(1)民主党・野田政権の「増税原理主義」
野田佳彦政権の財政政策は、増税原理主義で、増税が自己目的化し、本来の目的を忘却している。借金1,000兆円弱、東日本大震災の今、財政再建の道筋をつけることが重要なのであって、増税が重要なのではない。
「増税の罠」に陥ると、失敗する理由は2つ。(a)社会保障業界は既得権の塊の世界で、税源が増えるとすぐ税金を使うことを考えて予算確保に走る。(b)増税は生産性が低い「官」を温存し、非効率な部門が肥大化し、効率的な部門が縮小する。増税で不景気になるばかりでなく、成長率をおとす。
名目経済成長率が3~4%あれば違うが、2010年の日本の名目経済成長率はたった0.4%だ。この状況下で歳出カット、増税をすると経済への悪影響が大きい。
日本の財政危機は、意外とたいしたことはない。借金が1,000兆円ある一方、資産が650兆円ある。国債が破綻したときに備えるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の日本のレートは1.1~1.3%だ。80年に1回は国債が破綻するという程度のレートだ。ちなみに、ギリシャの国債CDSは90%、イタリアは5%、フランスは2%だ。日本より危ない。危機感ばかり煽って財政再建をやろうとするやり方はおかしい。
むろん、日本の財政にまったく問題がないわけではない。プリマリー・バランス(基礎的財政収支=歳入と歳出のバランス)の赤字は、2020年に23兆円にまで達する、と予想される。名目経済成長率を高めねばならない。名目経済成長率が5%強になれば、プライマリー・バランスがゼロに近づく。このためには円安を進めるのが一番だ。円を1ドル=120円程度にとどめるだけの単純な政策さえやれば、株価は確実に上がり、法人税収も上がり、財政が再建できてしまう。
逆に、円高が進めば輸出産業が苦しくなって、名目経済成長率はどんどん悪化する。このような状況下で増税しても、財政再建にとっては逆効果だ。
(2)「社会保障と税の一体改革」の欺瞞
民主党は、マニフェストに掲げた「歳入庁」創設を一向に実現しようとしていない。財務省(国税庁を抱える)と厚生労働省(日本年金機構を抱える)が猛烈に抵抗しているからだ。
徴収機関が社会保険料と国税とで異なる国はない。イギリスも1999年に統合した。海外では、「社会保険料」と呼ばず、「社会保険税 social security tax 」と呼ぶ。社会保険税も国税も税務署が徴収する。
国税徴収法では、社会保険料も国税と同じ扱いをされることになっている。ところが、実際には、社会保険料については厳しく督促しない。不払いに対する重加算税7.3%を課そうとしない。
国税庁と日本年金機構が歳入庁に再編され、所得税、消費税、社会保険料の不公平を全部いっぺんに見直すことができれば、これだけで20兆円の税収増となる。不公平な課税を放置したまま、増税を議論してはならない。
財務省や厚労省が、組織防衛に走るのは当然だ。問題は、野田政権が官僚組織をハンドリングできていないことだ。
「社会保障と税の一体改革」は、「徴税も給付も総合的にやろう」という制度だ。複数の省庁による縦割り政策ではない(はずだ)。しかるに、野田政権は財務省と厚労省に好き勝手なことを言わせている。
低所得者に増税分を還付したり「給付付き税額控除」を進める、と野田政権はいうが、国税庁と日本年金機構がバラバラの状況下でやれるはずがない。社会保障を人質にとって何とか税金を上げたい・・・・これが野田政権のいう「社会保障と税の一体改革」の本質だ。非常に非効率的で歪んだ再分配が、今まさに正当化されようとしている。
(3)消費税を「社会保障目的税」にする危険性
消費税は、安定財源だ。景気がよくても悪くても基礎的サービスを提供しなければならない地方自治体の一般財源に充てるのが基本だ。
それを国の特定財源にするとは、あまりにも非常識だ。消費税を社会保障目的税にしている国はない。
日本の社会保障制度(医療・年金・介護)は社会保険方式だから、一般会計の税収がつぎこまれるのはおかしい。保険料を支払えない低所得者に税で補填する程度なら、まあ許せる。しかし、高齢者の社会保険の5割以上に税金を投入し、それが足りないから消費税を引き上げてさらに税投入を増やす、という発想は筋違いだ。
容易な税投入は、社会保障業界の高コスト構造を温存する。
特別擁護老人ホームにかかるコストは1床あたり2,000万円だ(東京都の場合)。特養を運営する社会福祉法人の内部留保額は1施設につき3億円、全体で2兆円にのぼる(2011年12月5日、厚労省発表)。これだけ内部留保をもちながら、不足している特養を増設せず、低賃金にあえぐ介護労働者へ分配していない。消費税を社会保障目的税化すれば、社会福祉法人のようなところに多額の資産が温存されてしまう。
また、消費税を社会保障目的税化すると、高齢化の進展によって自然に社会保障費は急増していくから、将来、消費税が15%、20%に上がっていく。これを予想して、国民は貯蓄に励むようになる。その結果、景気が冷え込む。
さらに、消費税を年金などに使うと、日本が強烈な中央集権国家になる。地方分権の見地からも、おおいに問題がある。
北欧の福祉は、日本に適用できない。
(a)スウェーデンやデンマークは、国家が日本の道州くらいのサイズだから、国民は自分がいくら払っていくら返ってくるか、がよく見える。他方、日本では租税や社会保障がどんぶり勘定で分配されているため、自分がいくら払っていくら返ってくるのか、が見えない。
(b)人口が安定している北欧とは違って、日本では急激な少子高齢化が進んでいる。北欧と同じ高福祉・高負担の国家を目指すことはできない。そんな舵取りをすれば、高福祉・超高負担になりかねない【注】。
【注】彼我で異なる条件は、まだある。スウェーデンの年金制度は、日本のように分立していない。最初から一元化していた。また、国民番号制度が徹底されている。
以上、対談:高橋洋一(嘉悦大学教授)/鈴木亘(学習院大学享受)「「増税の罠」に陥ると財政再建は失敗する。」(「潮」2012年2月号)に拠る。
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野田佳彦政権の財政政策は、増税原理主義で、増税が自己目的化し、本来の目的を忘却している。借金1,000兆円弱、東日本大震災の今、財政再建の道筋をつけることが重要なのであって、増税が重要なのではない。
「増税の罠」に陥ると、失敗する理由は2つ。(a)社会保障業界は既得権の塊の世界で、税源が増えるとすぐ税金を使うことを考えて予算確保に走る。(b)増税は生産性が低い「官」を温存し、非効率な部門が肥大化し、効率的な部門が縮小する。増税で不景気になるばかりでなく、成長率をおとす。
名目経済成長率が3~4%あれば違うが、2010年の日本の名目経済成長率はたった0.4%だ。この状況下で歳出カット、増税をすると経済への悪影響が大きい。
日本の財政危機は、意外とたいしたことはない。借金が1,000兆円ある一方、資産が650兆円ある。国債が破綻したときに備えるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の日本のレートは1.1~1.3%だ。80年に1回は国債が破綻するという程度のレートだ。ちなみに、ギリシャの国債CDSは90%、イタリアは5%、フランスは2%だ。日本より危ない。危機感ばかり煽って財政再建をやろうとするやり方はおかしい。
むろん、日本の財政にまったく問題がないわけではない。プリマリー・バランス(基礎的財政収支=歳入と歳出のバランス)の赤字は、2020年に23兆円にまで達する、と予想される。名目経済成長率を高めねばならない。名目経済成長率が5%強になれば、プライマリー・バランスがゼロに近づく。このためには円安を進めるのが一番だ。円を1ドル=120円程度にとどめるだけの単純な政策さえやれば、株価は確実に上がり、法人税収も上がり、財政が再建できてしまう。
逆に、円高が進めば輸出産業が苦しくなって、名目経済成長率はどんどん悪化する。このような状況下で増税しても、財政再建にとっては逆効果だ。
(2)「社会保障と税の一体改革」の欺瞞
民主党は、マニフェストに掲げた「歳入庁」創設を一向に実現しようとしていない。財務省(国税庁を抱える)と厚生労働省(日本年金機構を抱える)が猛烈に抵抗しているからだ。
徴収機関が社会保険料と国税とで異なる国はない。イギリスも1999年に統合した。海外では、「社会保険料」と呼ばず、「社会保険税 social security tax 」と呼ぶ。社会保険税も国税も税務署が徴収する。
国税徴収法では、社会保険料も国税と同じ扱いをされることになっている。ところが、実際には、社会保険料については厳しく督促しない。不払いに対する重加算税7.3%を課そうとしない。
国税庁と日本年金機構が歳入庁に再編され、所得税、消費税、社会保険料の不公平を全部いっぺんに見直すことができれば、これだけで20兆円の税収増となる。不公平な課税を放置したまま、増税を議論してはならない。
財務省や厚労省が、組織防衛に走るのは当然だ。問題は、野田政権が官僚組織をハンドリングできていないことだ。
「社会保障と税の一体改革」は、「徴税も給付も総合的にやろう」という制度だ。複数の省庁による縦割り政策ではない(はずだ)。しかるに、野田政権は財務省と厚労省に好き勝手なことを言わせている。
低所得者に増税分を還付したり「給付付き税額控除」を進める、と野田政権はいうが、国税庁と日本年金機構がバラバラの状況下でやれるはずがない。社会保障を人質にとって何とか税金を上げたい・・・・これが野田政権のいう「社会保障と税の一体改革」の本質だ。非常に非効率的で歪んだ再分配が、今まさに正当化されようとしている。
(3)消費税を「社会保障目的税」にする危険性
消費税は、安定財源だ。景気がよくても悪くても基礎的サービスを提供しなければならない地方自治体の一般財源に充てるのが基本だ。
それを国の特定財源にするとは、あまりにも非常識だ。消費税を社会保障目的税にしている国はない。
日本の社会保障制度(医療・年金・介護)は社会保険方式だから、一般会計の税収がつぎこまれるのはおかしい。保険料を支払えない低所得者に税で補填する程度なら、まあ許せる。しかし、高齢者の社会保険の5割以上に税金を投入し、それが足りないから消費税を引き上げてさらに税投入を増やす、という発想は筋違いだ。
容易な税投入は、社会保障業界の高コスト構造を温存する。
特別擁護老人ホームにかかるコストは1床あたり2,000万円だ(東京都の場合)。特養を運営する社会福祉法人の内部留保額は1施設につき3億円、全体で2兆円にのぼる(2011年12月5日、厚労省発表)。これだけ内部留保をもちながら、不足している特養を増設せず、低賃金にあえぐ介護労働者へ分配していない。消費税を社会保障目的税化すれば、社会福祉法人のようなところに多額の資産が温存されてしまう。
また、消費税を社会保障目的税化すると、高齢化の進展によって自然に社会保障費は急増していくから、将来、消費税が15%、20%に上がっていく。これを予想して、国民は貯蓄に励むようになる。その結果、景気が冷え込む。
さらに、消費税を年金などに使うと、日本が強烈な中央集権国家になる。地方分権の見地からも、おおいに問題がある。
北欧の福祉は、日本に適用できない。
(a)スウェーデンやデンマークは、国家が日本の道州くらいのサイズだから、国民は自分がいくら払っていくら返ってくるか、がよく見える。他方、日本では租税や社会保障がどんぶり勘定で分配されているため、自分がいくら払っていくら返ってくるのか、が見えない。
(b)人口が安定している北欧とは違って、日本では急激な少子高齢化が進んでいる。北欧と同じ高福祉・高負担の国家を目指すことはできない。そんな舵取りをすれば、高福祉・超高負担になりかねない【注】。
【注】彼我で異なる条件は、まだある。スウェーデンの年金制度は、日本のように分立していない。最初から一元化していた。また、国民番号制度が徹底されている。
以上、対談:高橋洋一(嘉悦大学教授)/鈴木亘(学習院大学享受)「「増税の罠」に陥ると財政再建は失敗する。」(「潮」2012年2月号)に拠る。
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