ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2014.4.8 顔を見て話せること

2014-04-08 20:28:06 | 日記
 息子の古都一人暮らしの始まりとともに、我が家にあるPC全てにスカイプ(Skype)を入れた。
 言ってみれば昔のテレビ電話というものだが、なんといっても無料のソフトなのだ。それでもちゃんとPC画面上で相手の顔色を見ながら話が出来るので、その威力と有難さに驚いている。

 昔、私が学生だった頃―もはや30年も前のことになってしまったが-、下宿している友人たちは、長距離の電話代も馬鹿にならないし・・・と、自宅との連絡は割引きになる時間も考えながら最少限に抑えていたように記憶している。けれど、伝えられるのは声だけ。親としては、一人暮らししている子どもの顔を見たくても、それが叶わなかった時代だ。

 その後、家庭用FAXが一般的になった。私が単身で欧州研修に出かけた20年前には、国際電話はお金がかかって大変だけれど、FAXなら時差を考えることもないし、と専らFAXを利用して夫と連絡をとった。それでも、当然声色は届かない。そして、細かいニュアンスもおそらく完璧には届かない。

 息子が誕生した頃から電子メールが一般化し始め、今では大量の情報や画像を添付したやりとりが当たり前になった。今やメールなしでの生活は考えられない。けれど、やはり字によるやりとりには双方の受け取り方に齟齬があり得る。

 だからこそ、あらためてライブで相手の顔を見ながら話す事の凄さを思う。その場で前言を修正したり、言い直したりして、実際に逢っているのと同じやりとりが出来ることの有難さに感謝せずにはいられない。

 昨夜もLINEで「後でSkypeで話したい」と息子から連絡してきた。
 花粉症の様子はどうなのか、とか部屋の散らかり具合はどうだとか、言葉には出てこない部分も画像が補って見せてくれる。喋っているうちに心がほどけていくのを感じることが出来る。

 自宅から離れて、慣れない土地で一日中誰とも話す事がなかった日の夜、お喋りしたい・・・と思った時、このツールはどれほどそんな独り暮らし一年生の味方になってくれるだろう。もちろん、送り出した側の“空の巣症候群”に陥りそうな親一年生も同様に。
 これがあれば適度な距離感を持つことも出来、お互いに淋しさや喪失感で落ち込むこともないのではないか、と思う。
 そう、今と同じ環境だったら夫の学生時代の下宿生活も、私の20年前の研修生活も、全く違うものになっただろう。

 あとは一日も早く大学に自分の“居場所”を見つけ、一生付き合うことの出来る友人を作り、自宅にスカイプをかけてこなければお喋り欲が満たされない、と感じなくなることを願いたい。
 とはいえ、まったく梨のつぶてだと、夫も私もきっと淋しいだろうな、とも思う何とも情けない親なのである。

 今日は勤務する大学の入学式。昨日より大分気温も上がり、いいお天気だ。桜もなんとか散らずに待っていてくれた。
 新しい生活を歩み出した新入生とその親御さんたちに幸多かれ、と願いたい。
コメント
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