語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~

2012年01月23日 | 社会
 米国が、自国の経済対策のために狙っている新規市場のひとつが日本の医療だ。米国による日本医療への市場開放要求は1990年代から始まっているが、とくにオバマ政権以降はその圧力が強まっている【注1】。
 日本がTPP(環太平洋経済連携協定)に参加すると、医療はどう変わるか。

(1)医療への市場開放要求が一気に拡大
 (a)薬や医療機器の価格高騰・・・・日本では、医療費は公定価格制だ。薬や医療機器の価格は国が決めている。 → 規制が撤廃され、自由に価格を決められるようになり、価格が高騰する。

 (b)給付の削減や過剰な検査・・・・日本では、営利目的の病院経営は制限されている。出資者などへの配当の支払いは禁止されている。 → 民間企業が病院経営に参入し、株主に支払う配当を確保するために患者が受けるべき必要な医療を削ったり、売り上げを伸ばすために過剰な検査などが行われる。

 (c)国民皆保険の崩壊・・・・日本では、効果と安全性が認められた治療や薬しか健康保険を適用していない。保険診療と保険外診療との「混合診療」は原則として禁止されている。 → 民間企業が病院経営に参入し、混合診療の全面解禁を要求する結果、医療の安全性が保てなくなったり、金持ちしか医療の進歩を享受できなくなる。
 つまり、TPPに参加すると、医療に市場原理が導入され、国民皆保険が崩壊する。

 (d)ISD条項・・・・政府は、「公的医療保険制度はTPP協定交渉の議論の対象になっていない」と説明している。医療分野は交渉から除外される可能性が、あることはある。
 しかし、交渉で医療分野を除外したとしても、ISD条項を利用すれば、日本独特の社会保険制度も「貿易を妨げる障壁」と判断され、高額な損害賠償を要求される可能性がある。そして、雪崩のように訴訟を起こされて負け続ければ、やがては外国企業の参入を認めざるを得なくなる。
 事実、米韓FTAに合意した韓国では、政府が健康保険の保障を充実させると米国の保険会社から損害賠償請求される可能性が出てきて、問題になっている。

 (e)保険会社によるコントロール・・・・上記(b)、(c)のためには日本の法律を改正しなければならない。仮に日本がTPPに参加したとしても、米国企業の参入はそう簡単には起こらないだろう。
 しかし、あまり語られていない盲点がある。健康保険の審査業務への外資系企業の参入だ。TPPに参加すると、ここを突破口に日本の医療が米国の保険会社にコントロールされる可能性が出てくる。 ⇒ (2)

(2)保険診療の審査業務
 米国は、先進国では唯一、公的医療保険のない国だ(高齢者や低所得者を除く)。米国民は、医療を受けるために民間保険会社と契約する。保険会社によっては、医療費を削減するために医師の裁量権を縮小し、治療法、薬の処方、検査に細かい制限を加え、問題となっている。
 一方、日本は国民皆保険制度をとる。公的医療保険(政管健保など)の保険証があれば、全国どこでも受診できる。医療は、公的医療保険から現物給付される。給付に米国のような制限はない。<例>医師が必要だと判断すれば、保険が適用されるものなら、どんなに高額の手術でも上限なしに受けることができる。
 もっとも、チェック機能はある(審査)。
 医療機関は、要した医療費の7割(70歳未満の場合)を審査機関を経由して保険者(患者=被保険者が加入する政管健保など)に請求する。審査機関は、治療の妥当性、請求額などをチェックした上で、保険者に送る。
 審査機関は、公共性の高い事業だから、ということで、職域保険(政管健保など)の場合、国が管理する特殊法人「社会保険診療報酬支払基金」が行っていた【注2】。しかし、業務独占からくる審査の甘さ、手数料の高さを批判され、特殊法人改革の一環として特別民間法人に移行した(2003年12月)。
 この民営化に伴い、審査は「支払基金」を経由しなくてもよくなった。保険者(政管健保など)自らの審査、支払基金以外の民間業者への審査業務委託が可能になった。つまり、米国の保険会社もこの審査業務に参入できる下地ができた。
 ただし、保険者自らの審査、支払基金以外の民間業者への審査業務委託には、「患者が受診する医療機関の合意を得なければならない」【厚労省局長通知:平成14年12月25日付保発第1225001号「健康保険組合における診療報酬の審査及び支払に関する事務の取扱いについて」】。現実問題として、保険者が個別の医療機関に審査の了解を取るのはあまりにも事務が煩雑なため、実際は保険者自らの審査はできないのが実態だ。
 逆にいえば、審査業務への民間参入は、前記の厚労省の通達1枚でかろうじて歯止めがかかっっている、ともいえる。
 保険者としては、医療費を削りたい。
 松井道夫・松井証券代表取締役社長は、「平成21年度第5回規制改革会議」終了後の記者会見で、意味深長な言葉を残している。「一片の局長通知があるために、実質的には、全部支払基金に審査を委託せざるを得ない。要するに、この通知を撤廃するだけで直接審査はできる」
 つまり、(1)の(b)、(c)は日本の法律を改正しなければ実現しないが、審査業務への民間参入は日本でも法的には問題がないのだ。「一片の局長通知」を撤廃すれば、米国の保険会社が日本の医療費の審査業務に参入することが可能なのだ。
 営利を目的とする米国流の審査が行われれば、「効果の薄い医薬品の使用は認めない」「赤字を理由に一律3割医療機関への支払いをカットする」といった事態も生じ得る。本当に必要な医療でも、経営が優先されると「不必要」の烙印をおされ、医療はどんどん削られていくかもしれない。
 審査によって医療給付を減らしてしまえば、必要な医療を受けるために民間の保険に加入する人が富裕層を中心に増えるかもしれない。その点でも米国の保険会社にはビジネスチャンスになる。
 TPPに参加したが最後、国民皆保険という看板は残っても、その中身は空洞化し、公的医療保険では必要な医療が受けられない、という事態になりかねない。

 【注1】米国の通商代表部(USTR)が2011年3月に公表した『外国貿易障壁報告書』によれば、医療分野では保険、医薬品・医療機器、医療IT、医療サービスといった非関税障壁の撤廃を要求している。
 【注2】地域保険である国民健康保険の場合、都道府県国民健康保険団体連合会が行う。

 以上、早川幸子([フリーライター])「200XX年、TPP参加であなたの医療が削られる 有名無実化した国民皆保険の未来予想図 ~医療費の裏ワザと落とし穴  ~【第20回】 2012年1月16日~」(DIAMOND online)に拠る。
200XX年、TPP参加であなたの医療が削られる 有名無実化した国民皆保険の未来予想図 ~医療費の裏ワザと落とし穴  ~【第20回】 2012年1月16日~

 【参考】「【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
     「【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
     「【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
     「【経済】中野剛志『TPP亡国論』
     「【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
     「【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
     「【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
     「【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
     「【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
     「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
     「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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