あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ビール酵母と過ごす日々。

2016-02-25 | 
家族がクィーンズタウンに来た時に、ビールの瓶詰め作業を手伝ってもらった。
女房はたまにビールを飲むが、娘はまだビールの旨さが分からない。
それなのにこんなことをやらされて不平もあるかもしれないが、僕は家族総出の仕事が好きなのだ。
「お前、キャップにPAって書いていってくれ」
PAとはペールエールの頭文字。
いろいろな種類のビールを作ると何がなんだか分からなくなるのでキャップに書くのだ。
黒ビールならスタウトでST。
前回作ったのはブロンズピルスナーでBPだった。
「どうせなら色色な字体で書こうっと」
娘が言った。
おお、そういうアイデアはいいな。



そうやってできたペールエールが30本。
なかなか良い出来で今のフラットの仲間にも好評。
あっという間に半分を消費した。
空き瓶も増えてきたので次回のバッチを作ることにした。
今までは友達のタンクを使わせてもらっていたが、今回からは自分のタンクを購入。
みんなはプラスチック製の物だが、僕は奮発してステンレス製のタンクを買った。
これはスターターキットで、容器を始め、ビール作りに必要な全ての器材、一回分のビールの素、全て込み。
給料が入った次の日にお店へ行って買った。
毎度あり~チーン。



そして同居人のノボルに手伝わせビール作り。
タンクの上には空気を抜くものがあり、作り始めるとすぐにコポコポと音を立て始めた。
僕はこの音を聞くのが好きだ。
タンクの中で酵母が発酵して息をしている。
そうやって美味しいビールを作ってくれる。
そう思うと愛おしくて愛おしくて、思わずタンクに頬ずりをしたくなってしまう。
まるで変態だな。
まあ、さすがに頬ずりはしないが、両手をタンクに当てたりする。
気まぐれにコポコポ空気が抜け、ビールの香ばしい匂いがするのだ。
これは楽しいぞ。



自分が食べる物、飲む物を自分で作る喜び。
これはやった者にしか分からない歓びである。
そんなことが気軽にできる環境、ニュージーランド万歳だ。
そういえば女房がこの前梅酒を作っていたなあ。
あれもそろそろ飲み頃じゃあないか。
親友トーマスはビール作りで飽き足らず、プラムワインなぞ作っている。
本人がやる気になれば何でもできる国。
そんな場所でも何もしないヤツもいる。
何もしないヤツを僕は責めない。
それはその人が選んだ道だ。
どこまで本気でやるかは本人次第。
無理なく自分ができる事をやっていこう。
次は今のビールの瓶詰め作業。
そして2週間後には美味しいラガービールが飲めるだろう。

人生は楽し。




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マウント・アルフレッド 2016

2016-02-18 | 
前々回でも書いたがフラットメイトのユキノは山歩きをしたくてニュージーランドに来た。
4年前にカナダにワーホリで行き、そこで山が好きになった。
先日はルートバーンを歩き、今度はミルフォードトラックを歩く。
明日からミルフォードを歩くという日でも、仕事が休みで天気が良いなら山に行きたい。
その日は僕も仕事が朝のうちに終わったので一緒に山に行こうということになった。
友達のカナも休みだというので3人で山に向かった。
カナは僕と同い歳で子供の歳も同じ、何かと馬が合い兄妹のような関係だ。
彼女に言わせると彼女がお姉さんで僕が弟なんだそうな。
四十の手習いではないが、30代後半で山に目覚め、勢いでハイキングガイドになってしまった。
彼女がガイドになる前にトレーニングをしたのが僕なので、今でもたまに僕のことをセンパイと呼ぶ。
もともとピアノが得意で週に何回かはピアノを教えているし、タロット占いもするので僕は彼女のことを黒魔術の女と呼ぶ。
ブラック マジック ウーマンという昔の歌が好きなのでね。



マウントアルフレッドに最後に登ったのはいつだったろうか。
もう十年ぐらい前になるかもしれない。
山頂からの眺めは素晴らしく、この山は晴れた日に行く山だ。
天候によっていく先を選べるのは地元のアドバンテージである。
登り始めは緩やかに斜面を横切るように登るが途中から直登となる。
景色は開けず単調な登りは精神的に参る。
一人でこういう所を歩くと何か修行のようだが、女の子のおしゃべりを聞きながらだと多少気もまぎれる。
女のおしゃべりもたまにはいいのだな、たまにはね。



森林限界を超えるとこれまた急な坂が待っている。
だがやはり景色が見えると気分も変わる。
下から見上げると「うへえ」と思う坂もいざ歩いてみるとあっという間に登ってしまった。
山頂付近はかなり急な斜面で転げ落ちたら痛いでは済まないだろう。
高所恐怖症の人は登れない。
友達のエーちゃんは高い所が苦手で、女の子と行ったバンジージャンプで女の子は飛んだが自分は飛べなかったという苦い経験を持っているのだが、お約束のようにその場所で断念した。
僕から見ればなんてことない斜面も、他人から見れば恐怖で足がすくんでしまう。
足がすくむので腰が引けてしまい、ますます危なくなる。
この怖さは当事者にしか分からないものなのでどうしようもない。
ただ僕は自分が感じない恐怖を持つ人を臆病者と言う言葉で片付けたくない。
それは傲慢であり、人の心が分からない大馬鹿者であり、自分の心が持つかもしれない恐怖が見えない盲だ。
どうしようもないものはどうしようもない。
かわいそうだが仕方がない。
ただそれだけのことである。



かわいそうなエーちゃんが挫折した場所を登りきると尾根の上へ出た。
尾根上は当然ながら景色が良い。
氷河を見ながら尾根道を歩き山頂に着いた。
何百回も歩いたルートバーンの谷間もはっきり見えるし、大好きなレイクシルバンの森も見える。
この山はどこからでも見える山であり、当然ながらそういった場所が山から全て見える。
毎回ルートバーンの仕事の時には必ずこの山を見るのだが、やはりたまに登って角度を変えて地形を見るのもいいものだ。





下りはユキノの人生相談を聞きながら下る。
彼女も将来に対する漠然とした不安を持っているようだ。
そこはそれ、酸いも甘いも味わったカナが上手く話を聞かせる。
ユキノの頭には漠然と『長野』と『自給自足』というキーワードがあるという。
山歩きが好きで自給自足という考えを持つ人が僕の同居人になるのは自然のなりゆきだ。
今の家に来てひと月になるが、我ながら立派な家庭菜園ができている。
この場所でもこれだけの事ができる、という証を僕は作る。
そして自給自足をしていきたいという人に、不安ではなく夢を与えるのだ。





街へ帰り我が家で皆で食事。
ムール貝のワイン蒸し、タラコスパゲッティ、ガーデンサラダ。
翌日からミルフォードへ入るユキノに栄養をつけてあげるのだ。
山に入ったらインスタントの食事ばかりになるからね。
自家製ビールで喉を潤おし、その後は白ワインへ。
食事の後はカナがタロット占い。
下山の時に話をしたのと全く同じ結果になったのも当然といえば当然なのか。
僕はと言えば疲れと酔いが一気に回り、皆より先にさっさと寝てしまった。
充実した1日というのはこういうことを言うのだろうな。







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夢のリゾートライフ

2016-02-07 | 日記
こうなればいいなあ、と思ったことは実現する。
それも自分が思っているよりも早く事は起こる。
やるべき時には周りが全て自分に協力してくれて、トントン拍子に事は進む。
自給自足を目指す生活をしている僕は、ニワトリを飼って卵をもらい動物性たんぱく質もある程度は自分のところでまかなっている。
今の家に移ってきて毎日湖を眺めて考えたのは魚を取れないかな、ということだった。
漠然とこんなところでカヤックで釣りなぞできたらいいなと思ったわけだ。
ボスのリチャードに話したら、彼のカヤックを貸してくれると。
そしてカヤックを取りに行ったら釣竿まで貸してくれた。
仕事の合間にスポーツ屋へ行きライセンスを買ってルアーなども買ったのが二日前のことだ。



昨日は仕事が夕方に終わり、一人でビールを飲んで飯を食ったら日が暮れた。
気持ちのいい晩だったので散歩がてら5分ぐらい歩き、友達に教えてもらった桟橋へ行った。
あまり期待することなく何回かルアーを投げて、景色に見とれ『美しいなあ』と思った時にあたりが来た。
あげてみると20cmぐらいの虹鱒だった。
鱒でもここには2種類いて茶色のブラウントラウトと背中が銀色でお腹が赤っぽいレインボートラウトがいる。
味はレインボーの方が旨い。
やったあ、明日の晩飯ゲット。
魚をぶら下げて帰る時には、すれ違う人ともちょっとした話をする。
自慢する気はないが、気分がいいのは間違いない。



次の日は朝早くの仕事だった。
朝5時に起きて、6時にお客さんを迎えに行き6時半には仕事が終わった。
これならひょっとして、と思いつつ昨日の桟橋へ行き再びチャレンジ。
魚が跳ねるのが見えたので、これはいいぞとワクワクしていたら来た来た来ました。
今度は昨日より少し大きいサーモンが釣れた。
サーモンはなかなか釣れず、トラウトより美味なのである。
早起きは三文の得、サーモンだけに三文の得とはこれいかに。
釣りをしてその魚を自分で食うのが長年の夢だったが、あっけなく実現した。
釣りは15年ぐらい前にやってあまりに釣れず断念したが、やはり釣れると楽しいし嬉しい。
こうなればいいなと思うことは実現する。
ただしタイミングというものも大切なのだ。





観光用のジェットボートが出始めて、ちょっと周りが騒がしくなったので一度家に帰り魚を置いた。
時間はまだ7時半、ちょうど朝日が当たり始めた頃だ。
風も無く波もおだやかなのでカヤックを引っ張り出し湖に出た。
カヤックから釣りというのが夢だったので、竿を持ってトライしたが思った以上に難しい。
魚がかかったらひっくり返ってしまうかもしれないな。
何回かトライしたが当たりはなし。
きっと自分が食べる分だけ釣れ、欲は出すな、ということなのだろう。
早々に釣りをあきらめ、のんびりカヤックで漕ぐ。
水の上から見る景色は普段と一味違い、これはまたこれで良い。
スタンドアップパドルをやる人もいる。
今日の仕事はあとは午後からなので充分時間はある。
仕事の合間にこんなことができるなんて、いやあ毎日が楽しいぞ。



さてこの釣り上げた魚をどうやって食べようか。
自分で手に入れた動物性たんぱく質である。
新鮮なので刺身でもよし。
シンプルに塩焼きもいいな。
塩焼きならば炭火焼きかな。
煙でいぶす燻製という手もあるし、ホイル包み焼きという選択もある。
こうやっていろいろ考えるのも楽しい。
そういえば、この前もらったニュージーランド産の日本酒『全黒』が残っていたな。
今晩は魚をつまみに日本酒をチビリといこうかな。
そんなことを考えて、にやけてしまうのである。
人生は楽し。
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夏が来た。

2016-02-04 | 日記


2月になり気温が急上昇、やっと夏らしくなった。
僕の夏の間の主な仕事はルートバーンの1日ハイキングなのだが、普段は朝晩は冷えるので薄手の長袖を着て、日中の温度が上がった頃に半袖になる。
ここ数日は朝から暖かく、朝一から半袖で過ごせる気候だ。
日中は当然暑くなるのだが、それでもハイキングはほとんどが森の中なので直射日光がさえぎられ心地よい。



途中の川原では水をすくって飲む。
水は冷たく容器に水を取ると結露するぐらいだ。
天然の水は旨く、流れている水がそのまま飲める豊かさを味わう。
世界もで川の水がそのまま飲めるという場所はあまり多くないはずだ。
きれいな水というのは昔は当たり前にあったのだろうが、今の世の中ではそれ自体が貴重な財産なのである。



この日は天気も良さそうだったのでカメラを持っていった。
もう何百回歩いたか数え切れないが最後に写真を撮ったのは十年以上前だ。
たまには写真でも撮ってブログに載せてみようかな、という気になったのだ。
先日はブルーダックという非常に珍しい鳥を目の前で見れた。
普通なら人が来れば逃げてしまうのだが、その時はわずか数mの距離で逃げずにその場にいてくれた。
カメラを持っていないことを後悔したが、持っていないものは仕方ない。
そのすぐ後でガイド仲間のサダオに出会ったのでそれを伝えると、ヤツは急いでその場に行き百枚以上の写真を撮った。
結局、この日はブルーダックは見られなかったが、たまには写真を撮るのもいいものだろう。



フラットメイトのユキノは山歩きをしたくてニュージーランドにやってきた。
休みの日には精力的に歩きに出かける。
ルートバーンを通しで歩く日が重なったので彼女も途中まで一緒に歩くことになった。
お昼を食べる所まで一緒に歩き、僕らは引き返し彼女は先へ進む。
「あさってのお昼ぐらいには帰りますから」
「じゃあ美味しいものを作っておいてあげるよ」
僕も経験があるが、山歩きをした後はちゃんとした食べ物が欲しくなる。
新鮮な野菜や肉などを体が求めるのだ。
聞くと食事はインスタントラーメンが主だそうだ。
それならなおのことだな。
仕事も忙しくないし、何をつくってあげようか。



日中、とにかく暑く汗をけっこうかいた。
そうやって汗をかいた後のビールは格段に旨い。
夕方になっても気温は下がらず、キンキンに冷えたラガービールが旨い。
やっぱりビールは暑いときが旨いなあ。
こんな時は冷やし中華。
麺はスパゲッティの細いヤツで、タレは自家製。
前菜にはバターコーン。
コーンは今が旬なので、生のものを使いバターで炒め醤油をちょいと振ってできあがり。
豚肉がちょっと残っていたので、もう一品にしょうが焼き。
きっちりと歩いた後は、インスタントではなくしっかりとした物を食べたくなる。



夜になっても気温は下がらずベランダで湖をぼけっと眺める。
湖の上を渡ってくる夜風が気持ちよい。
家の中は西日が当たったので蒸し暑い。
気温は30度ぐらいまで上がったのだろうか。
30度はニュージーランドにしてはかなり暑い温度だ。
だがこれぐらいで暑い暑いと言っていたら到底日本の夏は過ごせないだろうな。
最後に日本で夏を過ごしたのはもう20年ぐらい前になるか。
入道雲、蝉の声、麦わら帽子、かき氷。
ここに無い物を懐かしがるのは人間の心か。



ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
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