(1)野田政権の「社会保障と税の一体改革」の歪み
中身が今、少しおかしくなっている。一体改革は、既存の産業構造を大きく変えて強い経済をつくるべし、それには冒険に踏み出せるだけの安全のネットとそれを支える強い財政基盤をつくるべし・・・・という発想から生まれた。成長戦略と結び付いたものだった。「社会保障・税の一体改革成案」【注1】で挙げる「3つの理念」の出発点をあらためて確認すべし。
(a)「参加保障」・・・・再訓練・再教育によって新しい労働市場が要求する能力を身につけ、参加できるようにしてあげること。参加を保障していく方向(「トランポリン政策」/「積極的労働市場政策」【注2】)に社会の安全ネットを張り替えていかないと、労働市場の二極化(正規と非正規雇用の格差)がさらに拡大する。
(b)「普遍主義」・・・・性別はもとより、所得で選別・差別をしない。
(c)「安心に基づく活力」・・・・産業構造を転換し、それによって活力が生まれてくる。
こうした理念で出発したはずだが、当面、旧来型の社会保障の綻びを是正していくところに重点が置かれ、本来の構造転換に合わせた対応がまだ不十分だ。年金改革も、現行制度を前提とした改善であって、まだビジョンを描いて改革する段階に至っていない。
(2)成長のカギ
産業構造を大きく変えなければならないときに、多くの国で共通認識となっているのは、労働市場の弾力化、フレキシビリティが重要だ、という点だ。新しい産業構造をつくっていく過程で、失業してしまう人には寛大な社会保障、生活保障をする。重要なのは、それで終わるのではなく、新しく要求される能力を身につけさせることだ。会社をクビになっても、やり直せばいい、と。
神野直彦がインタビューしたスウェーデン政府関係者も、「教育・再訓練を含めた人的投資をし、すべての国民の能力を高めることによって、成長、雇用、正義(所得の平等な分配)の3つを実現できる」と強調していた。
成長のカギは、人的投資、特にいつでもやり直しがきくようにする教育だ。今までの日本では企業内教育がその役を担っていたが、日本的経営が衰退するなかにあって、北欧のような社会的にスキルアップを促していくシステムをつくっておかないといけない。スウェーデンの大学生の平均年齢がほぼ30歳に達しているのも、みんなやり直しをするからだ。
(3)税制改革
日本は、これまで税収の調達能力をあまりに低下させ過ぎた。日本の租税負担率(対GDP比)は、今21.5%程度だ。最も高いところがデンマークで、69.8%までいっている。税負担を高めておくことが何より重要だ。
税収が伸びなかったのは、経済の長期停滞だけでなく、減税のやり過ぎも大きい。高額所得者や資本所得、法人税などに焦点を当てて多くの減税を行ってきた。それが成長に跳ね返り、かつ格差も拡大しないはずだったが、完全に裏目に出ている。
日本の場合、所得再分配効果を税制のなかで強めざるをえなくなっている。
再分配は、垂直的再分配(豊かな人に税をかけて貧しい人に回す)だけでなく、水平的再分配(同じ所得であっても病気などのリスクに陥った人をサポートする)の機能強化が必要だ。それを支えるには、消費税と所得税を車の両輪とするような税体系をつくっておくことが重要だ。
日本の場合、消費税も所得税も基幹税の体を成していない。所得税によって所得再分配を回復すると同時に、相互扶助の社会保障の財源として消費税を引き上げるべきだ。
【注1】2011年6月30日に政府・与党社会保障改革検討本部が決定し、7月1日の閣議に報告されたもの。
【注2】失業者への職業訓練、職業紹介を通じて新たな職に就くことができるように支援していくこと。労働市場の需要と供給のギャップを埋めていこうとする政策。消極的労働市場政策(失業給付などで受動的に対応)に対置される。
以上、対談:神野直彦(東大名誉教授)/河野龍太郎(BNPバリバ証券東京支店経済調査本部長チーフエコノミスト「社会保障の抜本的改革と増税こそが危機を封じ、経済成長をもたらす」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月14日号)から、神野直彦の議論を抜粋、要約した。
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中身が今、少しおかしくなっている。一体改革は、既存の産業構造を大きく変えて強い経済をつくるべし、それには冒険に踏み出せるだけの安全のネットとそれを支える強い財政基盤をつくるべし・・・・という発想から生まれた。成長戦略と結び付いたものだった。「社会保障・税の一体改革成案」【注1】で挙げる「3つの理念」の出発点をあらためて確認すべし。
(a)「参加保障」・・・・再訓練・再教育によって新しい労働市場が要求する能力を身につけ、参加できるようにしてあげること。参加を保障していく方向(「トランポリン政策」/「積極的労働市場政策」【注2】)に社会の安全ネットを張り替えていかないと、労働市場の二極化(正規と非正規雇用の格差)がさらに拡大する。
(b)「普遍主義」・・・・性別はもとより、所得で選別・差別をしない。
(c)「安心に基づく活力」・・・・産業構造を転換し、それによって活力が生まれてくる。
こうした理念で出発したはずだが、当面、旧来型の社会保障の綻びを是正していくところに重点が置かれ、本来の構造転換に合わせた対応がまだ不十分だ。年金改革も、現行制度を前提とした改善であって、まだビジョンを描いて改革する段階に至っていない。
(2)成長のカギ
産業構造を大きく変えなければならないときに、多くの国で共通認識となっているのは、労働市場の弾力化、フレキシビリティが重要だ、という点だ。新しい産業構造をつくっていく過程で、失業してしまう人には寛大な社会保障、生活保障をする。重要なのは、それで終わるのではなく、新しく要求される能力を身につけさせることだ。会社をクビになっても、やり直せばいい、と。
神野直彦がインタビューしたスウェーデン政府関係者も、「教育・再訓練を含めた人的投資をし、すべての国民の能力を高めることによって、成長、雇用、正義(所得の平等な分配)の3つを実現できる」と強調していた。
成長のカギは、人的投資、特にいつでもやり直しがきくようにする教育だ。今までの日本では企業内教育がその役を担っていたが、日本的経営が衰退するなかにあって、北欧のような社会的にスキルアップを促していくシステムをつくっておかないといけない。スウェーデンの大学生の平均年齢がほぼ30歳に達しているのも、みんなやり直しをするからだ。
(3)税制改革
日本は、これまで税収の調達能力をあまりに低下させ過ぎた。日本の租税負担率(対GDP比)は、今21.5%程度だ。最も高いところがデンマークで、69.8%までいっている。税負担を高めておくことが何より重要だ。
税収が伸びなかったのは、経済の長期停滞だけでなく、減税のやり過ぎも大きい。高額所得者や資本所得、法人税などに焦点を当てて多くの減税を行ってきた。それが成長に跳ね返り、かつ格差も拡大しないはずだったが、完全に裏目に出ている。
日本の場合、所得再分配効果を税制のなかで強めざるをえなくなっている。
再分配は、垂直的再分配(豊かな人に税をかけて貧しい人に回す)だけでなく、水平的再分配(同じ所得であっても病気などのリスクに陥った人をサポートする)の機能強化が必要だ。それを支えるには、消費税と所得税を車の両輪とするような税体系をつくっておくことが重要だ。
日本の場合、消費税も所得税も基幹税の体を成していない。所得税によって所得再分配を回復すると同時に、相互扶助の社会保障の財源として消費税を引き上げるべきだ。
【注1】2011年6月30日に政府・与党社会保障改革検討本部が決定し、7月1日の閣議に報告されたもの。
【注2】失業者への職業訓練、職業紹介を通じて新たな職に就くことができるように支援していくこと。労働市場の需要と供給のギャップを埋めていこうとする政策。消極的労働市場政策(失業給付などで受動的に対応)に対置される。
以上、対談:神野直彦(東大名誉教授)/河野龍太郎(BNPバリバ証券東京支店経済調査本部長チーフエコノミスト「社会保障の抜本的改革と増税こそが危機を封じ、経済成長をもたらす」(「週刊ダイヤモンド」2012年1月14日号)から、神野直彦の議論を抜粋、要約した。
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