えているか?」
「うん」
「今ではこうやって、これに乗れることが当たり前になっただろ?あの時歩いた経験は良かったなあと思うんだ」
「ふーん」
チケットオフィスからは15分ほどの登り。深雪は文句も言わずに登る。
文句を言っても始まらないと悟っているのか、こういうものだと割り切っているのか、文句を言ったら置いていかれると知っているのか、子供の足では階段は楽ではないはずだがとにかく登る。
大人でも、これだけのハイクアップで文句を言う人はいる。
「なぜここにリフトかゴンドラをかけて楽に上がれるようにしないのか」
本気でそういう人もいるのだ。
グッズリフトに乗れることに感謝をして、最後のハイクアップはそういうものだと割り切って歩くか。
グッズリフトを単なる変わった乗り物ぐらいに考え、その先のハイクアップに文句を言うか。
両者の意識の差は大きい。
階段を登りきると深雪が言った。
「わあ、きれい」
振り返ると山はうっすらと雪化粧。大地に低い霧がちぎれるように固まる。空は澄むように青く春の太陽が山を照らす。
「それだっ!今、この瞬間にオマエが感じた『わあ』という感覚。それが人生で一番大切なことだ。覚えておきなさい。」
「は~い」
上機嫌である。

アクセストーは深雪をロープで牽引して上へ。
深雪はメイントーは一人で乗れるようになったが、アクセストーは斜面の変わり目があるのでそれが怖いようだ。
まあ来年にはここも一人で乗れるようになるだろう。
パーマーロッジに荷物を置き、メイントーへ。
前回から一人でこのリフトには乗れる。ボクはすぐ後ろにつき深雪が滑車から外したロープをかけていく。
後ろから見ていると、今にも滑車にぶつかりそうでひやひやするが上手くかわしていく。
これにぶつかって肋骨を折ったエーちゃんとはえらい違いだ。
2、3本、日当たりの良い斜面を滑る。雪は重たくなりかけ、春の雪だ。
パーマーロッジに戻りランチタイム。
今日のメニューはアスパラベーコンと特製ソーセージ。
ベーコンとアスパラはなんでこんなにも合うのだろう。春の味覚だ。
多めに作って、スタッフにもおすそ分け。

昼飯を食べていると、メンバーがレース用のポールを束で出してきた。
聞くと午後は子供用のレースをやるという。
こういうことが突発的に始まる。理由は、今日は子供がたくさんいるから。
こういうノリは大好きだ。
その場で子供達にゼッケンが配られ、あっという間にポールがセットされ準備完了。
深雪はいつものことながら、消極的である。
「ねえ、みーちゃんも出なきゃダメ?」
「何言ってんだオマエは。オマエだってクラブメンバーだろ?こういうのはみんなでやるから楽しんだぞ。つべこべ言ってないでゼッケンをもらってこい」
周りのメンバーも後押しをする。
「Come on Miyuki.Just for fun!」
照れくさそうに深雪がゼッケンを受け取る。始まれば楽しんでやるくせに。
ラグビートーに乗ってコースへ向かう。
このリフトに深雪が一人で乗るのは今日が初めてだが、なんなくクリアー。
今まで出来なかったことが出来るようになるのは、本人にとっても楽しいことだろう。
「よし、じゃあインスペクションをしょう」
「それって何?」
「下見だ。いきなりコースに入って滑ったら、次にどこに行くか分かんなくなっちゃうだろ。だからどういうふうに滑るのか良く見ておくのさ」
ボクはスタートからコースの説明をした。
「ねえねえ、1本滑ってもいい?」
「おう、いいぞ、行って来い」
さっきの消極的な態度はどこへやら。やる気まんまんである。
そしてレース。スタート係が無線で「3,2,1、ゴー」の合図を出し、ゴール係がストップウォッチで計る。2本滑って合計タイムで勝敗を決める。
小さな子供はどこに行っていいか分からなくなるので、親が先導する。
思えば深雪が4歳の時に、こうやってクラブのレースに出てボクが先導して滑り、その年の幼稚園部女子クラスで優勝した。
深雪の名前は小さなカップに彫られ、スキークラブに残っている。
今日の結果は二位。本人も満足そうである。

午後になると雲が出てきた。
最後の1本はアランズベイスンへ行く。
ダブルボールという、わりと雪の良い場所へは尾根を移動していく。雰囲気はバックカントリーだ。
メンバーのファミリーと合流して一緒に滑る。
雪質は春のパウダーといったところか。底は突くが下が柔らかいので滑りやすい。
深雪のパウダーの滑りもかなり安定して、スピードも出せるようになってきた。
パウダー用のファットスキーが欲しいなんて言いだすのもすぐだろう。
ボクは手を合わせ目を閉じ、山の神に感謝の言葉を告げた。
「今日という日を幸せに過ごさせてくれて、ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします」
ボクの言葉は風に運ばれて、山の向こうに消えていった。





アスパラの無人販売は古びた冷蔵庫だ。冷蔵庫として使えなくても保冷庫として使う。



深雪が急斜面を滑る。日本なら超上級者コースだろう。



昼飯はアスパラベーコンとソーセージ。



レースのスタート地点。雰囲気はとことんのんびりだ。



なんだかんだ言って、レースになればそれなりに滑るのだ。



双子の親はこうやって子供を運ぶ。通称タクシードライバー。



春のクラブフィールドは人も少ない。思い思いに時を過ごす。



アランズベイスンへの道。



ダブルボールには午後でもパウダーが残っていた。



深雪が新雪を滑る。最近は新雪の滑りも安定してきた。



メンバーの家族と一緒。下の子は3歳だ。



帰る前にパーマーロッジで皿の片付け。こうやって社会の中での役割を学んでいく。


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娘と二人

2011-09-17 | 日記
女房がオークランドへ出張で、今は深雪と二人である。
女房が旅立った日、学校へ迎えに行くと、車に乗った直後に深雪がこう言った。
「お父さん、これから2週間、よろしくお願いします」
いきなりそう言われるとこっちもあわててしまう。
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
そんな感じで二人の暮らしが始まった。

金曜日は学校でいろいろな民族衣装を着る日だったらしい。
深雪はこの時のために、あらかじめ女房から浴衣の着方を習っていた。
そのかいあってか、クラスでベストドレッサーに選ばれたらしい。
さらに夜はディスコ。金曜日はイベントが多い。
学期に1回、学校のホールでディスコの晩がある。
自分でお気に入りの服を用意して、どこにしまってあったのか靴も普段とは違うピカピカの靴を出してきた。
最近は自分のことを自分で出来るようになって、こちらも楽だ。
学校へ送った後は近くのパブでラグビーを見る。日本とオールブラックスの試合がこの日にあった。
「お父さん、お酒飲みすぎないでね。ちゃんと9時に迎えに来てよ」
いい加減な親を持つと、娘もいろいろと心配らしい。
パブでは日本人はボク一人だ。
だが今は日焼けで真っ黒なのでマオリのように見えることだろう。
一人名もないパブで聞く君が代は不思議な感覚である。
日本の国歌はおごそかと言うか、もの静かと言うか、他の国の国歌のように血湧き肉踊るという華々しさはない。
この歌は好きでも嫌いでもないが、さすがにこういう場所で聞くと感慨深いものがある。
前半終了後、娘を迎えに行き、後半は家のテレビで見た。

うちではずっとテレビを物置にしまってあったのだが、数ヶ月前に出してきた。
前回やはり女房が出張の時に、深雪が家事手伝いをするという条件でテレビを出した。
深雪はボクと二人の時はよく働いたが、女房が帰ってくると甘えが出たのか、言わなければやらなくなった。
「お母さんが居ない時はよく家の手伝いをするのに、なんでお母さんがいるとダメになるんだ?」
ボクは自分が30年前に言われた言葉を、そっくりそのまま娘に言った。
あれはボクが今の深雪ぐらいの歳だっただろうか。母親が仕事の研修か何かで数ヶ月家を留守にしたことがあった。
父と兄とボクの3人で役割分担をしながら、数ヶ月を過ごした。
母が帰ってくると、ボクは家の仕事をするのを面倒くさがり、父親によく叱られたものだった。
娘を見ていると、そのまま昔の自分を見ているようだ。
そして今のボクは、甘える子供を叱る昔の父である。
今回もボクと二人になると深雪はすすんで家の仕事をするようになった。
晩御飯の片付けを済ませ、二人で一緒にテレビを見たりするのも悪くはない。
だが女房とも話をしてワールドカップが終わったらテレビは再び物置にしまうことにした。
娘はそのことはまだ知らない。

「ねえねえ、ロットって何?」
今朝、娘が聞いてきた。テレビでコマーシャルか何かを見たのだろう。
「ん、ロットか。ロットは1から40まで六つの数字を選ぶんだ。それが揃うとお金がもらえる宝くじだ。よしこれも経験だ、今日買ってみよう。」
ボクは紙と鉛筆を用意した。
「1から40までの数字で頭に思い浮かぶ数字を6つ書き出せ。それを5セットだ」
ボクと深雪は目を閉じて意識を集中したり、ウンウンうなったりして数字を書き出した。
「これでよし、これを持って今日チケットを買いに行こう」
深雪は上機嫌でミリオネラーの唄なぞ歌ったりしている。
夕方、日本語学校の帰りに僕たちは近所のショッピングモールに立ち寄った。
本屋のロット売り場へ行き、やり方を説明する。
「さあ、こうやって選んだ数字をぬりつぶせ」
ロットなんて買うのは何年ぶりだろう。15年ぶりぐらいか。
昔はチケットを握り締めワクワクしながらテレビを見たが、いつのまにかそれもなくなった。
機械が数字を選ぶオプションもできて、コンボ、パワーボールなど、どんどん複雑化していき、それと共に興味も失った。
たまには昔ながらに自分で数字を選んで買い、テレビでそれをチェックするのもいいだろう。
晩飯の後、土曜八時は全員集合ではなくロットの時間である。
40個のボールがガラガラ回っていて、その中から次々にボールが出てくる。
いつものことながら、自分の数字が選ばれない時には面白くない。
ワクワクする時間もあっという間に過ぎてしまう。
娘が握っていたチケットも、あっという間に紙くずになってしまった。
まあそんな簡単に億万長者にはなれないということだ。
これも経験。

寝る時間になって、深雪が甘えた声で聞いてきた。
「ねえねえ、今日お父さんと一緒に寝ていい?」
「なんだ、寂しくなったのか」
「うん。お願い。」
「しょうがねえな。いいよ。」
普段は一人で寝ているのだが、甘えが出たのだろう。
最近は色気づいてきて、髪を伸ばしたり爪に何やら塗ったりしているが、まだ子供だ。
そのうちにこっちが頼んでも嫌がるようになるだろうから、今のうちに娘と添い寝ができる幸せを味わわせてもらおう。
さて明日は日曜日、天気も良さそうだし、親子でブロークンリバーだ。
娘の寝顔を見ながら寝るとしよう。


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雑草たちへの言葉

2011-09-16 | 


春である。
庭のしだれ桜も七分咲きといったところか、水仙はすでに黄色い花をつけている。
芝生が伸び始め、庭の芝刈りが忙しくなる。
去年植えたりんご、梨、いちじく、桃の木からも新芽が吹き出る。
菜園ではレタスが百近い数で芽を出し始めた。
冬を越えたソラマメはすでに白い花を咲かせている。
白菜や水菜は早いものは黄色い花を咲かせ始めた。こうなるともう葉っぱも美味しくない。ニワトリに食ってもらおう。
牧場では生まれたばかりの子羊が跳ね回っている。
冬を越し、全ての生き物の育ちが活発になる春。
庭の雑草も然りである。





ボクは今、ほぼ毎日庭仕事をしている。
土を耕し、種もしくは苗を植えるわけだが、雑草を抜くという作業は避けて通れない。
毎日毎日、雑草を抜く。
ここ数日で何百、何千という雑草を抜いたことだろう。
こういうことをやると、雑草との戦いなどと言い出す人もいる。
これは人間の思い上がりだ。
戦いという言葉の裏には、自分は正義で相手は悪、という公式が見える。
これは好きではない。
同じ地球に住む生き物で、どちらが善でどちらが悪はない。
なのでボクは雑草にあやまりながら抜いている。
これはそんな雑草たちへのレクイエムである。







雑草たちよ。
許しておくれ。
君達に罪はない。
君達はただこの土地で、生き物として成長して種を残すという当たり前のことをしているだけだ。
ボブデュランの言葉でないが、君の立場で言えば君は正しいわけだ。
今日もボクは君達をひっこぬく。
本来なら人目に触れられたくないような根っこに、グリグリと指を突っ込み引っこ抜く。
そして太陽の陽に当てて君達を焼き殺す。
君達から見れば、ボクは鬼で悪魔で大量虐殺者だ。
許しておくれ。
けれどこうでもしなければ、ボクの庭は雑草だらけで野菜も育たなくなってしまう。
それぐらいに君達は強いのだ。
ボクも君達雑草も元々この国にいたわけではない。
外来種というヤツだ。
この国はエネルギーが高く、生き物が育つのに適している。
それはボクも外来種だから良く分かる。
君達が良く育つのもそのエネルギーを感じ取っているからなのだ。
君達は何も悪くない。
ボクは個人的に君達に何の恨みも憎みもない。
君達よりも隣のクソ猫をうらんでいるぐらいだ。
だが毎日、君達を抜いて殺す。
許しておくれ。
ボクが庭で美味しい野菜を作りそれを食べて生きるのも、君達の死の上に成り立っている。
だが君達の死は無駄ではない。
君達の葉っぱはニワトリが喜んで食べてくれる。それが美味しい卵へ繋がる。
君達の一種は煮出して虫除けに使わせてもらう。
その他大勢は、微生物が分解して土を作ってくれる。
ありがとう。
それに君達はとんでもなく強く、抜いても抜いても生えてくる。
庭の隅など手が回らないところでは雑草コーナーもあるぐらいだ。
君達を根絶やしにすることなど不可能だ。
雑誌の写真などに出てくる、雑草が一つもない庭など逆に不自然だ。
それでも君達は他の野菜と同様、日当たりが良くて土が肥えている場所が空きなんだな。
それも仕方なかろう。
種として当然のことを君達はやっているだけだ。
これからもボクは君達雑草を殺すだろう。
一つ言えることは君達を殺すのに、ボクは化学薬品は使わない。
指で引っこ抜くか、シャベルで掘り起こすか、刃物で切るかのどれかだ。
どの方法であれ、ボクはスマンスマンと言いつつそれをやるだろう。
これからも同じ地球上の生き物として、この庭で共に生きていこう。
君もボクも一緒に。



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9月14日 クレーギーバーン

2011-09-15 | 最新雪情報
ボクが始めてクラブフィールドに行ったのは、16年前のクレーギーバーンだ。
ボロ車を借りて何も知らないまま気の合う仲間と、♪丘を越え行こうよ。口笛吹きつ~つ、と車の中で大合唱しながら山へ向かった。
たどりついた場所では超スティープな斜面と、だだっ広いオフピステバーンが僕達を迎えてくれた。
その時の興奮と感動は今でも心の中に残っている。
時は流れ、ボクのホームもブロークンリバーとなり、年々クレーギーバーンに行く回数も減っていった。
今シーズンこの山で滑るのはこの1日だけだろう。
山はいつもと変わらぬ顔で、暖かくボクを迎えてくれた。

この日は旧友ブラウニーと一緒に行った。ブラウニーとも長い付き合いだ。
年々、年を重ねるごとに、ヤツやヘイリー達と日本へ行ったことが現実ではないような気になっていく。
まるで夢の中の出来事だったかのように、フワフワとおぼろげで、それでいて楽しかった印象だけは強烈に残る。
まさにあの旅はドリームツアーだった。
朝、ヤツの家に行くとビッグニュースが待っていた。
何年か前からつきあっていた彼女と結婚をするという。
「そうかブラウニーもついに結婚かあ。おめでとう」
相手はメルという女の子で、オリンパスでスキーインストラクターをしていた。その時にブラウニーがひっかけたわけだ。
彼女は歌手でもあり、自分のCDも出している。近々バンドと共にニュージーランド国内ツアーもするそうな。
どういう家庭になるのか知らないが、僕は旧友の幸せそうな顔を見てうれしくなった。

毎年の事ながら、9月にもパウダーはある。
この日は新雪10cmほど。
底突きはするものの、文句なしの雪質である。
街では桜が咲き、牧場では子羊が生まれ、スキーという雰囲気ではなくなる。
こうなるとクラブフィールドは人も少なく、パウダーデーなのにゲレンデ内であまり人を見かけない。
競争することなく、じっくりとその日の1本を滑る。
数多く滑らない代わりに、一本一本に重みがある。
まったりと、密度の濃い時間を僕達は楽しんだ。


駐車場へ着くとハミルトンフェイスが見える。いやがうえでも期待が高まる。



山頂の小屋は別名クレーギーバーンヘリコプター。
薄暗い小屋から出ると、ヘリスキーのようなバーンが広がる。



朝のハミルトンフェイスはこんな感じ。



ブラウニーが行く。



ミドルベイスン。岩の間からのラインはボクの物だ。



そして刻んでみた。



尾根上は風が強いが、谷の中は無風快晴。そしてパウダー。他に何が必要か?



ブラウニー、滑る。



ランチハットから、誰かが気持ち良さそうに滑っているのが見えた。



ブラウニー、喋る。



クライストチャーチのポートヒルにも雪が降った。



ブラウニー、横切る。



ミドルベイスン下部。



そして最後は贅沢に大きくまわってこの日の滑りは終了。
今日も自然の恵みを美味しくいただきました。
ごちそうさま。
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旨いもの

2011-09-13 | 日記
今日も我が家の食卓には旨い物が並ぶ。
高価なものではないが金で買えない旨い物だ。
うちはご飯は土鍋で炊く。
土鍋はどこかのガレージセールで$2で買ってきたものだ。
お米はアメリカ産の米。
ニュージーランドではお米は作っていないので輸入米となる。
これにオーガニックの麦を混ぜて炊く。
水加減もほどよく、炊き上がりはふっくら。シンプルに旨い。
おかずの1品めは揚げだし豆腐。
外側はカリッと内側はフワフワ。大根おろしもお忘れなく。
そして本日のメインイベント。
ホキの麹漬けオーブン焼き。

友達のゴーティーは最近、味噌屋になった。
ネルソン産の大豆とブレナム産の天然塩で造る、メイドインニュージーランドの味噌はすこぶる旨い。
ボクはクィーンズタウンでもクライストチャーチでも、彼にまとめて味噌を送ってもらいそれを知り合いの日本人に小売をするという、味噌屋の手先のようなことをやっている。
ボクの信条としては、自分が納得する旨い物を皆に食べてもらいたい。
幸せは皆で分かち合うものだからだ。
彼が先週、味噌と一緒に塩麹なるものを送ってくれた。
味噌を作る前に麹を作るわけだが、それに塩を混ぜたものだ。
ゴーティーが言うには「魚なんかにまぶすように漬けて、オーブンで焼くとおいしいよ」とのこと。
言われたとおりにやってみた。
魚はホキ。NZで一番出回っているのではなかろうか、わりと安い。日本語名はなんというか知らないが白身魚である。
ホキの切り身を漬けること1日。
そしてオーブンで焼く。
それだけ。
これが感動的に旨かった。
身はふっくらで皮はパリパリ。
塩麹の塩が効いているので、それ以上の調味料はいらない。
まず塩が美味い。
天然塩というのは最高の調味料だ。
科学精製された塩でなく、ブレナムの塩田で太陽の陽をさんさんとあびて出来た塩である。
海水の塩分だけでなくミネラルその他を含んだ塩の味は複雑であり、まさに自然の恵み。
そこに麹の甘さが加わる。
麹菌という菌の力でお米が別の物に変身するのだ。麹菌万歳である。
塩のしょっぱさと麹の甘さの絶妙なバランス、それがオーブンで焼けてなんともいい香りが漂う。
魚は白身の淡白な身に、塩麹のシンプルであり複雑である味がしみこみ、これまたなんともいえない美味さだ。
本当に美味い物は人を感動させる。
これにしょうゆはいらない。逆に安っぽいしょうゆなどドバドバかけたら台無しになってしまう。
好みでレモンを垂らすのも又良し。
魚から出た汁がオーブン皿で焼け焦げたのも又旨い。
これだけでご飯一膳食べられるぐらいだ。
これをガーナード(ほうぼう)でやったらもっと上品なものになり、それこそ料亭ででるような料理になるだろう。
だがボクはホキで充分満足。今まで食べたホキで一番旨かった。
欲を言えばここに日本酒なぞあったら言うことなしなのだが・・・。

美味いものを食べると人は幸せになる。
心が豊かになる。
祖国日本から遠く離れたニュージーランドにいても、日本の食文化を守りそこにあるものでこれだけのことができる。
海外に居ても、いや海外にいるからこそ分かる日本の心だ。
和食の真髄とは素材の旨みを最大に引き出すことだ。
出来るだけシンプルに、そして絶妙のバランスで、そこにある最高の技法で。
そう考えると、これを七輪で焼いたりしたらもっと美味いだろうなあ。
ああ、よだれが出そうだ。
この晩、我が家の食卓に日本の風が吹いた。
自分の体の中にある日本人のアイデンティティ。
それは自分だけのものではなく、遠い祖先から受け継がれたもの、そして子孫に伝えるものだ。
子供にこそ、こういう本当に美味い物を食べさせるべきだ。深雪も喜んで食べていた。
そういう意味でもボクはゴーティーの作った本物の味噌を普及させたい。
それは崩壊しつつある日本の食文化を守る大切な仕事だからだ。
守るのものは世界遺産だけではないぞ。

最高に美味い料理は僕達を幸せにしてくれた。
自然と手は合わさり目を閉じ、ボクはつぶやく。
「ゴーティー、こんな美味い物を送ってくれてありがとう」
これを送ってくれた友に感謝。
美味い物が食えることに感謝。
家族そろって健康に飯が食えることに感謝。
僕達のために命を投げ出してくれた魚や野菜に感謝。
こうやってブログのネタになることに感謝。
ありがたや、ありがたやである。

そしてこれだけ持ち上げれば次の言葉も言いやすくなる。
「ゴーティー、あの塩麹すごーく美味かったよ。もっとちょうだい」
人間とは欲の生き物でもある。

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