1月24日、野田佳彦・首相は、衆参両院本会議で、就任後初の施政方針演説を行った。今年の野田内閣の使命は「決められない政治」からの脱却で、今国会で消費増税法案の成立を目指す、と。自民党政権時代の福田康夫・元首相(与野党協議の呼びかけ)と麻生太郎・元首相(税制抜本改革の訴)の施政方針演説を引用し、協議の席に着くよう野党側に「決断」を求めた【注1】。
会議終了後、記者に対して麻生いわく、これはボクシングのクリンチだ、云々。
閑話休題。
(1)今回の増税は焼け石に水
政府は、消費税増税を決めた(現在5%→14年4月8%→15年10月10%)。
しかし、増税直後には国債発行額が減少しても、2年程度で元に戻る。今回の増税は、焼け石に水だ。歳出の伸び率のほうが税収の伸び率より高いからだ。歳出構造を大きく変えない限り、財政赤字は縮小しない。歳出の中で特に重要な社会保障制度を抜本的に見直さない限り、どうにもならない。特に医療・介護について、公共主体が関与しなければならない理由を再考しなければならない。
にも拘わらず、現実には何もなされていない。2012年度予算においては、むしろ給付増の措置が取られている(<例>受給資格期間の短縮)。
こうした状況が続く限り、今後も際限のない増税が必要になる【注2】。財政収支安定のためには、税率を30%まで引き上げる必要がある。日本の財政赤字問題は、常識的な範囲内の消費税増税では解決できない段階に、既に入っている。
日本財政の問題点、放置すれば生じる問題、問題解決に必要な増税の上限・・・・これらを具体的に示すべきだ。
(2)消費税増税問題の原点
(a)日本の消費税には、インボイス(仕入れにかかった消費税額を記録した票)がない。これがないままだと、零細企業が増税分を取引先に請求できず、負担を強いられる恐れがある。消費税増税分を価格転換できないと、経営が成り立たない企業も出てくるだろう。インボイス発行を業者に義務づければ、税額分を請求できるようになる。
(b)生活必需品(<例>食料品)の税負担軽減措置が必要になるが、消費税は多段階売上税なので、最終段階の税率を下げただけでは、これは実現しない。仕入れに含まれている税を控除しなければならないが、これはインボイスがないと実現できない。この問題に対する政府の対処案、給付付き税額控除は、著しく不完全な措置だ。そもそも、低所得者の所得を把握できていない。
増税より先に(増税しなくても)必要な措置は、インボイスの導入だ。
こうした問題について、十分に議論されていない。抽象的な増税必要論を唱えるだけだ。
(3)国債の国内発行が可能なのは後もって10年
現在の日本では、国債の大部分を金融機関が購入している。預金が増加したわけではなく、貸し出しを減少させることによって国債を購入しているのだ。貸付残高がゼロになれば、それ以上は国内では消化できなくなる。
また、「巨額の個人金融資産」は、すでに運用されている。
2020年代に国内発行が行き詰まるのは、ほぼ確かだ。
国内消化が行き詰まれば、(a)日銀日訊けで国債を発行するか、(b)海外消化を求めるか、いずれかとなる。いずれにしても、円安とインフレがもたらされる。これは国民生活を破壊する。【注意】⇒インフレと同時に進行する円安は、円の実質価値を減価させないから、日本の輸出を促進する効果はない。
消費税増税による経済への悪影響より、このまま放置して国債消化が行き詰まる問題のほうが、ずっと大きい。
(4)増大する国債という時限爆弾
現在進行中の欧州ソブリン危機は、日本の将来図ともいえる。
日本の財政事情はイタリアより格段に深刻だが、日本国債がイタリア国債のような状況に陥っていないのは、国債消化構造が違うからだ。外国人の保有が半分を超えるイタリア国債と違って、日本国債は国内の金融機関が保有しているから簡単には流動性の問題に直面しない。事実、日本国債の格付けが引き下げられても、利回りは低いままだ(リスクが高まれば金利が上昇する)。
ただし、日本国債のCDSスプレッド(外国人投資家の律す苦判断を反映)は神経質な動きを見せている。長期的に見れば、上昇傾向にある。
また、日本の銀行は、保有国債のデュレーション短期化を図っている。現在、日本国債の平均残存期間は7年弱だ。
日本経済は、癌ではないが、「生活習慣病」だ。徐々に体が蝕まれていく。本気で対策をとらないと、そのうち資金の海外逃避が起きて事態は急速に悪化する。増大しゆく国債残高は、日本経済が抱える時限爆弾だ。それは経済と国民生活をバラバラに吹き飛ばす。
【注1】記事「野田首相:施政方針演説 野党に「決断」求める 消費増税に決意」 【毎日jp 2012年1月24日】
【注2】岡田克也副総理は、1月22日のフジテレビの報道番組で、消費増税と社会保障の一体改革について「(年金制度の抜本改革のために)必要な財源は、今回の10%には入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と発言した。仮に2015年10月に消費税が10%になっても、社会保障の充実には新たな増税が必要との認識を示した。 【記事「「消費税10%でも、さらに増税必要」岡田氏語る」、朝日新聞 2012年1月22日18時19分】
以上、野口悠紀雄「今回の消費税増税は間違った箇所の手術 ~「超」整理日記No.595~」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月28日号)に拠る。
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会議終了後、記者に対して麻生いわく、これはボクシングのクリンチだ、云々。
閑話休題。
(1)今回の増税は焼け石に水
政府は、消費税増税を決めた(現在5%→14年4月8%→15年10月10%)。
しかし、増税直後には国債発行額が減少しても、2年程度で元に戻る。今回の増税は、焼け石に水だ。歳出の伸び率のほうが税収の伸び率より高いからだ。歳出構造を大きく変えない限り、財政赤字は縮小しない。歳出の中で特に重要な社会保障制度を抜本的に見直さない限り、どうにもならない。特に医療・介護について、公共主体が関与しなければならない理由を再考しなければならない。
にも拘わらず、現実には何もなされていない。2012年度予算においては、むしろ給付増の措置が取られている(<例>受給資格期間の短縮)。
こうした状況が続く限り、今後も際限のない増税が必要になる【注2】。財政収支安定のためには、税率を30%まで引き上げる必要がある。日本の財政赤字問題は、常識的な範囲内の消費税増税では解決できない段階に、既に入っている。
日本財政の問題点、放置すれば生じる問題、問題解決に必要な増税の上限・・・・これらを具体的に示すべきだ。
(2)消費税増税問題の原点
(a)日本の消費税には、インボイス(仕入れにかかった消費税額を記録した票)がない。これがないままだと、零細企業が増税分を取引先に請求できず、負担を強いられる恐れがある。消費税増税分を価格転換できないと、経営が成り立たない企業も出てくるだろう。インボイス発行を業者に義務づければ、税額分を請求できるようになる。
(b)生活必需品(<例>食料品)の税負担軽減措置が必要になるが、消費税は多段階売上税なので、最終段階の税率を下げただけでは、これは実現しない。仕入れに含まれている税を控除しなければならないが、これはインボイスがないと実現できない。この問題に対する政府の対処案、給付付き税額控除は、著しく不完全な措置だ。そもそも、低所得者の所得を把握できていない。
増税より先に(増税しなくても)必要な措置は、インボイスの導入だ。
こうした問題について、十分に議論されていない。抽象的な増税必要論を唱えるだけだ。
(3)国債の国内発行が可能なのは後もって10年
現在の日本では、国債の大部分を金融機関が購入している。預金が増加したわけではなく、貸し出しを減少させることによって国債を購入しているのだ。貸付残高がゼロになれば、それ以上は国内では消化できなくなる。
また、「巨額の個人金融資産」は、すでに運用されている。
2020年代に国内発行が行き詰まるのは、ほぼ確かだ。
国内消化が行き詰まれば、(a)日銀日訊けで国債を発行するか、(b)海外消化を求めるか、いずれかとなる。いずれにしても、円安とインフレがもたらされる。これは国民生活を破壊する。【注意】⇒インフレと同時に進行する円安は、円の実質価値を減価させないから、日本の輸出を促進する効果はない。
消費税増税による経済への悪影響より、このまま放置して国債消化が行き詰まる問題のほうが、ずっと大きい。
(4)増大する国債という時限爆弾
現在進行中の欧州ソブリン危機は、日本の将来図ともいえる。
日本の財政事情はイタリアより格段に深刻だが、日本国債がイタリア国債のような状況に陥っていないのは、国債消化構造が違うからだ。外国人の保有が半分を超えるイタリア国債と違って、日本国債は国内の金融機関が保有しているから簡単には流動性の問題に直面しない。事実、日本国債の格付けが引き下げられても、利回りは低いままだ(リスクが高まれば金利が上昇する)。
ただし、日本国債のCDSスプレッド(外国人投資家の律す苦判断を反映)は神経質な動きを見せている。長期的に見れば、上昇傾向にある。
また、日本の銀行は、保有国債のデュレーション短期化を図っている。現在、日本国債の平均残存期間は7年弱だ。
日本経済は、癌ではないが、「生活習慣病」だ。徐々に体が蝕まれていく。本気で対策をとらないと、そのうち資金の海外逃避が起きて事態は急速に悪化する。増大しゆく国債残高は、日本経済が抱える時限爆弾だ。それは経済と国民生活をバラバラに吹き飛ばす。
【注1】記事「野田首相:施政方針演説 野党に「決断」求める 消費増税に決意」 【毎日jp 2012年1月24日】
【注2】岡田克也副総理は、1月22日のフジテレビの報道番組で、消費増税と社会保障の一体改革について「(年金制度の抜本改革のために)必要な財源は、今回の10%には入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と発言した。仮に2015年10月に消費税が10%になっても、社会保障の充実には新たな増税が必要との認識を示した。 【記事「「消費税10%でも、さらに増税必要」岡田氏語る」、朝日新聞 2012年1月22日18時19分】
以上、野口悠紀雄「今回の消費税増税は間違った箇所の手術 ~「超」整理日記No.595~」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月28日号)に拠る。
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